第十四話
ある日ダンジョンができた。
俺はなんとなくダンジョンを休業し、本業に専念していた。
新年度を迎え、部署の組み替えや人事異動があり、なんとなく職場は浮ついている。
この時期ならではなのが、社長や役員による主要顧客への挨拶回りだ。
先方の秘書と自社の社長秘書の双方と調整し、スケジュールを決定する。
なんやかんやで遅い時間まで、事前打ち合わせに向けて訪問先との取引状況をまとめたり、トピックスを整理したりと説明資料を作成していく。
これ、口頭でいいんじゃないかといつも思う。
なぜなら当日の訪問直前に、受付前のロビーで同じ話をするからだ。
まあ、これも風物詩として諦めよう。
「おい梶、最近結構遅くまで残ってるな?」
「ああ、なんとなくやることが詰まっててな。
結城こそ遅いじゃないか」
「いやあ、ちょっとトラブルがあってな。
取引先が急に行政指導を受けてさ、取引停止になりそうなんだよ。
どうしようもないけど、あちこちと調整があってな」
「その割には落ち着いてるじゃないか」
「まあ、こういう時こそ気持ちと行動を分けないとな。
下手すると判断を間違えそうじゃんか」
「おお、さすがベテラン」
「いやいや、冷や汗ものだよ。あれ? お前、なんかスーツ新調してないか?
独身貴族は金回りがよくていいね」
「いやあ、ちょっと酔っ払ってたのか分からないんだけどさ。なんかスーツが破れちゃって。
やむなく新調したんだよ」
「おいおい、また例のダンジョンにでも落ちたんじゃないのか?大丈夫か?」
「大丈夫だと思う。逆に肩こりもなくなってさ、妙に体調がいいんだ」
俺はエンターキーをターン! と叩き、資料を完成させる。
「ほいじゃあ、お先。対応頑張ってな」
「ああ、良い週末を」
「そうだな。良い週末を」
俺は大人しく帰路についていた。
正直、前回の燃え尽きに近い感覚がある。
テレビではダンジョン関連のニューヒーローやヒロインの登場が話題になっていたり、DERからの新事実がニュースになっていたりと、まだまだダンジョン関連は注目を集めている。
スポーツのような華はある。
だが、シンプルすぎる世界観に、どうもやる気が出ないのだ。
のどかからの連絡もなぜか途絶えており、それも俺のやる気を削ぐ一因となっている。
自宅最寄りの駅に着いた時、珍しく着信があった。
着信『カッキーナ』
カッキーナ?
誰だ?
『はい』
『もしもし! よかった梶さん!』
『はい』
『ち、ちょっと! 日野です! 日野あかりです!』
『ああ、アッキーか。どうした?珍しいな』
『な、なんで迷惑電話に出た時みたいな対応なの・・・。じつは、のんちゃんと連絡がつかないんです』
『ダンジョンじゃないのか?』
『きっとそうなんですけど、本当は三時間前に約束してたんです。でも全然連絡がなくて。
昼間ダンジョンに行くって言ってたし、連絡がないなら何かあったと思って』
『何か問題があるんだな?』
『実はこのダンジョンなんです』
アッキーはリンクを送ってきた。
リンク先はネットニュースだった。
――巣鴨ダンジョン、ダンジョンあふれか?――
四月二十四日十八時頃、通称巣鴨ダンジョンの入り口が封鎖された。
ダンジョンから脱出した探索者によると、突然モンスター(スライム)が一斉に消滅し、奥から巨大なスライムが出現したという。
試しに攻撃を行ったが効果は見込めず、慌てて脱出したとのこと。
有名探索者の閃光の聖女氏が食い止めようと攻撃していたが、結果は不明。
なお二十時現在も封鎖は解除されておらず、結果は不明。
近隣住民には避難勧告が出されている。
政府の発表によると、自衛隊ダンジョン特殊戦部隊の投入も・・・。
『大事じゃんか』
『そうなんです!!梶さん、なんでそんなに落ち着いてるんですか?』
俺はスライムと聞き、ついにこの時が来たと思った。
ダンジョンといえばスライムであり、スライム討伐こそダンジョンの醍醐味であり命題なのだ。
このヘボい仕様のダンジョンとスライム。
討伐するなら何を使うか。
俺はいくつか当たりを付けていた。
『ちょっと逆にスンってきたというか。
まず、閃光の聖女って誰よ』
『あー、そこからだったんですね。のんちゃんに決まってるじゃないですか!
