第一話
ある日、ダンジョンができた。
ダンジョンはいわゆるファンタジー洞窟型で、入り口は穴が開いているだけで、見える区切りはない。
誰が何の目的でここに作成したのかはわからない。
ただ、今や世界で千近いダンジョンが確認されている。
非常に残念なのはレベル制ではないため、我々探索者の格付けがわからないということだ。
スキルのようなものはあるし、強化されていると感じる場面もある。
なんのためにダンジョンに潜るのか。
まれに学者と、その仲間と思しきパーティを見かけることはある。
我々探索者はいわゆる賞金稼ぎなのか、鉱夫なのか。お宝を探し、換金することを生業としているのだ。
もっとも、我々探索者とひとまとめにしているが、俺は副業としての探索者生活を選んでしまっていた。
残念ながら202X年、日本はインフレになりながらも、中小企業では数十年来ほとんどベースアップがない。
生活するにはギリギリだが、豊かな暮らしができるのは大手企業の社員と、一部の中小企業でも優秀な社員のみだ。
構成員の大半は真面目にコツコツ、もしくはルールから逸脱しない範囲で適当に働いているメンバーで、プライベートを何よりも大切にしている。
ブラック労働を奨励していた2010年頃までの日本であれば話は違っただろうが、残念だ。
今日も今日とて、19時からダンジョン開始だ。
会社からは残業がほぼ禁止されており、皮肉にもホワイト化を望む社会のルールのため、生活が逼迫される仕組みになっている。
会社はホワイト化と、会社が負担しない生活改善策として副業を奨励している。
俺は会社に頼らず、生活改善のために時流に乗ってダンジョンに臨むのだ。
場所は練馬インターの程近く。
通称、練馬ダンジョン。自宅の最寄りだ。
このダンジョンは虫系ダンジョンであり、モンスターの討伐難易度は低めだが、数が多いのと生理的に受け入れられにくいため、客足は少なめだ。
探索者証を入り口付近にあるポータル――ほぼゲートの板がない改札機――にかざし、入場する。
感心なことに、探索者証を持たない者はダンジョンに入れない。
入り口で弾き返される仕組みらしい。
ダンジョンは世界と地続きではなく、異世界なのか異次元なのか、どこか別の場所にあるタイプのようだ。
電波も入らないので、残念ながらダンジョン配信はできない仕組みらしい。
電子機器が止まるわけではないので録画はできる。動画サイトへの投稿はできるため、そういった稼ぎ方も可能だ。
さて、何はともあれ今日の副業を開始しよう。
俺はゴツめのガントレットを装着する。拳を覆うような無骨なスパイクも付いている。
俺は派手な剣などではなく、ガチンコファイタータイプだ。
このダンジョンのいいところは、ゲーム的ではなく、入ったところから奥深くまで進んでも、出てくるモンスターは同じ強さで、同じ稼ぎができることだ。
モンスターから俺たちが得ているのは、モンスターを倒したときにポップアップする石――未知のエネルギーの結晶、通称魔石だ。
ダンジョン内は薄暗くはあるが、ご都合主義的にライトは不要だ。
入り口付近はホールのようなスペースがあるが、少し進むと、あとは人が三人ほど並べば端に届いてしまう程度の広さの洞窟が続く。
1分も歩かないうちに、第一モンスターが襲いかかってくる。
全長三メートル近い巨大なアリだ。
ギチギチと音を立て、異常に発達したアゴで噛みついてくる。
俺にしてみれば、ちょうど殴りやすい位置に頭がある。
カウンターで殴りつけると、死んだようで光のエフェクトとともに消えていく。
死ななければ体液や怪我なども残る仕組みなのだが、ここでの狩りを長く続けていると、キラキラしている姿しか見ることはない。
数分歩くと、入り口ほどではないが少し開けたスペースがある。
ここが基本の狩り場となっている。
間もなくアリがドカドカとやってくる。
広場の中央に陣取った俺に、次々とアリが迫ってくる。
食らいついてくるアリにガントレットで応戦し、絶え間なく光へ変えていく。
どんどん来るので、どんどん倒す。
完全に作業だ。
俺としては、大して苦労せずに無限に稼げるイメージだ。
無心になって一時間ほど経つと、アリが途切れた。
地面に無数に散らばっている魔石を拾い、リュックに詰めていく。
容量の多いリュックだが、もういっぱいになってしまった。
とんでもなくコスパがいい。
手数を多く出せるファイタータイプにうってつけのダンジョンだ。
そのままリュックを背負い、ダンジョンから外へ出る。
ダンジョンの中は無音に近いが、外に出る瞬間に風の音や遠くの車の音など、生活音が聞こえてくる。
