第三十二話:美雨と璃子の密約
プレコン閉会式の後、冴姫達が会議室で待ちぼうけしていた頃。県北高校アイドル部リコレのリーダー萩原璃子は、商業高アイドル部キャプテン三吉野美雨から『ある提案』を受けていた。解釈によってそれは、『密約』と言えるかもしれない。
──「リコレと商業高、勝った方が天使を討つ、と言うのはどうですか?」
──
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会議室に二位、三位の二校でひとまとめ。ユニットリーダーと顧問教師で集められ、出演可能イベントの説明を受ける前の待機時間に、璃子は美雨に話しかけられた。
「あの、萩原さんっ! 終わった後に少しお話できませんか?」
「話?」
「どうしても話したいことがあって……ダメですか?」
不審が漏れ出て、璃子は目を細めてしまう。美雨とはこれまでの大会で多少面識がある程度で話したことはない。とは言え、無下に断るのを気兼ねするくらいには顔見知り。
迷った末、璃子は応じることにした。
「まぁ……いいですよ。帰るだけなので」
「ありがとう! じゃあまたあとで~~」
顧問教師にも許可を取り、あとは運営の説明を受け。終わって二人で、人気のない近くのエレベーター前に移動。
おあつらえ向きにあった、背もたれのない小ぶりなソファに腰かけた。
「単刀直入に言いますね。萩原さんは、今回の結果に満足していますか?」
さっそく、美雨が話を切り出した。
社交的なにこやかさ。なのに璃子はどこか迫られる気分がした。
「……は?」
聞き取れなかったんじゃない。『満足か』と言う言葉が頭の中で反響し、処理に時間がかかった。
美雨は考えるのを待つためか、はたまた尋ねる側の礼儀か。自分から胸の内を明かす。
「ちなみにわたしは満足してません。悔しいんです。なんだか全部をあの人達に──天使に持っていかれちゃったみたいで」
「全部って……。MiSaKiのファンだったり、ファンになったりしただけですよ。私達のモノなんて最初から何も……」
天使の人気は、リコレや商業高のそれを奪っていない。他所から引っ張ってきたり、どこに投票したっていい浮動層を惹きつけたりしただけ。と、璃子は美雨が『偏翼の天使』を僻んでいると思ったが、それは違っていた。
「天使が人気になるのはいいんです。良くないですけど、いいんです。わたしが悔しいのは、『彼女のための大会』になっちゃったことで。他所から来たスターがあんまりにもすごかったから、皆それしか見えなくなっちゃった、みたいな」
「……」
胸がドキリとする。皆がそれしか。私も。隣に座る美雨は笑顔のままエレベーターを見上げているのに、璃子はまるで顔を覗かれている気分だった。
美雨はフラットな声色で、歩く速度で心の深いところに降りていく。
「相手が誰かも、ここがどこなのかも、元々あったモノも。全部が塗りつぶされちゃった気がしたんです。わたしはそれが悔しくて。だから萩原さんに聞いてみたくなりました」
「私は……」
プレコンで天使のライブを見せつけられてから。握手会も表彰式も何があってもずっと、つまらなくて無気力でどうでもよかった。だって意味がなかったから。ネットで調べたプレコンの評判は天使の話題一色で、リコレも商業高もどこの学校の名前も、がんばって検索しないと見つけられなかった。いないも同然だった。
皆が天使だけを見ていて、私達にあんなパフォーマンスはどうやったってできなくて。だから。
「悔しい……とか、わかりません。何にも。MiSaKiがいれば、私達がやってもやらなくても関係ないじゃないですか」
誰が相手でも良いと思ってたのに。ホンモノに轢き潰されて無価値だと、やる意味がないとわからされた。だから──。
「──見えなくなっちゃっていい、ってことですか?」
「……」
「なかったことになっていいんですか。萩原さんも県北高校も……リコレのことも」
「……っ、でもっ! どうやったってあんな風にはできないでしょう?!」
「はい、できません」
「だったら!」
「だけど消されたくないんです。いてもいなくてもいい存在にされたくない、どこでも良かった場所にされたくない、つまらない思い出にされたくない。わたしはここで徹底的に戦って、一生に一度の部活動アイドルをやったんだって、ここを代表するアイドルが優勝したんだって思いたいんです! だから──」
手を取られ、まん丸の瞳に見つめられる。……光はなかった。きっと美雨にだって希望は見えてない。なのに。
「──リコレと商業高、勝った方が天使を討つ、と言うのはどうですか?」
