第三十二話
ある日ダンジョンができた。
そして一部のダンジョンがなくなった。
そしてまたある日、ダンジョンができた。
それは平日の昼間だった。
俺の私用の携帯電話が鳴った。
俺は昼休み時間に入っていることを確認し、オフィスから廊下に向かいながら電話に出た。
「はい」
「もしもし、梶さんですか?」
「はい」
まだオフィス内なので大きな声では話せない。小さい声で返事をする。
「ちょっと! さゆりちゃんですよ!」
「はい」
「梶さん?」
そこでやっとオフィスから廊下に出る。
「どうした?」
「なんで迷惑電話対応みたいなのよ!」
「まあ、会社だからな」
「もう!早く辞めてって言ったでしょ!
こういう時に困るから!」
やめねーよ。
「で、どうした。お前からかけてくるなんて、よっぽどなんだろ?」
「そうよ。梶さんなんて連絡一つよこさないんだから。こないだチャットもシカトするし」
「じゃあまたな、忙しいから切るぞ」
「バカ!またダンジョンができたのよ」
「どこにだ。巣鴨か?」
「!!そうよ」
「ん?」
珍しく直感が働いた。
「さては練馬にもできたな」
「もう、なんでこんな時ばかり勘がいいのよ」
時系列的に変だな。
練馬の方が随分後のはずだ。
「一斉にか?」
「・・・そうよ」
「想定トリガーはどっかのダンジョンの踏破か。お前らか?」
「トリガーかどうかはわからない。でも時を同じくしてではあるわ。
ニュースは今日流れると思う。アメリカでもできたようだし」
「調査か?」
「そうなの。私たちだけで、という動きもあったけど、ここは第一人者に、と理事長が」
「なるほど、わかった。いつ行けばいい?」
「とりあえず、今日本部に来れる?
急にごめんなさい」
「わかった。十六時には行けると思う。また連絡する」
「ありがとう、助かるわ」
俺はすぐに席に戻り、残りの業務を片付けだした。
「おい、梶」
結城がまた通りかかる。
「おう、お疲れ様。どうした?」
「いや、なんか楽しそうだからさ」
どうやらニヤニヤしていたようだ。
「まあな。ちょうど良い。お前、新しい店とかどう開拓してる?
まだ口コミとかないところとかさ」
「うん? デートか?お前モテモテだもんなー。
そういえば、こないだ家族で新しくできた美術館に行ったんだけどさ、特別展的なエリアに入ったらトイレとかなくて。
せっかくの有料エリアなのに、慌てて見て回って出てきちまった。
看板とか表示とかデカデカと書いてあるんだけどさ、急いで行ったからスルーしちまった。
なんかもったいなかったよ」
「ふーん、なんの特別展だった?」
「金魚がライトアップとかされてて、キラキラしてたよ。子供が金魚好きだから、スッゲー喜んでた」
「へぇ、それは良いね。どこでやってた?」
「大手町だよ」
「ぎょ」
「金魚だけに?ははは」
結城は笑いながら去っていった。
フレックスで退勤した俺は、大手町に向かう。
流石に今日は入らないと思うが、できるだけ準備をして臨む。
なかなかスーパーはないため、コンビニで買い物を済ませていく。
大手町の本部に向かいながら、のどかに連絡を入れる。
『どうやらダンジョンが復活したようだ』
すぐに既読になり返信がある。
『そうみたいね。巣鴨ダンジョン付近が規制線引かれてる』
『俺は平日だが本部に呼ばれたので向かってる』
『了解。気をつけて。あたしも行っていいなら行くわ。聞いておいて』
『ありがとう。心強いよ』
『ぐふふ、スライムは殲滅よ』
『アリは、まあどうでもいいな』
程なく本部のあるビルに着いた。
さゆりに電話する。
この金融機関のあふれる場所をなんで選んだかね。とはいえ初めてのダンジョンは目と鼻の先だ。
さゆりが俺を見つけて駆け寄ってくる。電話に出んのかい。
「梶さん、ありがとう。予定通りね」
「まあな。よろしく」
さゆりからゲストカードを受け取り、ゲートを抜ける。
エレベーターを昇りながら、予定を確認する。
「今日の予定は?」
「今、緊急会議が開かれてるの。
幹部級の。こないだとあまり変わらない。
でも、梶さんはもう少し実務部隊が今議論してる方に来て意見して欲しい」
「なるほど。実務寄りの方がいいかもな。
大方針は偉い人が決めて、責任も負ってもらおう」
さゆりが俺を見つめる。
いつかのきつい目はもうない。
「今の段階で何か気になることある?」
「いや、ないな。でも、直感としては、なんだろう。
危機ではないって感じだ」
「ほんと?よかった」
エレベーターが程なく到着する。
会議室エリアへではなく、オフィスを抜けて、内部の会議室へ向かう。
さゆりに先導はされているが、見るからにスーツ姿の会社員はスルーされる。
目端の利く職員には二度見している人もいる。
