第三十五話:始動、の前の(3)
「ずっと黙ってると思ったら、商業高にヒント与えたくなかったのね。なにが、『答えさせない方がストレス~~』よ。人のことわかったみたいに言っちゃって」
商業高から県北高校方面へと向かうバスの中。つり革を掴む冴姫は言った。
目の前の座席に座る崇子が顔を見上げる。
「でもあってるでしょ? 冴姫ちゃんは、アイドル事にはマジ回答しかしない主義の人」
「あってるけど!」
「だったらいいじゃない。私はひと眠りするから。着いたら教えてね」
崇子はあしらう調子で話し、壁にもたれかかって目を閉じた。
冴姫は疑問だった。
「なによ、夜更かしでもしたの?」
「そんなとこ。あ、『疲れてないくせに』って思ったね?」
「そりゃあね。茉佑ならともかく、アンタ普段ほとんど動いてないんだし」
「失礼な。私には頭脳労働があるんだから。とにかく目覚ましよろしく、アイドル様」
「ワタシの目覚ましボイスは高くつくわよ。……って、もう寝てるし」
返事の代わりに聞こえてくる、すぅすぅと穏やかな寝息。
軽く溜息をして、冴姫は隣で立つ茉佑に話した。
「アンタは降りるバス停わかるのよね?」
「わかるよっ。というかバス停の名前がほら、県北高校前だから」
「あ、そう。だったらアンタも座って寝てていいわよ。どうせ起こすんなら一人も二人も同じだし」
車内はさほど混雑しておらず空席が多い。
しかし茉佑はつり革を持ったまま、首を横に振った。
「ありがとう。でもわたし、荷物置かせてもらってるから」
「あー、そういう。一席分ってことね」
「冴姫ちゃんこそ座ってどうぞ」
「ワタシはいいわ。そんなかかんないんでしょ? 学校じゃ座ってばかりなんだから、このくらいはしてなきゃ。体力余り過ぎで夜眠れなくなっちゃう」
結局どちらも座らず、二人で立ったまま外を眺めて三十分程度。
「リコレのとこって、地元民的にどんな印象の学校なの? 文武両道って話だけど」
「優秀な子が集まるとこ……みたいな感じかな? 結構難しい進学校なのに部活動も強くって。今日だって短縮授業だけど、プラスで進学補習があってそれから部活動なんだって」
「賢くて要領良くて努力できる人達、ね」
「あと、県内だとかなり学校の知名度がある、かも? 大学出て県庁とか、県内企業に戻る人が多いし。地元に根付いてるって意味だと商業高と似てるね」
「なるほど、地元の中心って感じの~~」
県北高校に関する話の他にも他愛ない話(年末年始の過ごし方や、出かける予定など)をしているうちに、バスは目的地の停留所付近に。
「~~冴姫ちゃんは年末実家に帰らないんだ」
「今年はこっちに集まることになっただけよ。アイドルなってからは年末年始も忙しくて東京離れられなかったし、ちょうど良い機会だってことで。アンタはどうなの?」
「わたしは親戚に会うけど近所だから日帰りで、あとは年末年始だけのアルバイトと自主練の予定! あっ、もう着くよ」
茉佑が知らせるのと同タイミングで、冴姫は崇子の肩に軽く手を触れた。
「ほら崇子、着いたわよ」
「……ん。ずいぶん可愛げのない目覚ましボイスだこと」
「アンタは小憎らしい寝起きね」
二人が軽口を言い合うのを、茉佑が『まぁまぁ』と仲裁して。降車してすぐ見えた県北高校は宅地の町にあり、一軒家と低層アパートが主な景色の平地に、低く広々と建っていた。
正門から校舎まで見通しの良い通路を歩き、商業高訪問時と同じく事務室にて入校許可を取得。県北高校アイドル部が練習していると言うダンス室へと向かう。短縮授業後で部活動中の生徒しかいなかった商業高と違い、県北高校は補習授業が終わった後の時間。ほとんど通常の放課後と変わらない雰囲気だった。
そのため──。
『──あれMiSaKiじゃない?』
『マジか、写真撮っていいかな?』
『サインもらいに行こうぜ』
と、男女共学の学校らしく。大方は男子生徒が、いくらかは女子生徒も集まり、冴姫達の通り道そばの教室から覗いた。
