第二十六話:『偏翼の天使』プレコン自由曲演技(1)
午後の部の自由曲演技は、午前中とは違った意味でひどく静まり返っていた。辞退者が続出する中、マイクを握りしめステージに立った部活動アイドルを待っていたのは、あまりにも暗く色の無い観客席。観客の姿は、田舎町の夜に浮かぶ灯火のまばらさだった。
八千人いた観客のうち、後半開始時点での再入場者はおよそ千人。冴姫・崇子を目当てにしたプロアイドルファンが皆同じくして、『長めの昼休憩』を取ったために起こった現象である。
多くの部活動アイドルはこの異例の事態に対応できなかった。
『ありがとう、ござい、ました……』
しおれた声、青ざめた表情、虚ろな目。また一組、無力に惑うばかりだった部活動アイドルが、肩を落としてステージを下りていく。何一つ思い通りにできなかった。練習したポーズもフォーメーションも、誰もいない空席を向いた。七千人の客離れを意識してしまった。
いったい誰に・どこに歌い踊れば良いのか。目的を見失ったパフォーマンスは崩れるか、招待席の身内ばかりを見た縮こまったものになった。
その様を控室壁掛けの会場モニタで眺め、冴姫は椅子の背もたれに深く体を預ける。
「(ちょっと観客席に顔出したくらいじゃ誰も戻んないか)」
昼休憩に出演者鑑賞席に足を運んだのは、崇子と茉佑を仲直りさせる目的のほか、冴姫・崇子の姿を見られるかもと、ファンが期待して早めに着席する可能性に賭けたため。結果はふるわず、テコ入れ失敗。再び観客席に行っても騒ぎを起こすだけなので動けず、また動く気もない。
膝の上で遊ぶ指がコツコツと音を立てた。
「(と言うか、よ。散り散りなのはやりづらいでしょうけど割り切んなさいよね。贅沢過ぎる場所だからこうなっちゃっただけで、ちゃんと居てくれてるんだから)」
もどかしさとちょっとの苛立ち。冴姫も過去には──期待の大型新人ユニットとしてデビューした当時は──事務所お膝元のホールで同じくらいの動員数だった。事務所の後押しを受けてのそれ。無数の一で始まるオーディション、半端者扱いの練習生、主役の背を見せつけられるバックダンサー、デビュー前の大トラブルを経て、ようやくたどり着いた晴れ舞台と同じ。
もっと言えば、あの時には立ちたくても立てなかった規模の素晴らしい会場ですらある。そんな場所を使えて、座席が離れているだけで千人も観客が居てくれる幸せも理解できないようでは……。
「……わかってるとこもあるじゃない」
ポロリと声が漏れた。入れ替わりでステージに立ったアイドルを見て。商業高校アイドル部。十人の人数でステージを走り回り、点在する観客に絶えずの視線と声かけ。演じる楽曲は横に座る崇子によれば『伝統』らしく、毎年決まったものらしい。
アップテンポの楽曲に、新体操や集団行動の風味があるダンスを合わせたパフォーマンス。課題曲の時以上に高校生の部活動らしいハツラツさが弾けている。
横で崇子は目を閉じ『うんうん』と審査員がごとく頷き、茉佑はご機嫌に体とポニテを揺らした。商業高の『観る人を楽しませる演技』は冴姫にとってもそうで、苛立ちで動かしていた指は自然とリズムを刻んだ。
「(茉佑に似てるけど、彼女には『強さ』があるわね。リーダーとしての覚悟かしら?)」
ユニット前方の丸顔丸髪丸目、商業高リーダーを目で追う。ステージに立つなり他の部員が戸惑ってしまったところ、一人駆け出して率い、絶えず満開の笑顔を見せる彼女。良い。リーダーなんだものそうでなくちゃ。逆境であればあるほど観客には笑顔を、仲間には揺らがない背中を見せなければ。
他部員にできなかったことを、彼女だけができた源泉。冴姫はそれをリーダーとしての覚悟と考える。ユニットを背負う覚悟が強さをもたらしているのだと。彼女と茉佑は雰囲気や実力では重なる部分があるが、この強さが違うように見えた。
「(悔しがれるのね、悪くないわ。雑草魂……三吉野美雨。野に咲く花のプライドね)」
パフォーマンスを終え、ホッとした表情でステージから引き上げる商業高部員達。しかしリーダーの美雨だけは一瞬、微かに眉を寄せていた。千人の観客は喜んでいたが、彼女はそれで納得しなかったんだろう。
