第三十八話:天と地
新入生の入部に伴い崇子が提案した、代表ユニット決定戦及び【偏翼の天使】メンバー選抜オーディションは、新学期開始から二週間で方向性が定まった。
代表ユニット決定戦は、冴姫達に挑む対抗ユニットが現れなかったため開催中止。選抜オーディションは実施されるが、新入生の宮原りんなと、【偏翼の天使】現メンバーの茉佑の一騎打ちとなった。
なお、オーディションの参加者が減少した理由は、冴姫・崇子の指導にある。
ある部員は冴姫に。
『手足だけ動かすんじゃなくて全身使ってくんない? それじゃあ檻の中にいるみたい』
『檻の中?』
『そ。両側に壁でもあんのかって見てて窮屈! ってことでもう一回、やって』
『ちょっと休憩を……』
『さっきしたばっかりじゃない。まぁいいわ、じゃ次の人~~』
すっかり短尺動画の縦画面仕様になっていたダンスを一蹴され。
またある部員は崇子から。
『音程もリズムも外れてるから直そうね。あと、アーティストのマネしたいのはわかるけどできてないよ。まずはリセットして綺麗な声の出し方を覚えよう』
『え……? そうなの?』
『ずっとそうだったよ』
部員の誰もが触れないでいてくれたことを知らしめられ、心を折られた。
冴姫達の指導は、褒め合うだけの時間を過ごしてきた部員には耐え難かったのだ。
しかしただ一人、りんなは違っていて。
──
曲の終わりにりんなは自信満々で顎を上げ、片手を広げるポーズ。
すぐに横から冴姫が早口で注文をつける。
「流れはあってるけど、表情がいちいち子どもっぽくて合ってない。あと、速度が肝の楽曲だから、全体的にもっとビート感が欲しいわ。それとBメロのとこだけど、サビ直前に瞬間的なディレイをかけて。ホントは無限段階に調整してってほしいけど、とりあえずね」
「わかりましたっ! ありがとうございます!」
りんなは冴姫に何を言われようと、いつでも気の入った返事をした。そのうちにオーディション参加者は一人また一人と減っていき、二週間経つ頃にはダンス室は大鏡の真正面。しかも楽曲再生スピーカーつき。特等席の練習場所でシューズを踏み鳴らすことになった。
「崇子からはある?」
「私からは……、りんなちゃんが聞きたいことがあればどうぞ」
「えーと、じゃあ。五月ライブまでに間に合うことで、気を付けた方が良いことはありますか?」
崇子の指導では、部員達を撃沈させた微笑みにも物怖じせず向き合い。
「細かなテクニックは間に合わないから、歌詞を感じて歌うようにすると良いよ。気持ちって大事だから」
「あー……。そうですか、やってみます」
無難な歌唱力を飾る手段を得られずとも、腐らずに歌い続けた。
なお、りんなを受けて立つ立場の茉佑は。
「ほら茉佑っ! まだ三分の一よ?! こんなペースで間に合うと思ってんの?!」
「思ってませんっ! がんばりますっ……!」
いつも通りの愚直な動作の繰り返し。
冴姫による軌道調整も毎日続けられた。
「振付の色んなとこが今までの曲のアレンジになってるってこと、意識しなさい! あと、一番覚えれば繰り返しと派生なんだから。いいわね?!」
「はひっ!!」
「崇子からも何か言ってあげて」
亀の歩みは当然、歌でも同じ。
崇子もまた、一つ進めば一つ消える茉佑に付き合った。
「ダンスに気を取られてるんだろうけど、ブレスの位置がおかしくて息苦しく聞こえるから直そうね。なぁなぁでやるとフルでやった時に響くよ。歌詞の書き込みをよく確認して」
「ごめんね、ありがとう……!」
茉佑は茉佑なりに、歌詞カードを手に脚だけの振付で歌い踊ったり、休憩時間に振付動画を何度も見たりと工夫しているが。ライブまでの日数が茉佑にとって少なく、ユニットパート楽曲がハイテンポであるために、普段以上にダンスも歌唱も苦戦していた。
その遅々とした進行状況は他の部員も察しており、夏フェスの練習にならない頻繁さでまじまじと何度も視線を送っている。
『りんなちゃん上手いよね』
『もしかしたら、《《ある》》んじゃない?』
『そんな、カワイソウだよ』
『けど部活のレギュラー争いって、そういうものじゃん。残酷だけどさ……』
ヒソヒソと話さずにはいられない、見比べれば頭に浮かぶ可能性。
選抜オーディションまでの日々が、一日一日と進んでいく。
──
「~~りんなちゃんって、よそからスカウト来てたんよね?」
ある日の部室。着替え中の三年生部員の一人が話しかけた。
着替えを終えていたりんなは、長椅子に座ったまま靴下やシューズをいじる。
「あぁ、はい。出番確約と、特待生でって話でしたねー」
