第三十三話:始動、の前の(1)
「~~はい、そうです。全ての事務所に一括で、お話は夏コン後に伺うとご回答いただけますか?」
放課後の職員室で冴姫は、アイドル部の顧問教師にそう伝えた。大会結果やライブ映像を見た芸能事務所から多数届いた、スカウト連絡への回答である。
昨年に芸能事務所を退所し、事務所間の忖度によりスカウトが憚られる存在である冴姫だが、部活動アイドルを経由し経歴が『リセット』された(のでスカウトして良い)と、やや無理のある解釈がなされている。無理をするほど、冴姫は魅力的だった。同様のスカウトは崇子にも届いており、冴姫と同じく夏コン終了まで交渉を後回しとしている。なお、茉佑には全くない。
このように、素質ある部活動アイドルは在校中でもスカウトされる。そのまま部活動アイドルを辞め、プロアイドルに転身する例もままある。
「~~構いません、夏コンに集中して取り組みたいですから。では、失礼します」
顧問教師との話を終え、冴姫はしゃなりと職員室を出た。ダンス室へ向かう道中、周りに人の気配がないことを確認し口角を緩める。否、自然に緩む。
「ふふ……あはははは! そうでしょうそうでしょう。ワタシをほっとく手はないわよねぇ?!」
商業アイドルの世界を離れて一年、人気も評価もさほど落ちていない。来年の今頃には復帰していたり、誰かとユニットを組みデビュー準備したりしているかも。プロに戻るばかりか、行先を選べる可能性すら出てきた。
いつの間にか鼻歌高らかで、足取りはスキップで。冴姫は転入以来一番の上機嫌で部活動に出席。部員からプレコンの優勝やスカウトの件でもてはやされ、普段ならほとんどしない会話を数回こなすなどした。
そうして、ユニット練習時間。練習教室に崇子と移動してすぐくらいでジャージ姿の茉佑が入室。
右手に施された先日と同じようなテーピングを冴姫は気にする。
「来たわね。どうだったのよ」
茉佑は苦笑いして、左手で頭をかいた。
「骨に異常ナシで、二週間もすれば治るだろうって! お騒がせしてごめんね……」
「謝らなくていいって何回言わせんの。崇子も良かったわね、大事じゃなくて」
ホッと胸をなでおろし。さぞ心配しているだろうと崇子を見る。すると崇子は意外にも、ノートパソコンを操作しながら『そうだねー』と軽めの反応。
「あら? アンタのことだから一番に飛びつくと思ったのに」
「報告もらってたからねー」
「報告……。……ダンス室でユニットの広報がどうのって携帯いじってたの、本当は茉佑と連絡取ってたとか」
「ご明察ー♪」
「とんだ不良部員ね」
「失礼な、ちゃんと広報もしといたよ。茉佑ちゃんの状態を確認するのだって、部のマネージャーを兼ねる私のれっきとした役目」
「口の減らないこと。まぁいいわ、無事だったんだし。ちゃっちゃと始めましょう」
のらりくらりな崇子に肩をすくめ、黒板の前に。白チョークで手早くカツカツと『作戦会議』の文字を並べる。
「民間イベントに夏コン本番、全国大会……。これからどんどん忙しくなるわ! 楽曲からSNS運用までガンガン決めるからね!」
胸を張って仁王立ちの冴姫に。
さっそく崇子が平静に返す。
「決まったみたいに言うけど甘くないよー。今回のプレコンで夏コンの勝利がますます大変になったんだから」
「ますます? 大変?? なんで???」
「圧勝だったから。ほらこれ、見てごらんよ」
「えっと……? こんなの、何人かがチョロチョロ言ってるだけじゃない」
ノートパソコンの画面で見せられたのはSNSの検索結果。この県に住んでいるらしき人達の書き込み十数件。『リコレが負けて残念』『プロは反則』『あんま地元って感じしない』など。冴姫達の勝利を喜んでいない心情がつづられている。
目を合わせる崇子におふざけはない。
「内心で思ってる人はもっといるよ。この空気感、私だったら逃す手はないね」
「判官贔屓の雰囲気に乗じて攻勢に出てくる、って言いたいのね」
「そう。誰だって高飛車なプロアイドルちゃんにはギャフンと言ってほしいだろうし」
「ギャフン、ねぇ……」
大会前に崇子が気にしたのは、強すぎる外来種と認識されてしまうこと。しかしわかっていても、冴姫にも崇子達にも観客の前で手を抜く選択肢はなく、仮にそうしても有効な対策にならないので話さなかったのだ。
そんな崇子の分析を、冴姫は腕組み顎上げで一蹴する。
「言わせられるもんなら言わせてみなさいな。束になってきたって負ける気しないわ」
「冴姫ちゃんはそう言うよね。私からは、油断しないように、とだけ」
