第三十三話
ある日ダンジョンができた。
ある日、あるダンジョンがなくなり、また再びダンジョンができた。
見た目は同じだ。
規制線の内側。機構の調査班と俺とのどかは、ダンジョンの前にいた。
「うーん、見た感じ同じ感じ」
「ああ、報告通りだな」
すでに入り口付近には各種計測機器がセットされている。
ダンジョンの内側にも機器が置かれている。
「氷室さん、あれでは機器が動かないんでは?」
「いや、通信はされないが、スタンドアローンで計測している。
私は戦闘力ゼロだから入れないが、探索者が回収すればいいだけだ」
「なるほど」
「何がなるほどよ。また美人だからって絡んでるんでしょ。あたおかよ、あたおか」
「うっせぇ。教授はそういうんじゃねぇわ。
研究に全振りしている。生活力や女子力はもちろん、人生の喜びを削り、ストイックに研究してるんだ。
しかも三徹で風呂にも入ってないんだぞ。悪く言うな」
「そ、そうなんだ。ごめんなさい教授。無理しないでね」
「わたし、普通に寝て、普通に人生楽しんでるんだけど。かわいい犬も飼ってるし、ほら」
ラブラドールレトリバーと笑顔の教授の写真だ。にっこり笑顔がかわいい。
「あ、カワイイ。教授もかわいい!」
「だろ、じゃなくて、わたし普通の研究員なんだが」
「のどか、そういう設定らしい。機構は秘密が多いからな」
「わかった!」
「わかってない!」
ついつい興に乗って、キャッキャしてしまった。
その時、教授の携帯電話がスルッと手から抜けて、ダンジョンの境界線を越えて落ちてしまった。
「あっ」
教授は柄にもなく素早く動くと、携帯電話をひょいと拾い上げる。
携帯電話は命より大切だもんな。
そしてまた、よく落ちる。
「よかった。傷はついてなさそう」
「!!」
のどかが教授の肩を押さえる。
「教授、今ダンジョンに入ったよ!」
「え? 本当だ。
鈴木! ちょっと来てくれ!」
教授が研究局の男性を呼ぶ。
「さゆり! 他のメンバーも呼んでくれ!」
俺がさゆりも呼び寄せる。
そして調査班がダンジョンの境界線にそろう。
教授が話し出す。
「聞いてくれ。わたしはダンジョンに入れないのは周知の事実だ。何度も検証している。
今、ものの弾みで中に落ちた物を拾えてしまった。
もしかしたら境界線の定義が変わったかもしれない。
検証するので皆で確認してくれ」
「本当ですか!
機構では入れないのは、ほんの一部の年齢の高い事務員くらいです。
氷室さん、本当だったんですね。
病弱アピールか何かと思ってた・・・」
「うわぁ・・・」
思わずのどかが声を上げる。
ちょっと涙目になって、やけになった教授が話を進める。
「ちょっと運動神経が悪いだけだもん・・・。
いいか、これからわたしが中に入るから、きちんと記録してくれ。変化も実況する。ガードも頼む」
まず、東条と二人が入り口を抜け、奥を見張る。
外側で研究局の鈴木が定点でカメラを設置して確認する。
さゆりがアクションカメラを構えて、教授のそばにつく。
俺はダンジョンの内側に入り、それを眺める。
のどかは外だ。
ゆっくりとダンジョンの入り口を通過する。
教授は自分の体を確かめている。
「境界線自体が奥になっているという説は?」
俺は聞く。
「いや、魔法は抜けなかったので、ラインはそこだ」
教授は呆然としながら答える。
俺はダンジョンを一瞬抜け、のどかにダンジョンの入り口の端を雷で撃ち抜くよう指示する。
「よっ」
のどかは軽く雷を撃つ。境界線で弾ける。
首を傾げ、少し力を入れる。
バリバリバリと高い音を立てたが、魔法は抜けなかった。
アスファルトのかけらを拾い上げ、中に投げると、スッと入っていく。
俺は中に入り、今投げたかけらを拾い上げ、外に放る。これも普通に抜けた。
外にいた中田が話し出す。
「ダンジョンへの入場ルールが緩和されたようだな。ここ以外の全てのダンジョンでの検証がいるな。
すぐに機構にエスカレーションする。危なすぎる」
中田はその場で携帯電話をかけ出す。
出た人間に今の現象を話し出す。
おそらく大手町ダンジョンにも人が向かっているはずだ。
俺はダンジョンの中で立ちすくむ教授に近寄った。
「どうする?中止か?それとも教授もついてくるか?
