第二十五話
ある日ダンジョンができた。
テレビでは、繰り返し練馬ダンジョンの消失を告げていた。
ヘリコプターからの映像や、レポーターが現地の様子を伝えている。
「かーじー、ばーかー、
ばーかー、ばーかー、かーじー、ばーかー」
ふんふん言いながら、のどかはテレビを見つつ、出かける準備をしていた。
のどかの朝は遅い。
今は既に昼前だ。
しかし、専業探索者という名のフリーター、もとい個人事業主は、自由こそが信条だ。
副業者も一定数いるが、異例寄りではある。
やがて、テレビでは練馬ダンジョンセンターの映像も流れ、その壁の一部はブルーシートで覆われている。
「プッ、かおりちゃん怒ってたなー」
のどかは金髪をとかしながら、昨日のダンジョンの主のことを考えていた。
「ダンジョンの意思なんて、わからないけど、なくなるのがデフォルトは困るなぁ」
なんといっても生活の糧でもある。
とはいえ、のどかはこぢんまりしたマンションに住んでいた。部屋は二部屋だが、ダンジョン生活前から住んでいる。
女性の単身者向けとしては、やや高めの部屋ではあるが、東京都内なら標準的だ。
今日はダンジョンセンターではなく、大手町にあるJSRDOの本部に呼び出しを食らっている。
前回ダンジョンの主を倒したときは、ダンジョンの表層に主が来ていた上に、ある意味、世界の危機と整理されていたので、お咎めはなかった。
今回はダンジョンの底へたどり着き、主の討伐を、ある意味自主的に行っていた。
「今回は梶が悪い。あたし悪くない。
梶がトラブルに愛されてるだけだからなー」
梶のことをつい考えてしまう。
あいつは考えなしのバカでありながら、実は理性的であるところ。いつかもあたしを助けに来てくれた。
ほんとバカ。
でも、なんとなくわかる。
何かあればまた助けに来てくれるだろうし、何もなくともまた来てくれるだろう。
テレビには、これから向かう本部ビルの映像が流れている。
テレビを消して、出かける。
◆
JSRDO本部の大会議室には、理事長をはじめ、各理事、部長級の統括もそろっている。
実質の幹部会として緊急の会議が開かれた。
そもそもの今後の方針など、議論すべきことは概ね決まっており、これから始まる会議は、あくまでもヒアリングと意見交換となる。
本来は課長級で検討、整理の上、統括が理事会に上申するのが慣例だ。
理事長の菅原は、経済産業省出身ではなく、民間からの任用だ。エネルギー関連の商社での実績、経験、キャリアを踏まえて抜擢されている。
そのため今回のヒアリングも、頭の硬い理事もいるので、ちょうど良いと全員集合をかけた。
幹部たちには二人を自分の目で見て感覚を得て、今後の判断材料にさせたかった。
そもそもの判断で、アンタッチャブルと定義したのも菅原だった。
実務部隊の特務班を接触させているが、限定的にしている。
菅原は、この後に控えているヒアリングを前に、参加者へ釘を刺した。
「さて、今日の目的は、ヒアリングと意見交換だ。
定刻には例の二人が入るが、あえて皆さんには忙しい中申し訳ないが、事前に集まってもらった。
皆もわかっている通り、くだんの二人は今まで基本的にはアンタッチャブルとしてきた。
理由は大量の魔石の供給や、ダンジョン探索を先駆けてくれていることもあるが、ご存じの通り、その驚異的な戦力だ。
接した人間の命にも関わるし、想定される物理的な損害と、下手なコミュニケーションによるリスクの釣り合いが取れないからだ。
海外からの注目もあるが、それ以上に各国の軍隊が攻略できていないにもかかわらず、既に二つのダンジョンを攻略してしまったのだ。
つまりロケーションの制約はあるが、各国の軍事力を上回る可能性がある。
端的に言うなら『ゴジ○』と『キングギド○』だ。
交渉は無駄だ。大爆発するだけだ。
仲良くしておいた方がいい。
俺は朝から自分に、あの二人のファンであると暗示をかけ続けている。
もし、皆さんのプライドや矜持をもって、彼らと争いたいと望むなら、ファンである俺と刺し合いになる覚悟で頼む。
物理的な援護は期待しないように。
もちろんヒアリングすべきことは遠慮なく聞くこと。
もし偉そうに『国家のため』と言った上から目線の面白発言があった瞬間に、スケープゴートとしてパージするので、ご自身の人生のみ犠牲にしてほしい。
本日の注意事項は以上だ」
この組織のいいところであり、健全であるところは、この理事長あってのものだと、防衛局の理事、兵頭は思った。
我々は事務の一部を除き、自衛隊からの出向者で構成されている。
ダンジョンの危険性や異常さ、不条理さは、我々の中では特に大きな課題だ。
攻めれば攻めるほどモンスターは増え、ダンジョンは深くなる構造であり、基本的に攻略はできないという判断をしている。
今回はその辺りに迫れると良い。
特戦隊の秋山副長は、幸い良い関係性を築いた上に、自身も超人の一人になっている。
手ほどき期間は数日にもかかわらずだ。
兵頭は、願わくば他の理事たちや、上を狙っている博打打ちにはチャレンジしないでもらいたいと願っていた。
会議室の扉が開き、特戦隊の秋山さゆりが先導し、梶をはじめ、春風のどかの二人を会議室の上座へと案内する。
会議室は大きなコの字型となっており、コの字の空いたスペースにはモニターがある。
モニター寄りに二人とさゆりが座り、対面には理事長の菅原が着席した。
コの字の片側は参加者が多く、二列になっている。
菅原は改めて三人を見つめ、いちいち表には出さないが、情報と実際の印象に戸惑いを覚えた。
さゆりはなぜかファイティングポーズを取っているが、梶とのどかは特別な仕草はない。
特に梶は落ち着いたもので、参加者たちを眺めている。
梶はごく一般的なスーツをまとっている。
骨太の印象を受けるが、至って普通の会社員にしか見えない。
やや眼差しが酷薄な印象はあるが、整った顔立ちをしている。
とても世界でおそらく一番の戦闘力を有しているとは思えない。ともすると、すれ違っても気がつかないかもしれない。
普通の若者、たまたまセールスに来た営業の人にしか見えない。
あえて印象的にならないように振る舞っているのではないか。
一方、横の春風のどかは、逆に日本人離れした美女だ。金髪なのもあり、存在感が際立っている。
ただ、非公式だが、梶をノックアウトしたという話はあり、その見た目に騙されると、文字通り命取りと言える。
下座から司会担当の女性が、各参加者を紹介する。
参加者の関係上、片側が多いことについて謝罪があった。
「梶さん、春風さん、理事長の菅原です。
人数の兼ね合いで、名刺交換などなく、すいません。
今日の会議は、先日のダンジョン攻略と、今後について意見交換がしたいんです。
アジェンダは先にお伝えしているかと思いますが、大丈夫でしょうか?」
「探索者の梶です。よろしくお願いします。
また、理事長にはお気遣いいただきありがとうございます。
我々もJSRDOの会員という位置付けで探索者となっておりますので、過剰な配慮は不要です。
過剰な敬称を省かせていただければと思います。
アジェンダについては伺っていますので、予定どおりお願いします」
「同じく春風です。本日は梶をメインスピーカーとさせていただき、私は必要に応じてコメントさせていただきます。
よろしくお願いします」
菅原は少し肩透かしを食らっていた。
菅原であっても、探索者は野蛮であってほしいと思っていたのかもしれない。
機構側のメンバーも、総じて目が点であった。
あくまでも穏やかに会議は始まった。
つづく




