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第三十一話

 ある日ダンジョンができた。


 そしてダンジョンから利益を得ようとする組織ができた。同時にダンジョンから人々を守る組織もできた。


「やつは危険すぎます」


 厳つい大男、東条は発言した。

 それほど狭くない会議室だが、彼がいるだけで圧迫感がある。


「で?」


 御厨が東条を逆に威圧する。


「それで彼をどうにかするのか?俺たちは警察でも、軍隊でもない。市民を守る役目だぞ」


「やつはもはや凶器でしかないです。しかも伝染する」


 会議室には、二人の他、秋山しおり、御厨の直上司となる課長の中田がいる。


「東条、直接やり取りしたお前がそう言うなら危険なんだろう。御厨一尉、お前はどうだ?」


 中田と御厨は、ダンジョンのできる前から特殊部隊としてのつながりは深い。


 中田は、本来日本の最強の戦力は御厨や東条であるだろうと思っていた。

 ダンジョンの馬鹿馬鹿しい効果がなければ。


 今や梶はじめ一強だ。世界において一強だ。

 アメリカでさえ彼に師事する立場だ。


 そして日本も倣ってしまったわけだ。

 東条のプライド、危機感もよくわかる。


「秋山二尉、お前はどうだ?さっきから傍観しているようだが?」


 さゆりは一歩引いて議論を見ていた。


「課長、わたしは特殊戦に所属しながらも、梶さんのパーティメンバーです。


見極め、懐柔を目的としていましたが、逆に取り込まれてしまっています。


意見が偏りますが、良いのですか?」


 中田は頷き、先を促す。


「梶さんは普通の会社員なんです。


あれくらいの歳になると、少しは色気が出て、周りと競ったり、出世のために頑張ったりするものです。


ですが、彼は営業でしかなく、役職もなさそうです。


でも優秀だから、顧客受けもいい。

でも争わないから社内では目立たない。


彼は善良なんですよ。

そして真面目なんです。


人をどうこうしようなんて、思いもしていないんです」


「だからといって、放ってはおけないじゃないですか!」


 東条が噛み付く。


「梶さんは、普通の人がとんでもない力を持ってしまったことに悩んでいます。


 そして、我々もですが、人々が強くなりすぎることにも困惑しています」


 中田は小さく頷くと話し出した。


「今日の打ち合わせは、梶氏をどうこうしようなんて話ではない。我々部隊の編成の話だ。

元の話に戻したい。ただ、みなには先に詫びておく必要がある」


「なんのことです?」


 御厨が鋭い眼差しを送る。


「私のスタンスを先に伝えておくべきだったってことだ」


「梶、打つべし?」


 さゆりがまぜっ返す。


「いや、逆だ。私は彼に頭が上がらない立場だ」


「どうしてですか?わたしはともかく、この班は批判的な立ち位置とばかり思ってました」


「昔語りですまんが、私はダンジョンができたとき、たまたま非番で出かけていて、大手町にいたんだ」


「大手町ですか?」


 東条が尋ねる。


「プライベートで行くには何にもないところだと思いますけど・・・」


「いや、妻のお遣いだ。ちょっとした買い物でな。

それはいいんだ。

私はあの時、ダンジョンに取り込まれたんだ」


「課長もサバイバーなんですね」


「まあ、よく言うとな。あの時、私は動けなかった。

辛うじて電話をかけたが、繋がらなくて、焦って怒鳴ったりもした」


「大手町の英雄・・・」


「そうだ。あの時彼は、周りの皆を率いて進んだんだ。

出口に向かって真っすぐ」


「たまたまだったのでは?」


 御厨が聞く。


「いや、彼はわかっていたようだ。


今にして思えば、スキルなのだろうが、彼は出口を指差し、先に進むように促した」


 中田はペットボトルを開け、喉を潤した。


「襲いかかる小鬼を、彼は躊躇うことなく手持ちのバッグで打ち付け、さらにトドメを刺し切るまで攻撃をやめなかった。


私は出口に向かいながら、それを遠目で見るだけだった。自衛官である私がだ」


 会議室は静まり返っていた。


「さらに彼は、転んでしまった女性も助け起こすなど、ヒーローとしか言えなかった。


私にとって彼は命の恩人だ。そして私は彼の一ファンでもある。


だから彼に批判的ではいられない。すまんな」


「じゃあ東条はクビ決定でいいですね。わたしにも噛みついてくるし。でかいし邪魔だわ」


「ちょっと待って下さいよ!みんなも危機感を感じてたじゃないですか!」


 御厨が東条を宥める。


「まあな。俺も判断つきかねてたんだ。よくわかったよ。ありゃあ、ただの普通の人だったんだな。


害意のなさが逆に不安でな。どうやらお人好しじゃないか。それも世界一の」


 御厨は肩をすくめた。


 御厨もまた、梶との出会い以降、見極めるために深く観察していた。


 しかし梶は、ちょっとしたことに悩んだり、笑ったり、不機嫌になったりなど、ごく普通の一般人だった。


 軍人のように、素行や思考に制限をかけたり、自制を強いられてもいなかった。


 ちょっと状況を楽しむためのイタズラは仕掛けるが、それだけだ。


 気のいい若者に過ぎなかったのだ。


 そんな御厨を見ながら、さゆりは笑いながら言う。


