第三十四話:始動、の前の(2)
冬休み直前の授業は短縮時間割で午前中終わり。冴姫・崇子・茉佑の三人は一度帰宅し昼食を済ませ、午後早い時間に駅で再集合。商業高校のある市内へ向かった。
最初の目的地は、三月に出演するイベントの会場予定地。電車とバスを乗り継ぎ計一時間弱。
「一時間に二本、しかも時々一両編成ってのはねぇ」
がらがらのバスの降りやすい席に崇子を座らせ、その前に茉佑と二人で立ち。制服に不釣り合いなサングラスとマスクで冴姫がぼやくのは、市内までの電車の本数。
右隣で素顔の茉佑が苦笑いする。
「あはは、田舎だから……」
「遅い時間は無人駅だってのにも驚いたわ」
崇子が顔を見上げ、マスク下でも表情の想像がつくニヤケ声で茶化した。
「さては冴姫ちゃん、知らずに降りて注意されちゃったね?」
「されてないっての! 親切なおばあさんが教えてくれたもの。ワタシってば人を惹きつけるから」
「きっと周り見てなくて、交通ICカード片手に堂々と降りようとしたんだろうなー。どこから乗ったか証明できなくて迷惑かける姿がありありと目に浮かぶよ」
「な、どうしてそれを……」
話はほとんど正解で、冴姫は引っ越して日が浅い頃に夜分の電車で降車しようとして、車内支払機を使用するルールを知らなかったばかりにトラブルを起こしかけている。幸いにも親切な老人をはじめとする数名の乗客が冴姫の乗車駅を運転士に伝えてくれ、特別に整理券無しに清算対応を受けられた。
赤っ恥を思い出させられる冴姫だったが、これまた幸いにも目的地の公園に到着。そそくさと降車し、話をうやむやにする。
「さぁて、後ろの予定詰まってんだし、油売ってないでどんどん写真撮って回るわよ! 崇子っ、ステージはどこになるのっ?」
冬枯れの木々と駐車場をバックに胸を張る冴姫。
崇子は苦し紛れの誤魔化しをわかって追及しないであげ、スクールバッグから持ち手棒付きのカメラを出した。
「はいはい。ステージはあっちの奥の野外音楽堂ってところになる見込みで、三月だと園内に桜が咲いて良い感じののどかさになるよ」
「桜はなかなか悪くないわね。……あれ何かしら。ちょっとした遊園地、みたいな」
少し遠くに見える、公園の遊具と言うには立派なメリーゴーランドや回転ブランコ。
横で茉佑も眺めてはしゃぐ。
「うわー、小っちゃい頃に来た時とほとんど変わってない……!」
「来たことあんだ。小学生に上がるかくらい向けでしょ? よく覚えてるわね」
「ジェットコースターとか空中ブランコとか、機械で動くアトラクションに乗るの初めてだったから! あ、でも、覚えてるのよりウンと小さく見えるかも……?」
「そりゃあ、アンタがデカくなったんでしょうよ」
冴姫が肘で横腹をツンツン突くと、茉佑は肩をすぼめて照れた様子。
そんな二人の前で、崇子は遊園地から茉佑へとカメラを動かし、作った声で話した。
「あの子どもゆうえんちは地元の子ども達にとって文字通りの遊園地であると同時に、本格的なアトラクションに乗る前の練習場所でもあるんです。茉佑ちゃんは何か思い出ある?」
「うん! 自分でジェットコースターに乗りたがったのに、乗ったら怖くて大泣きしたらしくて。たぶん高いところが怖かったんだと思う……!」
「ああ見えて駐車場にはみ出してたり、車二台分ちょいくらいかな、結構高かったりするもんね。木が近いのも意外とスリルあるかも」
「でもねっ、その後何回も乗って克服したんだー。泣いてグズグズなのにピースしてる写真だってあるよ……!」
茉佑は恥ずかしがらず笑顔でエピソードトーク。文化祭やプレコンのマイクパフォーマンスとはいくらか違うスムーズさを、冴姫は珍しく感じた。
カメラを構える崇子も満足気。ちなみに当時の写真は後に編集で足された。
「泣いても諦めないとは茉佑ちゃんらしい。冴姫ちゃんも何か、遊園地の思い出はある?」
話が移り、カメラも被写体変更。
冴姫はフンと鼻を鳴らす。
「ワタシは小っちゃい頃から絶叫系平気だったわ。速いも高いも、スカっとするから大得意。アイドルになってから国内最強級ってふれこみのアトラクションに乗った時も余裕だったし」
「えー残念。怖くてピーピー泣く冴姫ちゃん見たかったのに」
つまらなさそうにする崇子の発言からわずかに間を置き、冴姫がカメラを代わった。
「そういう崇子はどうなのよ」
くるりと向けられたレンズに崇子は、ガックシと肩を落としてみせる。
「残念ながら、遊園地とかテーマパークは全然行ったことなくて。敷地が広くて結構歩くし、私にはアトラクションの座席は固かったり固定がキツかったりするんだよね」
「それは残念ね。でも移動がしんどいなら車椅子を使えばいいんじゃないの? 園内を回るだけでも楽しいって言うじゃない」
