第二話
ある日ダンジョンができた。
そしてダンジョンを運営するインフラができた。
現在は各国独自に管理されている。
日本は行政の管轄、経産省管轄の独立行政法人地下資源開発機構(Japan Organization for Subsurface Resources Development)が運営している。
今日はその練馬支局が管轄している練馬ダンジョンで活動し、景品交換所にやってきていた。
豊洲はきちんとした建物だったが、いつもどおり練馬は景品交換所のプレハブだ。
魔石をジャラジャラと窓口に提出する。
数十万になる。脱サラのタイミングに悩むところだ。
精算を待っている間、のどかからのチャットを確認する。
「梶さん、相変わらずすごいね」
「え? ども」
珍しくアクリル板の向こうから、お姉さんが声をかけてくる。今日は若手の綺麗系のお姉さんで、よく見るが名前は知らない。
「夕方入って二時間くらい? それでこれだけ稼ぐなんて、他にはいないよ」
「いやいや、俺なんてまだまだですよ」
「えー、誰基準なのか知りたいわ。
ああ、ごめんなさい。実は相談があるんだけど、ちょっとだけ話せない?」
俺は時計を確認しつつ、ついにきたかと思った。スキルや強化の秘密についての聴取か。それとも、めちゃくちゃ強いベテランの洗礼か。
「ついにか」
「何が?」
「いや、覚悟できてます。十五分くらいなら」
「? 夜分ごめんね。ありがとう。
ちょっと裏に回ってもらえる?」
景品交換所の裏には事務所があったようだ。
引き戸を開けて入る。
パイプ椅子と折り畳みの長机に案内される。
ペットボトルの水を出してくれた。
最近どこに商談へ行っても、このミニボトルだ。
贅沢にも『JSRDO』のロゴが書いてある。
いやいや、まずはこの事務所からどうにかしろよ。
顔に出てしまったかもしれない。
「わたしも早く建て替えてほしいんだけど、あまりお客さん来ないから」
お姉さんは笑いながら言った。
そして名刺を出しながら、
「今さらだけど、地下資源開発機構練馬支局の三枝かおりです。よろしくね」
「はい、よろしくお願いします。個人の名刺はないので、すいません」
「副業なんだよね。
すごいなー。本業より全然稼いじゃってるんじゃないの?」
「あー。まあ」
どれくらいの稼ぎかは、おわかりなのだろう。
「それで?」
「ごめんごめん。相談は、ちょっと新人の面倒を見てくれないかな、と思って」
「新人? それなら専業の、のどかにでも頼んだらいいんじゃないんですか?
あいつ、暇だろうし」
「怒られるよ?
のどかちゃんにもお願いしたんだけど、梶さんがオッケーしないとダメだって」
あいつにも一応、慎重スキルや警戒スキルはあるらしい。
まあ、普段気遣いを感じたことはないから、断り文句だろう。
「それなら大丈夫ですよ。のどかが面倒を見ても。
あいつにやらせてください」
「あー、のどかちゃんからは、そう言うだろうから、梶さんと一緒ならって」
クソが。
「クソが」
「まあまあ。報酬は、隣のプレハブの内側を綺麗にしてて、男女別の広いシャワールームを用意してるの。
それとロッカーも占有して使ってもいいよ?
