68話 当たり前の感謝を妹に
皆で騒ぎ倒したクリスマスパーティーの翌日、25日。僕は妹である寧とデートのため、街中に繰り出していた。
昨日に続いてクリスマスの装飾は目立つけど、やっぱり24日の方が本番と考えられているのか、装飾は少し抑え気味である。それでも、すれ違う人のほとんどは、ブラック真希波が叫んでしまいそうなほど、男女のカップルばかりだ。
そんなカップルだらけの場所を、僕は妹とデートということで歩いている。傍から見たら、ただ女の子が二人で歩いているようにしか見えないだろうけど。
「さて、お姉様。一体どこまで歩くつもりかしら?」
隣を歩く寧が突然そんなことを聞いてきた。
「え? 何か目的地があったんじゃないの?」
「……お姉様、もしかして、何も計画していなかったの? 寧はお姉様がどこに連れていってくれるのか待っていたのに」
寧の期待外れという眼差しに、僕は面食らう。
「ま、待って!? もしかして、僕に今日のデート委ねられていたの?」
「当然じゃない。普通ならデートは、男の方から女の子をエスコートするものじゃないかしら。そんなこともわからないなんて、お姉様にはガッカリだわ」
寧は立ち止まり、白い吐息を吐く。
確かに、デートっていえば普通、男が女の子をリードするものだと、僕も思う。これまで、美柑とましろとデートをした時は、共に二人の方からリードしてくれたから、すっかり失念していたよ。
女の子の方からリードされてばかりで、何かかっこ悪いな。もっとしっかりしろよ、僕。
「ご、ごめん!? でも、エスコートって言われても、どこがいいんだろう……」
こんなこと言ってる時点でさらにかっこ悪いけど、如何せん自分からデートをしたことなんてないから、こういう時どこに行けばいいのさっぱりわからない。無難に、映画館とかだろうか……。
「何も計画していないなら、別に今から深く悩まなくてもいいわよ。純粋に、お姉様が行きたいところでいいわよ」
僕の行きたいところ。それなら、あるかも。
「じゃあ、この先すぐのところに、プラネタリウムを見学できる場所があるんだけど、そこはどうかな?」
この前偶然、ネットを見ている時にその場所を知った。結構人気なようで、距離もさほど遠くないため、行ってみたいと思っていたところだ。
「……お姉様は本当に星が好きなのね。わかったわ。それじゃあそこに行きましょう」
寧はそう言うと、僕に手を差し出してくる。それが何を意味するのかは、さすがにわかった。僕は恥ずかしいと思いつつも、デートが無計画だったことの代わりとして、その手を握った。
シアタールームで40分ほどの映像を観賞した後、館内を見て回る。映画にも満たないたった数分の間だったけど、幻想的ともとれる星々の映像に、僕はすぐに魅了されてしまった。
「すごかったね! 望遠鏡で見る実物の星とはまた違った感動があったよ! 最近のプラネタリウムは本当にすごいね!」
「ふふっ、すっかり一人ではしゃいでるわね、お姉様」
寧の言葉に、僕はハッとする。らしくもなく、つい饒舌になって語ってしまった。
「ご、ごめん!? すっかり寧のことも考えず、一人で楽しんじゃって!?」
「謝ることはないわよ。寧も、それなりに楽しめたしね」
てっきり不機嫌にさせてしまったと思ったけど、寧はまんざらでもないような表情をしたため、一安心する。
「それならよかった。寧も、普段はあまり星を見なくてもこの機会に星を好きになったんじゃないかな」
自然とついて出た言葉。それに対し、寧は一瞬苦い顔をする。
「……そうかもね」
けど、すぐに元の表情に戻して言った。僕は何だったんだろうと首をかしげてしまう。
「新島でも誘ったら、喜びそうよね」
僕の疑問を置き去りにし、寧はそんな一言を口に出す。
「ははっ、すごく喜びそうだよね。あ、そうだ」
美羽の名前が出てきてふと疑問を思い出す。もしかしたら、寧ならわかるかもしれない。
「ねえ、寧は僕がこれまで天体観測をしたところ、見たことある?」
寧なら、僕が忘れてしまっている天体観測をした時のことを覚えているかもしれない。昔から、寧は僕の傍にいたし。
「ないわね」
考える素振りも見せずに寧は言う。僕はそんな寧に苦笑いを浮かべてしまう。
