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第二十五話:天使はそこにいるだけで(3)

 冴姫の話を聞かないで、茉佑は他校のアイドル部に話しかけていた。淀んだ表情で廊下を逆方向から歩いてきた数名のうち、不快感を隠さず露わにする先頭の女子を相手どって。どうやら茉佑はその子を気遣っているらしかった。

「あ、あのっ、どうかしましたか……? なにかトラブルとか……」

 女子は重め前髪の下でキツい睨みつけ。低い声を返した。

「は? 煽りで言ってます? それ」

「えっ? 煽り?? ちが、違います! 暗い顔してたから困ったことでもあったのかなって……」

 会話を眺める冴姫は、心の中で溜息した。普段あまり物を言わない茉佑が珍しく何かやったと思えば、感性の鈍さが悪く働いている。他のアイドル部にとって冴姫達『偏翼(かたよく)の天使』は強者あるいは加害者。やっかみを持たれていて当然。声かけは藪蛇だろうに。

 茉佑のおずおず態度が火に油となり、女子はどんどん苛立った。

「困ってたら何かしてくれるんです? あなた達のせいでこっちは最悪な気分なのに」

「わたし達のせいで?」

「ちっ……」

 鈍感連打に女子が舌打ち、冷ややかに笑う。

「自覚ないとか煽りより酷いですね。あなた達が集めた観客のせいで雰囲気おかしくなったのわかりません? プロアイドル目当てだからって、素人見てあんな──」

 冴姫の眉がピクリと動いた。取るに足らない相手、他人の喧嘩、時間の無駄。茉佑が関わっていなければこの場に留まってすらいない。しかし聞いてしまった以上は聞き捨てならない言葉だった。ファンの審美眼が厳しくなった点は百歩譲って不運だとしても、ステージに立つ者が観られ方を選べると思うなど……。

