第三十六話:年末年始と初風と
「それじゃあ茉佑ちゃん、いつもの感じでいいから後のことよろしく。お土産楽しみにしててねー」
「うんっ。行ってらっしゃい崇子ちゃん! ゆっくりしてきてね──」
──
─
「──って感じで、崇子ちゃんから毎年お土産もらってるんだ。今年はどんなのかなー、楽しみー」
昼下がりの校舎はいつもの練習用教室。茉佑は上下ジャージで雑巾片手、テキパキと床を拭きながらお気楽に言った。
同じくジャージ姿で窓拭きをする冴姫は、静かな校内に響き渡るかの声量で抗議する。
「楽しみー、じゃないわよ! 崇子のやつ、なに掃除サボってロングバケーション取っちゃってるワケ?! 帰ってくるのは???」
「いつもと同じなら、五日くらいかな?」
「ほぼ休みいっぱいじゃないっ!! そんなんで夏コン勝つ気あるの??!!」
話題にしているのは崇子のこと。崇子は毎年、年末年始に家族でハワイ旅行しているらしく、高校二年生冬の今年も例にもれず出かけていった。ちなみに部としての大掃除には参加しており、練習用教室も出発までの間でそれなりに掃除している。
冴姫に嘆かれる崇子のことを、茉佑は眉をハの字にフォローした。
「旅行はコンディション調整でもあるから……。崇子ちゃん、身体が強張るから冬は苦手らしくて」
「っ、それ言われると追及しづらいわね……。でも! だったらワタシにも伝えて、大掃除の日程を繰り上げるべきだったんじゃない???」
「けど崇子ちゃん、こまめに掃除してくれてたよ?」
「それはそれ! 大掃除はユニットイベントなの! もっとメンバーとしての自覚を~~」
ぷすぷすと不平不満を冴姫は言い、茉佑がなだめ。
二時間弱で掃除を終わりにし、二人は帰り支度した。
「~~そう言えばアンタ、年末年始はアルバイトだって言ってたけど、なにすんの?」
制服にスクールバックを抱え、冴姫が尋ねる。先日、商業高等を訪問した際に雑談で聞いて気になっていたことだ。
茉佑は首にマフラーを巻き、楽し気に返した。
「近所の神社でお手伝いだよっ。お正月を迎える準備したり、御守りをお渡ししたり」
「巫女バイトってやつね。薄着だし冷えそう」
「寒いは寒いけど、いっぱいカイロ貼るから大丈夫っ……!」
「そうかしら。寒いことには変わりないんだから風邪ひかないようにしなさいね。夏コンまで一日だって無駄にしたくないわ」
「うんっ! 練習に響かせないよう気を付けるね……!」
「当然よ。と言うかなんでバイト? なんか欲しいものがあるとか?」
冴姫が見る限り茉佑は、裕福ではないが経済的に困っている様子もない。
答えながら茉佑は首を傾げた。
「欲しいものがあるわけじゃなくて……あ、いや、今回はそうかも?」
「なにそれ?」
「えっと、アルバイト入れてみたのは、アイドル目指すなら働きながらになるだろうから、今のうちに練習してみようと思って。けどユニット衣装でバイト代なくなっちゃったし、更にレッスンとかスタジオ費用とかもかかるって考えたら、なんだか大変だね」
困った顔で笑う茉佑。
思わず冴姫は手を握った。珍しく、目が微かに潤むくらい感激して。
「そこまでの根性があったなんてね。がんばんなさいよ!」
「えへ、冴姫ちゃんに応援してもらっちゃったっ……!」
茉佑は表情を緩めニコニコ。
冴姫が手を離したところで、今度は茉佑から質問する。
「冴姫ちゃんは年末年始、家族で過ごすんだったよね?」
「まぁね。何年かぶりに家族でゆっくり年越しって感じ。けど体が鈍っちゃいそうなのよね。どこのレンタルスタジオも休みで」
レンタルスタジオは年末年始の休業で、学校も休業。自宅庭先で練習できなくもないが、良い環境とは言えず。
「そうなんだ、残念だね。……。……。……あ」
「どうしたのよ、急に変な顔して」
口をあんぐり開け、茉佑が固まった。