「出番ってレギュラー? しかも特待って授業料免除とかっしょ?? すっご。蹴っちゃって良かったん?」
りんなは意識を手の爪に移し、電灯の下で艶を気にした。
「いいですよ別に。部活動アイドルとして強いだけで、先のコネなかったり顧問の経歴があんまだったりしたんで。話題性も技術も冴姫先輩とは天と地です」
「そんな違うもんなん? 強豪校なんしょ?」
「ええ、それはもう、本当に」
「そうなんだ。龍ケ江さんってすごいんだね」
いかにも雑談の空中分解で、話もそこそこに着替えを再開する三年生。
しかしりんなの中では話は終わっておらず、誰も聞き取れないくらい小さな声で一言返した。価値をわからず過ごしている人には、それで十分であると。
時間も労力も、リソースの全ては一点に。足先から爪、頭のてっぺんまで。身だしなみを整え、りんなは扉が開くのを待った。
「天なんですよ、冴姫先輩は──」
──
─
「(──待遇良くても進路ないんじゃさー。こっちはマシだけど出番確ってないし。建物古いとこはマジ論外。……なんでこう微妙なとこばっかなんかなー)」
移動に次ぐ移動で脚はパンパン。隣県の高校を一日で四校も回り、帰った頃にはすっかり夜。りんなは自室のローテーブルに入学案内を投げ置き、制服のプリーツスカートのままベッドへ身を投げ出した。夏の県大会での女子ソロダンス部門優勝。伴って集まった強豪校のスカウトに期待して出向いたのに、とんだ期待外れだった。
うつ伏せになって、携帯電話でSNSを起動。見ていない間に溜まった友人・知人の書き込みを、流し見で次々とスクロール……の、指がピタリと止まった。
「(あー、なんだっけ。プロアイドルの)」
一本の動画を友人が皆に紹介、コメントを付けていた。『レベち! 生のMiSaKiマジヤバすぎた!!』。前後の書き込みを見るに、天川女子高の文化祭に行ったらしく。コメントは友人から友人、知らない人まで広がったのか閲覧数は千件超。
「(ダンス、上手いんだってね。言うてカメラマン効果、だろうけど──)」
動画再生のためのタップは軽く。
有名人への興味と実力への好奇心だけだった。
「(──え? ……え?? この手の話がマジなことある???)」
再生直後、目を疑った。しかし食い入る勢いで見つめても、映っている『際立った人』は現実の本物。圧倒的なエネルギーを放ち、当たり強めの楽曲を表現しきる。そんなダンス。
激しく、鋭く、けれどもしなやかに。腕が剣に見えるほどの力感とスピードみなぎる上半身の振付は、岩のブレなさの体幹に支えられ超安定。なのに力で抑え込むぎくしゃく感は一切なく、踏みしめるステップも下品にならず。迫力と上品さが高次元で混ざり合っていた。これだけでも理解不能なのに、音源を疑うレベルに真っすぐな歌声であり続け、ファンサとコーレスで観客の盛り上げも。
照明が、ステージが、カメラが、微妙どころか貧弱だろうと。パフォーマンス・容姿・存在感・エトセトラ。全てが彼女の輪郭をくっきりと浮かび上がらせていて、やたらと。
「……キレイなひと」
眩しかった。状況から見て天川女子高の生徒で間違いない。だけどこんな、天川女子高なんて場所に居て良い人じゃない。技術はもちろん格が違う。
「いいな……、いいなっ! こんな風に踊れたら!!」
できるからやってきたダンス。できる気がしないくらいのダンス。もっとできたらと初めて思った。りんなは一目で冴姫に憧れた。
それに。
「……やば。二年ってことはワンチャンあるじゃん」
来年この人は──冴姫は三年生で、入学すれば自分は一年生。会える。そばで見られる。直に声をかけられる。心臓が跳ね、脚が羽のようにバタついた。五歳から続けているダンスの意味が、ここにあった。
ベッドから飛び起き、テーブルのパンフレットを払いのけ、ノートパソコンをどんと置き。起動するなりWEBで天川女子高の入学案内に目を通し、両親に即相談(と言う名の宣言)。少々の言い争いを経て許可を取り付けた。
冬にはプレコンを会場で観て、高校最寄りの神社で願掛けだってした。神社で偶然出会った冴姫の(隣に相応しくない実力の)ユニットメンバーは、宣戦布告にも気づかない寝ぼけた人で、負ける気はしなかった。
ただ一点、懸念があって。競えば勝てるとしても、『競争にする方法』だけは悩ましかった。だけど願掛けの効果か。
『~~偏翼の天使の、メンバー選抜オーディションを行います』
入部直後、たった一つの懸念すらも都合良く解決した。
衝撃の出会いと。信じられない幸運。
りんなは運命を感じている。




