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第十七話

 ある日ダンジョンができた。


 そして、無くなることもあった。


 巣鴨は、のどかのホームダンジョンでもあった。


 そこでやりすぎた結果、ああなったのだとすれば、あれをどう認識するべきなのか。


 そんな日々の中、日本のJSRDO主催によるシンポジウムが開催されることになった。


 俺の働きかけもあり、うちの会社も協賛企業として名を連ねている。


 ダンジョンとはまったく関係のない会社だが、平日の昼間に堂々と参加するための理屈を押し通したのだ。


 オリンピック選手が企業に所属するのと同じようなものだ。


 俺は会社のロゴを背負って探索する。


 これは副業なのか、本業なのか。


 何はともあれ、今はこれが落としどころだった。


 俺は会場の控室で出番を待っていた。


 仕事扱いなのでスーツ姿である。


 コーヒーでも買おうかと立ち上がった。


『カジ!』


 その瞬間、エヴァが俺の腕の中へ飛び込んできた。


 おお、ハグか。


 アメリカ流のコミュニケーションである。


「オー、ナイストゥーシーユーアゲイン」


『わたしも!』


 エヴァはそのまま俺の腕を取る。


『今日はエスコートしてくれるんでしょ?楽しみ』


 今日の会場はパシフィコ横浜だ。


 何を案内しろというのか。


 海か。


「今日は発表会だぞ。大人しくしておけ」


『エヴァはどこ行きたい?って。なんでもご馳走してあげるって言ってるわ』


『わーい、大好き』


「馬鹿野郎。だいたいわかるわ」


 当然のようにクノイチもいた。


 今日は珍しくスーツ姿である。


 エヴァは清潔感のある控えめなビジネスカジュアルのスカート姿だ。


 ヒスパニック系のエキゾチックな美貌に加え、軍服ではないこともあり、会場でもひときわ目立っていた。


 今回のシンポジウムにはDERも参加している。


 各国の検証結果をすり合わせる場でもあるのだ。


 会場にはイベントブースまで設置されていた。


 探索者向けグッズ、防犯用品、魔石利用の家電や重機などが並んでいる。


 学者や企業関係者だけでなく、探索者や一般のファンまで集まっていた。


 妙に活気がある。


 俺はメイン会場でパネルディスカッションや講演を担当する予定だ。


 エヴァもアメリカ側代表の一人であり、日本としても丁重に扱う必要がある。


 まあ、その辺りはクノイチに任せておけばいい。


『で、サユリ。ノドカハルカゼはどこ? 挨拶しないと』


『ケンカじゃないんだから指を鳴らさないで。あなたたちが戦ったら第二のスガモディザスターよ』


「お前、今なんか変なこと言わなかったか?」


『ノドカは入口でテレビ取材を受けてるわ。もうすぐ来るはずよ。人だかりができてたでしょ?』


『あー、そういうこと。突っ切ればよかったわ』


 そんな話をしているうちに、ざわざわと周囲が騒がしくなる。


 取り巻きを引き連れながら、のどかがやってきた。


 おお、スターの風格だ。


 俺など普通に素通りだったのに、扱いがまるで違う。


「梶! あ、また美女をはべらして・・・。ひどい男」


「ほんとよね。女の敵よ」


「味方だろうが」


『ハイ。わたしはエヴァ。ノドカ、よろしくね』


『よろしく、エヴァ。会えて嬉しいよ。

梶がお世話になったわ。きっと酷いことされたでしょ?