プロとして興行ベースで考えれば、美雨にそこまでの華はない。でも、野生路傍の花の愛嬌と力強さがある。茉佑にリーダーシップとハングリー精神を足したイメージか。
そこまで考え、冴姫は胸が締め付けられる感じがした。
「(足りないわね、それでも。……つまり、茉佑が全部を身に着けたとしても)」
美雨であっても興行には不足。だから茉佑に弱点がなくなろうと、プロアイドルに手が届くとは思えない。呑気な顔で拍手する茉佑を見て、出会った時の評価となんら変わらないことを再確認。なのに胸が痛む。
「(夢が叶わない人なんてたくさん見てきた。茉佑もその一人ってだけでしょうに)」
しばらく記憶をたどったものの、茉佑くらいのアイドルは思い出せなかった。
──
時は進み、冴姫達の出番の一つ前。県北高校リコレの自由曲演技の時間。離席していた観客はこの頃には再入場を済ませ、最初の満員近い状態に戻っていた。パフォーマンスへの盛り上がりも課題曲の時と同様。前座の認識で喜ばれている。
リコレが自由曲に選んだ楽曲は、冬を感じられるような、星座をモチーフにした恋愛色のあるもの。曲調はあっさり目、心地良い足取りの軽やかさで、ポジティブに恋の惹き合いを歌う。歌唱もダンスもシンプルな仕上げが、アイドルの可愛さを引き立てた。リコレのメンバーは元ネタには及ばずとも純粋素朴な容姿の魅力を持つため、多くの観客はその清楚な素材の良さを楽しんだ。
ライブの出来は上々で、舞台袖へと引き上げるリコレには大きな拍手と歓声が送られた。
いくらか間を置き、反対側の舞台袖で冴姫が開始の合図。運営スタッフにはサムズアップで、茉佑・崇子には言葉で伝える。
「一足お先に。楽しい時間にしましょう」
「「行ってらっしゃーい」」
茉佑と崇子に見送られ、冴姫は照明の絞られた暗めのステージへ足を踏み入れる。登場と共に天井ライトの一部が点灯。青みの灯りを受け、歩くごと滑らかにしなるハーフツインの黒髪と小さな赤色帽子のカチューシャが淡く光をまとった。客席で歓声が泡だつ。
いつもの強気は抑え気味。しかし緩ませるのではなく。モデルとなった聖者に倣い、瞳と振舞いには気品を、目じりと口角には慈しみを。ただの美少女にならぬよう、唇の上にカールした白の口髭も忘れていない。衣装は課題曲と同じユニット衣装ながら、胸元や腰には赤色や金色のリボン飾りがオマケされている。
数歩歩くうちに自由曲のイントロがスタート。まずは弦楽器の柔らかな重奏メロディがワンフレーズ。その間で中央に到達した冴姫は観客に親愛の笑顔と手振り。それから舞台袖に控える茉佑達を呼び寄せる手招きをした。
楽曲は清らかなスレイベルが心地良く連続するパートに。見るからに聴くからに、誰もが知る季節を代表するイベントが、自由曲のテーマなのであった──。
──
─
「──茉佑はいったん手を止めて。崇子もいいかしら。休憩ながらで良いから」
ある日の練習室は黒板の前。学校ジャージ姿で腕組立ちして冴姫が言う。ウォームアップから一通りの基礎練習を終えた、ちょうど最初の休憩のタイミング。茉佑はリズム練習音源を止め額にタオルをあてながら、崇子はデスクに腰かけノートパソコンとモニタを繋いだ。
茉佑がキョトンと首を傾げる。
「冴姫ちゃんどうしたの?」
「そろそろ演出を決めましょう。プレコン自由曲の。ワタシとしては、全国かかってないし採点と反響の感触つかみたいから、少し遊んでも良いと思うんだけど」
遊ぶ=ふざけるではなく、楽しさを重視したパフォーマンスを盛り込むの意。冴姫としては加点要素(歌&ダンス以外の要素)の採点傾向や、部活動アイドルファンの好みを調べる狙いがある。
冴姫の提案に、崇子がモニタに画像を表示して返事。モニタにはL字型の二本の棒が映っていた。
「コレとかどう?」
「なにこれ。なんかの道具?」
不思議がる冴姫の横で、茉佑が『あっ』と声を出す。
「引っ張るやつ! 懐かしいー。じゃあもしかして!」
