69話 何をしようとしたの?
18時を回った頃、僕たちは寧が予約していたレストランに入った。見るからに高級感漂う雰囲気のそこに、僕は萎縮してしまう。
席に着てからも落ち着かず、僕は気を紛らわすためにテーブルを見回してしまう。あれ? メニュー表なくない?
「お姉様、そわそわしすぎよ。周りの雰囲気や視線なんて全部無視しなさい。後、ここはコース料理だから、メニュー表はないわよ」
「ぼ、僕は寧みたいにメンタル強くないんだよ。……うう、僕の格好、変に見られてないかな」
見渡す限り、皆この場の雰囲気にあった服装をしている。コートを脱いだ僕と寧の服装も、僕が白、寧が黒といったようにそれぞれドレスのような服を着ている。出掛ける前、寧から服の指定をされたのは、このためだったのか。
「むしろ似合っているから、安心して堂々としてもいいと思うわよ」
「む、無茶を言わないで」
僕がそわそわしていると、ウェイターが最初の料理を手にやってくる。
「それじゃあ、乾杯しましょうか、お姉様」
「う、うん」
お互いにグラスを持ち、軽くぶつける。すごい大人な雰囲気だけど、中に入っているのはただのジュースだ。それでも、寧にグラスが似合いすぎて、ワインでも入っているんじゃないかと思えてくるよ。
ジュースを一口含んだ後、目の前の料理にとりかかる。テレビとかで見てても思うけど、皿に対して乗っている料理、少なすぎない? いや、美味しい分、コストとかも掛かってるんだろうけど、いかんせん、美味しくてもあまり食べた気がしない。
「お姉様、ここでの夕食を終えた後の予定だけれど」
寧が口元をナプキンでお行儀よく拭き取り、僕を見て言う。
「この後? まだ何かあるの?」
てっきり、ここが最後だと思っていた。冬のため外もすでに暗い。正直、あまり出歩かない方がいいと思うんだけど。
「ええ。今日のデートを占める最後のメインイベントよ。場所を移して、河川敷に向かうわ」
「河川敷?」
何で河川敷という疑問が当然のように沸いて出る。疑問符を浮かべる僕に、寧は予想外の言葉を口に出した。
「これから、二人で星を見に行くのよ」
誰もいない河川敷。川の流れる音だけがわずかに耳を打つ中、僕は望遠鏡をセットしていた。
「それにしても、まさか寧が望遠鏡を用意してくれていたなんてね」
僕は声を弾ませながら言う。寧から星を見に行くと言われた時は驚いたけど、こんな機会を用意してくれたことは素直に嬉しい。
「実際に用意してもらったのは藤原だけどね。あいつ、命令すれば何かと用意してくれるし」
「何か便利屋みたいだね」
いいぞ、もっとこき使ってやれ。僕は内心でほくそ笑みつつ、セットする手は止めない。
「……よし、セット完了!」
僕はセットできた望遠鏡を見て満足する。
「もうできたのね。はい、お疲れ様、お姉様」
寧が湯気の立つカップを差し出してくる。中には紅茶が入っていた。
「紅茶なんて入れてきてたの?」
「ええ。ただ、朝魔法瓶に入れたから、淹れたての香りは失われているけれどね」
「まあ、それは仕方ないよ。ありがとう、いただくね」
紅茶を飲み、体の芯からほのかに暖まっていくのを感じる。寒空の下、これはありがたい。
「寧、先に見ていいよ」
僕は一番手を譲ろうとするけど、寧は首を横に振る。
「お姉様が先でいいわよ。寧はもう少し暖まってからにするわ」
「そっか、わかった」
ならばと、お言葉に甘えてレンズを覗く。無数の星がハッキリと目に映り、僕は瞬く間の星々の世界に浸り込んだ。現実世界から引き離された僕の体は軽く、優しい何かに包まれる感覚を覚える。
どれくらいそうしていただろうか。ずっと浸っていたいと思う中、突然それは起きた。頭の中にノイズのようなものが走り、僕の意識は現実世界に戻ってきた。
ノイズの正体。それは、わずかに生まれた既視感のようなもの。星、望遠鏡、河川敷。何だろう、それら全てを繋ぎ合わせると、何か見えそうな――、
「――って、何してるの?」
気配を感じ僕は振り向く。寧は僕に向かって空の両手を伸ばし、ちょうど引っ込めるところだった。
「……何でもないわ」
「いや、何でもなくないよね?」
今明らかに何かしようとしていたのはさすがにわかるよ。けど、一体何を?
「本当に何でもないわよ。それより」
「わわっ!?」
寧は僕の背中に寄りかかり、ぎゅっと抱きしめてきた。寧の顔が、すぐ近くにある。
「寧にも見せてちょうだい。お姉様が大好きな星を」
「こ、この体制で!?」
「当然」
寧は抱きつく力を強め、僕から離れようとしない。僕はすぐに諦め、この体制のまま寧と天体観測を続けるのだった。
さっきの寧の行動は、すでに意識の外だった。