ロッカーも特別仕様だから簡単には壊れないし。あ、貴重品は入れないでね」
「なるほど」
自宅はそんなにスペースがないので、ごちゃごちゃあるダンジョングッズ置き場にはちょうどいいかもしれん。
いや、むしろダンジョンに関係ない邪魔なもの、ストーブとか本とか古いDVDとかを置くのにちょうどいい。
とはいえ、そんなもんに釣られていいのだろうか。
「少し魅力的かなと思いますが、収入が減る気もして、労力に見合ってるのかで迷ってます」
正直に言ってみた。
仕事じゃないので、いちいち駆け引きはあまりしたくはないが、せめてプラマイプラスにはしたい。
「私たちの管理システム上の格付けを上げるから」
「何それ」
「私たちのデータベースで、探索者ごとに評点をつけてるの。収入や貢献度合いとか、人柄とか」
「いやいや、そりゃただのCRM(顧客管理システム)のフラグとかログでしょうに」
探索者証がゴールドとかになるわけではないらしい。
「えー、じゃあこの買取十五%アップクーポンをあげるわ」
チラシみたいな紙を受け取り、胡散臭そうに見てしまう。
「古本屋かよ」
しかしながら、こりゃすげえぞ。稼ぎ時だ。
舐めるように見てみる。
「一回限りですか?」
「そうなの。あんまり大した権限なくって。個人的なお願いでもあるから」
「そうなんですか? てっきりギルド側の仕事かと思ってましたよ」
「ギルドって何よ。そんなのないから。男子はみんなオタクよねぇ」
俺のCRMでは、こいつの格付けを下げることにした。
「わかったよ。俺の活動時間内ならいいよ。
新人はどんなやつなの?」
「ありがとう。わたしの甥っ子で十六歳、竜禅寺あすかって言うの」
「強そうな名前だな。絶対激強ヤンキーキャラじゃん。
白の長ランとか着て、盗んだバイクを走らせてるだろ」
そいつが主人公だろ。
かおりが無言でスマホの写真を見せてくる。
そこには中学生……いや、もうちょっと下か? くらいの歳の超美少女が写っていた。
なんだ、大喜利か?
最強ヤンキーが、元々は美少女だった。少女に何があったのか。
「いやいやいや、最近の見せてよ」
「ちょっと、よくわからないけど、これは今」
「今?」
「そう。とっても可愛いから心配してるの」
俺はちょっと混乱していた。
「甥っ子って言ってなかった? 女の子じゃん」
「実物はもっと男らしいよ。さすがに。一番よく撮れたのを大事にしてるだけ」
「ややこしいの出すなよ」
ちょっとその後も揉めたが、明後日の十九時に待ち合わせをすることになった。
会社で社内向けの説明資料を作りながら、なんで顧客とはラフな資料で打ち合わせできるのに、社内のステークホルダーたちへの説明資料は、わかりやすく丁寧に作成しないといけないのかな、と思っていた。
とはいえ、事前情報のない人には、「むかしむかしあるところに」ってところからの説明もいるものだ。
「なあ、結城。急に新人を預かることになって、即戦力化とか、早く独り立ちできるように短期間で育成しようとしたら、どんなやり方がいいと思う?」
「え? そんな人事出てたっけ?」
「いやいや、一般論で。個人的に相談されてさ」
「それはそれで気になるけど、一般的にはOJTじゃないの?」
「そうなんだけど、手間も多い割に、手離れも悪いしさ」
「じゃあやっぱり虎の穴なんじゃない?」
「アニメグッズ?」
「アホか。タイガーの穴だろ」
他愛のないやり取りで気晴らしをして、資料作りに戻る。
フォントとかマジどうでもいい。誰が決めたんだよ。なんで社内向けの説明資料って、いつも。
そして約束の時間になり、プレハブの引き戸を開く。
「どーもどーも」
と、ニコニコしている金髪美女がパイプ椅子に座っていた。
「やあやあ、よくきたね」
「お前のせいでな」
「またまた、そんなこと言いながらも、すごいの仕込んでるんでしょ?」
「まあな」
俺も勝手に椅子に座ると、奥の扉からかおりが顔を出す。
「忙しいところ、ありがとうね」
「ああ」
しばらくして、奥の戸が開いた。
かおりに連れられて、ゴツゴツしたプロテクターを着込んだ、写真をはるかに上回るキラキラしたオーラをまとった超絶美少女が現れた。
「おい、なんか目が霞むぞ。眩しくて見てられん」
思わず目をそらし、のどかに向かってつぶやいてしまう。