やはりダンジョンは違う世界なのかもしれないと思う瞬間だ。
ダンジョンの入り口は、空き地にぽっかりと穴が開いていて、潜るというより足を一歩踏み入れるとダンジョンへ入れる。
そんなダンジョンの脇にプレハブ――というより宝くじ売り場のような建物があり、その窓口で魔石に応じた金額を探索者証に記録してくれる。
現金化はネットの専用サイトから申請することで銀行へ入金される仕組みだ。
現金の束を積んでほしいものだが、探索者は血の気も多く、初期には事件化しやすかったため、今やキャッシュレスなわけだ。
窓口ではガラス越しの投入口に魔石を入れ、計算されるのを待つ。
人とのコミュニケーションはガラス越しだし、ベテランのお姉さん方なので事務的に処理される。
まさにパチンコの景品交換所そのものだ。
1日の副業で、今日は会社員としての一日分を大きく超える稼ぎだ。
本業を凌駕するが、そこに社会保障はない。
結果として副業探索者は多い。
「あれ、今日はもう上がり?」
不意に声をかけられる。
同業者である春風のどかだ。
ローブのような外套をまとった金髪のとんでもない美女――日本人である――で、たまにメディアで見かけることもある。
俺よりはいくらか若いが、ダンジョンができた初期から活動している。
いわゆる魔法系スキルを活かした狩りのスタイルで、『専業』探索者だ。
「もう21時だぞ。俺は帰る」
「えー、梶に付き合ってもらうと、クソ効率いいのに……」
「クソとか言うな」
「またー。自分だっていつも言ってるじゃない」
「うるせえ」
つい、のどかと話していると口が悪くなる。
腐れ縁の探索者仲間で、なにかと連れ出されるので毎回は付き合わない。
ただ、のどかも俺もソロ探索者なので、持ちつ持たれつでやっている。
本来、探索者は五、六人でパーティを組んでいる。
おそらくダンジョン系ゲームの影響だろう。
ダンジョンはレベル制ではない。
経験値の分け合いもない。
ただ、スキルの向上や謎の体力、筋力の底上げはある。
結果、探索者と非探索者では、もはや大人と子供ほどの差がある。
身体測定的に計測できるものは数値化されているため、科学的な検証で証明されている。
一方で数値化されないものは、ステータスボードもないので、『非科学的な検証』が必須だ。
「今週末、また検証に付き合ってほしいんだけど、いい?」
「はいよ。検証テーマ送っといてくれ」
そう言って俺たちは別れた。
性格や自堕落な生活など困ったところはあるが、なんせ美女だ。
断る道理はない。
いかにしてスキルを得るのかが、このゲームの鍵だと思っている。
俺ものどかのように専業になって生活できるよう、仕込みは必要だ。
一般的な探索者は地道にモンスターを倒し、底上げを図る。
レベルはないが、徐々に強化されていくのは体感できる。
半年も探索していると、もうある種の超人になっていて、スポーツ競技には参加できない。
剣や槍など、使用している武器に応じてスキルを得て、技術も飛躍的に向上する。
ダンジョンが現れた当初は、自衛隊員が中心となって探索を進めていた。
しかし多くのダンジョンが存在し、すべてを自衛隊が管理することは効率が悪いため、一般人も探索し始めた。
また、世界的にも発生しているダンジョンを各国とも軍隊だけでは統制できず、早々に管理機関のみを立ち上げ、一般公開を開始したことも追い風となった。
ところが、誰でもダンジョンに入れるわけではなく、一定の戦力が必須だということがわかった。
その戦力は総合的な、おそらくパラメーターの合計値で区分されていた。
正しくはパラメーターは見られないので、それに相当する合計値に違いないと類推されている。
体力や筋力、知力などの掛け合わせで基準値を超えれば入れる。
一般人でも基礎体力が少ない者は入り口で弾かれていたが、筋トレを行って強化された結果、ダンジョンに入れたケースもある。
俺は体力、筋力、耐久力でおそらくクリアし、のどかは筋力が特別高くは見えないので、知力が高かったのだろう。
それと同様に、どうやら現在の俺とのどかの検証によると、強化は行った行動に反映して伸びることがわかっている。
普通ではない、ゲーム的だと思う理由でもあるが、剣を振り続ければ剣技が伸びていく。
叩かれれば頑丈になっていくし、身をかわし続ければ敏捷性は高まっていくようだ。
モンスターからの経験値ではなく、行動の対価が強化なのだと思っている。
翌朝起きると、のどかからチャットが来ていた。
『検証テーマは、動体視力を上げる方法でお願い』
『了解、考えとく』
そう返しながら本業へ出勤した。