美雨は立ち止まらない。先が見えない暗闇でもあがいていた。
「勝った方が? それってどういう……」
「そのままです。天使と『それ以外』とを勝負にするため、それ以外の票をまとめるんです。負けた方が勝った方を応援して、票が渡るようにして。もちろん、他の高校もあるので全部集まるとは言いませんけど」
「……そんなことしても無駄ですよ。その他を合計したって天使に追い付かないじゃないですか」
単純な足し算で、プレコンの結果を考えれば合計したって勝ち目はない。
しかし美雨には作戦があるらしかった。
「そこは考えがあります。わたし達が持っていけばいいんです」
「持っていく……。……っ。確かに、それなら」
「そしたらあとは完全な人気投票になる。今の内から『天使VS地元アイドル』の構図と『地元アイドルの代表争い』のストーリーを喧伝していけば、天使に少しは抗えるかもしれません」
「でも! それじゃあ代表以外は夏コン前に『負け』が決まるじゃないですか! 大会前に自分達で夏を終わらせるなんて……!」
言っている意味は理解できた。けれども高校生が、大会前に最後の夏を諦められるのか。
そんなこと、美雨はとっくに覚悟していた。
「一緒ですよ。今まで通り頑張るだけなら、夏コンでも同じように負けるだけです。それも『頑張ったね』って慰めにはなるんでしょう。でもわたしはほんの少しでいいから良い勝負をして、皆に覚えててもらいたい。負けちゃう時だって、わたし達の代表だと思える相手に負けたいんです」
じっと見つめてくる丸目が、希望ではない光を湛えて。
「……どうして私達なの」
「可能性があると思ったからです。こう見えてわたし達、プレコンはかなり頑張ってて。三年生がいるうちは控えだったからステージ経験は少ないけど、その分プレコン向けにみっちり練習してたんです。なのに、会場投票もWEB投票も三位でした」
「それは出場順がたまたま……」
「WEB投票は違いますよね? わたしたぶん、この差は『期待』なんだろうって思います。地元を応援したい人達の、地元を背負ってほしい期待だと。期待させるだけの魅力がリコレにはあるんだろうなって。……なんて。そうは言ってもわたし達、諦めていませんから!」
爽やかな笑顔。まともな会話は初めてなのに、表情も多弁も強がりだとわかってしまう。
さすがに言葉が出なくて、即答はできなかった。
「その、話はわかったけど、私達がどうするかは……」
「大丈夫です、こんなことすぐに決められませんよね。だから今日は今日できることをしましょう」
「できること……?」
「ついてきてくださいっ!」
そう言って美雨は立ち上がり、どこかを目指して歩いた。
勢いにつられて思わず背中を追う。
「どこに行くつもり、なんですか?」
「もっと良いパフォーマンスをする方法を教えてもらいに行くんです!」
「教えてもらうって、誰に……」
返答を聞く前に嫌な予感。美雨が進む方向には彼女達の……『偏翼の天使』が案内されていた部屋がある。
「もちろんMiSaKiに! 彼女は圧倒的一番なんですよ? このチャンス逃す手はないです!」
「一番って言っても敵! 打ち合わせ中かもしんないし、相手してくれないかも──」
「──その時はその時! もしもーし、ごめんくださーい~~」
案の定の目的地で。美雨はためらいなく扉をノックした。
──
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この数ヵ月後。初夏に県内にて開催された大型民間イベントで、リコレと商業高は『地元代表アイドル』の座を賭け戦うことになる。加えて、二校それぞれ夏コンまでの時間を使い、天使を抑える手を打った。
全ては、夏コンで偏翼の天使から二勝をもぎ取るため。
プレコン表彰式時点で、偏翼の天使への戦意を失っていなかったのは、三吉野美雨ただ一人だけだった。厳密に言えば美雨もほとんど心を挫かれていたが、美雨は『諦め』を選択肢に入れていなかった。
敗色濃厚だとしても戦い尽くすこと、それが前提。諦めたくても、諦めないつもりで考え部活動アイドルに臨む。プレコンの握手会では当然に、夏コンまでの期間もそうするつもりだった。だが、握手会でのリコレの姿と表彰式をきっかけに、期限のみ設定が変わった。
夏コン前に挑戦者を一校に絞れば、天使と勝負できるかもしれない。そして、その一校に相応しいのは。
リコレに勝つことができれば商業高で、負けるようならリコレ。美雨は覚悟し、チームメイトと顧問教師に相談、勝つための挑戦であったために一丸となれた。