ダンジョン関連の情報、全然知らないんですね。超有名人ですよ!
のんちゃんが危ないんです!』
『まだ連絡が取れないってことと、ニュースを踏まえると、まだ中にいそうだな』
『はい。梶さん、お願い!のんちゃんを助けて』
『巣鴨かー。なんやかんや電車が一番早いのか?
まあ分かった。すぐ向かう。
アッキーも来い。できることがあるかもしれん』
『分かりました!すぐ向かいます!
三十分くらいだと思います!』
『俺も同じくらいかな・・・。ん?どこかから着信だ。あとでな!』
『はい!』
俺は電話を切り替える。
『はい』
『梶さん?今大丈夫ですか?』
『はい』
『ちょ、ちょっと!三枝です』
『ああ、かおりちゃんか。どうした?』
俺は仕入れのために駅前のスーパーへ向かいながら話す。
『なんか迷惑電話の時の対応みたいね。登録しててよ』
『いや、他の電話に出てたんだよ。それで?』
『梶さん、ニュース気付いてないの?
巣鴨で今大変なことが起こってて、のどかちゃんの安否が分からなくて』
『ああ、それはさっき見たよ。
俺もこれから巣鴨に向かうつもりだ』
『何よ!その件に決まってるじゃない。それで、今どこなの?』
『XX駅のスーパーだ。これから電車で向かう』
『ちょうどよかった!今、練馬ダンジョンにヘリが向かってる。そこからならここまでタクシーならすぐでしょ!』
『ヘリが練馬に向かって来てるのが怖いな。
まあいい。会計したらすぐ行くわ』
『か、会計・・・。
のどかちゃん、なんでこんな変な・・・』
『ん?悪口か?急いでるから切るな』
『こっちのセリフよ!』
俺は慌てて目的の物を買い物カゴへ入れていく。
十分かどうか・・・。
冷や汗が流れる。
大丈夫だと言い聞かせる。
会計を済ませた俺は、全力で走り抜ける。
人をひかないよう注意しながら、練馬ダンジョンを目指す。
駅からダンジョンまで二キロ弱だが、俺としてもギネス級の速度で到着した。
時を同じくして、ヘリも練馬ダンジョンのヘリポートへ降りてきている。
あれ?
なんか練馬ダンジョンの事務所、リニューアルしてないか?
「梶さん!こっち!」
ヘリからさゆりが手を振っている。
事務所からはかおりちゃんが髪を押さえながら歩み寄ってきた。
「かおりちゃん、行ってくるわ!日本だから土産なしな!」
「バカ。アメリカからも私には土産なかったでしょ。
気を付けて!」
俺は軽く手を上げて返事をしながら、ヘリへ乗り込んでいく。
ヘルメットを渡され、ベルトを装着する。
「スーツにネクタイ、ビジネスバッグ・・・。
本当に兼業なのね」
「馬鹿野郎、こっちが本業だ」
「だから馬鹿野郎なんて、今どき誰も言わないって。
梶さん、久しぶり。変わらないわね」
「まあな。美人クノイチはテレビにネットに大活躍だけどな」
「それを言わないで。機構からのプロパガンダでもあるの。
エヴァと一緒で、踏破者扱い。
梶さんが出てくれたらいいのよ」
「副業だからな。メディアはちょっと」
「もう・・・。なんとなく聞いているかもしれないけど、巣鴨ダンジョンで巨大スライムが入り口を塞いでる。
こっち側ではなくダンジョン側にいて、外には出ていないわ」
「多少は試したんだろ?」
「ええ。銃器は外だから控えてるけど、それ以外の投擲、斬撃、魔法なんかも試した。
でも全然効果が見えないの」
「少しは削れてるんだろ?」
「うん。まったく効いていないわけではないと思う。
でも一時間以上膠着状態なの。
梶さんならと思って、練馬に向かうことにしたのよ」
「それそれ。よく俺が練馬に帰ってるのが分かったな」
「え、ああ・・・。なんとなく」
お?
