第三十一話:終わりは始まり
「いつまで待たせるつもりかしら、まったく」
閉会式後の小会議室。冴姫は机に肘をついて椅子に座り、右手の丸めた賞状で左手のトロフィーをコツコツ叩いて遊んだ。これから運営との打ち合わせ(ライブ映像の取り扱いや出場可能イベントについての説明)があるのだが、開始時刻まで少々時間があるために、顧問教師も運営も来ておらず待ちぼうけの格好。
ユニット三人でただ待つだけの時間に退屈していた。
「なんで優勝校が最後なワケ? こういうのは普通最初でしょ??」
打ち合わせ順番は、二位・三位のリコレ・商業高のあと。納得のいかない冴姫。
茉佑が困った様子でなだめる。
「まぁまぁ、無駄に待たせるのも悪いから、ちょっとくらい……ね?」
「悪いとか思わないわね。勝者は優遇されるもの。道を譲るのも敗者の務めなんだから」
「そうかなぁ」
「絶対そう! 勝者が勝者然と振舞えないで誰が憧れるのかって話で……」
話に熱が入りかけたところで、会議室の扉がコツコツとノックされた。運営の担当者か顧問教師か。
扉に一番近い場所に居た茉佑が返事、ドアノブを回す。
「はい、今開けま──え? えと、どういったご用件で~~あぁ冴姫ちゃ……龍ケ江さんに~~聞いてみるので待っててください」
茉佑は体半分を外に出し、不明な訪問者に応対。
部屋を向いて尋ねた。
「冴姫ちゃん、商業高の三吉野美雨さん達が話したいって来てくれたよ」
「ワタシに? サインとか写真じゃないでしょうね?」
「うん。聞きたいことがあるんだって」
「……いいわ。退屈してたし受けたげる。通して」
退屈しのぎが大部分。残りは、本気で部活動アイドルをしていそうな美雨への、ちょっとの敬意であったり褒賞であったり。
茉佑の手招きで美雨が入室する……のだが。
「あら、もう一人いたのね。初めまして。二人して何の御用かしら?」
訪問者は美雨一人ではなかった。グレーコートの美雨に続いて部屋に入ったのは、濃紺色コートを着たリコレの萩原璃子。璃子は冴姫に視線を向けられ、軽く会釈。目を逸らして所在なさげにする。
冴姫の問いかけには美雨が答えた。
「突然ごめんなさい、龍ケ江さんにどうしても聞きたいことがあるんです」
「答えるかは内容次第ね。言ってみなさい」
「は、はいっ。……。……あの、どうしたら」
微かに皺を作る眉間とぎゅっと握った拳。相手を選ばないなりふり構わずな姿勢。冴姫はいつだったか昔に事務所で見た、低迷にもがく先輩アイドルを思い出した。悩み苦しみ、光を探してあがいていた。
「わたしたち商業高は、どうしたらもっと良いパフォーマンスができますか? お客さんを繋ぎとめるパフォーマンスをするには、いったい何を目指したら……」
「……審査員の人が言ってた通りだと思うわ。多少ありきたりな動きでも、多人数で完璧に揃えることを目指すの。それが一番、アナタ達の魅力を伸ばせるはず」
だから冴姫は質問に応じた。偽りなく誠実に。そうしても良いと思う程度には、美雨のアイドルへの姿勢を評価していた。それに、競争関係ながら来夏再び同じステージに立つ相手。彼女らの実力が上がれば、大会という一つのイベントがより盛り上がる。利敵行為だと問題に思わない。敵に塩を送ったところで冴姫は、絶対に勝つ自信があった。
返答に美雨は視線を一度下へ、もう一つ尋ねる。
「じゃあ、この子達は……。リコレはどうですか?」
「んー……。楽曲の難易度をいくらか落とした方が良いでしょうね」
一瞬考えたのは、『なぜ商業高がリコレのことを?』『自分で尋ねるものでは?』と疑問に思ったから。けれども彼女らの人間関係に興味はないし、そこに時間をかける気もなし。リコレのことも応じる程度には評価しているので答えた。
冴姫の意見を聞き、ここまで聞き流していた璃子が不審がる目つきで口を開く。
「難易度落とせって……。私達、何かミスしてました? それとも、夏までに何も上達しないって意味です?」
不愉快滲む口調。しかし冴姫は平静。わかるとわからない、教えるのと噛みつくのと。冴姫と璃子の実力・心構えには争いにならないほどの差が存在する。
「ミスってほどのことはなかったわ。上達も、アナタ達ならそれなりにするでしょうね」