「そそ。せっかくだし昔考えたアレ、やってみない?」
「ちょっと! アンタらだけで進めないで説明しなさいよ」
通じ合った様子で話す二人に、冴姫はジットリ目。
その反応を面白がり、崇子は目と口にニヤリとアーチを作ってからかった。
「あー、ごめん。冴姫ちゃん嫉妬しちゃった?」
「してないっ! 打ち合わせなんだからわかるようにしなさいってこと! 引っ張るって何をっ、懐かしいって何っ?!」
嫉妬していないと言う割にはムキになっている上、道具のことなら『何を引っ張るか』だけわかれば良い。つまり冴姫は嫉妬を……。
……と、言うところまでは茶化さず、崇子はへりくだり態度で返事。別の画像に切り替える。
「それはそれは失礼いたしました。これは車椅子を引っ張るための装備だよ。こう見えて私、昔は歩くの結構疲れやすくて。修学旅行とか宿泊学習とかでは車椅子使ってたんだ。だけど腕だってか弱いし、かと言って誰かに押してもらうにしても、介助って結構しんどくて~~」
崇子の説明によれば、画像の棒は車椅子に取り付ける装備品。左右の足置き台付近のフレームに取り付けL字の短辺同士を連結することで、リアカーや人力車のように車椅子を牽引できる仕組み。手押しと比べ少ない力で車椅子を移動させられ、更には段差や悪路もそこそこ走破できるようになる、とのこと。
「~~んで、パパもママも有名人だし頼るの恥ずかしいから呼びたくないでしょ? それで茉佑ちゃんに助けてもらおうってなって、負担軽くするためにコレをね。パパが色々調べて見つけてきたの。最近はめっきり使ってないけど、ちゃんと綺麗にして家に置いてるんだー」
「ふーん。昔っから崇子にこき使われてたのね」
冴姫が視線を向けると、茉佑はにへらと笑った。
「こき使うなんてことないよー。わたしが崇子ちゃんの助けになれる数少ない機会だからっ。歌とかダンスのレッスンでいっつも助けてもらってるお返し……!」
「持ちつ持たれつ、ってことね。で、どう自由曲の演出に使おうっての? ……崇子? 話し聞いてる??」
「……へ?」
尋ねられるも崇子はどこか上の空。
一瞬遅れで反応した。
「ごめんごめん、聞いてる聞いてる。ズバリね、コレをあの乗り物にしようと思うんだ。ミスター冬な、お髭のオジサンの」
流れでモニタに映されたのは、ノートに手描きされたイラストをスキャンしたもの。上手くはないが和む絵柄で、車椅子へのデコレーションイメージが描かれている。
添えられたメモ書きを見て、冴姫はやや気が乗らない様子。
「段ボールに画用紙ってチープじゃない?」
崇子は人差し指を立て左右に振った。
「わかってないねー冴姫ちゃん。このチープさが良いんだよ。いかにも手作りしました、って感じが高校生っぽいでしょう?」
「そう言えばそうだけど……。まぁ……うん。いいわ、わかった。松里なら上手いことやってくれるでしょ」
冴姫はしばらく悩んで受け入れたらしい返事──。
──に崇子は呆れ混じりに返した。
「何言ってるの冴姫ちゃん。松里ちゃんには衣装周りの小物お願いするから頼めないよ」
「じゃあ……暇な部員にやらせるとか?」
「話し聞いてた? 手作りだって言ったよね?」
「……。……は? まさかワタシ達でやるの??」
「そのまさか。と言うかそれが普通。部員多い強豪校くらいだよ、出演者以外がお膳立てやるの」
「えー……」
冴姫だって過去に下積みめいた時期がなかったわけでもないが、部活動アイドルの世界では上積みの気分。ここにきての裏方仕事は腰が重い。
それを崇子は慣れた調子でさっさと説き伏せる。
「私は良いアピールになると思うけどなー。お高く留まってそうな元プロアイドル様が、現地の部員と協力してハンドメイドしてる、なんて。いかにも、売れても庶民感覚や協調性を失わない良い子エピソードじゃない?」
「それアリね、乗ったわ。さっそく内容詰めましょう」
冴姫は態度をコロりと変えて崇子(達)の意見に賛成。以後はノリノリで音頭を取り、トントン拍子に演出内容・道具・衣装(小物)などを決め、遅滞なく準備を進めたのだった。




