第二十九話
ある日ダンジョンができた。
今日はついに機構の特戦隊、チームニンジャと同行することになった。
さゆり曰く、まあまあの練度とのことで、ある意味楽しみな反面、正直めんどくさい。
結果、今日はそこそこで済まそうと決めていた。
本質的なところまで行き過ぎてしまうと、陳腐化するリスクが高まる。
ダンジョンから、「こいつは何をしてるんだ?」くらいに思われる程度で終わらせることこそ、俺のメソッドの真髄なのだ。
今日は初めてのダンジョン、新橋ダンジョンだ。
新橋駅から徒歩数分、土橋交差点近くで、かつては有名な新卒採用サイトを運営していた企業ビルの跡地に、その入り口はある。
更地になっていたため、マンションの展示場のようなダンジョンセンターとなっている。
このダンジョンは、ダンジョンセンター内からアクセスできるらしい。
なお、このダンジョンは難易度が高いため、あまり人気があるとは言えない。
モンスターは大きな狼だ。
スピード感のある動きや、ジャンプしながら噛みついてくるなど、立体的な攻撃を受けることになる。
大きさもあり、迫力があるモンスターだ。
単体で襲ってくることもあるが、集団の場合もあり、急に難易度が高くなる。
俺は通い慣れないダンジョンセンターに入る。
ダンジョンセンター内には、四人掛けの商談スペースのようなテーブルが並び、奥にカウンターがある。
カウンターの脇にさゆりがいた。
「梶さん、おはようございます。
朝からすいません」
「おはよう、裏にでも行くのか?」
「はい、こちらです」
どうやらお仕事モードらしい。
真面目に話していると、いい声をしているなと相変わらず思ってしまう。
大人しく着いていき、カウンターの脇から奥の打ち合わせスペースへ入っていく。
広めの会議室があり、五人の男女が待っていた。
一人は防衛局の水野統括だ。
あとの四人はわからない。
グリーンの迷彩を着ている男性二人は自衛隊員だろう。
一人は完全に殺し屋みたいな風貌をした三十代の男性だ。
もう一人の隊員はユッキーのような大男だ。
自身に凄まじいトレーニングを課しているのがわかる。
太い首にこちらも厳しい顔が乗っている。
ただ、プロレスラーというよりは、キックボクサーのようなしなやかさを感じる。
いい男だ。
残りの男女二人は一般人のようだ。
探索者がよく着るような防刃ジャケットを羽織っている。
二人はよく似ている。
美男美女で、探索者というよりタレントのような風貌だ。
「おはようございます、梶です。よろしくお願いします」
水野統括が返事をする。
「おはようございます。先日はありがとうございます。
改めまして、防衛局統括の水野です。
今日はお休みのところ、無理を言いましてすいません」
「いえ、お約束ですので」
さゆりがすまなそうな顔をしている。
というか、完全にウインクしながら、口パクで「ごめんちゃい、ウフっ」と言っている。
「ちなみに今日は、水野さんとクノイチとあと二人、という話でお伝えしたと思いますが、どうされたんです?」
「はい。それでは、この四人を紹介します。
当局特戦隊第一班、班長の御厨です」
先ほどの殺し屋が敬礼する。
「梶さん、よろしくお願いします。
秋山がお世話になっております。
秋山の上司です」
「よろしくお願いします。
こちらこそ秋山さんには、アメリカでも先日のシンポジウムや会議でもお世話になりました」
続いて男前な大男から自己紹介がある。
「東条です。
自分は御厨班長、秋山副長とともにダンジョンアタックをしております」
言葉は丁寧だが、なんとなくこちらを試すような圧力を感じる。
まあまあダンジョン的にも鍛えているようだ。
「残りのお二方については、私から説明します」
水野統括が話し出す。
「こちらは橘かいとさんと橘みそらさん。ご兄妹です。
ダンジョン界隈では人気のダンジョン配信者の方です」
二人は軽く会釈する。
「あー、拝見したことがあります。
最近CMも出られてましたもんね。
あのダンジョングミ、美味しいんですか?
怖くて買ってないですけど」
「不味いよ、変な味。ボクやだって言ったもん」
「みそら! 気をつけろ。食べられるぞ」
さゆりがブーッと吹き出す。
「おいおい、君たち。俺は普通の人間だぞ」
「嘘だ!
