番外:MiSaKiのせい
LED電灯が不夜城のごとく爛々と光る、夜のはじめのレッスン室。扉が開き、離席していたささらが戻ってくる。
照葉は駆け寄り、待てずに尋ねた。
「ささら、プロデューサーはなんて???」
「……番組ディレクターに連絡してくれたけど、『まだ企画がまとまってない』って返事だったみたいだよ」
「またぁ?! 特番にするって聞いて半年以上過ぎてんのよ?! あのディレクター、絶対やる気ないじゃん!!」
「ごめんね照葉。私がMiSaKiみたいにできないから……」
ささらが下を向いて、左肩に流している髪の束を握る。
仕草を見て照葉は後悔した。部屋に入った時からささらの表情は暗く、不安な時の癖の髪握りもしていて。良い話がないのも、最近のTeSseRaにとって当たり前だったのに。
「ち、違うの! ささらは何にも悪くない!! 悪いのはいきなり消えたあのオンナだから!!!」
全部、全部MiSaKiのせい。MiSaKiがいきなり辞めたせいでTeSseRaの評判や印象が悪くなって、冠番組が早々に終わってしまったし、ライブでもファンが集中してくれなくて盛り上がりに欠けてる。
MiSaKiが悪い。いなくなって一年も経つのに不快にさせるなんて……!
「あっ、トレンド……」
ララが言った。休憩中ずっといじっていた携帯電話を見て。
トレンドって、もしかしたら!
「ララ、ちょっと画面見せて!」
「あっ、ちがっ──」
「──いつ撮ったヤツ? 昨日アップしたミームの……。……なんであのオンナばっかり!!!」
SNSの流行ワード画面。あったのは『MiSaKi』の文字。部活動アイドルの県大会で優勝したのが話題になったらしかった。
大して人の住んでない田舎県の、素人大会で優勝した程度でトレンドに。TeSseRaをめちゃくちゃにしといて、自分だけは炎上と仲間の凄い人(の娘)で話題を集めて……許せない。
なんであのオンナはなんでも上手く──。
「──あのね、照葉。プロデューサーから伝言があるの」
「伝言? あのプロデューサー、全っ然仕事取ってこれないクセしてささらパシりにしてんの?! 忙しいフリすんなっての! なんだってっ??!!」
照葉は気づいていなかった。ささらが髪束をぎゅっと握ったままだということに。気づいていれば、せめて心の準備はできただろうか。
できたとしても、受け入れ難い事実に違いはないが。
顔色を伺う目線でささらは言う。
「プロデューサーがね、MiSaKiの件の調査が終わったって」
「ふーん。アレまだやってたんだ」
「それでね、処分を決める前に理由を聞かせてほしいって」
「……処分? ……理由??」
TeSseRaのプロデューサーは一年間、冴姫の移籍未遂事件について調べを進めていた。地道な聞き込みやカメラ映像の確認の末、真実を──照葉が事件の犯人だと掴み、ついにこの日、客観的証拠をまとめ照葉に提示することにしたのだ。
ささらが声を震わせる。
「MiSaKiのこと……、照葉が関わってたの……?」
「そ、そんなことないって! 何かの間違いでしょ!」
「そう、だよね」
信じられないのか、ささらは目を逸らした。そばにいるララも目を合わせない。……まただ。また何もかもが奪われた。
MiSaKiさえ、MiSaKiさえいなかったら──。
──
─
「──すごいね照葉! 同期で一番踊れてるって先生言ってたよ!」
「ささらだって。踊りながら歌うのはあたしより上手いでしょ」
「そんなことは……あるかもだけど! 照葉みたいに踊れるようになりたいなー」
オーディションに合格して一年後くらい。全体レッスン終わりの会話。照葉とささらは十人ほどの同期で上から一、二番目の実力で互いに認め合っていた。照葉が同期に強い態度で接して揉めるのをささらはいつも仲裁してくれ、実力者ながら性格の丸いささらを照葉は気に入っていた。
「ならなくていいって。あたしが踊ってささらが歌えばいいの。二人でデビューしてフォローし合おうよ」
「そっかー。それなら安心だね」
「あ、でも。あと一人は欲しいかな。二人だと比べられちゃったら困るし。入れるとしたら見た目だけは良い子が~~」
この日までが、照葉にとって思い通りの世界。
翌日に大上冴姫が事務所に入所した。一年遅れでも実力十分として。
『~~大上冴姫です。よろしくお願いします』
『えー、大上さんは今期の合格者ですが、実力十分なのでこちらで見ることになりました。お互い切磋琢磨し、デビューを目指して励んでください』