あいつ、ほんと考えなしで、かわいい子を見ると無茶ばかりするの。わたしもいつも泣かされてるんだから』


『やっぱりカジは酷い男ね。でも、いい男なの。

世界一強い男。ほんと最悪』


『エヴァ、意見が合うわね。もう世界中の女の敵なのよ。

困っちゃうわ』


 美女同士が英語で盛り上がり始めた。


 妙に仲が良い。


「さゆり、お前いらなさそうだぞ」


「なんて酷いことを。わたしも仕事なんです」


「お前も混ざれよ」


「ふん、ばーか」


 さゆりも輪に加わる。


 何となく俺の悪口を共有している気がした。


 実に不本意である。


 かくして、シンポジウムは開催された。


 パネルディスカッションではダンジョン攻略のコツについて質問されたため、とにかく数をこなすこと、武器や行動を繰り返すことで成長が促進されることを説明した。


 だが会場の反応は微妙だった。


 全体の総括としては、モンスターを倒すほどダンジョンは拡張し、より深くなること。


 そして、ボスあるいは主と呼ぶべき存在が強大化していくことが報告された。


 また、消滅した巣鴨ダンジョンの跡地には一切の痕跡が残っていないことも確認された。


 時間を置いても再出現はしていない。


 さらに、アメリカのプロボダンジョン最下層の映像も公開された。


 主の胎児状態と思われる姿まで映し出されている。


 どうやってそこへ到達したのかという質問も出たが、


『ミスター梶による決死の潜航』


 という説明だけで終わった。


 詳細は伏せられたままだ。


 不思議なことに、メディアも俺への追及は控えめだった。


 今回の目玉の一つは、のどかの体感値を基準にしたスライムダンジョンのボス出現条件の推定である。


 魔石納品数などから計算した結果、およそ四万匹討伐という数字が発表された。


 馬鹿げた数だと会場は騒いでいた。


 だが練馬ダンジョンは、その倍近く討伐している。


 おそらく既にボスは存在する。


 ただし出てこないタイプなのだろう。


 一方で、アメリカのネリスダンジョンのボスがどのようなアンデッドなのかを考えると、少し背筋が冷えた。


 アンデッド系は危険な個体が多そうだ。


 もちろん、ただ巨大なゾンビという可能性もあるが。


 それ以外ではスライムの弱点についても議論された。


 魔法に弱いという見解が主流だったが、のどか一人の火力では足りなかったという事実を考えると、皆少し危機感が足りない気がする。


 現状、巨大スライムを倒せる可能性が高いのは砂、小麦粉、そして何より味噌だろう。


 俺は今回の災害で判明した巨大スライム攻略法を説明した。


 特に効果的だったのが味噌であることも発表した。


 良かれと思い、味噌パックを投げつける実演までしたのだが、数の理論を説明した時と同じく、会場は妙に静かだった。


 俺としては有益な情報だと思ったのだが。


 それでも、後に続く探索者たちの役に立ったのであれば参加した価値はあったと思う。


 シンポジウムには各国機関も参加していた。


 その中で、とある国から重要インフラ内に発生したダンジョンの排除要請を受けた。


 だが、ボス出現や人命危機のような状況でもなければ厳しい。


 有給にも限界がある。


 そもそも俺が個人として世界最多の魔石納品者だとアメリカ側は言っていたが、実際にはのどかの方が五万個以上納品しているはずだ。


 非公開なだけで、ロシアや中国など、今回参加していない国にも同レベルの探索者はいるだろう。


 しかし、魔石とは一体何なのだろうか。


 現在判明している物理的、科学的な利用法だけが全てなのか。


 ダンジョン内と外界の違いは、モンスターの存在くらいしかない。


 外にはモンスターが現れない。


 ならば魔石とは何なのか。


 俺は出番を終えた後、会場をぶらぶらしていた。


 エスコートだ、ご馳走だと言っていたエヴァたちは、いつの間にか姿を消している。


 イベントブースを見て回り、魔石利用グッズのコーナーへ向かった。


 魔石は加工が可能だ。


 大きさも形も変えられる。


 粉砕しても性質は変わらず、質量に応じたエネルギーを保持している。


 謎のダンジョンエネルギーである。


