第二十七話:『偏翼の天使』プレコン自由曲演技(2)
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「おいでなさいしもべっ。良い子の皆にプレゼントをあげなくっちゃね!」
ヘッドセットマイクを通して届けられる、冴姫の快活な声。呼びかけに応じ舞台袖から、茉佑が笑顔でステージへとやってきた。
茉佑は枝分かれ角のカチューシャを装着。片方の手を客席へ振り、もう片方の手で車椅子に取り付けた牽引棒を曳く。車椅子は両側面に赤色の厚紙(段ボール土台+赤色画用紙)をつけ箱型にしたもので、牽引棒も含め、金銀赤緑色のキラキラふさふさのモール・リース・磨かれたボールの装飾が賑やかに施されていた。
椅子背面には白い袋の飾りもあり、棒を手綱に見立てソリの扱い。座面には赤色リボンカチューシャをアクセサリにした崇子が腰かけ、笑顔を振りまいている。
スレイベルの『シャンシャン』という音色とソリ、赤帽子白髭の冴姫、角カチューシャの茉佑、白服赤リボンの崇子。つまり冬で、サンタクロースで、トナカイで、プレゼントで……クリスマスである。
ソリがステージ半ばを通過したくらいで、楽曲はサビ始まりの歌唱ワンフレーズ。歌割りは冴姫で、両手を広げ観客席方向に歩きながら、厳かさよりハッピー感を重視したメロディと歌詞を歌う。元ネタはライブシーンのあるゲームソング。人数は三人で同じ。振付も元ネタに倣った内容になるが、ソリの演出や崇子にできない動作・フォーメーションは冴姫達のアレンジ。
観客の注目がソロパフォーマンスへ集まる隙に、後方では茉佑がソリを正面向きに停車。牽引棒付け根のロックを外し跳ね上げ、ソリ右脇で待機。立ち上がり介助のため崇子の左手を取り、続く歌唱フレーズに参加する。
そして冴姫が、観客席から見て左後方に華麗なターンをしつつ後退。崇子の左側について右手を取り、逆側の茉佑と歌いながら息を合わせて介助。立ち上がりで注目が移ったところで崇子も歌唱に加わった。
ストリングスやブラス、鐘の音などが一斉に響き始めるサウンドの山で照明全開。ステージは清らかな青色から暖かな電球色オレンジへ。眩しい光の中で三人揃って最初のキメポーズ。
吹き込みコーラスのイントロ中に冴姫、茉佑、崇子の順で挨拶と曲紹介。
「今日は観に来てくれてありがとー! 一足早いけど、メリークリスマス!」
「最後まで一生懸命がんばりますので、楽しんでいってくださいっ……!」
「プレゼントは私……はできませんが、歌とダンスを贈ります。聴いてください~~」
聖夜の優しさと祝福を、胸の弾む歌とダンスに乗せて。一年を振り返る季節を、彩られる街を、未来への期待を。クリスマスの尊さと喜びを分かち合う。課題曲の時のクールで大人な雰囲気とは対照的な、純真無垢の愛らしいパフォーマンス。
観客はもちろん、アイドルも共に楽しむライブ──。
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──の圧倒的な多幸感に、商業高アイドル部キャプテン三吉野美雨は観客席で一人、揺れる眼差しを向けた。観客は皆、煌めく大きなクリスマスツリーを、あるいは山積みのプレゼント包みを目にした時の表情。部活動アイドル達だって皆、格の違いをいよいよ受け入れ、同じになっている。
その中で美雨はただ一人、拳を握った。
「どうしてわたしの年に……」
わたしが全国大会を目指せる最後の一年に、どうしてこんな人達が。こんな勝ち目のない──。
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「──すごい子達と被っちゃったね、美雨」
「そうだけど、美晴姉ぇだって全国で当たったでしょ?」
「ないない、次元が違うよ。全国でだってあんな子いないって」
茶の間のテレビ画面を見て、美雨の姉の美晴は顔の前で手をひらひらさせた。顔立ちは美雨とそっくり、違いは社会人らしく垢抜けしたメイクと背中に流した薄茶髪くらい。六年前に商業高アイドル部として全国大会に出場し、『よかよか旋風※』(※『よか』は『良い』の意味の方言)と話題になった入賞当時は、もっと瓜二つの見た目だった。パフォーマンススキルも近しい。
その姉が、冴姫と崇子は全国大会レベルを優に超えていると言う。なお、そんなことは美雨にもわかっていた。当時の映像は何度も見ているし、歴代優勝校のレベルだって知っていた。なのに姉に確かめた。
諦めるためじゃない、そう思っても声が震える。
「でも、審査員以外は人気投票だから、商業高や部活動アイドルファンの票を集めれば二勝できて、それで……」
「……そうだね。可能性はゼロじゃない。美雨はいつも通りがんばればいいんだよ」
わざわざ寄ってきて抱きしめ、幼子の扱いで頭を撫でる姉の優しさ。優しさだった。厳しい練習に信を置く商業高の先輩が、後輩に優しさを見せた。他になかった。
「……うん」
美雨は意味を悟りつつ、しかし手をはねのけられなかった。できたことと言えば心の中で、この慰めに頼らないで済む可能性に一縷の望みをかけるくらいで……。
