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第三十話:プレコン、閉幕

 プレコン最終日もまた、冴姫達【偏翼(かたよく)の天使】の握手会は盛況だった。朝に始まり、午後の終了時間まで尽きない客足。平日は来場者のやや少ない日があったものの、この土日はひっきりなし。先週にライブを観た観客が一週間越しに再度来訪していた。

 握手会が終わればWEB投票が締め切られ、一時間後に結果発表となる。初日からここまで大きなトラブルなし。冴姫には全てが順調に見えていた。

「~~茉佑です、今日はありがとうございますっ……!」

「いやぁ、一般人なのによくやろうと思った、ね!」

「っ……。あ、アイドル、好きなので……」

 地味な服装をした太くて丸い体格の男。冴姫はすぐに、以前つきまといされた要注意人物だと察知した。しかし、男が時間をかけて茉佑と握手していたために、改心した可能性を考えた。茉佑の力んだ声が気になっても、顔を見たら笑顔だったので問題ないとした。

 男が崇子との握手も済ませ、満面の笑みで手を伸ばしてくる。掴む勢いで握ってくるのと大き過ぎる声が特徴で、冴姫はそれが苦手だった。

「MiSaKi(ミサキ)ちゃん久しぶり! 会いたかったぁぁぁぁ!」

「ありがと。お客としてなら歓迎するわ。嬉しいのはわかるけど、ぎゅっと掴むのと大きい声は怖いから止めてね」

「あぁっ、ごめんなさいっ! また来るのでっっっ!!!」

 警備員に剥がされるまでデカ声で、握手の手をぶんぶん振り回して。聞き分けの無い男に冴姫は心の中で溜息、次に備える。

「(はぁ……って、またストーカー男。いや、こっちも心を入れ替えたのかもしんないし、今はファンとして……)」

 続いて現れた痩せた細長い男も、つきまとい行為をしていた人物。細長い男はブツブツと独り言を言いながら右手を出し、茉佑は一瞬まごついて応じた。

「ま、茉佑ですっ、ありがとうござ──」

「──キミねぇがんばらないと、二人に迷惑かけてんだからさ」

「はいっ、もっとがんばりますっ……!」

 二度も続けばわかる。ストーカー男達は茉佑を貶す発言をしていて、茉佑のリアクションもどこかおかしい。

 横で崇子が握手しながら、明らかな営業スマイルで言う。

「やだなぁ、迷惑なんてかかってませんよー」

 対する男は、聞き取るのもやっとの早口。

「いやかかってるでしょ、点数下がってるんだから。甘やかしちゃダメだよ」

「わぁ厳しい、がんばりますねー」

 崇子は踏みとどまっていた。内心は怒りで満ちているだろうに、スマイルを崩さなかった。

 冴姫も不快さを見せず、それでいて遠回しな表現で男に注意する。

「アンタねぇ、このワタシが練習で仲間を甘やかすと思ってんの?」

「思ってません! まぁ一般人に教えても限界ありますよね。がんばってください!」

 男は握った手の指を動かしながらニタニタ笑い、スタッフに剥がされて退出。一つ前が恐怖を感じさせる乱暴さなら、こちらは不快感のある気味の悪さ。問題人物の連続にひどくうんざりさせられ、貶された茉佑の様子も気になる……が、冴姫は中断せず継続を選んだ。

 大多数の正しい振舞いのファンの時間を大切にしたかったのだ。


──


「片付けはうちらでやっとくから、三人は先に閉会式行ってていいよー」

 握手会終了直後、アイドル部キャプテンの実央(みお)が、入口の目隠し布から顔を出す。

 プレコンの表彰式・閉会式は一時間後。着替えと移動を考えるとさほど時間に余裕がないため、三人でそれぞれキャプテンに礼を言い、会場の撤収作業をキャプテンと他の部員に任せることにした。