 よって冴姫は指摘しようとしたが、崇子の口の方が早かった。

「──あんな悪い態度サイテー。素人なんだから大目に見てよー。って、ことでいい?」

 笑みを浮かべ歩いて距離を詰めながら、おどけた口調。冴姫は──冴姫でなくとも──込められた敵意が易々と感じ取れるもの。

 女子は一瞬怯んで半歩下がり、言葉を返す。

「……、だってそうでしょ、たかが高校生の大会にプロ並みの出来を期待するとか」

「へー。みてみてーってステージに立っておいて、観られるもの観に来ただけのお客さんに注文付けるんだ」

「だってプロじゃないし」

「ふーん」

 意見部分は冴姫も同じ考え。崇子はさらに踏み込んだ。目線を外す女子に向かって、露骨に甘やかす声色を使う。

「そっかそっか、ヨシヨシしてもらえなくてすねちゃったんだね」

「っ、才能あるからって好き勝手……!」

 煽りに腹を立てた途端に崇子は急変。冷たくあしらい突き放した。

「私達はいつこの日が来ても良いよう備えてたからね。アナタ達は違ったみたいだけど」

「そんなの、私達だって……」

「で、アナタ達はどうするの? 期待通りにならないのがつまらなくって、それでどうしようっていうの?」

 次から次へと相手の感情を逆撫で。

 女子はついに口をつぐむ。

「……」

「そのつもりなんだったらさ。『まだがんばろう』ってしてる人のやる気を削ぐような──」

 これでトドメ。そう思う冴姫。しかし予想外にも崇子は制された。

 女子の前に割って入った茉佑によって。

「──待って、崇子ちゃん」

 ハッキリとした発声も毅然とした振舞いも、ここまでは。

 初めて見る気丈さで茉佑は、崇子を見つめて言う。

「休憩時間、まだあるよ」

 だから答えを焦らせないで。そう続くだろうか。

 崇子は微かに瞳を震えさせ、女子と茉佑、どちらへともつかない曖昧さで頭を下げた。

「……ごめん、ステージでハイになってたかも。ちょっと頭冷やしてくるね」

 廊下を逆戻りし、崇子がどこかへ歩いて行く。冴姫はこんなに落ち込む崇子を見るのも初めてだった。

 茉佑は遠ざかる背中に目も向けずに女子と話した。

「わたしからも謝ります、ごめんなさい。嫌な言い方しちゃったけど崇子ちゃん、あなた達をイジメたいんじゃないんです。本当はがんばってほしくて言ってたんです」

「……は? あ?」

 どこが? と思う冴姫と同じだったのか、女子は少し困惑。

 ワンテンポ遅れで茉佑に詰め寄った。

「いきなり喧嘩売ってきてごめんなさい?! 意味がわからないんですけど?! しかもがんばれとか上から目線で!!!」

「えっ上から?! それはごめんなさい……」

「それは?」

「そ、それもごめんなさいっ!」

 茉佑が気後れするのを良いことに、女子が強い口調で責める。両手でドンと、茉佑の両肩を押した。

「あなたはいいですよね。凄い人とチームだから。もうほっといてくださいよ!」

「あっ、あっ……、ごめんなさぃ……」

 理解に苦しむ、冴姫がそう感じたのは茉佑の方。やる気のない人にわざわざ関わり、怒らせ恫喝され、悪くもないのに謝る。無駄な労力をかけ、無駄に心を乱されている。次のステージのパフォーマンス向上に繋がることは一つも無い。

 女子は茉佑を押し退けたあと(茉佑は体幹の強さでビクともせず)、扉を乱暴に開け控室へ。

 茉佑は部屋の境界以上には追いかけないで、言葉だけ伝えた。

「わたし、みんなとがんばりたいです。誰も見てくれないし嫌な顔だってされるけど……、喜んでくれる人だってどこかにいるかもしれないから。もし今はいなかったとしても、いつか誰かに届くかもって……」

 反応は一切なし。

 相手にされなくても茉佑は話を止めなかった。

「自分が届く『一人を見つける』。そんな気持ちでがんばってみませんか? わたしもがんばります、ので……!」


 バタンと、扉はうるさく閉じられた。

 わかりやすい拒絶に茉佑はしおれ、冴姫は呆れる。


「驚くほど無駄な時間だったわね。やる気ない人なんか相手する意味ないでしょうに」

「ごめんなさい……」

「だいたい、競い合う相手を励ましたってメリットないわ」

 彼女達は競争相手、冴姫にしてみればオーディションで蹴落としてきた人と同じ。あるいはレッスンについてこれなかった人、もしくはデビューを勝ち取れなかった人と。全て各々の責任で、残った側が気にする義務も必要もないと考える。

「あはは、そうだよね……」

 茉佑は誤魔化す笑い。冴姫はそこに弱点を見つけた。茉佑が稀に見る真面目さながら必死に見えないのは、恐らくこの競争意識の無さのせい。

 などと分析は後にして、顎の動きで扉を示す。

「それよりどうすんの。ワタシは乗り込んでってもいいけどね。中にスタッフいるから滅多なことにはならないでしょ」

「えと……、ちょっとそっとしておいてあげたい、です」

「なんで敬語? まぁいいわ、どうせワタシ達の順番最後だし。どこかで休憩にしましょ」

 昼食(栄養補給程度)を後回しに冴姫が廊下を進もうとするのを、茉佑は引き留めた。もじもじと言いづらそうにする。

「あ、あの! 冴姫ちゃんにお願い、してもいい……?」

「お願い?」

「崇子ちゃんのこと、見てきてほしいなって」

「はぁ、アンタねぇ」

 溜息混じりに冴姫は言うが嫌がっているのではない。場を和ませようという冴姫なりの戯れだ。

 茉佑はわかっていなさそうで、いつもの調子でペコペコと忙しなく頭を下げた。

「ごめんなさいっ。わたしだと崇子ちゃん、気まずいだろうから……」

「さっきから何回謝んの。いいよ、行ってきたげる。場所の検討つく?」

「ありがとう! たぶん……、あっちの方で外に出られるとこだと思う」

「はいはい。まったく、ワタシを使うなんてアンタも偉くなったわね」

「すみません……」

 パっと笑顔になったり沈んだり茉佑は百面相。

 冴姫はいじる笑み。

「まーた謝ってる。冗談だって。で、アンタはどうすんの? 控室には後半の二、三組終わったくらいで集合するとして、どこにいるかは知っておきたいわ」

「出演者鑑賞席にいると思う! 会場見ておきたいから!」

「そう。いいんじゃない。もうトラブル起こさないようにね」

「ごめ……、うん……!」

 茉佑は謝りかけるのを慌てて止めて駆けだした。鑑賞席は、冴姫と崇子であれば途端に人だかりになってしまう場所。そのため前半は近づかないでいた。しかし考えてみれば、茉佑だけなら行っても良かっただろう。

