第二十九話:プレコン握手会!
「二人とも見てっ、こんなにお客さん並んでくれてるんだって……!」
長机に三人横並びの握手会ブース。入口側の茉佑が興奮気味に、真ん中の崇子と出口側の冴姫に携帯電話の画面を見せた。映っているのは、会場整理を手伝ってくれている部員が撮った写真。イベントホール奥、仕切り板されたブース外に並ぶ来場者の長蛇の列。
板一枚向こうの熱気に、冴姫は浮かれずさっぱり口調で返した。
「このくらいは集まってもらわなきゃね。明日からはちょっとずつ減ってくでしょうし」
「え? そうなの??」
「県外から観に来てくれてる人は長居できないでしょ?」
「あー、そっかぁ。何日も泊まっていられないもんね。帰る前の良い思い出にしてもらわなきゃ……!!」
「その意気でやんなさい。まぁ……ワタシ達に投票してくれた人が全員来てくれたら、減るどころか対応しきれないかもしんないけど」
そう言って冴姫は、衣装のポケットからハンドクリームを出し手に塗り込む。
横で崇子も同じケアをしながら話した。
「制限時間十五秒で全員だとすると、平日三時間と土日でギリギリ。指紋どころか手の皮までなくなっちゃいそう。ほら茉佑ちゃん、手を出して」
さすがの崇子も一苦労に思うようで、茉佑と念入りに互いの手をマッサージ。言い聞かせる。
「いい? お客さんは基本的に冴姫ちゃん目当てだからね?」
「うん……!」
「握手拒否されたり変なこと言われたりしても、茉佑ちゃんのせいじゃないから。魅力に気づけてない人なんだよ」
「じゃあ気づいてもらえるようがんばるねっ……!」
「さすが茉佑ちゃん。私もぜーんぶを冴姫ちゃんに持ってかれないようがんばんなきゃ」
崇子は茉佑の掌を愛おしんで撫で、それから冴姫を向いた。茉佑に見えない角度の顔つきは、茉佑には見せられない表情で。
強張った目元に口元、揺れる瞳。それらが示す内心を察し、冴姫は言葉を詰まらせる。
「っ……、どうかしら。本物の握手会を知らない新人ちゃん達が、上手くやれると見くびってかからないことね」
演じた高飛車さに、崇子は僅かに口角を緩めた。それから茉佑と二人して『先輩きびしいね』と笑い合う。冴姫が見るに、崇子であれば握手会は難なく乗り切られるだろう。けれど茉佑は……少なくとも苦難になる。プロなら受け止めるべきと断じることもできるが、この場は、茉佑は──。
「──天川女子高の皆さん、まもなく時間となりますが準備はよろしいですか?」
思考を遮り、ブース入口外から男性の声。大会運営側が手配してくれている警備員で、冴姫はすぐさま返事した。
「はいっ、準備できてます。よろしくお願いします」
「承知しました、では定刻通り開始します。ブース内スタッフ入れまーす」
三人で軽く香水を振ったり、髪型を整えたり。そのうちに警備員の男性がブースに入室。出口側から天川女子高の女性教師も入ってきた。二人とも、トラブル対応と客に利用時間を知らせる『剥がし』の役である。
壁掛け時計が合図のベルを鳴らし、同じく壁掛けのタイマーが十五秒をカウントダウン。入口の仕切り布が開き、来場者の一人目、背の高い眼鏡男性が現れた。
「「「いらっしゃいませ、今日は来てくれてありがとうございまーす!!!」」」
茉佑はやや緊張した面持ちの、崇子は余裕の涼しさの、冴姫は慣れた自然さの笑顔と挨拶で迎え入れる。
途端、男性は感激して両手をバタつかせた。
「みっ、MiSaKiちゃ──」
入って正面の一人目ではなく、いきなり三人目を見つめる男性。その視線を冴姫は無言の片手ジェスチャーで誘導。茉佑後方壁の『1』の数字に注目させる。
「──ごめっ、えっと、はい」
ハッとした男性が出す右手を、茉佑は優しく両手で抱えとった。
「茉佑ですっ、会えてうれしいですっ」
「はいはい」
男性は手が合わさって即座に次へ。
「崇子です、以後お見知りおきをー」
「キミ凄いね、ボク感動しちゃった」
前のめりに言葉を交わしつつ、崇子の手を掴み一度二度とハンドシェイク。崇子と目が合い一瞬フリーズするも、慌てて手を離した。
冴姫が肩をすくめる。
「なに見惚れてんの。時間なくなるわよ?」