しばらくして、恐る恐るの口調で理由が明かされる。
「その……、わたし、冴姫ちゃんに言い忘れてたことがあって……」
「言い忘れ?」
「崇子ちゃんから言われてたことなんだけど……」
「ごにょごにょしてないで、さっさと言いなさいったら」
「わたし毎年ね、借りてて、練習場所。崇子ちゃんの家。不在長いと良くないからって様子見を頼まれてて、ついでに使って良いよって」
「……は?」
「それで今年は、冴姫ちゃんと一緒に自主練したらって言われてたの。昔っからのことだから忘れてて……。ごめんなさい、もう予定入れちゃってた……?」
茉佑は全力で謝りつつ、怒られを確信し体を縮こまらせプルプル震えた。
それを冴姫は怒るか許すか天秤にかけ……葛藤の末、許した。
「頭上げなさい。年末に怒鳴るのも違うし、許したげる。場所使えるのはアンタら二人の関係のおこぼれなんだってくらい、ワタシにもわかるわ」
「冴姫ちゃん……」
許されたと茉佑はホッとしかけ。
「それじゃあ使える時間は全部使うから、アンタの予定を分刻みで教えなさいね。せっかくのマンツーマンだし、みっちりイジメぬいてあげる!」
「ひ、ひぃぃ……! お手柔らかにお願いします……」
許されないのと同じだと恐れおののいた。
そんなこんなで年末年始も。冴姫と茉佑の忙しない日々が続いていく。
──
「~~もしもし、茉佑です。入りますね」
すっかり陽が落ちた十八時少し過ぎ。茉佑は玄関ドアホンのカメラに話しかけ、崇子から借りた鍵を使い。他にもごちゃごちゃとセキュリティを解除して、森山邸のドアを開けた。連動して室内からリビングへの動線に灯りが点き、オートロックがかかる頃には全室空調が動き始める。
ぴかぴかに磨かれたフローリングの輝きに、冴姫は肩をすくめた。
「相変わらずの大豪邸ね、汚れ一つないし。そもそも、こんだけセキュリティ入ってるなら様子見しなくて良いんじゃないの? アンタに鍵持たせる方がむしろ危なそう」
「そうなんだよね」
「わかってんだ。じゃあどうして──」
玄関に防犯カメラがあり、鍵以外の認証があり。窓に警備会社のステッカーもあったので、異常の自動通報装置くらいついていると容易に想像がつく。素人の見回りなどかえって様々なリスクが生じそうなもの。
では、どうして。という冴姫の疑問への答えは、リビング入ってすぐの棚にあった円柱型の小さなスピーカーから聞こえてきた。聞き慣れた声で。
『──口実だよ、口実。茉佑ちゃんに練習場所を提供してあげたいのさ』
「崇子?! アンタ聞いてんの???」
『もちろん。ばっちり映像で見てもいるよー? 危ない人が入り込んでやしないか、あるいは二人っきりだからって誰かさんが茉佑ちゃんに変なことしないか、しっかり監視しておかないとね』
スピーカーにカメラが内蔵されているのか、部屋のどこかに設置されているのか。崇子は遠隔で二人の様子を見ているらしく。
どこを見るでもないので、冴姫はとりあえずスピーカーに不服の眼差しを向ける。
「ったく、するわけないでしょ。通話でも口が減らないわねアンタは。場所提供には感謝するけど、変な疑いかけないでよね」
『冴姫ちゃんは相変わらず口うるさいことで』
二人が言い合いに発展する前にと、茉佑も崇子に声をかけた。
「崇子ちゃん! お世話になりますっ。そっちは夜じゃないっけ?」
『もう寝るとこだよん。今日から練習するって聞いたから気になってね。冴姫ちゃんにハラスメントされたら言うんだよ? こっちで通報したげるから』
「あはは、大丈夫だよー」
『油断大敵だよ? あ、そうそう。テーブルの水はサービスだから飲んじゃって。じゃあがんばって、おやすみー』
話すだけ話して、崇子は長話にはせず通話を切った。
冴姫が腰に手を当て言う。
「まったく崇子ったらね。ま、至れり尽くせりだから許すけど。さぁ茉佑、時間限られてんだし、ガンガンいくわよ!」