「(今までは楽しく他部(よそ)を観てたのかしらね。応援とかもしちゃったりして)」

 それは高校生の部活動ならば咎められる行動ではなく。下手だからとステージ上で居ない者として扱われることも、邪魔に思われることも、強者の取り巻きだとやっかみを持たれることも、同様になかったかもしれなくて。

「(……勝利くらいは持たせてあげなきゃね)」

 冴姫はちょっとの申し訳なさを茉佑に感じて、崇子を探しに歩くのだった。


──


「ホントに外とは。さすが幼馴染」

 非常用途を兼ねる外階段の、一つ上がった踊り場、畳二枚分くらいのスペース。冴姫はそこに崇子を見つけた。鉄柵が上から下まであるせいで大して景色を楽しめないのに、どこともない遠くを隙間から眺めていた。

「……あ、冴姫ちゃん。茉佑ちゃんの差し金かな?」

 冴姫を見つけて、崇子はよく見るおどけた表情。

 に、冴姫も肩をすくめて返す。

「そうだけど差し金だなんて。親友の気配りになかなかな言い草ね」

「茉佑ちゃんは好きだけど、嫌なことやってくるなーとは思ってるから」

「嫌なら嫌って言えばいいじゃない」

「言えないよ。だって茉佑ちゃんが正解なんだもん」

 崇子は口を尖らせ、おふざけわかりやすい不貞腐れたフリ。

 気になって冴姫は尋ねた。

「アレがどう正解なワケ?」

「人としても部活動アイドルとしても、アイドルとしても正解。全部正解だね」

「全部……? 前二つはわからないでもないけど、あの競争心の無さがアイドルに相応しいとは思えないわ」

 首を横に振る冴姫に崇子は、頬に指を当て考える仕草。

「そうかな? 冴姫ちゃんだってお客さんの前では『やる気ないならやめちまえ』とか言わな──言いそうだけど──言わないでしょ?」

「ワタシでもなければ言わないでしょうね」

「ほとんどのアイドルって、どうしてそんな風に言わないんだと思う?」

 なぜ、観客の前で競争心をむき出しにしないのか。決まっている。ステージは、アイドルは、楽しい時間を提供する存在だからだ。

 わざわざ問うまでもないと、冴姫はあっさり答えた。

「そんなの、言い争いなんか見たって楽しくないからでしょうよ」

「でもさ、格闘技とかは試合前の催しとしてトラッシュトーク──口喧嘩するよね。プロレスラーなら試合中にだって」

「同列に語れないって。争いが元の格闘技とアイドルとじゃあね」

「つまり、アイドルに争いは似合わない、と」

「そうなるわね」

「だったら、表でも裏でも争いを好まない茉佑ちゃんはアイドルとして正しいと言えるんじゃない?」

 屁理屈だ。冴姫はそう思った。確かにアイドルは好感を得られるであろうキャラクターを──争いとは無縁そうな優しさや協調性をもった『良い子』を──演じている。

 だがそれは表向きの話で、実際にはほぼ全員が、出番の椅子を争う競争心や我の強さに溢れている。

「言えないっての。アイドルは表向きに良い子を演じてるだけなんだもの。元々良い子もいるにはいても少数派」

 崇子は演技っぽく首を傾げた。

「元々良い子が美人で歌って踊れれば、それで良くない?」

「それは……」

 冴姫は答えに窮した。仮に茉佑が冴姫か崇子の容姿・能力だったら、普通にプロアイドルになってそうな気がする。

「……そうかもしれないわね。だけど──」

「──わかってる、競争心は大切だよ。上を目指すなら特にね。とりあえず私が言いたいのは、茉佑ちゃんの優しさも『アイドル性』だって話」

 人差し指を立て、崇子は説明口調になった。

「例えばプロじゃなくたって、茉佑ちゃんがわかりやすく可愛くて、どこかの会社で事務員をしたり、実家のお店で店番をしたりしたとするでしょ? その時はきっと『オフィスのアイドル』とか『和菓子屋のアイドル』とか言われるよ。歌って踊っていなくても、性格が良くて一生懸命で可愛い人は『アイドル性』があるわけだ」