「梶さんは、わたしもだけど、守られるべき人を全部守ってくれますよ。


みんな大人しく守られておきましょうよ」


 東条は大きな体を縮こめるようにしながら、中田に問いかける。


「この話、統括もご存知なんですか?」


「そりゃもちろん。理事長もだ。

みんな丁寧だったろ?秋山が噛みついてきたって、後で文句言われたぞ」


「もう、告白が遅すぎます!わたし、最初に梶さんと会った時なんて、思わず睨みつけちゃってたんですから!」


 ぷんぷんするさゆりを見て、中田は笑顔で告げた。


「まあ、仲良くなれてよかったじゃないか」


 そこから、会議は軌道修正し、新たな特戦隊のチーム編成の話になっていった。



「ねぇ、かいと」


「なに?」


「もう、無茶苦茶なんだけど。ボク、無茶苦茶にされたんだけど」


 橘兄妹は配信のため、ホームになっている横浜港北ダンジョンに来ていた。


 横浜には複数のダンジョンがあるため、横浜とだけは呼ばない。


 横浜港北ダンジョンは、新幹線の停まる新横浜に程近いエリアにある。


 モンスターは大鴉が生息する草原型ダンジョンだ。


 風の魔法が使えるみそらの独壇場と言えた。


 いつもなら、かいとがカラスの攻撃を防ぎ、牽制し、そこにみそらの魔法が炸裂する。


 そんな兄妹の無双っぷりや、二人の容姿に人気があり、動画配信でもトップクラスの閲覧数を稼いでいた。


 確かに天狗にはなっていたと、かいとは思っていた。


 オレたちは向かうところ敵なしだと思っていた。


 機構の特戦隊にだって、劣らないのではないかと。


 オレ達の親は自衛官だ。


 自衛隊の幹部として、時に厳しく、そして温かく見守ってくれている。


 今回は謎の親のコネで、あの梶さんとのコラボが、もちろん動画はないが実現した。


 みそらがふざけて、インクレディブルスターとか、世界の星とか適当なことを言ってキャーキャー言っていたが、そこまで差はないと思っていたのだ。


 新橋ダンジョンで秋山さんに出会った時、言葉にしにくい、それでいて強烈な違和感を感じた。


 その時のことをみそらと帰りに話したが、みそらはなんとなく理由がわかっていた。


 秋山さんに焦点が合わなかったのだ。


 綺麗な人だと思ったし、独特な痺れるようなハスキーな声色だったが、容姿をしっかりとは思い出せない。


 梶さんと出会った時には、何も感じなかった。


 オレよりは少し年上で、バリバリのビジネスパーソンという印象だった。


 気さくな笑顔や仕草、整った容姿、イタズラっぽい笑顔など、爽やかな営業の人によくある、人当たりのいい男性だった。


 ただ、恐ろしいのは、ダンジョンに入ってもそのままで、ダンジョンの特戦隊に凄まれてもどこ吹く風なことだ。


 モンスターへの攻撃や、そこまでの移動すら全く見えない。


 ゆっくりと見せてくれた戦闘も、もはや技ではなかった。


 無造作にモンスターを掴み、振り回して叩きつけるだけ。


 次元が違いすぎた。


 一般の人とオレ達トップクラス探索者との差よりも隔絶している。


 何を見せられているのか。


 今までのオレ達の頑張りはなんだったのか。


 特戦隊の男の人達も、拳を強く握り締め、歯を食いしばっていた。


 みそらだけは、「キャー」とか「ワーッ」とか楽しげに観戦しており、気軽に梶さんへ声をかけたりしていた。


 あの梶クローは本当に痛かったし、恐ろしかった。


 いつの間にか捕まっていたし、全く動かなかった。


 本当に死んでしまうかと思った。


 みそらの馬鹿さ加減には慣れていたが、心底恨んだ瞬間だった。


 だが、あれのおかげでオレ達は、梶さんの身内に入れてもらえたようだった。


 その後のあれこれで、梶さんのことは恐怖の魔王ではなく、常識の破壊者であり、まさに歩く非常識であることがわかった。


 時折見せる表情や振る舞いが普通の人にしか見えないから、こちらも違和感が拭えない。


 だが、もしかしたらとても気を遣っているのかとも思えてしまった。


 あそこまで行くと、人として振る舞うのすら努力がいるのかもしれない。


 それはちょっと嫌だなとも思う。


「梶の、バカ! アホ! ハ○!」


 罵声を上げながら放つ、みそらの魔法こそ馬鹿げていた。


 目に見えない散弾をばら撒き、大鴉を粉々にする。


 魔法を細かく、たくさんにすることで、とんでもない速度で魔法が強化されていく。


 それよりも酷いのは、それでもあの時の効果で、石を投げた方が威力が高いことだ。


 アイデンティティすら失われかねない、パラダイムシフト。


 特戦隊の人達も最後には壊れかけていた。


 オレも今は盾を使わず、両手に剣を握っている。


 さっきから剣をただ振っている。


 数を多く振るために二本持っているのだ。


 これも効果は絶大だ。


 家での素振りや稽古はなんだったのか。


 もうただのヌルゲーだ。


 とても配信に耐えられない。


 いや、逆にバズるかもしれない。


 でも、きっとこのダンジョンがなくなる日も近い。

応援、評価、よろしくおねがいします。がんばります。

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