第二十八話
ある日ダンジョンができた。
あの日ダンジョンに落ちたのは俺だけではないし、社内にもダンジョンに入れる、もしくは入った実績のある者はいる。
一方、副業としてうまくいっているという話は聞かない。
また、ダンジョンで得たスキルが仕事で活かせるかはよくわからない。
耐性は女史のヒールから足は守ってくれたが、靴は守ってくれなかった。
運スキルが日常でスゲーとなった経験はまだない。
スクラッチくじとか買ってみたらわかるのだろうか。
ダンジョン崩落でも怪我をしなかったり、ダンジョンセンターに突き刺さったが、人を巻き込まなかったり、機構側も割とフランクに相手してくれているのは運スキルなのだろうか。
というわけで、山田女史と共に、ダンジョン経験のある社員が数名集められた。
まずは、「どうしようどうしよう」の会とのこと。気楽に臨むつもりだ。
本社の会議室に山田女史、俺、あと社員二名が集められた。
一人目はベテランで役職のない現場社員、中野こうじ、五十歳。
大人しい印象だ。
かつて現場との調整の関係で絡んだことはあった。よくいる、任された領域で専門性を持って対応することに長けた人材だ。
営業のようにベラベラとあっちこっちをフラフラしたりはしない。
二人目は若手の女子社員、水谷ようこだ。
入社二、三年目、ようやく一人前となる頃だが、入社して担当していたプロジェクトが解散し、またゼロから社内でキャリア形成が必要だ。
なお、俺との接点はない。
中途半端な会社は、担当が変わると転職みたいになる。
「みなさん、今日は時間をとってくれてありがとう。
事前にお知らせしていますが、今まで経験している社内の経験と、ダンジョンの経験をどう組み合わせて活かせるかの意見交換を目的にしています。
ゴールは決めていないので、ざっくばらんにお話ししましょう」
ミーティングのオーナー兼ファシリテーターの山田女史が口火を切る。
「ダンジョン経験のある、中野さん、水谷さんと、あの当社のマスコットキャラクター、梶くんです」
「みんなのおもちゃ、梶くんです。わんわん」
ギロリと視線が貫く。
ダンジョン向きだな。
「梶さん、久しぶり。超有名になって驚いたよ。ダンジョン経験はあるとはいえ、俺はダンジョンにはほとんど入ってないんだ。
昔は運動してたけど、最近はさっぱりで」
まあ、そんな感じだろう。
中野さんくらいの年齢からダンジョンで命を張るのは、ギャンブル性が高すぎるように思う。
様子をうかがっていた水谷ようこが話し出す。
「はじめまして、水谷です。わたしはダンジョンに学生の頃、物珍しさでちょっと入った程度です。危ない思いもしたので、これからダンジョンに入るとかは、ちょっとあんまりかなと。
でも、何故かスキルはあるので、日常使いしてます」
「へぇ、それはいいね。どんなスキルなんだい?」
思わず中野さんが聞いてしまう。
「中野さん、スキルはちょっとした機微情報なんです。今後は気をつけてください。
今回はオッケーもらってますので大丈夫です」
「は、はい」
「中野さん、お気になさらないでください。
わたし、スキルは結構オープンにしてますので大丈夫です。
ちなみにわたしのスキルはトレースなんです。真似っこで時短ができる感じです」
「なるほど、それはすごい。RPAやマクロ的な感じだね。めちゃくちゃ使えそうだ」
俺も思わず食い気味に話してしまった。
「そうですか?お焼香の時とか、ちょっと高いレストランとか、お化粧とかに使ってます」
「お焼香は確かに戸惑う時あるわよね。
化粧とか、とっても便利そう。デパートとかうろうろしちゃいそう」
「そうなんです!綺麗なお姉さん見つけると、つい教えてもらってパクってます」
この子の使い道は、無限にありそうだ。
心の中で涎が止まらない。
「梶くん、顔が怖いわよ」
「へ?そっすかねー、あはは」
怖い怖い。
女史はいい目をしているからな。
「ちなみに先ほどの話と逆であれですが、中野さんはスキル方面はどうなんですか?」
「俺はよくわからないんだ。でも、多分目のスキルだと思う」
「目ですか?望遠とか?」
「逆なんだ。細かいところまでフォーカスが合う感じ。老眼になったらアウトなのか、老眼になりにくいのか、ちょっとわからないんだ」
それはそれですごそうだ。
俺は腕を組んで考え込んでしまう。
いったいなぜスキルがあるのか。
独自性があるスキルはあるのに、何故普通のスキルもあるのか。
ダンジョンは俺たち人類に何をさせたいのか。
「梶くん、今度はどうしたの?顔が変よ?」
「顔は普通です。山田さん、ちょっと疑問なんですが、今日の目的は、このお二方のスキルをどう活かすか、でいいんですか?
なんとなく分かりやすくリスキルできそうじゃないですか」
今度は山田女史が少し首を傾げ、悩ましい顔をしている。
「そうなんだけど、それでいいのかしら?わたしも分かりやすくスキルを活かせばいいじゃんと思って、ダンジョンの経験者に声がけしたの。
でも、便利すぎそうで、逆に社内からやっかみとかありそうじゃない?
