第十一話
ある日、ダンジョンができた。
今日はダンジョンブートキャンプを開催することになった。
今までの集大成を、さゆりとエヴァへ伝授する。
ネリスダンジョンの広場とは反対側の、あまり人の来ないエリアでトレーニングを開始する。
彼女らもモンスターを倒した量はそんなに変わらないかもしれないが、このダンジョンはスキル制だ。
身につけないともったいない。
しかも、お手軽に多くのスキルが身についてしまう。
エヴァの現状のスキル構成は、元々の水魔法、銃器使用での、おそらく弓とかと同じ扱いで、「必中」「強撃」「集中」「鷹の目」「音耐性」「短剣術」あたりだろう。
部隊でも大切にされていることから、変わった二つ名があったりするのだろうか。
さゆりはエヴァと同じようなスキルと、ハワイで俺を探知できたことから、「気配察知」やニンジャっぽい「投擲」「剣術」とかもありそうだ。
初期のスキルは不明だが、今回のミッションに抜擢されているので、自衛隊でも特別な存在の可能性はある。
堅物かと思いきや、通訳でのいじりなど、かわいいところもある。
まあ、俺には彼女らの各組織での位置付けは関係ない。
今日一日で改造を図るだけだ。
隠密に向けて、さすがにブラインドはないので、今日は傘だ。
最初に注意点だ。
「俺からのレクチャーに関して、いくつかルールがある。それには絶対従ってもらう。
疑問や質問はダンジョンを出てから受け付ける。
また、ポイントは繰り返して行動するということと、目的意識を持って、適当に行動しないことだ」
『梶さんの指示には絶対服従。どんな恥ずかしいことにだって』
「言ってない」
エヴァは、ちょっと恥ずかしいような、怒りのような表情をしている。
ファッ○的なことをぶつぶつ言っている。
まあ、エリート魂とニンジャへの憧れの狭間で逡巡しているってやつか。
「やり方は簡単だ。傘をかざして相手から身を隠し、すぐ出て、すぐ隠す。その繰り返しだ。四、五千セットはやりたい。
ここでの目的は、相手の視線から隠れることをしっかり意識して、スピードはできるだけ早くすることだ」
「傘・・・」
「まずはさゆりから。エヴァは、しっかりさゆりを見てろよ」
俺は傘をさゆりに渡す。
さゆりがエヴァに手順を説明する。
「さあ、始め」
さゆりは最初、恥ずかしそうにしていたが、やけになったのか、素早く傘に隠れ、出てを繰り返す。
「ちゃんと隠れる気持ちを忘れるなよ」
時折、遠くに現れるゾンビは、BB弾の指弾で瞬殺する。
俺は目線を切らず、座ってあぐらをかく。
エヴァも同じように座る。
体育座りだ。
『カジ』
「ホワット?」
『あなたは何者なの』
「アイム、ハジメカジ。ア、ディテクティブ」
「ぷっ、バカね」
『え? バカ!こっちでもコ○ンはやってるわ』
「アイドンノー」
適当な会話を続けていたが、急にさゆりが黙り込む。
こちらからの見え方も変わってきた。
俺を真似て、さゆりも傘を投げる。
エヴァは釣られて見てしまう。
俺にはなんとなく見えてしまう。
さゆりは手を振り上げた姿勢から、そっと動き出す。
目がマジだ。
普段の動きが出てしまったようで、深く腰を落とし、飛ぶように横へ動く。
まさにニンジャっぽい。
エヴァは言葉を失い、キョロキョロしている。
さゆりは足音もなく俺の後ろに忍び寄り、緑のスリッパを振り上げた。
俺は白刃取りにトライするが、すり抜けられ、スパーンと叩かれる。
追いかけるようにパチンと手が鳴る。
「あいたっ」
「ぷっ」
「こらこら、準備良すぎないか?」
「いや、つい持ってきちゃった」
「ついって、日本からわざわざ持ってきてんじゃねぇか!タライとか出すなよ」
見切りも発動し、全力で動いたつもりがこれだ。
ニンポー系かと思っていたが、むしろこっちの剣術側が奥の手だったのかもしれん。
やはり慢心すると簡単に死にそうだ。
エヴァはキョトンとしていた。
俺は傘を指差す。
「エヴァ」
『了解、やってみる』
さゆりの例があったので、エヴァは至極真面目な顔で傘を手に取り、出ては隠れるを始める。
傍から見ると、無茶苦茶滑稽だ。
「これはひどい」
さゆりが感想を述べる。
「録画しておいた」
「やだ、消しなさいよ」
「いや、これで一生ゆする」
バカだの死ねだの、自衛隊かつおそらく特殊部隊の隊員とは思えない、低俗なやり取りで時間を潰す。
声がいいから、つい喋らせたくなるのだ。
困ったクノイチだ。
エヴァも暇なのか、「ニンポー、ニンポー」と、リズムに乗り、動くたびにつぶやいている。
真面目なのか、俺たちを真似て傘を放り投げる。