冴姫は気にせず廊下の真ん中を闊歩。崇子は目で愛想笑い。茉佑はボディーガードが如く、時折現れる『冴姫に声をかけようとする生徒』の前へ身を盾にし、何度も頭を下げ続けた。
「ご、ごめんなさいっ。冴姫ちゃんサインはやってなくて~~今日はリコレの皆さんに御用が~~済んだらすぐに帰りますので~~」
こうして普通に歩く倍以上かかって、ようやくダンス室に到着。さすがに追ってまでくる生徒はおらず、入室はすんなりできた。
「こんにちは、天川女子高の天野です。萩原璃子さんはいらっしゃいますか……?」
茉佑が息を整え、ゆっくり扉を開いたら。
「こんにちは。わざわざこんなところまで、遠くはなかったですか?」
部屋の真ん中にいたあずき色ジャージ四人組から、璃子が抜け出してきた。残りの面々はサングラス等を外した冴姫を見て『本物だ』などと話している。
そんな中で茉佑は、他のアイドル部部員の姿が見られないことを不思議がった。
「遠くなんてっ、お礼がしたかったので……!。えっと、他の部員の皆さんはいないんですか?」
「え? あぁ、はい。今日は部がお休みで、私達だけ自主練習で集まってるんです。うちの顧問の先生、伝えてなかったんですね」
「ご、ごめんなさいっ、そんな日に押しかけちゃって……」
「自主練習も部の練習も違わないから気にしないでいいですよ」
「本当にすみません……。あのこれ、良かったら部員の皆さんで召し上がってください。常温保存で日持ちはするので、今日持って帰らなくても大丈夫だと思います」
茉佑が平身低頭で差し出す菓子折りを、璃子は困り顔で受け取った。
「こちらこそすみません、大したことしてないのに気を遣わせちゃいましたね」
「そんな、大したことですっ、病院の先生も『良いテーピングだ』って褒めてました! さすが、お医者さんを目指してる人だなぁって、尊敬します……!」
「褒め過ぎです。目指してるってだけで、まだ誰でもわかることしかできませんので」
「褒め過ぎじゃないですっ。勉強も部活動アイドルもやりながら、実践的な知識もあるんですから……!」
「いやいや、このくらいは……」
目を輝かせる茉佑に、たじたじの璃子。
すると、眺めていたリコレの面々が寄ってきて、茶色クセっ毛セミロングの堀越純が、溜息をついた。
「はぁ。いつまでそうしてんの璃子。時間ないでしょうが」
怪訝な目つきの不良風雰囲気を恐れたのか、茉佑が凄まじい勢いで頭を下げる。
「あっ、わたしご迷惑をおかけしてっ。すみませんっ、すぐ帰りますからっっっ!」
「え、いや、すぐ帰れって意味じゃなくって……」
勢いに押され、純までもたじたじに。
傍目で見て冴姫は、純に共感する気分で少し面白かった。肩をすぼめた自信なさ気な態度でわかりにくくなっているが、茉佑は身体のサイズ(線の太さ)も毛量もマシマシ。近くだと大型犬にも似た迫力がある。
そんな困った純への助け舟で来たのは、黒髪お下げ髪の成田麻衣。慣れた様子の柔和な笑顔で茉佑に話す。
「ごめんなさい、ジュンちゃん口下手で。さっきのは『帰れ』って言いたかったんじゃなくて『練習したい』って言いたかったんだと思います。夜は塾とかで勉強しなきゃだから。ね、ジュンちゃん?」
「そ、そういうことだから」
純は気まずそうに、自身の横髪を指にくるくる巻き付け。
事情がわかり、茉佑はホッと息をした。
「そうだったんですね、良かった……。じゃなくて、これ以上はご迷惑でしょうから──」
それはそれとして目線で出口を気にすると。今度は跳ねっ毛ミディアムショートの楠栄里が、茉佑の言わんとすることを一切解さない能天気な口調で割り込んだ。
「──せっかくだし練習見てく? と言うか、一緒に練習する??」
爽やかに歯を見せ笑い、突然の提案。
茉佑が反応する間もなく、璃子が口を挟む。
「もう栄里。貴女、龍ケ江さんのダンスが見たいんでしょ?」
幼馴染にはわかる、もう一つの狙い。栄里に客人(茉佑)をとんぼ返りさせるのを忍びなく思う気持ちはもちろんあるが、半分以上は冴姫を見たい気持ち。健康快活天然のようで、強かな性格である。
考えを読まれた栄里は、口を尖らせおどけた。