顧客向けの提案書を作成しながら、なんで提案書って毎回ゼロから作るのだろうかと思っていた。
テンプレ活用で効率化を図ってみても、結局納得できずに創作が発生する。
ただ、悲しいかな、作成した分だけ資料作成技術が向上するわけではない。
効率が悪いと思ってしまう。
でも作ってしまう。
関係者へチャットしてレビューを依頼する。
一息ついてコーヒーを飲みながら、仮説検証に思いを馳せる。
「結城、お前なら動体視力を上げたかったらどうする?」
隣の席の、太い眉毛が特徴のゴツい同僚に聞いてみた。
「なんだよ突然。草野球かなんかか? 部長好きだもんな」
「似たようなもんかな。こう、サクッと変化球とか見極めたいじゃん」
「急に選球眼は上がらんだろ。バッティングセンターから始めれば? 最近あんまり見かけないけど」
「キャッチボールから始めてみるか」
「いや、普通か。昔ボクシング漫画で、飛んでくる大量のピン球を避ける訓練とかあっただろ?」
「それいいな。やってみるわ」
「投げてくれるヤツいるのか? お前まだ子供いないだろ。近所の小学生とかか?」
結城は偉そうに二児の親風を吹かしてくる。
「似たようなのがいるんだよ。似たようなのが」
そして別の顧客向け提案書に着手する。
まずは骨子をゼロから作り始める。
なんで提案書って、毎回。
そして週末の朝。
俺はいつもの探索装備とともに、でっかいボストンバッグを抱え、待ち合わせ場所である『豊洲ダンジョン』管理センターのソファにふんぞり返っていた。
なんで練馬は空き地にプレハブしかないのに、ここはビルなのか。
練馬は都内ではないのか。埼玉なのか。
そんなしょうもないことを考えていた。
ダンジョンの管理は行政の役割となっている。
とはいえ、実際に運営しているのは独立行政法人だ。
儲けの多い場所は予算も潤沢らしい。
ダンジョンは24時間開いている。
買い取り所は場所による。
練馬は10時から22時、豊洲は24時間だ。
「待ったー?」
「今来たところ」
棒読みで返事をする。
一時間遅れてきやがった。
すごい美女ならなんでも許されると思っているようだ。
その通りだ。
「……行くぞ」
「ちゃんと考えてきてくれたみたいね」
カバンを見たのか、上機嫌に話し出す。
「当たり前だろ。お前もネタあるんだろ?」
「お楽しみに」
俺たちは既に相当強化されている。
ぶっちゃけ異常かもしれない。
俺たち二人は『クソ』効率的にスキルを稼げる仮説へたどり着いてしまったのだ。
豊洲ダンジョンの一階は、だだっ広い草原型ダンジョンとなっている。
二階へ続く動線から外れた場所で何かしていても、他の探索者に干渉されない。
また、モンスターが草食獣で大型のため、索敵に苦労しない。
検証には最適だ。
大きな岩の影で、俺たちは検証を始めることにした。
後のことを考え、まずはブルーシートをせっせと敷き、臨時の打席を作る。
のどかを打席に立たせる。
「まずはコレだ」
俺は約束どおりのピン球を、スーパーの袋に入れた状態で取り出した。
「卓球ね。いいじゃん」
のどかにはプラスチックのバットも渡す。
「野球じゃん。まあ、今さら文句はないわ。バックスクリーンに叩き込んでやる」
「いいやる気だ。遠くに飛んでくだけだけどな。まあ、いくぞー」
俺は小さなモーションで次々にピン球をのどかへ投げつけていく。
スコーンッといい音を立てて、ピン球がのどかの額にヒットした。
「ちょっ、痛っ。デッドボールじゃん」
「誰が野球をやると言った。検証だよ、検証」
「もー、ルール教えてよ」
心の中でガッツポーズをしながら、思いついた適当なルールを伝える。
「十二スイングでワンセット。疲れたらアウトだ。力むなよ」
「なんのスポーツでもないじゃん」
「まあまあ、いくぞー」
またぶつけるが、さすがに半分くらいは打ち返され、どこかへ飛んでいった。
「あったまってきたわ。次はホームランよ」
「その勢いだ」
そう言いながら、残った六球をまとめて投げる。
面倒くさくなったからだが、大事なことだ。
「ちょっとっ!」
またいくつか飛んでいった。
スイングが上手になってきた。
「どうだ、なんか閃いたか?」
「全然。あんたに対して軽く殺意が湧いてきたくらい。さっきからあんたニヤついてるじゃん」
美女へのピン球当ては無茶苦茶楽しいので、やむを得ないと思う。
「いやいや、悪いがここからが本番だ。ちょっとピン球では効率が悪そうだ。友人のアドバイスでいいかなとは思ったんだけど」
そう言いながら、今度はBB弾を取り出してのどかに向かって投げてみる。
カーン、と綺麗に打ち返された。
「わたし、野球やったことないけど才能あるかも」