ただ、どうやらパワーがおかしいのか、傘が壊れながら天井にぶつかった。
傘は普通、そうは飛ばない。
「あ、壊しやがった」
スパーンと俺の頭が叩かれる。
「あいたっ」
完全に後ろを取られた。
さすがに一定強化されており、なかなかのスピードだ。
「なんでさっきのスリッパ持ってるかな」
『ナイスよ、エヴァ。スッキリしたでしょ』
『ありがとう。でも、不思議・・・』
この野郎、と思いながらも注意喚起する。
「このスキルには注意事項がある。このスキルは距離に制限がある。
だいたい二歩くらいまで近づくと、ぼんやりとだが見えてきてしまうんだ。距離感には気をつけてくれ」
続いて、俺は殺虫剤を取り出す。
「さゆり、腕をまくれ」
「え? それをかけるの?」
「そうだ。念のため耐性もつけたい」
「耐性?」
「いいから」
さゆりは左腕の袖をまくる。
鍛えられているが、白く綺麗な腕だ。
「綺麗な腕だな」
『前から思ってたけど、サユリって肌綺麗よね』
『日本の秋田っていう地域出身なの。日本人にしては色白が多いんだ』
ちょっと照れながら話す。
もしかしてあのキツい目つきは、何か変なスキルでも発動していたのかもしれない。
さて、俺は手首を握り、さゆりの素肌にスプレーをぶち込む。
吹きかけてはタオルで拭き、また吹きかけるを繰り返す。
女子にスプレーを吹き付ける行為は、こう、なんかくるものがあった。
とはいえ、途中でさゆりの顔色が変わる。
俺はペットボトルを取り出し、腕の汚れを流した。
新しいタオルを渡す。
「か、感覚的には、毒への耐性、水属性耐性、かな、と」
「スプレー恐るべし」
さゆりはタオルを握りしめて固まっているので、エヴァを呼ぶ。
「エヴァ! カモン」
『今度は何! 楽しみ』
嬉々として腕をまくる。
「ちょ、ちょっと待って。わたしがやる」
「ダメだ。厳密には任せてもいいが、これもコツがある。説明は今はできない」
俺はエヴァの手首を掴み、先ほど同様にスプレーを繰り返す。
『ちょっと傷だらけで恥ずかしいけど』
「ユーアー、ビューティフル。
ノープロブレム」
適当に棒読みジャパニーズイングリッシュをかましておく。
満更でもなさそうに、エヴァは俺の肩口にパンチする。
とんでもない力がこもっている。
こいつらはバイオレンスすぎるんだよなー。
「うーん、狙ってはいないのかな?」
「馬鹿野郎。いい歳してるんだから、鈍感系なわけないだろ。
ただ、かわいい子をちやほやして、ちやほやされたいだけだ。
俺はまだ独身のジャパニーズビジネスパーソンだぞ。
梶さんだぞ」
「梶さん関係ないでしょ。しかもこの時代に馬鹿野郎はダメでしょ」
繰り返しスプレーを吹きかけていると、エヴァからストップがかかる。
『エヴァ、おそらく毒耐性と水属性耐性だと思う。
もしくはハラスメント耐性』
わけのわからんことを言っているが、考え方は間違っていない。
とりあえず水をかけて流し、新しいタオルを渡す。
『カジ、そのスプレーを貸してくれない?』
エヴァが手を出してくるので、スプレーを渡す。
「目的意識を持つのを忘れるな。もし攻撃したいなら、その意思を。何かを得たいなら、何を得たいのか。
スプレーは、液体の細かい粒が散布される。
その粒には虫を殺す毒が含まれている。
粒には衝撃がある。それでどうしたい?」
さゆりは顎に人差し指を当て、首を傾げながら考えているようだ。
『エヴァ。スプレーを、細かい液体の粒をぶつける武器だと思ってアタックするといいわ。
もしくは、水属性の魔法に模すといいのかも』
おお、すごい意訳しだしたぞ。
ウォーターエレメントマジックときた。
どっちかっていうと毒魔法っぽいけどな。
まあ、よかろう。
俺にスプレーを向けて吹きかけてこなければ。
慌てて避けた。
「こらこら、用法・用量をお守りください」
エヴァの顔が真剣になってくる。
これは正解かもしれん。
やがてガスが尽きて、スプレーが止まる。
周囲にこもる殺虫剤の匂いがきつい。
落ち着いたのか、エヴァが深刻な顔をして言った。
『水を使った魔法がコントロールできそう。わたし、水を扱うスキルは持っているの。髪を見ればわかると思うけど。
でも、水魔法は強すぎて、洪水にはできるけどコントロールできなかったの。
でも・・・今ならできそう』
エヴァの周囲に水の塊が浮かび出す。
腕を伸ばし、指を差す。
『ウォーターランス』
次々と水の槍が飛ぶ。
「アホっ、だからこっち狙うな!」
頭もおかしくなったようだ。
こいつの飛来する水の槍、着弾すると爆発してるぞ?