もしくは梶くんのように、腫れ物になるというか」
「俺も正直、上手に整理は難しいと思います。ダンジョンのスキルが一番輝くのはダンジョンに違いないですから。
俺が道端で叫んでたら、すぐ警察や自衛隊が来ますからね」
「そりゃあ、あんただけでしょうよ。ゴジ○みたいなものだし」
あなたもゴリラみたいですしね、と思った。
「あの、梶さん。梶さんが世界一って本当なんですか?いつか話せたら聞きたかったんです」
「純粋にパンチ力なら、おそらくは。
でも戦う力ってのは、場面場面で変わるから、まさにケースバイケースかなー」
「おお、それは俺も聞きたかったな。
軍隊よりも凶悪って雑誌に書いてあったし」
「それ、性格をディスってません?」
「いいじゃない、ゴジ○みたいなもんなんだし。気に食わないと誰彼構わず噛みつくんでしょ?」
中野さんが思い出したように語り出す。
「そういえば前、仕事で絡んだ時も、各部門の責任者に噛みついてたよね。
あれはダンジョン前だったけど」
「ほら」
女史が得意そうな顔をしている。
あんたには言われたくねーわ。
気に食わない時、リアルに部長ぶん殴っとっただろうが。
リアルアンタッチャブルゴリラのくせに。
「あのー、山田さんはダンジョンは経験ないんですか?」
「もちろんよ。わたしのようなか弱いタイプはちょっと危ないじゃない?ギルドとかで絡まれちゃうかもだし」
「ダンジョンセンターは女性が責任者ばかりですよ。安全、安全。男子が危ないわ」
ギロリ。
「それはさておき、俺はせっかくなので、仕事でスキルを活かせるなら、それはアリと思ってる。
ここからマネジメント路線はないし、専門性が高まることで、評価も変わるんじゃない?
山田さん、そのあたりはどうなんですか?」
「中野さん、ありがとうございます。
社内ではスキルへの手当てはありませんが、高い成果に対しては、きっちりインセンティブで返すべき、という流れになっているわ。
わたしはそれを経営会議に起案するところなわけ」
女史の言葉に頷く。
適切な判断だろう。
俺のような極端な例はともかく、オリジナルなスキルは、才能の一部と今後は言えるだろう。
「今後の世界においては、それがニューノーマルな気がしますね。さすが山田さん。
もしよかったら、バナナ食べます?」
思わずバナナを取り出してしまった。
山田女史は、バナナを俺の手からひったくると、一本もいでかじり出した。
ヤバい、似合う。
ナチュラルにスマホのカメラで撮ってしまった。
「なんかバナナ食べてる山田さんって、可愛いですね。もうちょっと怖い方かと思ってました」
ようこが微笑んだ。
俺が齧られるところ、危うく天の助けだ。
「社内チャットで送っとく」
「わあ、ありがとうございます!待ち受けにしますね」
なんの?
デスクトップ?
確かに魔除けの効果もあるな。
「しかし俺のこのスキル、具体的に何か役立つだろうか?別に顕微鏡とかで代替できるし、生身でやる意味あるかな?」
「確かに半導体とかの検品には活かせるでしょうが、ちょっと鍛えないと汎用性は少ないのかな」
「わたしのスキルはどうですか?」
「水谷さんの場合は、とにかく社内の資料とか、ツールとか触りまくると良さそうだよね。学ぶはまねぶっていうしね。
ビジネススキルが爆上がりするイメージしか湧かない。
まずはあまりオリジナルにこだわらずに、社内外問わず真似しまくるとすごいことになりそうだ」
「ほんとですか!!
山田さん、どう思いますか?社内でスキル使ってもいいものでしょうか」
山田女史は少し考えながら話す。
「現状、ビジネスにおいてダンジョンスキルを使って罰されたケースはないし、社内規定はないわ。
何より見えないし。
でも日本の社会においては、み出しすぎるとやりにくいのよね」
「そこで俺を見ない。
今日も日向ぼっこしながら社内ツール作ってましたよ、どうせ」
ようこからは、少し哀れんだ眼差しを感じた。
「分かりやすいのは、そういった人材を集めて、社内の効率化とか、変わったサービス特化でチームを作ったりすると、ある種起爆剤にはなるかもですね。
俺は混ぜないほうがいいと思いますが」
「あら、なんで?面白そうじゃない?」
「俺はいつ世界の危機に呼ばれるか分かりません。重要なタスクを負うのは、逆に無責任なんですよ。
クラーク・ケントは、新聞記者としては二流でしょ?」
「リアルスーパーマン、カッコいい!
クラーク・ケントは、新聞記者としては二流でしょうがぁ?」
「それじゃあ、金○先生みたいだろうが。アレンジきかすなや」
「この、バカち○が〜」
「言っちゃってるじゃん、うめーし」
この才能、まじやべー。
営業やったらあっという間にトップセールスだぞ。
思わず山田女史と目配せしてしまった。
天才発見だ。
その後もようこのモノマネで大騒ぎしてしまった。
四天王レベルだ。
すごいぞ!!
「あ、あのー、俺は?俺の才能は?」
⸻
今回のリザルト
天才モノマネスター誕生
なかなか五十過ぎてのリスキルはハードルが高い。
腰を据えて臨まねばならないのは言うまでもない。
そこで中野氏は、悔しさをバネにダンジョンアタックを繰り返し、中年の星として雑誌の取材を受けるまで成長してしまった。
ある意味リスキルは大成功だが、山田女史の目論見とは違ってしまったのは言うまでもない。