「バレてたか。だってTeSseRaのMiSaKiが目の前にいるんだよー? なんでも見たいし、本当はサインだってもらいたい!」
「間接的にサインを要求しない。権利関係の色々があるだろうし、ご迷惑」
「聞いてみなきゃわかんないじゃーん。ねぇMiSa……龍ケ江さん! サインってお願いできますか?」
手を合わせて頼み込む栄里。
残念ながら、と冴姫は首を横に振った。茉佑が世話になったとしても、TeSseRaとして振舞うことはできないし、したくない。
「ごめんなさい、契約の都合でサインはできなくて」
「そっかー、残念。図々しくってごめんね。本物のアイドルとこんな機会、って思うといてもたってもいられなくて」
「サインは無理だけど、一緒に練習するくらいなら──」
無下にするのも悪いから。
そう思って冴姫が発言した途端、栄里は食い気味に手を取った。
「──やったー、ぜひぜひ!!! あ、でも何やろう? サインがダメならTeSseRaの曲もダメだろうし……。せっかく真似したことあったのになー」
冴姫は内心で『(ちゃっかり握手してるなこの子)』と思いつつ、リコレに提案。
「アナタ達がプレコンでやった曲はどう? 人数増えても大丈夫でしょうし。振り付けは昔に研究で入れてるから、ちょっと動けば混ざれるわ」
リコレの反応は四者四様で、璃子はやや困惑気味に『龍ケ江さんが良いのなら』と同意、麻衣は恐縮して『い、いいのかな?』とお下げ髪を手でいじり、栄里は大喜びで『夢みたい!』とバンザイ、純は黙って疑う視線。
一方、茉佑は振り付けを覚えているわけがないので見学、崇子は歌えるが参加する気がなく見学とした。
制服ながら冴姫は、髪型をハーフツインに留めアイドルモード。リコレはジャージの上からロングスカート動作練習用のカラフルな薄布を装備。裸足になって鏡の前、冴姫を中心にリコレが左右に集まり、五人で横並びになる。璃子と純が内側で麻衣と栄里が外側。まずは通しで振り付けの確認から。
音源がかかる前に栄里が尋ねた。
「龍ケ江さんスカート大丈夫? 見えちゃわない??」
冴姫はスカートの横を軽くつまんで翻してみせる。
「下履いてるし、これくらいコントロールできるからお気になさらず」
「服を?! コントロール?! ヤバー!」
ここでもまた栄里は素直に感心し、純は訝しげ。璃子と麻衣も信じられないでいた、が。一度目はゆっくり流しで踊り、次はフォーメーションを交えつつ。三度目に音源がかかった瞬間、栄里以外の面々は認識を改めることとなる。
「わー、龍ケ江さんすごーい! もう思い出したの?!」
栄里は大拍手ではしゃぎ、他のメンバーは言葉が出なかった。遅れずミスなく踊れた時点で驚愕、なのに制服が抜群に曲と合って見え、更に歌唱のオマケつき。璃子達が考えた独自のアレンジもフォーメーションもなんのその、現時点でもリコレメンバーと遜色ないか、上かもしれない仕上がり。
「次は本番のつもりでやりましょうか」
それはまるで、『仕上がって見える』の『先』があるとでも言うような。璃子にはそう聞こえた。しかし実力差を理解していても、同曲を数ヵ月練習したプライドがあるにはあって、微かに対抗心はあった。栄里と麻衣は違ったが、純も璃子と同じで負けん気で挑んだ。
「~~♪ お疲れ様。良い汗かけたわ。楽しかった」
曲が終わり。冴姫が茉佑からタオルを受け取り、汗を拭く。
璃子は言われてやっとこれが練習だったと思い出した。
「あ、あぁ、えっと。ありがとうございました。……閉会式の時の話、意味が分かった気がします」
「それは良かった。茉佑が世話になったお礼はこれでいいわね」
そのままの流れで冴姫は帰り支度。
茉佑に挨拶させ、あっさりダンス室を出た。
──
ダンス室の扉が閉まり、しんと静まった沈黙の時間が一分くらい。
最初に口を開いたのは麻衣だった。
「見惚れちゃったね……」
ぼんやりと見つめる鏡には『センターで踊る冴姫』が思い浮かんでいる。
同じ場所を栄里も見ていた。