避けながら、指示する。
「指や腕に頼るな!イメージしろ!」
避けながら指示する。
「水の形は自由だ!槍にこだわるな!
お前たち軍人が得意なのは、もっと細かいだろ?」
『エヴァ、手で相手を指さないで、頭の中で狙って!
もっと本気で狙うのよ!水を弾丸にして撃ち抜いて!』
マシンガンのように弾丸の嵐が俺を襲う。
こいつはすごい。
「エヴァ、ストップ!」
俺の制止を聞くつもりはないようだ。
俺は水の弾丸を当たるに任せ、一気に近寄り、エヴァの腕を掴む。
「エヴァ、イッツオーケー。ザッツ、イナフ!」
びしょ濡れの俺を見て、エヴァは正気に戻ったようだった。
その時、遠方にゾンビが現れた。
俺は指を差した。
エヴァは頷き、目線だけで水の弾丸を飛ばし、ゾンビの頭を吹き飛ばした。
「そうだ。よくやった。
ナイスワーク」
もうこれでご馳走様の気持ちだが、最後の締めが待っている。
俺はびしょ濡れかつビリビリの服を破るように脱いだ。
新たなタオルを出して拭いてから、同じようなシャツをカバンから出して着替える。
「風邪ひいたらどーするんだ。ほんとに」
「怪我したらじゃないのね」
『サユリ、なんかあのカバン変なんだけど』
エヴァは、ちょっと涙目でさゆりに話しかけた。
『気にしたらダメ。怖くなるから。わたしは何も見えない。何も知らない。
梶さんがあの手提げのカバンだけ日本から持ってきていた時に、嫌な予感がしていたの』
『アンタッチャブルね』
さて、最後の締めだ。
俺はブルーシートと、BB弾を大量に出す。
今回はこういうこともあろうかと、二万発ほど用意している。
もちろん自然に還るやつだ。
「これはBB弾という、自然に還るプラスチックの弾だ」
「見たらわかるわ」
「俺は反復したり、数や回数にこだわってきた。
スプレーはあまりに驚異的なんで、本当に裏技だ」
「はい」
「そして、これもヤバすぎるくらいヤバい。
ダンジョンのアップデートがかかるまでは、おそらく今のところ最強、最悪の方法だ。
さゆり。お前には自衛隊にこの情報を持って帰ってほしくはない。
だが、お前がお前のために必要だと思うなら、判断は任せるしかない。
昨日はああ言ったが、一定はやむを得ないとも思っている。
と同時に、これは長く使える手でもないと、なんとなく察してもいる。
それでも俺は、ダンジョンの仕組みを超えていきたい」
なんとなく、俺も使命感を感じてしまっていた。
なんとなく思いついた工夫で、お手軽に強くなってしまい、ダンジョンに対してのモチベーションが下がってしまった。
それでも、本気で向き合っている奴らもいる。
こいつらはそうだ。
なんとかしてやりたいと思っても、まあ仕方ない。
のどかになんとなく申し訳ない気持ちになった。
なんとなく長考してしまっている俺をよそに、さゆりはエヴァに説明している。
適当な訳に違いないが。
『秘伝の技で、わたしたちをもっとチートにしてくれるんでしょ。カジ、あんた最高よ』
「秘伝・・・。ああ、ニンポーのか。
まだアクティブなんだ、その設定」
じとっとさゆりを見る。
なんかニコニコしている。
いい通訳したって感じだ。
かわいい顔しやがって。
こいつ、あの目つきの悪さは本当になんだったのか。
「さゆり。出会った頃のあの変なスキル、もう使ってないのか?」
「!」
「あの目つき悪い、あのスキルだよ」
「あ、あれは・・・。わたしの奥の手なの。
でも、あなたには必要ないわ」
そう言って肩をすくめる。
「よくわからんが、あれも、ぎゅっと見るんじゃなく、たくさん見た方がいい。
あるだろ。
なんか視力矯正できる穴がいっぱい開いた、サングラスみたいなの。あれは効きそうだ」
「あ、ありがとう」