「もう少し思い出す素振りでもしてほしかったね」
「知らないものは知らないのだから、仕方ないじゃない」
まあ、その通りだけど。
「何か、変なんだよね。天体観測をしたっていう記憶はあるのに、その時の経験って言ったらいいかな、そのことが全く思い出せないんだよね」
僕が困り顔で独り言のように呟くと、寧は苦笑で返してきた。
「変なお姉様ね」
その一言に、僕は苦笑するしかない。本当、何で記憶にないんだろうね。
プラネタリウム見学を終えた後、昼食を挟んでから僕たちは温水プールにやってきていた。ここは、以前に美柑たちとともに訪れた場所だ。
「寧は泳ぎたかったの?」
ここに来たいと言ったのは、寧からだった。インドアの寧が、本当に泳ぎたくてここに来たなら驚きものだけど。
「別にはしゃぐつもりはないわよ。ただ、以前お姉様がここで真倉たちと鼻の下を長くして楽しんだことが気に入らないから、今度は寧と一緒に楽しんでもらおうと思ったのよ」
「うっ」
寧の突き刺すような視線が痛い。あの時のこと、まだ根に持ってたのか。
「さ、行きましょう」
今度は寧が僕の手を引いてくる。その顔には笑顔が浮かんでいた。
僕はどこか照れ臭く、顔を背けてしまう。まさか、クリスマスの日に妹とプールに入ることになるなんて。
中は思ったより人はいなく、どうやら偶然穴場の時間だったようだ。比較的静かなプールの中、僕たちは壁際によって、横に並んで暖かな水に浸かる。
「さすがに皆、クリスマスにプールには来ないのかな」
「有象無象のカップルたちの常識なんて知らないわ。いないのなら、今はそれでいいじゃない」
そう言うと、寧は僕の肩に頭を乗せてきた。
「ちょ、寧!?」
「これくらいいいでしょう? ふふ、照れちゃって可愛いわね――お兄様」
上目遣いで、僕のことを小さくお兄様と呼んだ寧に、僕はドキドキしてしまう。おまけに、寧が今着ている水着に目がいってしまう。フリルのついた黒を基調とするその水着は、普段のセクシーさを見せつけてくるような下着とは違い可愛いらしく映ってしまうため、ギャップを感じてしまって辛い。
(落ち着け、僕! 寧は妹なんだぞ……っ)
僕は寧を見ないよう視線を明後日の方向に向けるも、密着した体から感じる体温と、柔らかな肌の感触に、ドキドキは収まりを見せてくれない。
寧はそんな僕のことなどお構いなしに、肩に頭を乗せたまま目を閉じてしまう。この姿だけ見れば、寧がヤンデレ妹だってことを忘れそうになる。
「ねえ、お兄様。今の学校生活、楽しい?」
目は閉じたまま、寧が問いかけてくる。僕はドキドキを一旦脇に落ち着け、その問いかけに対する答えを考える。
「うん、楽しいよ」
答えはすぐに出てきた。ほぼ毎日滅茶苦茶なことに巻き込まれがちで、休む暇もないような日ばかりだけど、楽しいと思える気持ちがあるのは事実だ。退屈なんて思う暇もないし、変な気がするけど、毎日が充実している。
寧にゾンビ(女の子)として蘇えさせられた時はどうなることかと不安だったけど、なんてことはなかった。だって、確かな支えがあったから。
「全くとは言えないけど、今日までほぼ問題なしに楽しい毎日を過ごさせてくれて、ありがとう、寧」
「――えっ」
僕の一言に、寧は目を見開き、息を呑む。そのまま、僕に疑問の眼差しを向けてくる。
「だってそうじゃないか。色々とやめてほしいと思うこともあるけど、寧がこれまで裏で僕のことを支えてきてくれたから、僕は毎日を過ごせているんだよ。寧の支えがなかったら、きっと今頃ボロ出しまくりだよ、僕」
そのもしものことを思い浮かべると、つい引きつった笑みをしてしまう。警察とかにで突き出されるのがオチかな。
「…………不意打ちは卑怯よ、お兄様」
寧は目を背けるようにして、でも頭は肩に乗せたままぶっきらぼうに言い放つ。その顔が、わずかに赤く染められている。寧が純粋に照れる姿を見せるのはなかなかないため、僕の方まで不意打ちを食らってしまうことに。
「…………別に僕は、感謝を伝えただけだよ」
そのまま、お互いに何も言わない時間がしばらく続いた。けど、不思議とそれを悪くは感じず、むしろ心地良いとさえ思えた。