レッスンの先生が紹介した冴姫の存在を、照葉は知っていた。前年のオーディション時、ものすごく上手いのに落とされた子だと。けれども当時は『ものすごく上手い』くらいで、厳しいレッスンを一年やり遂げた自分が負ける気はしていなかった。
しかし。
『大上さんは素晴らしいね』
『今すぐデビューさせよう』
『いや、完成してからがいい。日本中の度肝を抜けるぞ』
『メジャーデビューが今から楽しみ』
社長も重役もレッスンの先生もホーム劇場の古参ファンも。冴姫が研修生の頃から大絶賛だった。その評価に照葉も異も唱えられないほど、冴姫はずば抜けていた。『ものすごく上手い』はたったの一年で『ほとんど怪物』になっていた。
一年前、冴姫はオーディションこそ不合格になったものの、プロデューサーから個別にレッスン資料の送付や『あらゆる質問への回答』待遇を受けていた。異例の特別待遇だが、自主練習のみで悠々と照葉達を上回ったのは、誰にも予想外の、異次元の才能だと言える。
『大上さんを見習って~~』
『大上さんは特別だから~~』
『少しでも大上さんについていけるように~~』
日に日に差は広がり、特別な才能が集まる事務所内で冴姫は特別になった。冴姫がオーディションで一度落ちたのは、『比べられる同期を作らないため』などと囁かれることもあった。
冴姫の出現以来、照葉は一度も一番になれなかった。ついていくなどとんでもない。どんなにがんばっても下手に見えるから同じステージに立ちたくなかった。
なのに。
『~~新規ユニットのメンバー候補は、照葉、ささら、ララ……そして、MiSaKiです。条件に承諾できるなら、書類にサインを書いて提出してください』
プロデューサーから伝えられた念願の、ささらと一緒のデビューにも冴姫がいた。大喜びで二つ返事が普通も、迷いに迷い。けれどもささらとなら支え合えると思い、照葉は承諾した。数週間も経たないうちに、ささらは交通事故にあって復帰未定となった。
以降は。
『違うでしょ。先生が言ってるのはこうだって』
『踊る時の声がふらついてる、基礎練と聴きこみが足りないんじゃないの?』
『ポージングの引き出し増やした方がいいわよ。ララに教えてもらったら? あの子センスいいから』
何をするにも冴姫に厳しく詰められる。毎日惨めな気分にさせられて、毎日が我慢の連続で。
『MiSaKiっ! もう十分でしょ?! なんでこんなに追い込むの??!!』
『なんで、って。理想のステージのためだけど?』
『理想の??? そんだけ???』
『ほかになんかある? あ、オーバーワークを心配してるなら大丈夫だから。休養日はちゃんと計算してるわ』
冴姫はおかしい。イカれてる。照葉は冴姫のことが理解不能だった。事務所の課した動員ノルマどころか上振れ想定のロードマップだって余裕で達成中。ユニットの滑り出しとして申し分ない成果。小休止やペースダウン、ご褒美的な休暇を入れても良い頃合いになっても、冴姫は向上を目指し続けた。
旅行する、贅沢する、良い服を着る、ブランドのバッグやアクセを買う、高い部屋に住む、チヤホヤされる、イイオトコと付き合う……。頑張るための、頑張った報いにはまるで興味を示さず、理想を目指してひたすらに技術を磨く、アイドルの『怪物』。
『めっちゃ流行ってるショート動画やってもいいじゃん?! ガチ曲ばっかはレッスンに手間かかってコスパ悪いし!』
『どうだろ。オリジナルやれる環境で、ゼロベースで知ってもらえる時に借り物やるのはもったいなくない? 流行に乗るのは、流行を作るのにトライしてからでもいいと思う』
揺らがず、弛まず、しかも間違えず。冴姫は努力と才能でアイドルの覇道を征った。合わせられるわけもなく、照葉はずっと息苦しかった。
ささらの復帰だけが心の支えで、耐えて、耐えて、耐えて。
『この前の特番の後にね、プロデューサーと企画の相談をディレクターにして。それが通りそうなの。冠番組、持てるかもしれないわ! スケジュール空けときなさいね』
『待って! ささらの復帰が近いでしょ?! ペースを落として、少しでも苦しくないように──』
『──どうせなら。どうせ大変なら、番組の序盤にドカンと加入して覚えてもらう方がマシだとワタシは思う。荒療治になるけどそれも企画として見てもらえるし、ついてこられたら一気に皆から認められるでしょう?』
『ついてけなかったどうするの?!』
『その時は……その時よ』
『っ……!』
照葉は耐えられなかった。このまま頑張れないし、ささらも耐えられないと思った。だから冴姫を排除して、冠番組も活動も緩いペースで進めた。上手くはいかなかったけど、ささらと支え合っていけばいつか、そこそこのポジションに浮上できると信じていた。