「油断? ワタシが手を抜くとでも思ってんの?? 気を引き締めるのはアンタ達の方よ」
「違うよ冴姫ちゃん。相手が強くなるの。高校生の最後の夏は特別だから」
「特別?」
首を傾げる冴姫に、崇子は言い聞かせる口調になった。
「だってね、卒業ライブなんだもの。人生一度っきりのアイドルで、高校生のね」
「一度っきりって、積み上げたものがあるならわかるけど……。ま、相手がどうあれ、ワタシ達がやることは変わらないわ」
相手がどんな作戦で来ようと、できるのは己を高めることのみ。冴姫はそう考える。
「さぁ、こっからはギア上げて、夏コンまでノンストップで行くからね!」
熱血握り拳で発破をかける冴姫に、崇子は椅子の背もたれに体を預け『はーい』と間延びした調子で、横でコクコク頷き話を聞いていた茉佑は背筋を伸ばし『はいっ……!』と気持ちの籠った返事。
そうこうしているうちに練習教室の扉が開き、スケッチブックを抱えた松里が現れた。
「はぁ、はぁ。科の課題で遅くなった。もう始めてた?」
若干荒れた息とズレた眼鏡を整えつつ言う松里。
冴姫は手の動きで着席を促し進行する。
「ちょうど良いタイミングよ。それじゃあ気を取り直して作戦会議を始めましょう。まずはスケジュールだけど、プレコン優勝で参加できるようになったイベントが~~」
作戦会議で扱うのは、出演するイベントやSNSの運用スケジュール、それぞれで行う楽曲、使う衣装など。出演可能イベントは三月開催の春祭りと五月開催の初夏祭りの二件。SNSは出演告知のほか、新年やバレンタインデー等の季節にちなんだ内容を考える。
衣装は夏コン用に新規制作する以外は基本、ユニット衣装のアレンジで乗り切る算段となった。楽曲はイベント毎に一曲ずつ新規に覚えるが、夏コンに影響しないよう(茉佑が混乱しないよう)、簡易かつ流用が利く振付で進める。
会議も後半に入り、新規披露する楽曲及び衣装の議題になった頃。冴姫は意見した。
「楽曲案が二つあるのだけど良いかしら。思いついたことがあって」
用意していた手描きイラスト付きメモのコピーを配布。意図がギリギリ伝わる程度の間の抜けた画風で描かれていたのは、真ん中に置かれた椅子に一人が腰かけ両サイドに一人ずつ立ったものと、お姫様シルエット衣装のもの。
イラストを指し、補足説明する。
「松里とちょっと話して、実現可能だと考えてるわ。ただちょっと難しいところが~~」
見るなり聞くなり、茉佑は喜んだ様子で、松里は伺う顔つきで、最も重要な崇子の判断を待った。
顎に手を当て、崇子は渋い顔。
「なるほどねー……。うーん……」
気にして茉佑が尋ねた。
「しっくりこなかった? わたしはすっごく良いアイデアだと思うけど……」
「あー、えっと。とっても良い案だと私も思うよ。やってみるんで大丈夫。ただ、間に合うかなって」
珍しく自信なさげな崇子。
懸念は冴姫も認めた。
「確かに難しいかもしれないわね。だからこそやる意義があるのだけど。最悪、全国には間に合うでしょ」
「……そうだね。わかった、冴姫ちゃんの案に乗る。じゃあ次は楽曲選びだね」
と、崇子の賛成で話がまとまったタイミングで、茉佑がおずおずと手を挙げた。
「あ、あのっ、その前に明日なんだけどっ……! わたし、お休みしてもいい、ですか?」
何を言い出すかと思えば、休暇の申し出。冴姫が茉佑と出会ってから初めてのこと。
やや驚いて、冴姫は理由を尋ねた。
「珍しいわね。年末近いし家庭の用事とか? それか手が痛むとか」
「ううん、どっちも大丈夫。その……お礼に行きたいなって。商業高と県北高校に。先生にアポは取ってもらえたから」
「あー、そういう。いいわよ」
お礼は不要とされていても、かえって落ち着かないもので。手の怪我の応急処置をしてくれた美雨や璃子を訪問したがる茉佑を許可……しながら眉間に皺、考える。
「いいけど……」
「ご、ごめんなさいっ、最初が肝心なのに──」
「──崇子、三月の会場は?」
水を差したと気まずそうな茉佑をスルーして崇子に聞き、崇子もまた即座に答えた。
「商業高の近くだね。平気、歩けるよ」
「キツくなったら言いなさいね。松里は?」
「ごめん、パスで。科の発表が近いんだ」
「了解。なら明日は三人ね」
どんどん話し、確認口調の冴姫。
話についていけていないで茉佑が慌てる。
「三人って、冴姫ちゃん達も??」
「当然。ユニットメンバーが世話になったんだから。休養日にロケハンと敵情視察! 悪くないわ!」
共にお礼を伝えたい気持ちが三割か二割。残りは自分達のため。
翌日、三人で商業高と県北高校を訪ねることとなった。