 屁理屈だが一理あるかも。とは冴姫の感想。自分(冴姫)であればどうだろうかと考え、『アイドル並みに可愛い(美人)』とは言われても、性格を取り繕わなければアイドルとは言われないかもしれない。と、結論しかける頭を急停止。

 やや不服そうに冴姫は返した。

「それだけ減らず口なら大丈夫そうね。というかアンタ、あの部活動連中のこと、ちっとも応援してなさそうじゃない。茉佑は『がんばってほしくて言ってた~~』とか言ってたのに」

 最初の方に崇子は『茉佑が正解』と言っていた。そうなると崇子の内心は不正解なので、あのアイドル部に『頑張ってほしい』とは思っていないはず。

 今度の崇子はふざけたり不貞腐れたりせず、弱った調子になった。

「答えづらいとこを突くね。私としては応援してないつもりだったよ? だけど解釈によってはしてるかもしれなくて、茉佑ちゃんが『応援する崇子』であってほしいなら、そうありたいとも思う、みたいな」

「解釈ぅ? また訳の分からないことを」

 ややこしく面倒な言い回しに、冴姫は首傾げ。

 崇子は腕組みする。

「観客来てビビるくらいなら普段から練習しとけ。ダメだったからって萎えんな悔しがれ。もっと練習しろボケナス。って、思ってたの。私としてはボケナスのつもりだけど、捉え方によっては『練習しろ』(イコール)『がんばれ』かもね、って」

「あー、そういう」

 冴姫が頷きかけたところに、崇子は念を押すように言った。

「だからってあの子らと仲良くしようとか微塵も思ってないよ? 森山崇子は他人と協調しないしできない。なんたって、歩くペースが違うから」

「……」

 思わず冴姫は黙ってしまった。部活動アイドルの投げやりな態度は、頑張りたくても頑張れない部分のある崇子にはものすごく嫌なものに映ったんだろうと。

 想像した気持ちとは正反対に、崇子はカラリと笑う。

「と言うわけで、ボケナス崇子ちゃんじゃなくて、がんばれ崇子ちゃんで戻るから。そこんとこよろしくね」

 深刻にしないでね、言外に意味を読み取り、冴姫も砕けた態度に戻った。

「……はいはい。仲良いんだかなんだかわかんないわね、アンタ達」

「仲良しだよ。茉佑ちゃんは私が家族以外で言うこと聞く唯一無二の存在だもん。冴姫ちゃんにもそういう人いるでしょ?」

「ワタシは……」

 言われて思い返してみるも、冴姫にそこまで認めている相手はいない。プロデューサーとかレッスンの先生とか、事務所の社長とか。そういう立場や技術的に上の人の指導、有益だと感じる助言なら聞けるが。

 内心を察知したのか、崇子がイタズラ笑みになる。

「あ、いなさそ(笑)。冴姫ちゃんってプライド高そうだもんねー」

「言われたくないわ。アンタだって相当でしょ?」

「うん。私もプライド高いよ。でも私には茉佑ちゃんがいるから」

「っ……、友達とか、他人絡みなんだから結局は運じゃない。ワタシはそんなコントロール不可能なことに意識を割かないわ」

「運かー、一理あるね。じゃあ幸運だと思ったら手を伸ばしてね」

 冗談を言っていたのに、崇子は不意に真面目な顔になった。

 その『幸運』が『茉佑』かどうかはわからない。『崇子』は少し『そう』かもしれない。冴姫は答えを保留にして、階段を降りる手伝いのため手を差し出した。

「思ったらね。さ、観客席に行きましょう」

 崇子は冴姫の顔をジロジロ見て、小さく笑う、

「んふ。どういう風の吹きまわし? 他所に興味でもわいた?」

「茉佑に声かけるためよ。さっさとアンタと仲直りしてもらわなきゃ。あとテコ入れ!」

「冴姫ちゃんったら優しー。そんで意外と周り見てる。だけどテコ入れても支えられるかなぁ」

「無理でしょうね。義理よ義理。良い一日を提供する精一杯の努力ってやつ」

「そっか。それにしても残念。冴姫ちゃんこんなに優しいのに、皆には伝わらないんだ」

 ぼやいて言い、崇子は冴姫の手を取った。


 それから二人は出演者鑑賞席へと向かい、茉佑と合流。観客席に残った(戻った)僅かな観客が、冴姫・崇子の存在に気づき騒めくのを横目にしばらく過ごし、混乱になる前に舞台裏へ引き上げた。

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