 急ぎ足で別室へ移動。ユニット衣装から制服へ着替え。……の前に、崇子が茉佑を心配する。車椅子から立ち上がる(のを介助してもらう)ついでに、茉佑に尋ねた。

「ねぇ茉佑ちゃん、終わり際に来た人に変なことされなかった?」

「へ、変なことなんかないよっ、独特な人で、ちょっとびっくりしちゃっただけっ……!」

 茉佑は顔を忙しなく左右させて笑う。誰が見てもわかる誤魔化しに崇子は騙されず、冴姫も同じ。

 独特な人、と濁した部分に冴姫は触れた。

「独特ってか、アイツら普通に茉佑(アンタ)のこと貶してたでしょ。いい? あの手の人の言うこと気にしちゃダメだからね。ワタシや崇子が迷惑だーとか。こっちはそんなの思ってないのにわかった気でいて。自分の意見のために他人を使うなっつーの」

 言った後で驚くくらいスルスルと出てくる苦言。

 勢いに押されたのか、茉佑は苦笑して手混ぜした。

「あはは……。でもその、同じこと思う人もいるかもだから……」

 心無い客のせいで茉佑が落ち込んでいる。冴姫はそう考え、励ます言葉を探した──のだが。続く茉佑の言葉は想像の反対だった。

「わたし、二人の横にいるのをみんなに認めてもらえるよう、がんばるねっ……! すぐには無理だろうけど、ゼッタイ諦めないから……!」

 強い。茉佑はいつものにへら顔で、今だってそうしているみたいにがんばり続けることを諦めないと言い切った。上を向いていて、ちっとも沈んでいなかった。

「……良いじゃない」

「冴姫ちゃん?! メイクついちゃうよ??!!」

 鍛えられた体幹の安心と、気分が和らぐ温もり。冴姫は茉佑を抱きしめていた。すごくそうしたくなって。茉佑が言う通り、メイクが白い衣装に移る恐れがあるし、軽々しくスキンシップするキャラでもないのに。

 良い心意気に感激で手を取ろうとして→握手会直後で疲れてると思い→急きょハグを選んだ、のかもしれない。なんであれ理由を考えても仕方なく、冴姫は頭が冷静になるにつれ急激に恥ずかしくなった。

「そ、そんだけ元気なら心配いらないようね! さっさと着替えて結果聞きに行くわよ!」

「うん……!」

 パッと離れて、ちょっと気まずく笑い合って。それじゃあ着替えと衣装のファスナーを下ろそうとしたら、崇子が茉佑の真ん前で両手を広げた。

「冴姫ちゃんも、順番ね」

「は?」

「茉佑ちゃん、来て」

「はーい」

 冴姫が茉佑にそうしたように、崇子も茉佑を抱きしめた。崇子はしばらく堪能してから茉佑を解放、冴姫にも両手を広げる。

 珍しい態度が面白くて冴姫は茶化した。

「茉佑のこと取られちゃうー、みたいな?」

「そんなとこ。だから上書き」

「その理屈なら茉佑が後のが良かったんじゃ?」

「しまった。じゃあ、握手会お疲れ様のハグにしとこう」

 なんだかわからないことを言われ、崇子ともハグ。茉佑と違い細枝かガラス細工の繊細さ。スタイルは良いけど、全体的に肉が少ないせいか体温は低め。力加減を間違うと折ってしまいそう。

「アンタ達ね、こんなの滅多にしないんだから有難く思いなさいね」

「滅多にって、たまにはしてたの? 元メンバーとはなさそうだし……もしかしてスキャンダル??」

「……してないけど」

「えー。イケメン俳優とかプロデューサーとかトレーナーとかとの熱愛、期待したのにー」

「すんなっての。アンタも、減らず口叩く余裕あるんなら大丈夫そうね」

 崇子が転ばないよう慎重に離れ、急ぎで着替え。

 良いところで松里が来て、衣装の状態チェックと積み込みの手伝いをしてくれた。


──


 プレコン閉会式の会場は、ライブのアリーナではなく市内の文化会館。出場校は制服で集まり、ユニット全員が壇上に整列。観客席は開放されており観覧自由。部活動アイドルファンや親兄弟姉妹、中学・高校生などがそこそこ集まった。

 冴姫達が会場に着いた時には、すでに他校は集合済み。直前まで握手会の時間に設定されていたとはいえ、他校は初日以降とっくに客が尽き(そもそもそういう想定)、投票を呼びかけるにしても時間を持て余していた。