「ただ、今からこのBB弾を使うトレーニング中、ずっと使っとけ」
「!!」
俺は嬉々としてブルーシートを広げていく。
なんやかんや、ダンジョンイコールほぼこれなんだよなー。
これこそ最高だよな。
「さゆり、ルールは簡単だ。今から俺がBB弾をぶつけるから、よく見てろ。
避けるな。で、その剣で切れるようなら切り続けろ。
エヴァはナイフかパンチだ」
さゆりは珍しくそのまま通訳する。
俺は二人を並ばせる。
まずはBB弾を摘む。
「アーユーオーケー?」
『オーケーよ』
まずは一つずつ、さゆりとエヴァに投げていく。
さすがの二人も、それぞれの武器で弾いていく。
「切るんだ、カット!カットウィズユアナイフ!」
二人は意識して、刃でBB弾を狙い出す。
俺はBB弾を握り、まとめて投げ出す。
「きゃっ」
俺はいつものようにニヤリとしてしまう。
BB弾は彼女らにヒットしだす。
さゆりの眼光が半端なくなっていく。
殺意もこもってきた。
「見るのは俺じゃなく、BB弾だ」
目的を思い出させるために、俺は煽っていく。
『くっ、秘伝のため!』
どんどん投げていく。
おそらく閾値を超え出しているはずだ。
「ち、ちょっと!」
「なんだ」
「ぶ、物理耐性?」
「まだまだ序の口だ。BB弾もたっぷりあるぜ。
ちゃんと切れよ。あとスキルを切らすなよ」
エヴァはナイフとパンチでBB弾を受けだす。
さゆりは二刀流になり、本気を出していく。
俺はコップでBB弾をすくい、ぶつけていく。
「そらそら!」
「む、むかつく!」
俺はヘラヘラ笑いながらぶつけていく。
やがてヒットする数が減り出す。
「さゆり、ここからは避けるんだ。エヴァにもそう言え」
「わかりました!」
『梶さんが、ここからは本気で投げる、と。
当たると命に関わるそうです。全部避けるように』
『くっ、わかった!』
なんだか、さゆりのノリに慣れてきた。
もしかして、ツーカーなのかもしれないとさえ思えてきた。
こいつ、頭いいんだよな。
「いくぞ!!」
またBB弾を掴み、力を込めて投げ出す。
避けたBB弾は壁にドカドカと突き刺さり、爆発する。
「こわっ」
『ひーっ』
続けて投げていく。
涙目になりながら、二人は避けていく。
たまにふわっと投げたり、速く投げたりと変化を加えてみる。
そして当たらなくなった。
「よし。終わり。フィニッシュド」
二人はその場に座り込む。
「死ぬかと思った」
『地獄を見た』
俺はBB弾をできるだけ集める。
「ごめん、もうぶつけるのは終わりだ。
攻守交代ってこと。俺に当てられるかな?」
袋に詰めたBB弾を二人に渡す。
二人とも今日一番の笑顔でBB弾を掴む。
そして合図なくぶつけてくる。
最初なので、ご祝儀でぶつけられておく。
例の閾値を超えたあたりから、勢いが変わってくる。
そこからは避け始める。
壁に当たる音がおかしくなってくる。
二人とも、もうトリガーハッピー状態だ。
なんとかぶつけようと、全力で投げ出す。
やがて二人は見合い、笑い出す。
そして大の字になって横になった。
『あー、楽しかった』
『サイコーだった!でも、信じられない』
⸻
今回のリザルト
俺だけ
「リスニング力」
「毒耐性」
「水属性耐性」
二人共通
「隠密」
「気配察知」
「水属性耐性」
「毒耐性」
「物理耐性」
「物理耐性アップ」
「見切り」
「打撃強化」
「素早さアップ」
さゆり
「秘密のスキルアップ」
「剣術アップ」
「二刀流アップ」
「投擲アップ」
エヴァ
「短剣術アップ」
「格闘術」
「投擲」
「魔力操作」
「水属性魔法アップ」
今回のブートキャンプは、今までの集大成なのは言うまでもない。
あとでのどかに報告すると、ちくちくと小言をもらったのも、言うまでもない。