「ヤバい、スゲー」
のどかは手をワキワキさせながら、こっちも目をキラキラとさせている。
上気した頬や、ちょっとよだれが垂れそうな口元をしている。
コイツも目の毒だわ。
やむなく俺は目元を隠し、総帥のような両手を組んだスタイルで両肘をつきながら申し入れた。
「チェンジ」
「なんでよ! すごい捗りそうじゃん!」
「お前がやれよ」
「えー、一人だとちょっと色々心配というか、歯止めが利かないというか」
「ヤベー、ぶっ殺してぇ」
言い合っている間に、二人が着席した。
「こちらが竜禅寺あすか君。わたしの甥っ子。まだまだ駆け出しなの。
何度も考え直すよう言ってるんだけど、どうしても探索者を続けるって聞かないから」
「竜禅寺あすかです。オレ、本気で強くなりたいんです」
思わずその可愛らしい顔を直視してしまった。
「ダメだ、脳がバグる」
「もう梶さんしかいないんです。
何故かみなさんに断られて。オレ、本気で」
目をそらし、かおりを見る。
「おそらく、今俺が考えてるとおりの理由で、みんな断ったんだな」
かおりは明後日の方向を向きながら、肩をすくめた。
あすかに向かい、
「正直に言うよ。お前は可愛すぎる。
美少女にしか見えん。
ダンジョンみたいなアホっぽい場所に連れ込むことに抵抗感が半端ない。
もうちょい事情を説明してくれ」
「あたしはなんでもいい。ぎゅってしたい」
「黙ってろ」
あすかは祈るように胸の前で指を組みながら話し出した。
それをやめろ! と思ったが、なんとか堪える。
横の金髪はハーハー言っている。
「オレは男らしく、誰にも負けない、どんな相手も蹴散らせる探索者をやっていきたい。
守られるのではなく、大切な人を守れる、強い男の中の男になりたい。
ちょっと人より弱々しいから、みんなから甘やかされてるし、いろんな奴らからからかわれるけど、好きな女の子にも認めてもらえるような大人になりたいんです」
「ダメだ、頭に入ってこねえ。ちょっとのレベルじゃねぇぞ、お前」
「神の奇跡よね。すごい」
かおりが補足する。
「本人はあんまりわかってないみたいなの。
でもわたしたちは心配で、心配で。
一人で鬼のように稼ぐ梶さんなら、わたしたちの知らない何かの方法で、あすか君を男らしくできると思って」
「お願いします。
梶さんは特別って、かおりさんが教えてくれて」
「それはそれで個人情報的に、内部統制的にどうなん。
思わずスンってなったわ。
まあいい。これも仕事だ。
やってやろうじゃねぇか」
「かっこいいこと言ってるけど、可愛さに負けたのね」
「俺も覚悟を決めた。
あすか、お前も気合いを入れろよ。
後戻りはできねぇぞ」
「はい! オレ、やります」
「あんた、ちょっと変な口調じゃない?」
「もう、ヤケクソだ!」
俺は立ち上がり、外へ向かう。
「あすか、着いてこい!」
「はい!」
後ろからぶつぶつ聞こえてくるが、無視だ。
「ヤケクソとか言ってるし」
「梶さん、もっとビジネスライクなイメージだったから、新鮮」
超美少女と金髪美女を引き連れ、ダンジョンへ突入する。
いつもはアリのあふれる大部屋に突入するが、今日は新人もいるので、小部屋が続く方へ進む。
まだアリが現れないエリアのうちに、準備をする。
「あすか、まずは防御力を上げないといけねぇ。それを脱げ」
「え!」
頬を赤らめるな。バカか。可愛いだろ。
「防具は不要だ。逆に弱くなる」
俺とのどかは、ほぼ普段着だ。
汚れたくないので、割と汚れの付きにくい素材の服を着ているが、防御力はゼロだ。
のどかはローブっぽい服を着ているが、これはスキル狙いで意図がある。
「あまり全部話すと、権利関係に響くから、今からやることなすことの理由を聞くなよ」
「えっ、はい、わかりました!」
のどかがプロテクターを外しにかかる。
こいつ、タッチしたいから手伝ってるな。
ヤバい顔してるぞ。
「ぐふっ、一生やってたい」
「アホか。犯罪だろ」
「のどかさん、ありがとうございます」
俺は例のごとくデカいバッグをゴソゴソする。
そしてテニスボールを出す。
「あすか、お前の武器はなんだ?」
「オレはこの鉄剣です」
あすかはそう言いながら、腰に下げていた鉄剣を抜いた。
「いいね、探索者っぽいな。まあ、そっち方面を伸ばすか。
さっきも言ったが、俺の指示に疑問を持つなよ」