「あっ、おっ、もう会えないと──」
「──会えるわ。また来てね、ゼッタイよ?」
冴姫は時間切れになる前に意図を解釈してあげ、男性の手を両手で包みしっかり握った。男性はさらに会話しようとするが、あえなくタイムアップ。警備員に肩を掴んで剝がされた。
これで一息……つく間もなく、ブース出口のカーテンが閉まると同時に、入口から次の来場者が入場。工場のライン作業の間の無さで、予定時間いっぱいどころかオーバーしながら握手会は進んだ。
「こんにちは、茉佑で──」
「──いいから」
「崇子です。冴姫ちゃんのファンなんですねー」
「もーりー(※)のファンにもなったよ」(※崇子の苗字をあだ名にしたもの)
「アンタまた変なあだ名つけて……」
「みーたんっ(※)、覚えててくれたんだね?!」(※MiSaKiをあだ名にしたもの)
「茉佑ですっ、投票よろし──」
「──オレ県外!」
「遠方からありがとうございます。どこか観光には行きました?」
「行ってない! 見るとこないから!」
「ったく、温泉とか神社とか色々あるでしょ? ちゃんと見て回んなさいよ」
「ごめごめ! MiSaKiちゃんが一緒なら行ってあげても──」
「──いやでーす、時間なんで剥がしお願いしまーす」
「茉佑で──」
「──筋肉すごー、鍛えてるんですねー」
「わー、女の子のお客さんだ。崇子と言います、よろしくー」
「髪サラサラでめっっちゃ可愛い! わたし崇子さんのファンになりましたっ!」
「へぇ、ワタシから乗り換えようってんだ」
「いえっ、MiSaKiサマ一筋ですっ! 浮気してゴメンナサイ」
ポップソング&ダンスコンクールにおける交流握手会は、県内在住もしくは大会観戦チケットを持っていれば参加できる。県外在住者はチケットを買えば会場投票と握手会に参加できるが、WEB投票はできないと言うことになる。なお、ここまでチケット購入者が多く握手会に人が殺到するケースは普通ない。
普通は──商業高やリコレ、他の出場校は皆、主要駅周囲の広場に露店ブースを構え、時々の来場者に応対する程度。ブースを離れ、道行く人を呼び込みする暇すらあった。なので本来の大会設計よろしく、WEB投票の権利を持つ県内の人々にアピールできている。
対して冴姫達は、駅から離れた孤島的イベントスペースかつ、来場者はほぼ県外者。WEB投票の呼びかけでは不利を強いられることとなる。しかし全くアピールできなかったわけでもなく、地元テレビ局が『異例ずくめのプレコン』として取り扱い、その様がSNSで話題になるなど、広く認知には成功した。
「~~MiSaKiちゃん、プロには復帰しないんですか?」
「今は来年の夏コンのことしか考えてないわ。応援していてね」
「はいっ、マジで応援しまっす!」
若い男性客がブースを去り、出口のカーテンが閉じる。入口側は開かず、代わりに入口・出口から警備員の声が聞こえた。
『入口側、残ありません。締め作業に入ります』
『出口側、退場確認しました。会場内に関係者以外おりません』
この日の握手会の、終了の知らせ。ブース内の教師が一旦外を覗き、会場に客が残っていないことを再確認。『いいよ』と撤収作業の許可を出して、警備員と共に外へ去った。
仕事の終わりに冴姫は大きく伸び、崇子達に言う。
「久しぶりだと体にクるわね。アンタ達もケアはしときなさいよ」
まとまった途中休憩はたった一度の、立ちっぱなしの三時間超。笑顔で、声をかけて、握手をして、半ば肉体労働めいた忙しさ。冴姫も経験があるとはいえ一年超のブランクから、さすがに疲れて椅子に座った。
クッション薄いパイプ椅子であっても、体の重みから脚を解放してくれるだけ十分にありがたい。横で崇子も一息ついている。
「どうしたの? トイレ??」
「えっと、ちょっと行ってくる」
「まったく忙しないわね」
茉佑は少しの休憩もなしに、慌ただしくブースを出ていった。長丁場の握手会は初めてだろうしそうもなるか、と冴姫が思ったのも束の間、数分もせず茉佑は戻った。車椅子を押していた。
「お待たせ……! 崇子ちゃん、こっちのがいいよね?」
「ありがと。立ちっぱはさすがに厳しいねー」
