第二十四話:天使はそこにいるだけで(2)
楽曲と共に、ピンク色に灯っていた天井照明もフェードアウト。表情も見えない暗がりのステージで、冴姫がさっぱりとした口調で言う。
「また自由曲で会いましょう」
持ち時間いっぱいのため手短も手短な挨拶。しかしながら観客席は大いに沸いた。空気を揺らす、弾ける大歓声と拍手。冴姫と崇子の突出したパフォーマンスに対する惜しみない称賛。
大半の部活動アイドルの低調さとはまるで違う賑わいで、プレコン前半の課題曲演技は終了した。
『これより一時間の休憩となります。自由曲ライブ開始は十三時十分を予定~~』
消灯のうちに冴姫達がステージを引き上げ、場内アナウンスによりタイムスケジュールや規制退場が連絡される。
出演順もスケジュールも、入場時に配られたチラシや会場内掲載物で確認できること。多くの観客はアナウンスを聞き流し、楽しげに話しながら退場の順番を待った。
「MiSaKiもエグかったけどさ、あの子もヤバかったよな」
「森山崇子って言ったっけ。あの芸能夫婦の娘らしいじゃん。ガチ才能だわ」
「そんな子がMiSaKiと組むって出来すぎてね? プロモーションだったりして」
「あり得る。脚悪いって言ってたし、オーディション通せないから話題作って~的な」
「事務所と揉めた可能性もない? もしかしたら経営から外されて、仕返しにTeSseRaのエース引き抜いて娘と組ませたとか」
「だったらアツい。曲も使ってたしバチバチに~~」
ライブの余韻と小休止のくつろぎで広がる騒めき。
会話の九十%は冴姫と崇子のこと。
「~~なぁ昼どうする?」
「ちょい離れてるけどこことかどうよ?」
「あー、アリ。つか思ったんだけど、別に~~」
あれやこれやと感想や噂話をして、一般客が会場を出て行く。
その騒々しさの中に一カ所だけ、静寂に包まれている場所があった。観客席前方壁際の一区画、出演者鑑賞席である。
座るアイドル部部員達は何も話さず、動かない。どの学校も一様に暗く重い雰囲気を漂わせ、しばらく俯いた。そして不意に──。
「──無理だよあんなの、どうしろっての」
どこかから言葉が零れた。
誰の発言かは不明。けれど、ほとんど全員が同じ心の内。
「もうヤダ。二度も恥かきたくない」
次に呟いたのは、この日最初に出演した七人組ユニットのリーダー。投げやりに気持ちを吐き捨て、残りの六人を引き連れ控室へと去っていく。
「ねぇリーダー、うちらもさ~~」
「顧問に相談して~~」
「フェスだけだったらこんな~~」
他の学校も口々に諦めを語って、同様に観客席を後にしたり、気の抜けた姿勢で椅子に体を預けたりした。
例年であれば普段であれば、自由曲に決めた楽曲を聴きこんだり振付を確認したり、観に来てくれた父母や友人と話して緊張をほぐしたりするところ。ライブに備えるための時間は真っ先に、嘆きと慰めに費やされた。
──
『これより一時間の休憩と~~』
まだ、まだ始まったばかりなのに。『よーい、ドン!』で走り出したらたった一歩で、『はい、ゴール!』と言われたような。体がうずいてしかたない。もっと歌いたい、もっと踊りたい。もっと、もっと!
そんな不満の気持ちを胸に押し込め、冴姫は営業スマイル。課題曲ライブ直後の舞台裏、マイクやイヤモニ等を運営スタッフに返却する。
「「「サポートいただき、ありがとうございます! 自由曲もよろしくお願いします!」」」
それから、崇子・茉佑と声を揃えてお礼。当たり前の感謝はもちろん、ライブ演出の正確さに深く頭が下がる思い。本家本元さながらの照明色切り替えや点灯タイミング。よほど本家を好きな人がいたか、準備を徹底したのか。どちらにせよ『いつもの』ステージを思い出して降りるのが惜しくなる、至福の瞬間だった。
スタッフらは拍手で応じてくれ、そのうちの貫禄ある一人が上機嫌で冴姫に話しかけた。
「いやぁさすがだね。たった一曲であれだけ盛り上げられるなんて」
興奮冷めやらぬ観客席の様相は舞台裏にも伝わっている。好反応は間違いない。けれども冴姫は少し困った顔をした。
暗がりのステージで向けられた観客の表情、そこに浮かぶ喜びや快感に混じった別の感情を汲み取っていたからだ。
「いえ、厳しかったみたいです」
「謙遜かい? 一流アイドルはすごいなぁ」
「そうじゃないんです。崇子もそう思うでしょう?」
ライブの出来も観客の反応も、ユニット『偏翼の天使』単体で見れば上々。しかしそれでは不足になってしまう。
期待通り崇子も気づいており、眉をハの字にコクリと頷いた。
「ええ。残念ながら私達の一曲二曲では、お客さんの『一日』は満たせません。もちろん、諦めはしませんが。ね? 茉佑ちゃん?」
「へ?」
話を振られた茉佑は、目をぱちくりしてきょとん。不意打ちと言うより、何のことだかわからない感じ。
わかっていないまま、両の拳を胸の前で握り意気込み。スタッフに返事した。