人間を食べて強くなる系の能力者だよ。
こないだインタスで動画見たもん」
「こわ」
「まあ、落ち着いてください。説明が足りず申し訳ない。
実は機構の菅原のお願いで、この二人もご一緒願いたいんです。
梶さんと、有名でトップクラスと言われる探索者がどれほどの違いがあるかも検証したいのです」
「というと、スキルアップはそちらの御厨さんと東条さんで、お二方は比較だけで大丈夫ですか?」
「はい、もちろんです。それでお願いします」
「なるほど。まあ大丈夫でしょう。
橘さん。ああ、下の名前でお呼びしても?」
「はい、大丈夫です。オレはかいと、兄です」
「いいよ。ボクはみそら。姉だよ」
「・・・」
急激にめんどくささが高まった。
まあよかろう。
「はぁー、さゆり。
お前、自分ところの二人にはどこまで説明してる?」
「はい。梶さんは人間凶器なんで、近寄らないよう注意しています」
「アホか。スキル方面だ」
「はい。人間を辞める日が来たことと、遺書を残すように言ってます」
「・・・御厨さん、平時からこれですか?」
「実は、アメリカ前はましだったんですが、帰ってからよりこんな感じなんですよ。てっきり梶さんが何かしたのだと」
「人を舐め腐ってますね。今度教育しますよ」
「ほら、食べるつもりじゃん」
わちゃわちゃと時間がたってしまう。
「まあ、行きましょうか」
前途多難なダンジョンアタックが始まった。
「水野さんと比較のお二方は自由ですが、御厨さんと東条さんは防具関連は外しておいてくださいね。
俺はご覧の通り薄着なので」
「承知しました」
「俺とさゆりが先行し、皆さんはついてきてください。
良さげな場所が来たらスキルアップを図ります」
俺たちは進み出す。
狼が早速一頭現れる。
めんどくさいので、俺はぶらりと近付き、頭を粉砕する。
「思ったよりは硬いかもしれん」
さゆりからクレームが飛ぶ。
「梶さん、最初はゆっくりお願いします。
みんなが見えないでしょ」
「ウソ、いつの間に」
「ええ?」
橘兄妹から声が上がる。
「?そうか。そんな感じになるか」
「もうわかんないんですね。人間辞めちゃったんですね」
「うっさい。お前も大して変わらんだろ」
どうやら橘兄妹は、少なくとも動体視力系は上がっていない。
素早さも速くないことがわかった。
どうやったら差がわかるのだろう。
少し歩みを進めていく。
「さゆり、お前どのあたりがいいと思う?」
「この先に広場があるので、そこで見せつけたあと、脇に入るといい感じのスペースがありそうです。
わたしが見張っておけば大丈夫かなと」
「なるほど、そうするか。
皆さん、この先の広場で俺がデモンストレーションをします。それで橘さんたちは終了。
近くのスペースでトレーニングを行います。良いですか?」
「梶さん、承知しました。橘さんたちもそれでよろしいですか?」
水野統括が代表して答える。
「わかりました」
「ボクたちのデモンストレーションも見てほしい。
だから広場では何戦かしてほしい」
「わかった。そうしよう。じゃあ皆さん、行きましょう」
俺たちは広場エリアへ向かった。
広場に入ると、早速四、五頭の狼がやってくる。
「じゃあ、ゆっくり行きますよー」
俺はのんびり狼に向かう。
「危ないっ」
思わずという感じで、水野統括がつぶやく。
俺は狼の頭を掴み持ち上げると、他の狼にゆっくりと叩きつける。
別のモンスターにも同じ動作を行うと、一旦静寂が訪れる。
「念のために聞くけど、怪我とかはないんだよね?」
みそらが聞く。
「ああ。
ゆっくり動いたから、牙に引っ掛けて服はほつれてるかもしれんが」
「噛まれても大丈夫なの?」
「大丈夫だ。
主とかにガシガシされても怪我はしないと思う」
「この人、パラシュートなしでスカイダイビングできることは実証されてるんです。
銃弾で傷つくのか試さないと。
人類の敵だし。
東条、蜂の巣にしなさい」
「今の言葉で充分傷ついたわ」
チームニンジャは、やり取りにあまり入らないようにしているようだ。