「そこはフクザツな乙女心だよ。街乗りとか博物館みたいな施設は平気だけど、遊園地みたいなイベント会場っぽいとこで目立つのは私、嫌だったの」
「色々あんだ。それじゃあ崇子は知的好奇心派なワケね。お嬢様に見えてきたわ」
冴姫は話を暗く扱わず、崇子に合わせ冗談めかして返した。
崇子もまたおふざけのままでいて、上品を過剰にした振舞いで微笑む。
「おほほ。見えるもなにもお嬢様ですもの。休日はもっぱら美術や音楽を楽しんだり、教養を深めたりしていますわ」
そうやって話しながら公園を回り、写真や動画を撮りつつ散策。広場にステージのみの閑散とした音楽堂で軽く歌い踊ってみたり、池に面して佇む歴史ある庵を眺めたり。商業高とのアポイント時間までを三人で穏やかに過ごした。
小一時間ほどで再びバスに乗り、最寄りバス停から歩いて数分。街中に位置する商業高の正門に到着する。敷地入って少しの事務室で、茉佑がアポイントを伝えた。
「あ、あのっ、商業高アイドル部を訪ねて参りました、天川女子高の天野ですっ。顧問の先生にお伝えしていたのですが~~」
入校許可証を発行してもらい、商業高アイドル部が活動するダンス練習室へ。道中の廊下には様々な部活動が勝ち取った多数の優勝トロフィーや盾、賞状がガラスケースに飾られており、創立から百年以上という学校の歴史と生徒達の真剣さを感じさせる。
「失礼します、天川女子高の──」
茉佑を先頭に、ダンス室に辿り着いた瞬間。部屋のあちこちで振り入れや筋力トレーニング、ストレッチを行っていた紺色ジャージ姿の部員全員が冴姫達に気づき、綺麗に立って一斉に頭を下げた。
「「「──こんちには!!!」」」
大きな声で揃えた挨拶は運動部のそれ。しかも直後に練習再開。礼儀正しくいながらも練習の手を緩めない訓練された振舞い。そんな部員達の代わりに、入口そばで立っていたアイドル部顧問の婦人教師が冴姫達に声をかけた。
「ようこそいらっしゃいました。話は伺っていますよ」
部員に向ける厳めしい表情を、客人対応の柔らかな表情に変える商業部顧問。
ジャージだろうと気品・気迫のある雰囲気に、茉佑はカチコチと緊張の面持ち。
「テーピングのお礼で参りました、天野と言いますっ。お忙しいところすみません」
「ご丁寧にありがとう。少し待っていてちょうだい。『美吉野キャプテン、ちょっとこちらにいらっしゃい』」
呼ばれた美雨は『はいっ』と引き締まった返事。ダンス練習を一人抜け、駆け足でやってくる。汗で髪を濡らし肩で息をしていても、茉佑の前ではパッと明るい笑顔。
「お礼なんてよかったのに! 手の具合はどうだった??」
「ほ、骨に異常はなくてっ、全治二週間くらいだそうです……!」
「大事にならなくて良かったー。めっちゃ練習してるのに、怪我で動けないとかなっちゃったら辛いもん」
「あの、本当にありがとうございましたっ! これ、つまらないものですが……」
大きな紙袋を渡し、茉佑は深々とお辞儀。
美雨は袋の中身をチラ見した。
「これは?」
「実家が和菓子屋してて、詰め合わせです。チートデイとかに皆さんでどうぞ……!」
「あはは、そんな厳密にスタイル管理してないけどありがとう。皆で分けるね!」
「じゃあ、わたしはこれで──」
要件が済み、ご迷惑になる前に撤収……とはならず。茉佑は思わぬ方向から引き留められることとなる。
商業高顧問が冴姫に頼み事をしたのだ。
「──龍ケ江さん。よろしければ一曲、あの子達のパフォーマンスを見てはいただけませんか?」
指導者が『見てほしい』と言うのだから、理由は聞かずとも。と、冴姫は素直に引き受ける。茉佑が世話になった礼でもあった。
「構いません。気づきがあれば申し上げれば良いんですね」
「ぜひお願いいたします。彼女らが目指すべき方向性は理解していますが、私には状態を見極める『目』がありませんので」
「ご謙遜を。期待に応えられれば良いですが」
こうして、冴姫による抜き打ち(?)スキルチェックが始まった。
「今日は商業高のライブを観に来てくれて、ありがとー!」
髪と声を弾ませ、美雨がセンターで手を振る。商業高アイドル部の面々は突然の出来事に最初緊張していたものの、パフォーマンス開始後は観ていて気持ちの良い、力強い動きになった。
パイプ椅子を並べ眺める冴姫達や商業高顧問、控え部員達を前に本番さながら。恥ずかしがらずに手を振ったりコーレスしたりと、ファンサービスまでをやりきっていく。痛んだダンス室がステージ、柄のない学校指定ジャージが衣装、メイクだってしていなくて。そこそこの難易度の曲を皆で、ただただ一生懸命に歌い踊っているだけ、なのに。
冴姫には美雨達が眩しく見えた。プレコンの時よりも、もっと。
「「「~~♪ 以上、商業高アイドル部でした!」」」