さすがに俺もピンときたぞ。
「もしかして俺、監視されてる?危険人物だもんね」
「いやいや、ずっとではないわ。ときどき、ときどきよ」
「運転手さん、こんなこと言ってるよ、こいつ」
「えー、本官は自衛隊東方面隊所属でありまして、分かりかねます。
はい、ではダンジョン横のビルにあるヘリポートへ降りますー。
お気を付けてー」
ヘリポートへ到着する。
外から別の隊員が駆け寄り、ドアを開ける。
「エレベーターを降りて、ロビーを抜けたらすぐです!」
「ありがとう」
隊員の先導に続き、俺とさゆりは駆け出した。
非常階段を降り、エレベーターで一階へ向かう。
「さゆり、そういえばゴーグル借りられないか?
サングラスでも何でもいいが」
「どう?」
同乗している隊員へさゆりが確認する。
『至急、第一班。こちら第二班。
ヘリから地上へ向かい中。
スターからゴーグルの貸与所望あり。
用意可否送れ』
『ゴーグル用意完了、送れ』
『了。
到着次第受け取る。
終わり』
なんか格好いいやり取りをしている。
一瞬、俺のやろうとしていることとの温度差や、背負っているものの違いを感じてしまった。
まあ、いつものことか。
ロビーを抜け、ダンジョン前へ向かう。
入り口を大きく囲うように規制線が張られている。
その外側に、きょろきょろしているアッキーを見つけた。
「さゆり、あそこにいる赤い髪の女の子が分かるか?
あれはお前と同じで俺のパーティだ。
手伝ってもらうので、中に入れてやってくれ。
日野あかり。探索者だ」
「私もあなたのパーティのままなのね。ありがとう。
ちょっと待ってて」
さゆりがアッキーの方へ向かう。
まもなくアッキーを連れてきた。
「へ、ヘリコプターで登場とか、ヤバすぎるんだけど・・・。でも来てくれてよかった。
のんちゃんを助けて」
「俺を呼んだ時点で、もう異次元空間行きが決まってしまったな。まあ、アッキーも俺のパーティだ。
やるべきことを手伝ってもらう。
非常に高尚なので、気を付けろよ。
ちなみにアレルギーはあるか?」
「嫌な予感しかしないんだけど・・・。
一応、スギとか牛乳以外は大丈夫」
「それはよかった。完璧だ」
パーティにアッキーも加えて、ダンジョン前に着く。
左右に目隠しを立てて、外側からは見えないようにしている。
「おいおい、もう入り口全体がスライムで覆われてるな」
さゆりが答える。
「そうなの。隙間もない。
ダンジョンとの境目ぎりぎりまでスライムなの」
「外側からは攻撃できてるんだな?」
「はい。それは間違いなく。一応、切れるんです」
おそらく境界を越えたら干渉できるのだろう。
「面で押してみたか?」
「触ると溶解が始まるので、実験できてないわ」
「そうなると、例のBB弾的なのとか、石とかはどうだ?」
「勢い次第かもしれないけど、スライムに刺さったりはする。でもダメージというより、当たってへこむくらいだと思う」
「なるほど。じゃあ、何が溶けて、何が溶けないかは分かるか?」
「石や鉄は溶ける。プラスチックも溶ける。
あと人や動物も溶ける」
「怖いこと言うな。木はどうだ?
