第十六話
ある日ダンジョンができた。
そして、一つのダンジョンがなくなった。
スライムを倒して約十分で、ダンジョンが崩壊した。
正確には、スライムを倒した俺たちがダンジョンを出た瞬間に、ダンジョンが崩壊したのだ。
外の世界には影響なく、入り口がなくなっただけだった。
中には他に探索者はいなかったし、生き物もいなかったと思われるが、もしいたら排出されるのだろうか。
ダンジョンがなくなったことで、メリットは今のところどこにもなかった。
むしろ巣鴨の産業が一つ消えてしまった。
魔石ありきの産業や機構としては、ヒヤリとしただろう。
ほどなく、ダンジョンの踏破に関して規制が敷かれることは間違いなかった。
世界で初めてのことだから、各国の関連機関も調査に訪れることになるようだ。
引き続き、当面ダンジョンへのアタックは控えめになる気がした。
週明け、本業へ出勤すると、いきなり役員室へ連行された。
俺の四つぐらい上の上司である、常務からの呼び出しだった。
「梶、これお前だろ?」
ネットニュースの画面を見せられる。
ダンジョン前で、自衛隊や探索者に囲まれた会社員姿の男性が写っていた。
場違いさもあり、妙に映えている写真だ。
「いやー、まあ、そうです」
誤魔化そうとしたが、こういった場合には、常務ともなると完璧に裏取りされているものだ。
副業は会社に認められ、申請もしている。
ちょっとアレなのは、労働時間超過系くらいだろう。
「悪いが、これを頼む」
渡されたのは色紙の束だった。
「娘がお前のファンなんだよ。馬鹿だよなー。サインをくれ」
「・・・分かりました」
馬鹿と言いつつ、サインを書かせる上司よ。
色々ツッコミたかったが、そこは会社員のサガだ。
黙って受け取る。
「ここで書いてってくれ」
役員室のテーブルを指されてしまう。
まあ、怒られるわけではなく、むしろこういった形で収めようとしてくれているのが分かる。
常務の懐の広さには敵わないな、と思った。
「それは、たまきちゃんへって書いといてくれ」
「へい」
変な声が出てしまった。
「娘さん、たまきちゃんって言うんですね。いいお名前ですね。かわいいんですか?」
「・・・おい。うちの娘に手を出したら殺すぞ」
こらこら、コンプラ的にどうなんよ。
秒での前言撤回であった。
「あはは」
誤魔化しつつサインする。
サインと言っても、でかく名前を書くだけだ。
「まあ、世界初の偉業だよな。梶、お前このまま仕事するのか?
こう言っちゃなんだが、お前は世界的なスーパースターだぞ」
常務の言わんとすることは分かる。
もう本業をいくら頑張っても、副業分は稼げないかもしれない。
「でも、専業だと、いつお役目がなくなるか分からないですし。ダンジョン消えちゃいましたし」
「お前が消したんだけどな」
「・・・」
どうやら一般まで浸透しているようだ。
街中を歩けるのか?
普通に電車に乗ってきたぞ。
まあ、会社員に紛れたラッシュの中から俺を探すのは、ウォーリーを探すどころではないだろう。
なんせ見た目は普通の会社員なのだ。
「はい、終わりました。たまきちゃんによろしくお伝えください」
ギロリと睨まれる。
「行ってよし」
「失礼しました」
役員室から命からがら脱出し、座席に戻る。
隣の結城が話しかけてくる。
「おい、大丈夫か?」
「おはよう。大丈夫だ。こってり絞られたけどな」
「なんて言われたんだ?」
「会社辞めんのか?とか、娘に手を出すと殺すぞ、とかかな」
「なんのこっちゃ。まあ、世界的有名人だもんな、お前。
俺も隣の席でイチ○ーが働いてたら、すげえ気を遣って嫌だわ。
ユン○ル飲みましたか、とかさ、聞いちゃいそう」
「まあ、俺の場合、メディアはお断りだから。
さすがに今回はちょっと大事だったから、統制は無理だったんだろうな」
「今の時代、本人特定なんて秒じゃないか?」
「まあなー。どーしよーかなー」
ありがたいことに、俺の周りは以前と変わりなかった。
時には商談に行くと、全然関係ない部署の人が来たり、サインを求められたりしてしまったこともなくはなかったが、ごく一部だ。
でも、相手に気を遣わせているのは感じ始めていた。
誰だって、仕事相手が人間兵器だと知ったら、おっかなびっくりになるものだ。
むしろ客寄せパンダ的に使ってもらうなど、振り切ってもらうならいいのかもしれないが。
◆
週末の夜、俺はのどかを誘い、こじんまりとしたイタリアンに来ていた。
ローブではなく着飾った美女は、周りの目を集めてしまう。
「もう元気そうだな。体調は大丈夫なのか?」
「何よ。もう大丈夫って言ったでしょ。
もともと頑丈さは、ガン○ム顔負けなんだから。
あんたのせいで」
「ダンジョンでは心までは強くできない。俺たちは所詮、か弱い人間だしな。
一人で取り残されたりしたら、不安にもなるだろ?」
「はっきり言うのね。でも、またあんなことになったら、助けてくれるんでしょ」
「バカだな。当たり前だろ。でも、いつも勝手に一人で行くなって言ってるだろ」
「あんたと違って、あたしは専業なんだから無理でしょ」
「・・・」
俺はのどかを静かに見つめ、手を伸ばした。
「あのー」
「ゴホン」
隣の席から声がかかる。
「なんで同じテーブルじゃないのか、とか。
俺たち横にいるんだけど、とか。
そもそも何考えて生きてるのか教えてほしいんですけど」
「なんで私たち呼んだ?」
「み、見てるこっちがしんどいんだけど。
ど、どっか別でやってほしいかな」
こいつらも労いを兼ねて呼び出していた。
さゆりの普段着も見慣れない。
こいつも美女であることは変わらない。
アッキーは変わらず、小動物的なかわいらしさだ。
でかいのは、邪魔だ。
「そうだった。失礼。俺としたことが、礼を欠いたな。すまん。適当に食ってくれ。ご馳走する。
以上」
「そうじゃないでしょ」
「そういうことではないです」
長いフリによく乗ってくれた。
「悪い悪い。実は相談があってな」
俺は椅子を引き、姿勢をあらためた。
「俺たち、ダンジョン踏破したわけじゃん?