横一列でシンメトリーの決めポーズ。パフォーマンス終了。
拍手で応える冴姫に商業高顧問が尋ねる。
「いかがでしたか。私としては、ご指摘の全員動作の同期がまだまだに思えます」
「ワタシも同じ感想です。ところどころズレてましたね」
「しかし原因がわからないのです。ズレの発生タイミングがどうもまちまちで……」
商業高顧問は眉間に皺。問題点は振付のズレ。ある程度揃っているが故に、時々のズレが目立って見えた。
「シンプルな原因だと思います。まちまちに発生するように感じる理由も」
その原因を、冴姫は一目で見抜いている。言うまでもない当たり前。『全員で合わせる』『対象』のこと。
「結構な人数が、リズムをおざなりにしています。正確に聞けてなくて取りかたも曖昧なのを、周りを見て目で合わせてるんです。だから周囲が見えない振付や位置の時にズレて、だけど偶然合う時もあるせいで発生がまちまちに感じるんでしょう」
周りでも誰かでもなく、リズムを絶対の主として。冴姫の指摘への反応はそれぞれで、自覚して気まずそうな人もいれば、無自覚な人もいた。
個別に示すことも可能だったが、冴姫が動く前に商業高顧問が責任を持った。
「ありがとうございます、龍ケ江さん。後の指導は私が行います。次にお会いする時には、ずっと改善したものをお見せすると約束いたします」
そう言って両手を一度パンと叩き、部員達に注目させる。
「貴女達もお礼を言いなさい。これからはリズムを徹底的に詰めますからね」
「「「はいっ! ありがとうございました!!!」」」
入室した時より一層大きな声と、完全に揃ったお辞儀。冴姫にはそれが『このレベルに仕上げる』との宣言に聞こえた。たとえ仕上がったとしても負ける気はしない、が。
「(『最後の夏は特別』、ね……)」
先日の崇子の言葉が頭をよぎる。プレコンが終わった瞬間から目標は夏コン──最後の大会。こちらも同じこと。わかっている。
スキルチェックはここまでで、商業高顧問は冴姫達を見送る準備をした。
「美吉野キャプテン、私がお三方を見送りますから、貴女達は必要な練習を実行なさい」
「はいっ! みんなっ、集まってー!!」
美雨の声かけで部員が円陣。各々活発に『目をつむって踊るとか』『目隠しの方がいいんじゃない?』『動画も取ろうよ』等の意見を出し合い、素早く自主練習に移行。
商業高顧問がダンス室の扉を開く。
「お引止めしてすみませんでした。正門までお送りいたしますね」
校内の廊下を進む中で。商業高顧問が問いかける。
「龍ケ江さんから見て、商業高アイドル部はどう見えましたか? プロの練習内容や環境と比べると、未熟に映るものかとは存じますが」
冴姫は印象を素直に答えた。
「技術的にはそうですね、未熟だと思います。でもワタシには輝いて見えました」
「輝いて? どうしてでしょう?」
「全員が同じ目標を、熱量を持って目指しているように見えたから、です。それはとても……貴重なことだと思います」
「同じ? プロこそそうではありませんか? オーディションがあるのですから」
オーディションを勝ち抜いただけあって、アイドルへの熱量は皆、高かった。デビューや、大きなステージに対しても。そこまでは同じだった。だけど。
今度は答えに窮し、冴姫の口から出てきたのは。
「プロは、ゴールがいっぱいありますから。……あ、えっと、プロだとか関係なしに貴重ですね。部活動でも本気で取り組む人はそう多くないみたいですし。ねぇ、茉佑?」
話を茉佑へパス。深い事情を話す時間も気もなかったので仕方ない。
茉佑は不意を突かれたらしくキョトンとして、時間がかかって返事した。
「へ? う、うん。うちの部だと、わたし達だけが夏コンに出るんです」
「そうですか、少し残念ですね」
「でも! フェスにはみんな出るので! 一緒にがんばって練習してますっ……!」
嬉しそうに話す茉佑を、商業高顧問は穏やかな瞳で見つめる。
「それもまた大切なことです。商業高アイドル部も、夏フェスには目いっぱい力を入れていますから」
話もそこそこに正門前。
いよいよ別れるというところで、商業高顧問が頭を下げた。
「本日はすみませんでした。夏コンを争う関係でありながら、アドバイスを要求してしまい」
それから、やや緊迫した面持ちで崇子に話す。
「貴女としては思わしくない展開でしたか? 森山さん」
向かい合って立つ崇子は真剣な口調。
「はい。夏コンを競い合うライバル校ですから。でも冴姫ちゃんはそういう子ですし、答えさせない方がかえってストレスになるんでいいんです。まだ許容できます」
商業高顧問は表情鋭く、しかし柔らかさのある声色になった。
「本当にありがとう。来年の夏、あの子達の成長した姿をぜひ見てあげてちょうだい。あの子達が捧げ、夢中になった時間の成果を」