「えと……。う、うん! お客さんに『来て良かった』と思ってもらえるよう、一生懸命がんばります……!!」
「はは、そうかいそうかい。それじゃあ、自由曲もがんばって」
茉佑だけズレた様子にスタッフは苦笑い。一方で冴姫は微かに笑みを浮かべた。『悪くない』のニュアンスで。
細かな表情が伝える観客の気持ちを掴めていないのは感性が鈍い。でも中途半端に掴んでヘコみ、一部客席の面々──よそのアイドル部員達──みたいに萎えてしまうよりはよっぽど良い。
まぁ、仮に鋭い感性を持ち合わせていたとしても、茉佑は諦める方向には進まないだろう。才能がなくても『やらない』を選ばないんだから。そう冴姫は思った。
スタッフに見送られ、冴姫は二人を連れ廊下を控室の方向へ。やたらと静かで他校アイドル部員の姿がみられず、リハーサル部屋の前からも足音一つしない。
出演前の慌ただしさとも、休憩の落ち着きとも、終わった後の閑散さとも違う、言うなれば消沈の気配。
漂う異様な空気に気づかず、茉佑は今さらの疑問を尋ねる。
「ねぇ冴姫ちゃん、さっきの話ってどういう意味? ライブすっごく盛り上がってたよね?」
思わず『遅っ』が口から出かけるのを押さえて、冴姫は答えた。
「そのままの意味。今日のお客さん、ぜったい満足してないから」
「そうなの……?!」
目を丸くする茉佑。
知ったところでどうにかなる問題でもないと思いつつ、冴姫は説明した。
「私達のステージがどんなに良かったとしても、わずかな出番で一日イベントの全部を支えるのは難しいわ。対バンでもフェスでも、それなりのレベルの参加者全員が必死で取り組んでやっと、場を持たせられるんだもの」
この必死さが部活動アイドルには無い、と冴姫は感じている。朝の時点では僅かにあった『必死の手前の真面目さ』すら、今はすっかりなくなっている。所詮は部活動。ただの思い出作り。生き残りをかけて椅子を奪い合う世界とは違うんだろう。
茉佑は気づけなかった観客の不満を知り、しょんぼりと肩を落とした。
「そうなんだ──わっ」
冴姫は俯いたおでこに軽くデコピン。気を引き締める狙い。どうであれ、出演者にできることは全力でステージに臨む以外ない。
「けどね。やるからには投げ出さないし、私達だけで満たしてやるくらいの気概でいるの。ちゃんとやれたら評価を独り占めできるとか最高でしょ。と言うかアンタは、身に余る心配よりも自分のことを考えなさい。課題曲の振付、まーた腕がおざなりになってたわ」
「う……ありがとう、がんばるねっ。よーし、次こそは『一人』見つけるぞー!」
茉佑はおでこを触りながらコクコク頷いて返事。片手を上に突き出し意気込んだ。気負いや気後れのない素朴な調子。何度も付き合い知り尽くした練習時と同じ。これなら自由曲も普段通りやれそうな。考える冴姫は笑みを浮かべた。
感性も能力も低いのに、茉佑は使い方は間違えない。お客さんの『来て良かった』を目指すのも、誰も見てくれないステージでまだ見ぬ誰かを信じるのも、そのために準備も本番も一生懸命がんばるのも、自分に『できること』と真面目に向き合ってる。
できることに全力を注ぎ、つまらないことを考えない。単純なようで、ここまで徹底できるのは珍しい。行動と精神性はもしかすると、デビューしたアイドルよりも優れてるかもしれない。
容姿と能力以外は、もしかしたら。能力さえあればどんなに──。
「──茉佑ちゃんって素敵でしょ? どう? アイドルに見えてきた?」
崇子が表情を覗き、内心を読んでそうなニヤけ顔。
冴姫は首を横に振った。茉佑の内面は確かに良いが欠けている。圧がない。
「……ぜんぜん。まだまだ足りないわ。技術もそうだけど、もっとこう勢いがね。崇子みたいなガツガツさ、っての?」
「ハングリー精神ってこと?」
「そうそう」
「あー、それは……」
苦笑いして、崇子は歯切れ悪く言った。
「うん。そうだね。茉佑ちゃんってば昔っからこうだから」
言外に、『わかっていた』『でも扱いに困っている』を含んでいそうな感触。
不思議だったので冴姫は尋ねる。
「気づいてたなら言ってあげれば良いじゃない」
「言ってるし、対策でオーディション受験勧めたし、茉佑ちゃんも表面上は理解してるよ。だけどこういうのは、本人が本質への気づきを得ないとなんともね」
本質への気づき。ごもっとも。何事もハッとわかる感じがあって身になるもの。
そう思いはしたが、冴姫は茉佑へ忠告することにした。同じ言葉でも、誰に言われるか・複数人に言われたかで印象は変わるかもしれない。
「茉佑、今の話聞いてたわよね? 一生懸命なのはわかるけど、アンタはもっと必死に……」
言い終わる前に冴姫は頭を抱えた。茉佑が会話の範囲を外れていたのもあるが、今しがた崇子と話題にした『ハングリー精神』の真逆に思える行動をとっていたからである。