腕を茉佑に支えてもらって立ち、崇子が車椅子に座りなおす。かなりの疲労がたまっていたらしく、座る時に脚が震えていた。ガクガクしていて、握手会の間も相当耐えていたと容易に想像できる。
「ごめん崇子、気づかなかった」
周りが見えていなかったことを詫びる冴姫に、崇子はなんでもないと笑う。
「気にしないで。冴姫ちゃん雰囲気作りにめっちゃ気ぃ遣ってくれてたから、わからなくて普通だよ。名女優の私が隠してもいたし」
冴姫が崇子の疲労を察知できなかったのは仲間を意識していなかったせいもあるが、握手会の来場者に全力で向き合っていたからでもある。崇子の名演技も影響があるかもしれない。
茉佑もまた笑顔でフォローした。
「冴姫ちゃん仕切ってくれてたし、大人気だったもんねっ……」
「人気……」
瞬間、冴姫の頭で言葉がぐるぐる回る。
大人気、ワタシが、ワタシばかりが。じゃあ茉佑は。
「アンタも、気にしなくっていいから!」
「へ? 気に……?」
やたらと勢い良く言う冴姫に、茉佑は瞬きして首を傾げる。そこで冴姫は思い違いに気がついた。茉佑の笑顔はそのまま受け取って良い笑顔で、強がりや卑屈さは含まれてないのだと。
「あ、いや、勘違いだったみたい。ワタシてっきり、アンタが落ち込んでると思って。冷たい人もちょこちょこいたから」
「ぜんっぜん、落ち込んでないよっ。みんな、冴姫ちゃんと会えてソワソワしてるだけだと思うもん。目の前に大好きな人がいたら、知らない人のことなんて考えてらんないよ」
「茉佑……」
「だからホントに気にしてなくて……。いつかわたしも、冴姫ちゃんみたいに誰かを嬉しくしたいなー」
無邪気に言う茉佑は、そばで崇子が『私は許せな──』と不服にするのも『──着替えに行こう』と制止。車椅子を押した。
後は流れで、別室にて制服に着替え、続いて片付けの加勢。行きと同様に崇子父の送迎で帰る頃には、夜も夜だった。
──
握手会で冴姫が『茉佑に冷たい人』を気にしていた時、茉佑は『互いを大事にする冴姫とファン』を見つめていた。
「MiSaKiちゃん、俺のこと覚えてる?」
「ファーストから皆勤の人を忘れませんよ。ハッピー八田さん」
と、法被を着た男性ファンと親し気に話していたり。
「MiSaKiちゃん、ボクのこと覚えて──」
「──ない。三回ぽっちで覚えてもらえると思わないこと。覚えられたいなら一度名札くらい付けてきなさいな」
と、気弱そうな男性の名前は覚えていないとしつつも、何回会ったかは覚えていたり。人それぞれ違う形の交流で、みんながみんな幸せそうだった。たくさんのファンを嬉しくさせる冴姫の姿が、茉佑には輝いて見えた。
だから茉佑は、自分への冷たい態度をあまり覚えていなかったし、冴姫のファンにとって自分は他人だから、当然の扱いだと納得もしている。
一方で冴姫は、茉佑がされた不人気の扱いを『(プロであれば)受け止めるべき』と考える反面、そんな冷遇ばかりを記憶してしまうくらい茉佑を見ていた。自覚なく、自然に。
──とある個人製作WEBサイト・交流掲示板──
〈握手会速報:MiSaKiちゃん、最高だった模様〉──〈何が最高だったか詳しく〉──〈オレを覚えててくれた!〉──〈お前の話はどうでもいい〉──〈肌ピチピチで今が旬だった〉──〈そういうのだよ。おれも絶対行く〉
〈十五秒って一人五秒ずつ?〉──〈ノー管理だったから一・五・九秒とかできるよ〉──〈ならいつもより長いじゃんサンクス。MiSaKiちゃんに全ツッパしたろ〉──〈気を付けろ、森山ちゃんめちゃ良いから〉──〈モブ女は飛ばせないの?〉──〈MiSaKiちゃんが怒るから無理〉──〈今だけMiSaKiちゃんの優しさが憎い〉
〈モブ女、わたしより腕も脚も太かったんよな〉──〈わかる。列整理の一般生徒より残念だったし〉──〈MiSaKiちゃんってもしかしてゴリ専?〉──〈じゃあオレにもワンチャン?!〉
〈管理人さんはもう行きました?〉──〈最終日に友人と行く予定です。ガツンとわからせてきますわ〉
アイドルは目立つほどに様々な感情を向けられる。
好意もあれば、無関心や……悪意もある。