「おー!」
茉佑は拳を上へ力強く突き上げて返事。それから二人で速やかに、レッスンルームにて練習を始めた。
学校より何倍も良い環境に、冴姫は終止ご満悦。夜の出歩ける時間ギリギリまでみっちり茉佑をイジメぬき、ついでにプロ復帰へ向けた自主練までこなした。
──
─
日の出前の暗闇を、ウェアの胸元につけたライトと慣れを頼りに、一定の速度とリズムで走る。肌がピリリとする寒さでも、走ればたちまち筋肉や細胞が熱もって、むしろじっとり暑いくらい。
などと冴姫が気分良く走っていると、進行方向から向かってくるランナーが一人。
「あ、冴姫ちゃん! あけましておめでとうっ、今年もよろしくね……!」
吐く息は白く、顔はほてりで赤く。家族以外で今年最初に出会った顔は笑顔満開。
手を振り寄ってくる茉佑に、冴姫は軽い調子で返した。
「はいはい、今年もよろしく。しっかしアンタ本当によくやるわね。フルタイムでバイトして、夜はワタシに練習つけられてるってのに」
いつもの時間に、いつもの場所で。茉佑は大晦日も元日も日課のランニングを欠かさなかった。
茉佑はその場で足踏みしながら、嬉しそうにする。
「疲れるけど、こんなに楽しいことないよっ。夏コンのためにがんばって、冴姫ちゃんに見てもらえてるんだもん。毎日ウキウキして目が覚めちゃうくらい……!」
「そ。楽しめる体力をつけてた自分を誇りなさい。また後でね。あけましておめでとう」
「うんっ、練習でねっ」
話短く、各々ランニング再開。冴姫も茉佑も互いに、次にしっかり顔を合わせるのは崇子邸での練習時だと思っていたが。
冴姫の両親・祖母が初詣に行くと言い、冴姫もついて行くことになり。流れで茉佑が神社でアルバイトしている話になり、両親が挨拶したがり。昼間の人が少ない時間の神社で冴姫は、一家総出で茉佑と会い、両親が深い感謝を茉佑に伝えるのを気恥ずかしく眺めた。
これだけなら、なんとも平和なお正月。
しかし、新たな年には新たな風が吹き込むもので。
──
「~~ようこそお参りくださいました。どのようなご用件でしょうか?」
「御守りをお願いします。合格祈願と心願成就の。あと絵馬も」
混雑の落ち着いてきた夕焼け頃。神社にて御守り授与の受付をしていた茉佑の元に、一人の少女が現れた。
ハッキリ通る声に、スレンダーでスラリと伸びた手足。気の強い眼差しで、表情には自信が溢れ。髪型はすっきりしたポニーテール、顔立ちは美人系。年齢は近いか、少し下。綺麗で運動の得意そうな子だった。
「かしこまりました。お納めは~~」
茉佑は『この辺にこんな子いたかな』と頭の隅で思いながら、御守りや絵馬を用意した。
「~~円のお返しです。またお参りください」
初穂料を受け取り、袋詰めした授与品を渡し。
「ありがとうございます。次は春に来ますね」
「え? 春に? あぁ、えっと、ぜひそうしてください」
変わったことを言われ、困惑する茉佑。
少女は去り際、聞こえるギリギリの声で言った。
「……また会いましょう、天野センパイ」
今、何と言われたのか。センパイ? 先輩? 茉佑は少女の言葉を脳内で再生。けれども心当たりがなかった。小学校だろうと中学校だろうとどこだろうと、あのくらい特徴のある後輩がいれば、忘れるとは思えないのに。
残念ながら、気になってもアルバイト中の身。追いかけることかなわず。茉佑は結局、少女について何もわからないまま、記憶の片隅にモヤモヤとして残すことになった。
茉佑の知らぬところで、少女が願いを込めた絵馬が初風に揺れる。
『〈天川女子高に合格して、MiSaKiとユニット組めますように!! 【宮原りんな】〉』
合格祈願は、天川女子高への合格を。
心願成就は、龍ケ江冴姫の隣に立つことを。
少女の願いが、春に咲く。