 その中で、一つ面白い展示があった。


 魔石を好きな形に加工し、キーホルダーにするというものだ。


 何に使うのかはよく分からない。


 俺はブースの担当者に声をかけた。


「すみません。この製品って何に使うんですか?」


 研究者然とした若い男性が顔を上げる。


「はい。こちらは贈答用などとしてダンジョンセンターで販売しています」


「いや、用途の話です」


「家の鍵につけたりですね。誤作動の可能性があるので、車のキーや電子機器には推奨していません」


「誤作動?」


 そこから男性の目が輝いた。


 完全に研究者モードだ。


「そうなんです! 電気そのものではないんですが、圧力をかけると発熱しますし発電もできます。小型モーターも動かせます。


さらに半導体としても利用可能です。


リチウムやコバルト、インジウム、ネオジムなどの代替素材にもなるんですよ。


でも大きいままだと電子機器がなぜか誤作動するんです」


「なるほど・・・」


 そこで男性は初めて俺の顔を見た。


「え? あれ? 梶さんですか?」


「ああ、多分その梶です」


 名刺交換を行う。


「極東高分子研究所の牧こうせいです。研究者兼マーケティング担当です」


「強そうな会社名ですね」


「ありがとうございます。社長が家業を継いだときに変えたんです」


「社長?」


「社長! 梶さんです!」


 呼ばれてやってきたのは、二十代半ばほどの女性だった。


 派手なシャツにモデルのような体型。


 俺はてっきりコンパニオンだと思っていた。


「初めまして。代表の東かなたです」


「梶です。展示が面白くて話を聞いていました」


「ありがとうございます。私たち、魔石活用のスタートアップなんです」


「メインの研究は?」


「魔石加工です。エネルギー利用じゃなくて、別の価値を生み出せないか研究しています」


「代表は格好よく言ってますけど、主に魔石でキャラクター人形を作ってます」


「三Dプリンターみたいなものですか?」


「どちらかと言うと彫刻ですね。手作業寄りです」


「いいですね。ロマンがあります」


「わぁ!梶様にそう言っていただけるなら、この道を貫きます!」


 俺は少し不穏な気配を感じた。


「ちなみに、形を変えることで何か特殊効果は?」


「ありません。愛でてます」


「僕の研究でも通常の魔石と変わらないことが分かっています」


「魂も宿ってません」


「ダンジョンには持ち込んでない?」


「そこまではやってません」


 もったいない気がする。


「こちらの希望する形状に加工できますか?」


「可能です。金属との複合加工実績もあります」


「なるほど」


 俺は少し考える。


「キャラクター人形には需要を感じませんが、希望形状の試作品を作れるなら、一度詳しく話を聞きたいですね」


「そ、そんなぁ・・・」


「かなたさん、取引ですよ。喜ぶフリして」


「内面的にも迎合しろ」


 俺の中でCRM評価は最低ランクに設定された。


 だが研究内容自体は面白い。


 後日打ち合わせをする約束だけして、その場を後にした。


 なかなか有意義な散歩だった。


 もう帰ってもいいだろうか。


「さゆり」


「はい、ここに」


 左後ろから声がした。


「やっぱりいたのか」


「当然です」


「エヴァも見かけないと思ったら、ニンジャごっこかよ」


「ちなみにエヴァさんとのどかさんは、もう打ち上げ会場へ向かっています」


「やっぱりお前いらないじゃないか」


「いえいえ。梶さんのサポートとして必要です」


「何したんだ?」


「また綺麗な女性と仲良くしていたので、写真を撮って送っておきました」


「害しかないな」


「ありがとうございます」


「ありがとうございますじゃねぇわ」


 ⸻

 

 今回のリザルト


・ノウハウを開示したが、あまり受け入れられなかった。

・面白そうなおもちゃを発見した。


 なお、打ち上げ会場で女性陣から集中砲火を浴びたのは言うまでもない。


 もっとも、傍から見れば美女を侍らせている悪い男に見えるのも、また事実だった。

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