「徐々に才能が開花していくでしょう」
BB弾も一個ずつのどかへ向かって投げていく。
カンコンと打ち返されることもあるが、百個ほど繰り返していく。
「ちょっと球速上がってきたんじゃない?」
「いいスイングしてる。サマになってきたぞ」
「ドラフト呼ばれちゃうね」
調子に合わせ、エスカレートさせていく。
BB弾の入った袋に紙コップを突っ込み、のどかへまとめてBB弾を投げつける。
「来た。結局いつものパターンじゃん」
大量のBB弾を叩きつけられながら、のどかは高速でBB弾を打ち返してきた。
紙コップでの投球を繰り返す。
カバンいっぱいに詰まっていたBB弾をすべてぶつけたので、用意した一万個を投げ切ったことになる。
「一応言っておくと、自然に還るタイプのやつだから安心しろ」
と言い訳しながら回収を始める。
ブルーシートからもザーッと集めていく。
打ち返された分は置いておき、近場のBB弾やブルーシート上の回収しやすいものは集め切った。
「梶」
「なに?」
「キタかも」
のどかの目が怪しく光った。
「もう一回いっとく?」
「うん、お願い。ヤバいかも」
「俺もヤバい気がしてきた。マジでお前も気をつけろよ」
カバンのBB弾をコップで再び投げつける。
非常に残念だったが、期待どおりの結果だった。
のどかには、もうあまりBB弾は当たらなかった。
バットが届く範囲は、すべて打ち返された。
「じゃあ検証結果の確認だな。俺の仮説では、一万回以上のバッティング経験から、球が止まって見える『世界のホームラン王』スキルが生えるはずだ」
「バカみたいなスキル生やさないでよ」
「じゃあ、どんなスキルが生えた感じがする?」
ステータスボードがないし、アナウンスもない。
だから手探りでスキルを言い当てるしかない。
「まずは、『見切り』スキルっぽい感じがする。バットがあったから打ったけど、なかったら結構避けられそうな気がする」
「スゲー。めちゃくちゃいいじゃん。俺、今度接待野球なんだよね」
「昭和の話? バカっぽい会社ね」
「失礼な。相手は大手上場企業様だ。昭和の手法は現役なの」
「営業も大変ね」
「それだけ?」
「うーん、多分バットスキルなのか、棒スキルなのかがありそう」
「やっぱりホームラン王スキルじゃないのか?」
「なんかこう、撲殺っぽいイメージで、縦に振るとスムーズなのよ」
「そうかー。悪球打ちのほうかー」
「野球に使えるのかな?」
古典漫画には疎いらしい。
まあ、美女だから仕方ないな。
「梶はどうなの? いつものパターン?」
この検証の恐ろしいところは、このダンジョンの仕様が杜撰であることがわかることだ。
「こっちのほうがヤバいと思う。おそらく『投擲』と『指弾』スキルが付いた」
俺の指から放たれたBB弾が、のどかの頬をかすめて岩壁に突き刺さった。
「コラ!」
咄嗟には見切りスキルが働かなかったのか、しゃがみ込みながら怒っている。
「怖いじゃない! バカなの?」
「打てよ」
「鬼か」
一万回の投擲は攻撃とカウントされたようだ。
これはうまい。
「さて、疲れただろ? ワンアウト。チェンジだ」
「なに、その変なルール続いてるの? バカじゃないの」
なんやかんや言い合いながら攻守交代し、ぶつけ合った。
「お前もなんか用意してきたんだろ?」
「もちろん。これよ」
ジャーン、と言いながら見慣れない三角柱の鈍器のようなものを取り出してきた。
「トロフィー?」
「バカ。メトロノームよ」
なんとなくわかってきた。
カチカチするのを目で追うのか。
「いいかもしれん」
「確実に動体視力が上がるはず。今となっては、いらないかもしれないけど」
そう言ってメトロノームを動かし始める。
カチ。
カチ。
カチ。
最初は普通だった。
だが途中から速度を上げる。
さらに上げる。
まだ上げる。
「おい」
「なに?」
「これ、メトロノーム壊れるだろ」
「限界を知ることも検証よ」
結果として、メトロノームは壊れた。
そして俺たちは『動体視力』ではなく、別のものを得た。
ひたすら揺れる振り子を何時間も見続けた結果だ。
その後、俺たちは新たなスキルを身につけて帰ってきた。
残念ながら、『睡魔耐性』であったが。
まあ、営業職としては悪くない。
会議中に寝なくなるかもしれない。
たぶん。
⸻
今回のリザルト。
『投擲』
『指弾』
『物理耐性』
『棒(棍棒)』
『打撃強化』
『見切り』
『睡魔耐性』
草野球場に二刀流のホームラン王が生まれたことは言うまでもない。
同時に、接待なのにやりすぎてしまったホームラン王が出禁になったことも言うまでもない。




