第三十七話:春の嵐、宮原りんな
年が明け、冬が過ぎ、春が来たる。一月から四月の間で冴姫達は、新年・バレンタインのテーマ動画の投稿、民間イベント出演(お祭りのステージで二曲ライブ)と、月一回ペースでコンテンツを公開(細かな内容除く)。着実に知名度アップを続けている。
新年にちなんだ動画では、着物にて挨拶と正月遊び。崇子が箏の演奏を披露したり、冴姫と茉佑で羽根つきをしたり、三人で凧をあげたりして楽しむ姿を見せた。バレンタインデー動画では、『好きな人にチョコレートを渡す片思い女子』の設定で演技。冴姫は王道の素直になれない(けどチョコの助けを借りる)女の子を、崇子は飄々と本命チョコを渡す真意の読めない女の子を、茉佑は友達にチョコを配る(ように見せて想い人に中身違いの本命を配る)女の子を演じた。どちらの動画でも、冴姫と崇子はかなりの好反響を得ている。
茉佑への反応はかなり薄く、強いて言えば茉佑のバレンタインデー動画だけ時間の大半が、恋愛シチュエーションではなく『チョコ大福の作り方』で、その点が笑いとしてややウケした程度。
とは言え、ユニット『偏翼の天使』として見れば活動は順調そのもの。このまま何事もなく夏コンへ臨めるかに思われた。しかし。
卒業シーズンも終わり、校庭の桜が散り始めた四月の初め。
春の嵐が吹き込んでくる。
──
三年生に上がりクラスの顔ぶれが変わる中。崇子・茉佑のセットに冴姫も混ぜる配慮がなされたらしく。三人が教室窓際後方に集まる図は変わらなかった。なので新学期初日ながらこれまでと同じ雰囲気で過ごし、お昼休みもいつも通り。三人で机を寄せてお弁当を広げ、ユニットの打ち合わせや最近のアイドル情報、楽曲、春の新作コスメなどの話を……。
……と、他愛のない雑談が始まろうとした矢先、クラスメイトのアイドル部部員が三人の元へ駆け寄ってきた。携帯電話を握る片手を茉佑の机につき、ずいぶんと慌てた様子。
「茉佑ちゃん聞いた?! 新入生にアイドル部志望のキレーな子がいるって話!」
「え? そうなんだ。冴姫ちゃん効果かなぁ? うれしいねっ」
報告を聞いた茉佑は緊張感なくほんわかと、新入部員の噂を素直に喜ぶ。
だが、クラスメイトは焦ったまま。
「違くて! その子、県外校のアイドル部からスカウトされてたらしいんだけど!」
「すごい子なんだ。もしかしたら天川女子高、強豪校になっちゃうかも?」
「じゃなくて! その子が今こっち来てるとかで、茉佑達のユニットに──」
要領を得ない説明の途中で、ガラリと教室扉が開き。
皆の注目が一点に集まった。
「──こんにちは、一年生の宮原りんなと言います! アイドル部の森山さんを訪ねてきました!」
調子の良い声を教室に通したのは、一年生らしからぬ垢抜けた顔立ちの少女。校則に従った地味めな黒髪ポニーテールでも、くっきりした存在感があった。
冴姫と崇子はただただ眺め、正月に神社で見かけていた茉佑だけが『あっ』と小さな声。
「森山さんっ!」
少女は崇子の顔を知っており、教室の三年生や廊下に集まる野次馬の視線に物怖じせず入室。鋭い眉の角度で三人をロックオンし、つかつかと歩いてくる。
崇子はお弁当を置き、微笑みを添えて見上げた。
「初めまして宮原さん。入部希望ですか?」
「はいっ! それと──」
返事を聞き、崇子はテキパキと書類の準備。
しかし続くりんなの言葉で、手が一瞬止まった。
「──【偏翼の天使】に入りたいんですけど、どうしたら良いですか?」
りんなの視線が崇子、冴姫、そして茉佑へと動く。
冴姫にしてそれは、冴姫と崇子には挨拶で、茉佑に対しては別の。ユニットへの入り方など知っていると言わんばかりの、獲物を捉えた眼に思えた。
──
─
「四着目の衣装、松里ちゃん間に合うかな?」
茉佑が呑気に言う。放課後、着替えのため部室を目指す道すがら。
冴姫はりんなの目つきを思い出し、首を横に振った。
「作ってもらう必要なんてないわ」
「? どういうこと?」
「四人にならないから。そうでしょ? 崇子」
話を振られ崇子は、茉佑を見つめて静かに説明する。
「四人以上のユニットにする選択肢はあるにはあるよ。けどそれは、今まで積み重ねたことをゼロするようなもの。【偏翼の天使】は三人がコンセプトのユニットだからね。夏コンで全国を目指すなら推奨されないかな」
「そうなんだ……」
残念がる茉佑。けれど本題はこのあと。冴姫は『それでいいのか?』のニュアンスの視線を送ってみるが、崇子はチラと目が合っても話を続けた。
「だから、三人ユニットを維持したまま、入りたい人に応えることになる。茉佑ちゃん、意味、わかるね?」
声のトーンが重くなる崇子に、茉佑は頷きで返す。
「競争……ってことだよね?」