ダンジョンのボスまで倒し、ダンジョンもなくなってしまった」
「はい。そこは世界のスーパースター、梶さんのおかげというか、全ては梶さんが悪いというか」
「ま、魔王『梶』説もあるとかないとか」
「機構的には、梶さんはアンタッチャブルです」
くそう。
身近なこいつらでさえ、なんとなく畏れを抱くのなら、一般のみなさんはどんな感じなのか。
それとも考えすぎなのか。
「あたしは感謝してる。みんなもありがとう。
あんなピンチ、初めてだった。これからの人生、スライムを見たら全て爆砕させるわ。
じゃなくて、いつか恩返しさせて」
「そこはお互いさまです」
「わ、わたしは友達だし」
「私はファンだから」
「お前には、俺を前後不覚にして、瀕死の重傷を負わせた貸しがある。
あと、吹っ飛ばした練馬の事務所の費用分の借金もあるからな。
地の果て、地獄の果てまでも取り立てに行くから安心しろ」
「うん、安心」
三人からのジトーッとした目が痛い。
「で?」
代表してさゆりが聞いてくる。
「もう副業は潮時かな、と思うんだけど、どうかな。
割と職場の人々は寛容なんだけど、お客さんに悪いなぁと。なんせ俺自体が危険物だし」
「俺は逆に、とっくに辞めてしまいましたよ。
梶ブートキャンプにより・・・。
もう普通の男の子には戻れないっていうか」
こちらも見た目も中身も危険な男、ユッキーならではか。
「ぎゃ、逆によく今まで普通に働いてこられましたね。
しかも信じられないくらい稼いでますよね?」
「まあ、大半が練馬の爆発で消えたがな」
のどかが変なことを口走りそうだったので、牽制しておく。
さゆりがあざとく首を傾げながら言う。
「うーん、普通の会社じゃなきゃ大丈夫じゃないですか?ちなみに梶さんが機構に来てくれるなら、歓迎します!三階級特進です!」
「殺されるんかい。今さら転職ってのもな。
ゼロからへいこらするのもしんどいし。
割と妥当解は機構とかなのか」
「梶さん、副業としての探索者には、何かこだわりがあるんですか?」
この中では一番まともな、ユッキーが聞いてくる。
「アメリカに行く前さ、俺は少し目標を見失ってたんだ。働きがいを求めるなら、むしろ仕事の方がしんどいけど、社会貢献も含め、でっかいこともできるしな」
俺はグラスを傾けた。
「ダンジョンには娯楽を求めてたけど、ダンジョン側がついて来られていないというか。
まあ、今回はなかなかだったし、のどかのためではあったものの、正直刺激もあった」
「梶さんは、ほぼ料理をしていたようなもんですけどね」
「わ、わたしはポッキ○だったけど」
こっちはこっちでトラウマを与えてしまったようだ。
「次はプリッ○買っとくわ」
「やめたげて」
「まあ、そんなわけで悩んでるってこと。
専業である先輩方と、暗殺集団にいるクノイチに聞いてみようと」
「誰が暗殺集団か。今や世界平和のために生きとるわ。
でも、梶さんにお伝えしたかったのは、先ほどの通りです。勧誘のみです。クノイチ的には」
「梶が本腰入れると、世界から全てのダンジョンがなくなっちゃうんだけど。
そういう意味で、あんたは副業程度がちょうどいい。
これがあたしの結論なんだけど」
「世界を恐怖のどん底に突き落とすわけにもいかないしな」
「どんなスタンスなんすか」
ユッキーに突っ込まれる。
「まあ、会社には営業ではなく、どフロントか広報とかにぶっ込んでもらうかな。
なんとなく整理がついた。みんなありがとうな。
すごい検証方法を考えたら教えるよ」
なんとなく、みんな嫌そうな顔をしていた。
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今回のリザルト
・仲間は大切と知る
例のごとく、みんなで朝まで飲み食いし、カラオケで遊び倒したのは言うまでもない。
とりあえず、当面はこのまま行くことにしたのも言うまでもない。