「だったらどうして。難しい楽曲ができる方が良いじゃないですか。何が言いたいんです」
「難易度を落としてでも、無意識でできる曲にした方が合うんじゃないか、ってこと。アナタ達は『入り込んだ』方が良いタイプだろうから。今回のステージ、考えちゃったんじゃない? 『振付はこうして』『難しいな』『やったできた』、とか。頭が外に行ってるの」
「……」
上から下へ流れるように。説明を聞いた璃子は黙った。言い返せなくなったとか不愉快だとかと言うよりも、考え込んでいる様子。
その間に美雨が尋ねる。
「アドバイス通りにやったとして……わたし達に勝ち目はありますか?」
「基準が同じなら、審査員評価じゃあり得ないわね。他は人気投票だから明言しないわ。譲るつもりは一切ないけど」
あっさり言い切られながら、美雨は礼儀正しく頭を下げた。
「ありがとう、ございました。急に押しかけてごめんなさい」
「ええ。夏コンで会えるのを楽しみにしてるわ」
面と向かって『勝てない』と言われても不快にせず。美雨も璃子と同じく考え込んでいるような、そんな表情。話は終わりらしく、美雨と璃子が背を向け、茉佑が扉を開ける。
そこで、美雨が茉佑に話しかけた。
「あっ、ねぇ、ちょっとあなた」
「わたし……?」
不意の、予定にない話の雰囲気。
美雨は茉佑がドアノブにかけた右手をまじまじと見る。
「小指どうしたの? どこかにぶつけた??」
「へ?! あっ、これはその……」
「冷やした方が良さげだけど……ごめん持ってないや。テーピングならあるからやっとこ? 小指なら~~」
見つけたのは、茉佑の右手の微かな腫れと赤み。ノブにかけた手の、小指だけを曲げないでいるのが気になったとかで。美雨がポケットからテーピングテープを出すと、璃子も処置に加わった。
茉佑の手を取り観察、璃子は言う。
「指、痛むんだよね? 痛いのは曲げた時?」
「う、うん……」
「だったら巻き方は……。三吉野さん、こんな形に~~」
美雨も璃子も経験や知識が豊富で、茉佑に聞き取りをしながら手際良く処置。最初は小指の話しかしていなかった茉佑は、話の中で右手全体が痛むと正直に申告。最終的にしっかりめのテーピングが施された。
五分とかからない早業だった。
「ご、ごめんなさいっ。こんなに色々してもらっちゃって……。今度お礼と、テープのお返しに伺いますっ……!」
何度も頭を下げる茉佑。
美雨は爽やかな笑顔で、茉佑の肩に手でポンポンと触れた。
「ぜーんぜん、気にしなくていいよ。市内まで来て帰る電車代の方がかかるだろうし」
「でも……」
「いいっていいって。ね、萩原さん?」
璃子は真面目な表情を少し緩めて心配する。
「ええ。応急処置でしかないもの。それより、あとで受診してレントゲンも取ってもらってね。骨に異常があったら大変だから」
それぞれの部でもこんな風に、キャプテンやチームリーダーとして仲間を率い世話を焼いているのだろう。二人とも、茉佑が気にしないよう配慮していた。
「はいっ!! ありがとうございましたっっ……!!!」
茉佑は美雨達に一層深く頭を下げ、冴姫と崇子もお辞儀。美雨と璃子が部屋を去り、一件落着。……とはならず。
すぐに冴姫は茉佑の右腕を取り、テーピングが巻かれた掌を見た。
「アンタいつの間に怪我を……もしかして握手会の時?」
「ち、違うよっ。歩いてて物にぶつけちゃっただけ……!」
腕を慌てて胸に抱え込み隠し、嘘にもならない嘘。握手会からほとんどの時間、三人一緒に行動していたのに。
追及する前に、黙って椅子に座っていた崇子が口調を強めた。
「あの失礼な人……、人達だよね。あいつらの時、茉佑ちゃんの反応おかしかったもん」
「そんなことないよ」
「嘘つかないで」
椅子からすっと立ち上がり、まばたきもせずじっと見つめて。
茉佑は崇子に目も合わせられないで気弱に返す。
「……ごめん」
「謝る必要ないよ。茉佑ちゃんが悪いんじゃないんだから。あいつらのことは運営に対応してもらおうね」
通報と聞いた途端、茉佑は焦って止めようとした。
「待ってっ……! わたしは大丈夫だから……!!」
「ダメ。わたしが許せない。絶対に出禁にする」