御厨氏と東条氏からは、本当に殺気に近い気配を感じる。
多分、防衛魂かもしれん。
まあ、お楽しみは後に取っておくといい。
「今度は橘さんたち、お願いします」
水野統括が丁寧に仕切る。
「もう争えるレベルではないことはわかりましたが、頑張ります」
「ボクも」
橘兄妹が前に出て、次の群れに当たる。
兄のかいとが剣と盾を手に前衛としてアタックする。
もちろん安定した良い動きで、狼を抑えて斬りつける。
妹のみそらはその場で魔法を放つ。
どうやら風でウインドカッターっぽいものを放っているようだ。
狼が上下に断ち切られる。
手際よく二人で狼を倒していった。
俺に出会った頃のさゆりくらいには強そうだ。
人気ダンジョンチューバー的な存在だけのことはある。
美男美女だし。
「水野さん、何のために彼らを?」
俺はつい聞いてしまった。
水野統括は少し考え、少しためらったのち語り出した。
「彼らは一般探索者としては、トップクラスと言っていいはずでした。
彼らの力でも充分人の枠からは外れています。
特戦隊も彼らよりは上ですが、試金石としては適切だと思ったんです。
だから理事長のお願いにも乗っておきました。
本来は、特戦隊は自衛隊の上澄みよりも特殊な存在なのです。自衛隊の特殊作戦群よりもです。
ダンジョンはその理屈を無茶苦茶にしましたが、それでも日本人のトップであった方がいいんです」
水野統括は苦々しい表情でさらに告げる。
「秋山がいきなり現隊員から隔絶してしまった。
彼らはどうすればいいか正解がわからないし、日本政府や機構としても困っていたんです。
だから今日はその落としどころも決めたかった。
橘兄妹と我々との差、我々と秋山との差、秋山とあなたとの差。
どこまで我々が詰めれば、日本は安全だと言えるのでしょうか」
「俺から日本を守りたいんですね。
大丈夫、橘兄妹が帰ったら、それらもバカバカしくなりますよ。
悪いのはダンジョンです。そして、我々の常識ってやつです。
一月もかからず皆さんでダンジョンを踏破してしまうでしょう。チームアメリカのように」
俺はゆっくりと安心させるように語った。
「梶!どうだった?ボクも悪くないでしょ?」
「おい、みそら。梶さん、だろ」
「いいよいいよ、好きに呼びな。女子の方が男子より意味なく偉いんだよ。
その風魔法、かっこいいな。見えないし。
強いて言うなら、成長するコツはたくさん使うことなんだよ。
俺ならどうすれば小刻みに魔法を撃てるのかを考えて、連射するね。薄く細かく。
きっと極悪な魔法になると思う。
かいとはもっと剣をダンジョンで振った方がいい。
自宅のトレーニング分もダンジョンで振るんだ」
「ボクたちも強くしてほしいんだけど」
「残念ながら、無限には鍛えられないんだ。
やり過ぎて効果がなくなると自衛隊に悪いから、俺はもう一般からの依頼は断ってる。
だけど俺のパーティーメンバー、のどかはダメだが、あとの二人は紹介できる。
奴らならうまく考えながら強くしてくれると思う」
「え!城壁さんと爆炎の乙女さんですか?やった!」
「いやいや、自分たちの方が有名だろ?」
「何言ってるんですか。二つ名で呼ばれているのは皆さんくらいですよ!」
「そーなんだ。
そういえば、なんで俺だけ横文字なのか知ってる?」
「あっ」
「ん?」
急にみそらがモジモジしだした。
「あのね、実は」
「なんだ」
「ボクが呼び始めたのだったりしたりしなかったり・・・えへ?」
「おーまーえーかー!!」
「ぎゃー!痛い、痛い、死んじゃう!死んじゃう!」
俺はアイアンクローを決めてやった。
「梶さん、本当に死んじゃう、やめたげて!」
⸻
今回のリザルト
変な名前の由来に触れる。
こいつは酷い目に遭わせることに決めた。
「か、かいと。ボク、顔まだ残ってる?」
「お前、本当に危なかったぞ。だからやめとけって言ったのに」
「だって、かいとがちょっと外した方が面白いからって」
「あ、おまっ」
橘兄の顔もなくなったのは言うまでもない。
チームニンジャから毒気が抜けてしまっていたのも言うまでもない。