 なお、ほとんどの学校は冬の寒さや勝ち目のなさから、呼びかけも早々に打ち切っている。冴姫達を除き最終日の今日まで活動していたのは、商業高と県北高校の二校のみ。商業高は最後まで投げ出さない伝統と精神で、県北高校はファンが途切れ途切れながら現れ続けたためのなし崩しだった。


『これより、WEB投票の結果を発表します。まず、八位から四位を~~』


 司会女性の読み上げに合わせ、ステージ後方に投影されたプロジェクター映像に、順位・得票率・学校名・ユニット名が表示されていく。八位から四位までは会場投票と同様に、得票率一桁%あるかないか。ここまではこの場全員の想像通り。だが、続きは若干違っていた。

 特に、冴姫には見過ごせない差異で。

『三位、得票率12.2%、商業高校【商業高校アイドル部】』

 笑顔固める冴姫の眉が微かに動く。思ったより数字が大きい。会場内投票での商業高は5%前後の得票だったのに、倍近くになっている。

 商業高キャプテンの美雨は、観客席に笑顔で手を振り、審査員長の前へ。しかし結果には思うところがあるようで、投票内容の詳細用紙(投票者の年齢層や性別などの情報)を受け取る際には、観客に見えない角度で険しい顔をした。

 美雨が列に戻り、次はリコレが呼び出される。

『二位、得票率15.9%、県北高校【リコレ】』

 商業高より僅かに多い程度。しかし決して小さくない数字。二校の上昇は、自分達の減少である。

 リコレのユニットリーダーの璃子が、審査員長の前へ。お客さん向けの笑顔そのままで結果を受け取り、用紙を見返すことなく元の位置へと戻った。

『一位、得票率68.9%、天川女子高校【偏翼の天使】』

 余裕の笑みを作り、観客席に大きく手を振る冴姫。プレコン全項目での勝利が決定。滅多に見られない完全王者の誕生に、観客は大きな拍手を送る。審査員長から渡された用紙には、男女問わず若い層の票を集めたとあった。

 もちろん、冴姫は結果に納得していない。会場投票での得票率は88%ほど、それが70%にも届かず。ライブは県外ファンが多かったとしても、WEB投票の伸びが悪い。

 列に戻った時、茉佑は今にも跳ねそうなウズウズ感で喜び、崇子はいつも通り。茉佑の反応はいいとして崇子が問題視してないのは、これが当然の結果だと──。

『──表彰式に移ります。各項目で一位に輝いた天川女子高校のユニットメンバー及び、WEB投票で二位、三位の優秀な成績をおさめた県北高校、商業高校の代表者はステージ中央に~~』

 気がかりを確かめられずに冴姫は、表彰式や簡易なインタビューに参加。スッキリしない気分。それでもプロ意識。気持ちをおくびにも出さず難なくこなした。


「~~龍ケ江冴姫さん、完全優勝おめでとうございます。さすがの実力ですね」

「ありがとうございます。優勝は嬉しいですが、WEB投票の結果が思ったより伸びなかったので、夏コンに向けもっとアピールしていこうと思います」

「素晴らしい向上心ですね。初の大会参加だったと思いますが、部活動としてのアイドル活動に戸惑いはありませんでしたか?」

「戸惑いはありません。観てくれる方に最高のパフォーマンスを届ける、そのために努力する、と言うのはどこであっても同じですから」

「競い合う他校の存在が気になったりは?」

「アイドルは競い合いが当たり前です。なので気になりません」

「お話ありがとうございました。ユニットメンバー全員へのロングインタビューは後日改めて実施、連盟アカウントにて公開いたします。それではご来場の皆様、優勝校へ盛大な拍手を~~」


 ステージの幕が閉じ、全プログラムが終了。冴姫達は審査員評価・会場投票・WEB投票で勝利、完全制覇という圧倒的成績で大会を終えた。

 プレコンでは全国大会こそ行われないものの、優勝校のライブ映像は動画投稿サイトのポップソング&ダンスコンクール連盟全国アカウントで公開され、他都道府県の優勝校と並べて紹介される。他にも、県内イベントの一部にプレコン優勝校として出場が決定するなど、アピールチャンスの特典もある。

 この特典が、トロフィーや賞状よりも重要な戦果。安全上の都合で拒否されていたイベントに参加でき実力を見せつけられるのだから、夏の勝利はより確実なものになる。冴姫はそう思っていた。

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