目的の会議室に着いたようで、さゆりがノックをして入っていく。
「失礼します。梶さんをお連れしました」
そこは広めの会議室で、十名は入る。
知っている面子もいるが、一部だ。
一番奥にいる、おそらくはこの会のオーナーであろう男性が弾かれるように立ち上がり、部屋の入り口まで迎えに来る。
全員が釣られるように立ち上がった。
「初めまして。梶さん。急にすいません。
防衛局第一課、ダンジョンの現場責任者の中田です。
いつかお会いしてお礼したかったんです。
ダンジョン初日に救っていただき、ありがとうございました」
俺はこの男性、中田の顔を見つめた。
記憶の中にはない。
「すいません、中田さん。どうやら覚えてないです」
営業という職業柄、割と人の顔は覚えている方だが、多くの人に会いすぎて、特徴がないと記憶が薄れてしまうものだ。
「だよねー」
さゆりがまぜっかえす。
「中田さん、言ったじゃないですか。
梶さんは美女しか相手にしないって」
「馬鹿野郎、風評被害だ」
中田は笑いながら言う。
「あはは、それなら仕方ない。梶さんはあの時、転んでしまった美女を助けていたからね」
「ほらー」
場は和んだ。
参加者を紹介され席につく。
特戦隊から御厨、東条もいる。ほか二名ほどゴツいのがいる。
また、研究局から二人の男女が来ていた。
そのうちの一人、よれよれの白衣を着た、見るからに研究職という化粧っ気のない女性が話し出す。
「梶さん。よろしく。氷室です。
今回わかっていることは、栃木県にあった烏山ダンジョンに、こちらの特戦隊の御厨班がアタックし、一気に踏破した時とほぼ同時刻、巣鴨、練馬のダンジョンが再び口を開けた。
ゴホッ、ゴホッ」
一気に話したと思ったら、咳き込み始めた。
「あまり話さないので、失礼」
ペットボトルを開けて飲み出した。
オレンジジュースだ。
今時オレンジジュースをペットボトルで飲んでいる女子を見た記憶がない。
おそらくヤバい薬でも入っているのだろう。
「ダンジョンができる際に、いわゆるニュートリノが変質し、わずかに発光することはよく知られている。
今回も岐阜の観測器を抱えた研究所から連絡があった」
「それで何がわかるんだ?」
「ダンジョンの発生は、物理的な現象であること、どこかでダンジョンができたら観測できること。
今回反応したのは一回だが、二箇所にダンジョンができている。まさに同時に出現したと考える方が妥当だ」
「なくなった瞬間はわからないのか?」
「今回、実はそのために構えていたので観測ができた。
考えられる仮説は二つだ。
ダンジョンの踏破では観測されないか、観測されるが出現と同時なので個別の観測結果としては処理されないか、だ」
まるでファンタジーからSFの領域に移るかのような話だ。
「他に何かわかっているのか?」
「いや、これ以上はデータはない」
氷室は脱力して座り込んだ。
「だから次に踏破するときは教えてくれ。以上だ」
なかなか面白そうな話だ。
目に見えたり感じたりできない世界で何かが起こっているのか。
例の酸素が増えている、なども近しい話なのかもしれない。
「もう誰か入ったのか?」
俺はさゆりに聞く。
さゆりは研究局の男性に話を振る。
「まだ、モンスターとの接触はしていません。
入り口付近までです」
俺は疑問に思って尋ねた。
「なるほど。ちなみに入り口の大きさや、境界線のルールに変化はないんですか?」
「はい。正確なサイズは計測できていませんが、位置はほぼ同一です。
出入りはテストしましたが、変化なしです。
巣鴨は境界線付近のアスファルトが荒れている所、綺麗な所に先日の攻防で線がありましたので、そこからも類推しています」
「ありがとうございます」
中田が仕切り直しを行う。
「梶さん、確認ありがとうございます。
状況の共有は今のお話でほぼ全てです。
これからの計画では、明日の土曜、早朝六時、人目の少ないタイミングで確認を始めようと計画しています。
すいませんが、明日朝五時集合となります。
梶さん、ご協力いただけますか?」
「はい。承知しました。巣鴨ですし、のどかにも声を掛けても?」
「春風さんにもですか?もちろん彼女にご協力いただけるなら歓迎します。
当局からは、現場責任者としては私、アタック管理は御厨。秋山、東条と、そこの二人が参加します。
研究局は同じくこの二人です」
「ありがとうございます」
その後、細々とした調整があった。
氷室といった研究職は、常時だるそうにしていた。あれがデフォルトのようだ。
お偉いさんの会議が終わり、起案していたアタックは、俺たちの参加も踏まえ承認された。
つづく
応援、評価、よろしくおねがいします。がんばります。