懇願に崇子は少しも譲らず一蹴。打つ手がなくなった茉佑が下を向く。
気まずい沈黙が広がりかけ、冴姫は溜息を吐いた。
「はぁ……。茉佑、アンタ考えてみなさいよ」
犬も食わなさそうな幼馴染の喧嘩。冴姫にわざわざ仲裁する世話焼き精神はない。ないものの、茉佑の認識は正しておきたかった。手の怪我は文句や悪口とは次元の違う問題だと。
意味がわからないようで、茉佑は首を傾げてキョトンとした。
「考えるって……何を?」
「アンタのやってることって『人に怪我させる危険人物を野放し』にして、ワタシや崇子に『危険人物が来るリスクを許容させる』ことにならない?」
「へ……? でも今回のは、わたしが下手くそだったのが悪くて……」
「そうかしら。じゃあアンタ、ヘタクソなアイドルなら怪我させていいって思ってる?」
「ええ?!」
茉佑は血相を変えて、首を激しく左右に振った。
「お、思うわけないよっ……!」
「そうでしょうよ。文句くらいはあっても、手を出すのは論外も論外。余裕で出禁。誰が相手とか関係なしにね。んで、アンタもう一個間違ってる」
「?」
「あの手の人が攻撃してくる理由ね、アンタは『アイドルなのに下手だったから』って思ってんでしょうけど違うから。ホントは『あの人達が気に食わないから』。自分が気に食わないから攻撃してきてんの」
「気に食わないから?」
「そ。上に立って自分の思う通り、コントロール下に置きたいんでしょうね。まぁ、アイドル的行為がそういう人を引き寄せる面はなくもないけど……。正直、ワタシは相手したくないわ。だってその人の気分次第で標的にされてしまうかもしれないもの。崇子が攻撃されるかもしれないわね」
「冴姫ちゃんや、崇子ちゃんが……」
お金の絡まない、商品としてのアイドルじゃないうちはなかなか関わらない人達。
茉佑はやっと理解できたみたいで、泣きそうな顔になった。
「っ、それはダメ……!」
「だったらちゃんと通報に協力しなさい。アンタに怪我させる人はワタシ達だって怖いし。それに……アンタが怪我させられるのも嫌だってのもわかりなさいよね」
「うん……!」
自分のことは我慢できるくせして、他人のことになると涙目の茉佑。……と思う冴姫もまた、茉佑が傷つけられたために迷惑客に温情を与えない(警告なし一発出禁)でいる。
「崇子、そういうワケだから。わかる範囲でアイツらの情報を──」
冴姫が話を振ると、崇子は真顔で携帯電話の画面を見せた。
「──まとめてるよ。見た目の特徴も来場番号も発言も行為も。打ち合わせの時に先生と運営に報告できるから」
「そ、そう。さすがね」
茉佑と話しているうちに、もしくはもっと早くから。崇子は迷惑客の情報を運営指定フォーマットで報告書にまとめていた。一切の容赦なく、彼らを処分しようとしている。表情は真顔でも、心の底から怒っているのだろう。
その後は予定通り、顧問教師・運営・冴姫達で打ち合わせ。早々に迷惑客と怪我の件を報告。彼らのチケット購入や握手会参加を禁止する方向で処分してもらうこととなった。
こうして、冴姫は初めてのプレコンを狙い通りの優勝、やや不満足なWEB得票、若干のトラブルと、概ね許容できる結果で終えた。だが、プレコンはあくまでプレ──事前大会に過ぎず。終わりは夏コンの始まりを意味する。冴姫達にとっても他の部活動アイドルにとっても、ここからが本番なのだ。
冬の寒さ、春の嵐、そして。
空を見上げる者達の、ただ一度の夏が来る。
──とある個人製作WEBサイト・交流掲示板──
〈全力握手でモブ女にわからせてきましたわ〉──〈全力ってどのくらい?〉──〈素手でリンゴ潰せます〉──〈ひぇっ……〉──〈そんなん女泣くんとちゃう?〉──〈残念ながら泣かなかったですね〉──〈モブ女めっちゃゴリラじゃん〉
〈コンクールって見る価値あった?〉──〈ぶっちゃけ微妙。MiSaKiちゃんのライブ+握手会だと思えばアリだけど、素人のライブはクソしょうもないよ〉──〈こっちは金払ってんのに、辞退するヤツらとかもいたよな〉──〈可愛い子もいたっちゃいたけど、すぐ卒業すんだし、ならプロ見ますわって感じ〉──〈わかる〉