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フラッシュバックする姉妹の会話。県北高校のリコレが実力伯仲のライバルなら、上位存在のこちらは──。
「──ううん、勝つんだ。諦めちゃダメ、諦めちゃ……」
落ちかける視線をステージへ戻す。諦めたくない。姉の代みたく全国大会で入賞して、田舎でもやれると証明する。素質がある子の大半が県外に出て行ってしまうこの弱小地域でも、出て行く発想にもならない凡庸な女でも、一生懸命がんばれば全国で戦えるアイドルをやれるんだ、と。
「……いないからいいやって。甘えてたのかな、わたし」
美雨が中学生の時、学校で一番可愛かった同級生の女子が、隣県の部活動アイドル強豪校を進路に選んだ。部活動と並行して、ローカルアイドルオーディションを受けるとかで。隣県が人口・イベント・会場を兼ね備えた地方都市であるために起こる、珍しくない程度に見られる事例。
それを美雨は、『地元を捨てた』と軽蔑……まではいかずとも、つまらなく思っていた。そもそも捨てる選択肢がなかったのは事実だが、美雨は地元を好いている。
全国大会に出場した姉の、公開観戦。多くの人が集まり、我がことのように声援を送ってくれた。大会後も喜んで迎えてくれたり、部にたくさんの寄付が集まったり。良くしてくれる地元の温かさを美雨はハッキリと覚えている。
素敵な地元を背負いたいし応えたい。出て行く人はつまらなく、余所者もだいたい同じ。巻き添えで美少女にも対抗心がある。けれども今、美雨は揺れている。強者不在に安堵し、手を抜いていたかもしれない、と。
実際はそうではなく、美雨は努力を怠らず油断もしていなかった。隣県の強豪校に匹敵する練習も自主練も欠かさなかったし、県外に出た同級生並みの素質を持つリコレにも勝つべく向き合ってきた。
ただ、今回は。
「わたしだってがんばったのに、がんばってるのに……」
相手が悪かった。目の前にいるのは、『素質がある』の『一段上』。しかも環境とがんばりをもって完成したアイドル。美雨が無力を感じるのは仕方のないこと。同条件での比較自体が間違いと言える。
天使の強過ぎる音と光の魅力は誰の言葉も存在もわからなくしてしまって、同じ志を持つ隣のチームメイトでさえも美雨を気に留めなかった。
「(あっ、真ん中の子が動いてると思わせるために左右で……。センターが固定だから前後移動で主役を~~)」
探そうとしなくても見つけてしまうフォーメーションの妙。崇子が前後に動く場面では必ず左右の冴姫と茉佑が後・前と逆方向に僅かな移動を合わせ、崇子の動きを補強する。他にも、センター不動の制約下でシーンごとの主役の存在感を出すべく、前後空間を使用。
「(髭取ってる、飽きさせないんだ。MiSaKiも真ん中の子も顔小っちゃ……っ、モニタに抜かれるタイミング全部頭に入ってて表情作ってる。MiSaKiは全部上手いし、真ん中の子は歌が意味わかんないくらい凄い。こんなの……)」
同じ高校生で、ここまで。一挙手一投足で丁寧に、抗う気持ちを砕かれる。二人のパフォーマンスと比べて自分達がどう見えるのかは、ステージにいるもう一人が教えてくれた。容姿の違い、運動神経の違い、テクニックの違い、見てわからないセンスの違い。努力で昇れない遥かな高み。
比べたら凡人達のパフォーマンスはなんでもない。パフォーマンスと胸を張って言えない。万人がやればできるものを見せているだけ。クリスマス会であれば、ツリーでもプレゼントでもなく、メッセージカードのみ持参したようなもの。ノートの切れ端に書いたメモ書き相当かもしれない。
「(可能性なんてあるの? わたし達に)」
曲の終わり、華やぐポージングで手を振る冴姫と崇子は、宝石だった。装飾より商品より上の宝物。降り注ぐ照明を体いっぱいに受け、燦然と輝いていた。
『今日はワタシ達のステージを楽しんでくれて、ありがとー!』
『パフォーマンスが良かったと思った方はぜひ、私達に投票をお願いしまーす』
『来週は握手会でお待ちしていますので~~』
挨拶と投票の呼びかけをする、冴姫、崇子、茉佑。観客席ではもちろん、割れんばかりの拍手と歓声。『もっと見たい!』『次もぜったい観に行く』『二人でデビューして!』と、期待の声もそこかしこで。
まるで単独イベントの様。美雨どころか他の出場者全員がちっとも記憶に残っていないと感じさせる、一ユニット──のうちの二人──だけに向けられた賞賛の嵐。勢いと熱気は、パフォーマンス後に流れる場内アナウンスが幾度も繰り返されるほどだった。
『~~繰り返します。これより観客投票の時間となります。専用WEBサイトにてチケット番号を入力していただき、応援する一校を~~』
もう何度目のアナウンスか。美雨はそれを舞台袖の一角で聞いた。まもなく行われる結果発表に備え、部の代表者として集められていたために。
わかりきった勝敗をステージ上でまざまざと見せつけられ、敗者の立場で次週行われる握手会への来場を呼び掛ける。相手が相手なので恥とまではいかないが、どうであれ気分の良いものではない。
各校の代表者は皆(冴姫を除く)、暗い顔をしていた。
大差をつけられて負ける。それだけで美雨にとって苦しい結果だったが。数分の後に知らされたのは、更に厳しい現実だった。