「そう。席を争うの。でも多分ユニットコンセプトの根幹の私は座ったままで、冴姫ちゃんの席を奪える人はうちの部にいない。つまり……」
新入生と争うことになるのは恐らく、茉佑一人。
茉佑は口をキュッと一度結び、それから答えた。
「大丈夫だよ、崇子ちゃん。当たり前のことだもん」
崇子を安心させるつもりか、小さく笑って。以降は誰も新入生の話題に触れず、軽いお喋りをしながら部室まで歩いた。到着したらいつものように、他の部員と一緒に着替え、ダンス室へ移動し。
「~~新入生の宮原りんなです! 冴姫先輩と同じステージに立ちたくて天川女子に来ましたっ、よろしくお願いします!」
新入部員の数は例年の一割増しの十数人。増加分はおおよそ冴姫目当て。中でもりんなが一番目立っており、唯一ハッキリ『冴姫を追って』と言い切った。
新学期初日と言うことで、全員の自己紹介や部の基本的な活動説明などお決まりの話が進み、話題はいよいよ夏コンに。三角座りの部員を前に、まずはキャプテンが『天川女子では代表ユニットを夏コンに派遣している』と、出たくない人が大半の事情を誤魔化して話し、続きは崇子が担った。
「~~今のキャプテンの説明通り、我が部では代表ユニットが夏コンに出場します。そして現時点では【偏翼の天使】が代表です。ですがそれは現二年・三年で決まったことで、新一年生を迎えた新体制では再考の必要があるでしょう。なので二つ、私から提案します」
本来は顧問教師が仕切るところ、顧問は椅子に座り話を聞いている。明らかに内容を知っている様子と崇子の段取りの良さに、冴姫は崇子が展開を読み切って準備していたのだと理解した。
崇子は両面ホワイトボードを裏返し、あらかじめ記入していた提案を読み上げた。
「一つ目の案はユニット単位での代表戦です。希望するユニットがあれば、偏翼の天使メンバーはそのままにライブ勝負で代表を決めます。ただし私、森山崇子と龍ケ江冴姫さんは他のユニットを兼任しません。そしてもう一つは──」
最初に説明した方は捨て案だと冴姫は見る。上級生で冴姫達に挑む人はいないし、新入生にいたとして勝負にもならない。さりげなく冴姫も他のユニットを考えていないとされたが、あっているので口は挟まなかった。
そして、続きが本命の案。
「──偏翼の天使の、メンバー選抜オーディションを行います。コンセプト上、増員はしませんので、私・龍ケ江さん・天野さんをそれぞれポジションと捉え、希望者と前任者で選抜勝負を実施。勝者をユニットメンバーとします。方法はソロライブと、仮でポジションに充てるユニットライブの二種類です。どちらの案も全校生徒を観客とし、投票で勝敗を決定します。ライブ開催時期は五月半ばを予定。準備期間は短いですが、五月末の民間イベントまでに体制を固める目的ですので~~」
冴姫は舌を巻いた。ここまで内容が具体的なのは、それが可能だということで。顧問への根回しと同様に、生徒会等とも準備を進めていたのだろう。『それでいいのか?』どころか崇子は、全てを予見し備えていたのだ。
「~~選抜オーディションに向けては私と龍ケ江さんが指導を行います。以上で提案は終わりです。ユニット勝負もしくはメンバー選抜オーディション。皆さんの了解を得られるなら、今日より一週間エントリーを受け付けますので、希望者は私まで連絡を──」
最後に崇子が募集期間を伝えた瞬間、部員の中で一人が立ち上がる。
新入部員、宮原りんなだ。
「──はいっ! アタシ、メンバー選抜オーディションを受けたいです! ポジションは天野センパイのとこを希望します! でしゃばりでごめんなさい。どうしても冴姫先輩とステージやりたいからっ!」
りんなは自信を匂わせる声色で、他の部員も茉佑も気にせず名指し。見下ろすりんなを、茉佑はじっと見上げた。
改めて崇子が話をまとめる。
「宮原りんなさんのエントリーを受け付けました。他に希望者がいらっしゃれば~~」
天川女子高アイドル部に吹く、春の嵐。結局、ユニット勝負の希望者はでず、偏翼の天使のメンバー選抜オーディションのみが行われる運びとなる。オーディション参加者は既存部員と新入部員で計三名、全員が茉佑との入れ替わりを希望。
冴姫は残酷に思いつつも、自然の摂理のように受け止めていて。自分の席は自分で勝ち取る──弱肉強食がアイドルの常であると。今まで生きて来た商業アイドルの理。冴姫にとって当然の世界。茉佑の身にそれが起こったに過ぎない。競争心の薄い《《茉佑には》》ちょうど良い機会……。
やる気があり全国へと勝ち進める可能性があるなら、誰と組んだっていい。冴姫はそのつもりで天川女子高に現れ、今も変わっていないつもりでいる。メンバー選抜オーディションが『茉佑にとって』どうなるかを考えていながら。