「はい」
「とりあえず、このテニスボールをその剣で俺に打ち返せ。切れるなら切ってもいい」
俺が下手で山なりにボールを投げる。
あすかは真剣に上段から打ち下ろす。
ボールは切れずに俺の方へ返ってきた。
「いいね、続けるぞ」
「・・・」
顔をかしげながら、俺とトスバッティングのように繰り返す。
のどかは静かに通路の先へ行き、警戒をしている。
モンスターと人を警戒している。
百回ほど繰り返していると、ボールが縦に半分となった。
「えっ」
「どうした? 何か変わったか?」
「は、はい。なんとなく振り方がわかったような気がするんです。でも、なんで……あ、聞いたらダメなんですよね?」
そこで強烈な上目遣いがきた。
思わずヨシヨシしてしまいそうになる。
警戒しているはずののどかも、壁に手をついている。
俺たちの方が先に限界を迎えそうだ。
全て教えてしまいそうになる。
でも、こいつはギルド関係者だ。
「そ、そうだ。もちろん。・・・のどか、代わるか?」
「だめ、自信ない」
襲わない自信だろうなぁ。
すごいな、こいつ。
きっと知らず知らずのうちに、すごいスキルを持っているはずだ。
「ふう、ここからが本番だ。
これから俺はお前にこのBB弾を投げていく。
できる限りそれを打ち返せ。できなくても避けろ」
「はい」
「なんとなくだけど、梶、プロセス飛ばしてない?」
「うるせぇ、さっさと終わらせる」
カバンから例のごとくBB弾をつかみ、あすかに投げつける。
あ、ブルーシート敷き忘れた。
あすかは必死にBB弾を打ち返す。
俺もブルーシートは諦めて、次々と投げつける。
打ち返したり避けきれなかったBB弾が、美少女を打ち据える。
あすかは涙目を浮かべながら、それでも必死に打ち返している。
・・・今日も一万個持ってきている。
まだまだ投げつけられる。
「梶、代わるわ」
「なんでだ」
「あんた、ちょっと目がヤバいよ」
どうやらサドっ気が誘発されているらしい。
「あすか、休憩だ」
「は、はい」
息を荒げ、あすかはしゃがみ込む。
女子にしか思えない。
「のどか、休憩後は頼む。まだ半分ある。ブルーシートを敷くよ」
「はいはい」
ブルーシートを敷いたあと、今度は俺が通路の先へ行く。
マジでこいつは何なんだ?
日常生活送れるのか?
ダンジョンへ入ってから、異常性がより際立ってないか?
しばらくして、あすかが立ち上がる。
「お願いします。なんか、強くなりそうな気がしています」
グッと握り拳を握る。
俺には、「きゃるーん」と擬音が聞こえる。
「梶、長くは持たないかなー、と」
「まあ、とりあえずやれ」
うおーっと気合いを入れて、のどかはBB弾を投げ始める。
ゆっくり投げないと、あすかを貫通してしまう。
「こら、ふんわり投げろ」
何投目かで、あすかの打ち返す量が増え始める。
体に当たる量も、やがて減ってくる。
「これ、ほんとすごい方法。大丈夫なのかな、ダンジョン」
パッチが当たるまで、走り切るしかない。
ブルーシートの上に残っているBB弾をまとめて、また繰り返す。
やがて、あすかの体にBB弾が当たらなくなってきた。
「ど、どうなって……なんで・・・」
「聞くな」
俺は俺で、なんとなくあすかを見つめても、可愛いな、と思うくらいには落ち着いてきた。
「逆に聞くが、なんでお前はそんなに可愛いんだ」
「梶、頭大丈夫?」
「いいんです。俺、普段もイタズラに遭いやすいけど、前に初めてダンジョンへ入った時に、友達がちょっと変な雰囲気になったんです。
不安になって、かおりさんに相談したんです。
あと、母は元アイドルの○○なんです・・・」
「そ、そうか」
聞いておいてなんだが、聞かなきゃよかった。
その元アイドル、まだ結婚を公表してねえし、なんだったら女優転身後も現役で、ついテレビで見かけると見入ってしまう。
てか、まだ三十代じゃねえのか。
「これ以上情報を入れると、もうパニックになるわ。
さて、あすか。もうお前はそこらのモンスターには負けなくなってるはずだ」
やっと本番だ。
特訓の成果を確認しよう。
⸻
今回のリザルト
竜禅寺あすか
「剣術」
「物理耐性」
「打撃強化」
「見切り」
もともと保持
「魅了」
・・・俺たちに、
「魅了耐性」
が生えたのは、言うまでもない。