あと何かのスキルに目覚めているかもしれん。
多くは普通のスキルだが、変なスキル持ちもいるぞ」
「わたしは指揮官じゃないから判断はできないが、ついていきたい。
ただ、スキルは脳の内側のものかもしれん。思考が止まらない」
「慣れないうちに使いすぎは良くないが、まあ数が全てだからな。たくさん使うといい」
「例の理論だな、瞬断させながらやってみるよ」
「あと、ちょっと安全保障な」
俺は手持ちの粗塩を教授にぶつけていく。
「な、何?お清め?ちょっと、汚れるよっ」
手持ちの粗塩が切れ、二袋目に入っていく。
「あっ」
教授が声を上げる。
「もしかして、これが耐性?」
「・・・そうだ」
俺は戸惑いながら答えた。
「さゆり、撮ってたか?」
「はい。か、梶さん」
「ああ。この袋。粗塩百グラムでだいたい一万粒。二袋目の半分くらいなんで、まあ一万五千から二万の間くらいか。
おおよそ三分の一か四分の一くらいの効率に下がってるな」
「何の話だ?」
「スキルが身につく効率についてだ。
まあ、多少秘匿気味の俺のメソッドの話」
「これがそうなのか。すごいな」
「いや、もっとすごかったのが、効率が落ちた。
これからの世界、強くなるための労力が増すかもしれん」
「なるほど。今までは外の物理現象に閉じていたが、中の研究も捗りそうだ」
マッドサイエンティスト然として教授は微笑んだ。
「変な薬作るなよ」
「作るかっ。いや、その手もあるのか?」
また思考の渦へ戻っていく。
「こいつ危ないな。さゆり、あまり奥に連れていくなよ?」
「はい。スキルが生えて、ひどくなったかも」
奥を見ると、東条は少し奥に進んでいた。
「スライムがいます!」
さゆりが前線へカメラを持って移動する。
俺たちもついていく。
「スライム、撃つべきか、撃たざるべきか」
「まあ、のどか、少し様子を見よう」
東条がスライムに近付く。
まずはクナイのようなナイフを投擲するようだ。
「いきます」
投擲のスキルもある東条のナイフは、スライムにスッと突き立つ。
物理耐性が高いスライムも、とろけるように潰れた。
「・・・」
「消えないね」
のどかがつぶやく。
「東条、直に潰してみろ」
御厨の指示で、東条が近づき、警棒のような棒でスライムを押し潰そうとする。
スライムは抵抗なくへこんで広がる。
「待て。おそらく死んでそうだ。
梶さん、どう思う?」
「多分死んでいる。光の渦や魔石にならないのは何故か。
魔石って取れます?」
東条に聞いてみる。
東条はスライムの体を改めていた。
「あった」
東条がナイフ二本で上手にすくい上げる。
触りたくないのね。
すると残ったスライムは光になった。
「!!」
俺たちは皆、一瞬沈黙し、それぞれが考察し出した。
「次! ゴーゴー!」
ノリノリで教授がはしゃぎ出す。
俺たちは団体で先に進む。
第二スライムがやってくる。
「はい、はい、あたしあたし!」
のどかが手を挙げ前に出る。
魔法でぶっ飛ばすらしい。
皆が視線を交わす。
「まあ、どうぞ」
東条が先を促す。
「はいよ!
死に晒せ!」
のどかから雷光が迸る。
「いや、何も残らんだろ」
思わず突っ込む。
案の定、スライムは光に包まれた。
「オーバーキルはキラキラ決定っと」
のどかは幾分スッキリしたようだ。
「ゴーゴー!」
教授は引き続き、ウキウキだ。
初めてのダンジョンで、かつ周りは最強集団。
楽しいハイキング気分だ。
東条は嫌そうに、他の二人を促し先に進む。
「次は死体ごと持ち帰ってみよう」
「袋ならあるぞ」
俺はビニール袋を見せる。
東条たちは次のスライムへ向かう。
素早く近付き、ナイフを突き刺す。
俺も近寄り、袋を渡す。
「東条、お前たちはここで待て。迫ってきたら掃討しろ。
危険を感じたら、迷わず引け」
「はっ。ここで待ち、スライムが来たら掃討します。危険を感じたら帰還します」
三人を残し、皆で入り口に戻る。
俺が袋を受け取り運ぶ。
中を見ても、スライムに見える。
これは何なんだろうか。
境界線が迫る。
俺はゆっくりと抜けていく。
袋は、抜けた。
「あ、やべ」
スライムごと普通に抜けてしまった。
「教授! 検疫!」
まさか抜けるとは誰も思わなかったのだ。
ダンジョンの中で病気になっていなかったので、大丈夫とは思うが、何の成分かもわからないものが、ついにダンジョンを出てしまった。
どうするどうするで、割とみんな意味もなく右往左往してしまった。
何だこりゃ。
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今回のリザルト
ダンジョンの謎に迫る
スライムの死体
教授
「物理耐性」「思考強化?」
上へ下への大騒ぎだった。
ルール改変は再出現したダンジョンのみに適用された。
新ダンジョンは、おそらく全ての人が、教授よりも強ければ入れることがわかった。
基準にされて少し教授が拗ねていたことは言うまでもない。
そして、東条たちが半日近く放って置かれたのは言うまでもない。