フランスパンとか」
とりあえず、割り箸をカバンから取り出して、袋ごと刺してみる。
境界を越えて、割り箸はスライムに刺さっていく。
ビニールの袋は溶ける。
割り箸は溶けていない。
すぐに溶けないだけなのか分からず、とりあえずぎりぎりまで刺しておく。
「木はいけそうだな」
「ほ、ほんとだ」
「さゆり、どこかから木のテーブルをもらってきてくれ。あとゴーグルな」
「は、はい。あなた、聞いてたわね。
木のテーブルを近場から調達してきて」
「は!」
自衛隊員が駆けていく。
呆然と見ていたアッキーに声をかける。
「アッキー」
「はい!!」
「割り箸、あと二セットあるんだ。
二カ所に刺すから、刺さったあと燃やしてほしい。
ああ、その前に、小さい火でいいから表面をあぶってみてくれる?」
「分かりました・・・。よいしょっと」
バーナー程度の火が、スライムをあぶる。
火を止めて見てみると、まったく何の影響も示していない。
「魔法はこの境目を越えないルールなんだな」
「ほ、ほんとだ。どうすればいいんだろう」
「検証と一緒だ。俺は思うに、境目とスライムの間に空間を作ること。
その隙間でできる攻撃を考えて、一気に攻めたいんだ。
知恵を貸してほしい」
「うーん。さっきのテーブルで押したいんだよね?」
「まあ、そうかな。やり方を決めたっていうより、木ならいけるなら、テーブルで面を押したいな、と」
「うーん。あ、ゆうさんもさっきの近くにいると思います。使えるかも」
「そうだな。
ユッキーを押し付ければ、少しはスライムがへこみそうだな」
「違う違う!押す方、押す方。
わ、分かってるくせに!」
「はいはい。さゆり!
今度はさっきの規制線側に、でかいキーン軍曹くらいの男がいる。
近藤ゆう。ゴーレムだ」
「また適当な。呼んでくるわ」
おそらく調達できるのは、木のテーブルとゴーグルだ。
ダメージソースは、アッキーの魔法と、俺がいくつか用意しているものになる。
まずはスペースを作りたい。
「うーん」
さゆりがユッキーを連れてくる。
周りの自衛隊員も見上げて、声を上げる。
なんか強そうだし、やってくれそうだ。
「梶さん、ご無沙汰してます。呼んでくれてよかったっすよ。
気が付いたらあかりさんが連れていかれてて、電話しても出てくれないし」
「ごめんちゃい」
「扱いが軽い」
「今、アッキーと検証しようとしている。
ユッキー、お前の役目は、まあ重機係だ。
もしくは木だ」
「ハハ、お遊戯会ですか。まあ、存分に使ってください」
「もうすぐ木のテーブルが届く。どうやらスライムは、木による攻撃はいくらか受け付けるようだ。
あと、すぐには溶けない。
ユッキーには木のテーブルを押して、スペースを作る役目をしてもらう。
ただし隙間ができると、スライムが寄せてくる。
お前はダンジョンには極力入らずに押してほしい」
「なるほど、重機ですね。でも、木の分を押せても、そこに空間ができないんですよね」
「き、木の表面にトゲトゲを付けるのはどうかな?」
アッキーが言う。
俺もなんとなく近い気がする。
「おそらく、分離していないと木の一部扱いだろう。
できれば宙に浮かせたい。俺が少しでも攻撃できれば、おそらく解決するはずだ。
もしくはアッキーが安全に手を中に入れ、そこから爆炎魔法をぶち込めばいい」
「じゃあ、木の桶を逆に突っ込み、そこで木ごとぶっ飛ばしたらどうですかね?」
「おお、ユッキー、冴えてるな。さゆり、聞いてたな?
木の桶も頼む」
「分かった。この際、五月雨式でもいいから、どんどんオーダーしてくれていいよ」
俺はさっきの割り箸を確認してみた。
まだ、ほとんど溶けていない。
木を攻撃対象や手段として認識していないようだ。
スライムが入り込まないほどの、細かい目の木でできているものでもあれば・・・。
つづく