「自分が踊ってたのかも覚えてないよ。夢中で龍ケ江さん見ちゃってさ。ライブの最前列って、あんな気分なのかなー」
横で歌い踊っていたのに、冴姫のことばかり考えていた。
璃子もまた、冴姫のパフォーマンスに釘付けで。
「上手いかどうかすら考えさせない、表現だけに意識を向けさせるパフォーマンス……。できるのかな、私達に」
冴姫がやってのけたのは、上手さすらノイズとして排除した歌唱とダンス。曲や詞、世界観に注目させるため技術を目立たせない、素材に徹した澄んだ演技。
純が鏡を睨みつけた。
「やってやればいいんでしょ。偉そうに言ってきたのは、うちらにだってできるからだろうし」
麻衣がコクリと頷き。
「うん。せっかく見せてもらったもんね」
栄里が璃子の背中を気味良く叩く。
「そうそう! 大丈夫だよ璃子ちゃん、あたし達ならできるって!」
「……ありがとう、みんな」
璃子は皆を集め、円陣に肩を組んだ。
「打倒、天川女子高【偏翼の天使】。大変になると思うけど、みんな着いてきてくれる?」
この日、リコレの四人は冴姫の像を目に焼きつけた。夏コンで挑む壁であり、目指す理想でもある姿、今までなかった『追う背中』を。
商業高という競い合うライバルがいて、冴姫という見上げる存在がいて。
リコレ最後の夏が加速する。
──
帰りのバス。行きと同様、崇子は着席すると早々に目を閉じ、冴姫は茉佑と二人でつり革を持った。
することもないので、すっかり暗くなった外を眺める、つもりが。窓に映る茉佑がチラチラと顔色を伺っていたのが冴姫は気になった。
「どうかした?」
「あ、いや、もう良かったのかなって。なんだかいきなり終わっちゃったみたいだったから」
「いいの。わかった顔してたから。あの子ら飲み込み良いみたいだし」
「う……、飲み込み悪くてごめんなさい……」
間接的な苦言だと思いしょぼくれる茉佑の脇腹を、肘で突く。
「なに謝ってんの。あるもので勝負してくだけでしょうに。アンタはアンタのやることやってればいいの。今までみたいにね」
「今までみたいに……。うんっ、がんばるね!! ……あの、ねぇ冴姫ちゃん」
「まだあったの?」
「うん……。その、都会とかアイドルのお仕事から離れて、やっぱり寂しかったりする……?」
「……え? アンタ、何言って──」
唐突な話題に冴姫は面食らった反応をしかけ、言い終わる前に理由がわかって軌道修正した。
「──あぁ、さっきリコレと踊ったのがそう見えたのね。曲の雰囲気を表現しただけよ」
「そうなんだ、すごいっ! わたしてっきり、冴姫ちゃんがものすごく寂しい気分なのかと思って……」
返答を聞き、パッと茉佑の表情が明るくなる。
それで済ませようと冴姫は一瞬思ったが、『アイドル事にはマジ回答』せずにはいられず。茉佑の表現力(向上)に関わるため正確に言い直した。歯切れの悪い調子で。
「まぁ……表現する上で、実際に寂しい気持ちを呼び起こしたのはあるけどね」
「えっ? じゃあ冴姫ちゃんは──」
茉佑がさっきのしょぼくれ以上に眉を下げるので、冴姫は慌てて取り繕った。
「──昔の! 色々あった日に一人で帰った時の気持ちを思い出しただけだから! 今とは別!」
間髪入れずに、目の前の低い位置から声が聞こえてくる。
「じゃあ今は一人じゃないし寂しくないんだ?」
「そうね! ……あ」
声の主は崇子。つまり、寝たふり。
崇子は目を半開きにニヤニヤ笑み。
「冴姫ちゃんも可愛げあるじゃない」
「崇子っ、アンタ寝たふりしてたのね!」
「してないよ、ちょうど目が覚めただけ。ほらほら、あんまり声が大きいと周りの迷惑になるよ。他にお客さんいないけど」
「っ……!」
言い返せない冴姫と、勝ち誇った顔で眠りなおす崇子。
二人を見て、茉佑が嬉しそうに笑う。
「良かったぁ、冴姫ちゃんが寂しくなくって」
「だからそうだって言ってるじゃない、もう!」
そうやってひとしきり話した後は、眠気とうつらうつら戦いながら電車を乗り継いで。いつ以来かの瑞々しい気持ちに触れた一日、冴姫の夢見心地は悪くなかったとか。
夏コンへの日々が始まる、その前の。




