第105話 食えない豚
ジョアンさんと豚王を中心に契約を詰める作業が行われているが、相変わらず豚野郎の要求は酷い。
戦前、戦時、戦後と事細かく、自分の命と立場を保証する内容ばかりが目立つ。
ジョアンさんは戦争でフリズス、いや今はフルゼスか…。
フルゼスがスルトと戦わず、戦後確実に恭順するならば十分と考えているからか、そこだけに気を配っているように見えた。
やがて、こんな感じでどうかとミロシュ様に声がかけられる。
それに答えたのは、不快感を隠さない顔のネリーだった。
「私は反対よ」
「小娘。立場をわきまえよ」
声を上げたネリーを、豚野郎がたしなめる。
「立場をわきまえてないのはどっちよ。それが王の立場で交わす契約? 自分のことばっかりじゃない」
「お、おいネリー…」
いくらなんでも王に対して言い過ぎだろうと、オレはネリーを止めようとして声を出した。
「セイは黙ってて。集団がより大きな幸福を得るために、まとめ役を作った方が良いと考えた、それが王の始まりって教えてくれたのはアンタでしょ。コイツは間違ってる」
お、おう…。
まぁ、オレもそう思うんだが。自由だなお前。
どうやら止めても無駄そうなので、オレはため息をつきつつネリーを見守ることにした。
後で怒られても知らんけど、罰まで与えられそうになったら味方してやるよ。
「スルト王。この無礼な娘をつまみ出せ」
やはりと言うべきか、豚野郎は鼻息荒く怒っていらっしゃる。
つまみ出せと言われたミロシュ様を見ると、全く動揺する様子もなく、穏やかに微笑んでいた。
「ふふ。彼女の態度こそ謝罪するが、それはできないな」
「なんだとっ!?」
「それでネリー、では君はどうするべきだと言うんだい?」
ネリーをつまみ出すことを拒否したミロシュ様は、怒る豚王を無視してネリーに意見を促した。
「この男個人との"契約"と、国との"契約"を分けるべきです。そうすれば、この男が何かしても私達がフリズスの民を守れると思います」
「そ、そんなことっ…!」
ネリーの意見を聞くと、豚王は明らかに狼狽した様子を見せた。
もしかすると、ネリーの案は豚王にとって都合の悪いものなのかもしれない。
ただ、1国の王がこんなに感情を顔に出すのも不自然ではある。
わざとやっている可能性も考えておいた方がいいだろう。
「ふむ。良いのではないですかな。私はその案に賛成しますよ」
「ジョアン…、チリッチ……っ!!」
まるで待っていたようにジョアンさんがネリーの意見に賛成すると、豚王は苦虫を噛み潰したような顔でジョアンさんを睨みつけた。
これが演技なら、スゲーなこの人…。
「ジョアンがそう言うのならば、私もネリーの意見を尊重してやりたいね。どうですかね、フルゼス王?」
ミロシュ様も畳み掛けるようにネリーの意見を推し、豚王に提案する。
「ふっ、ふざけるな! なぜ朕が小娘の意見を飲まねばならない! この同盟を白紙にしてもいいのだぞ!」
豚王は顔を真っ赤にして激昂し、同盟の白紙を盾にして自分の主張を聞かせようとしてきた。
おいおい。お前が秘密で会いたいって言ったから来たんだぞ。
何言ってんだコイツ…。
オレは内心、ヤバいクレーマーみたいな豚野郎に呆れつつも、このまま流れを見守ることにする。
「そうですか。それは残念ですが、仕方がないですな。私達にとっても貴国との同盟は必須ではありません」
「なっ!?」
あっさりと引き下がったジョアンさんに驚愕の表情を浮かべる豚野郎。
オレも、あまりにあっさりと同盟しなくてもいいと言い出したジョアンさんに、少し驚いている。
「そうだね。勘違いされては困るのだけど、フルゼスが変わらず大国連合に参加しても、スルトの勝ちは揺らがないよ。白紙になるのならば、それはそれで構わない」
「……っ!!」
ミロシュ様までもが、同盟を白紙にしても構わないと言い出した。
惜しむ様子も、全く無く。
豚野郎はミロシュ様の言葉を聞いてすぐに、同席している自国の真偽判定官にこっそり確認を取った。
そして、『ミロシュ様は嘘を付いていない』という結果に動揺を隠しきれない様子だ。
「では、帰ろうか。セイもそれでいいね?」
「え? あ、そうですね…」
ミロシュ様に聞かれ、オレはどっちとも取れる発言で誤魔化した。
実はこの会議でオレは、あんまり発言しないよう頼まれているのだった。
理由は、オレが同盟を組みたい派の筆頭だから。
交渉するのに、相手有利の情報を渡す必要はないからね。
ジョアンさんやミロシュ様ほど腹芸も上手くないし。
オレ達が席を立つと、おそらくはジョアンさん達が待っていたであろう言葉が、豚野郎から出てきた。
「ま、待てっ。仮に、仮にだ。小娘の案を採用した場合の"契約"がどのようになるかは聞いていなかったな。まずはそれを聞かせよ」
その発言を聞いて、ミロシュ様は立ったまま豚野郎を見下ろして穏やかに笑う。
「良いでしょう。とは言え無論、内容が決まっているわけではないので、お互いに妥協できる契約案を話し合いましょう」
そう言いながら、ミロシュ様は席に座り直す。
オレ達もそれに続いて席に座り直した。
完全にこの場での力関係が決まったみたいだな。
豚野郎に、さっきまでみたいな不気味な余裕はもう感じない。
アレは何だったんだろう?
しばらくして"契約"の内容が決まり、結局スルトが勝ちさえすれば豚野郎も大満足となるであろうものとなった。
万が一スルトが負けても、とりあえず戦死は無さそうだから妥協したんだろうな。
豚野郎の表情からは、この上なく上手くいったという様子が見て取れる。
ジョアンさんが指示して、モンフィス家の双子の契約魔法によって"契約"が交わされた。
特に豚野郎個人と交わした契約は、アレハンドロ・バン・フリズスであった個人に対して、名前を変えようが名前を無くそうが何をしても抜けがないようにガチガチに縛られていた。
破らなければいいだけであると開き直って余裕の表情をしているが、これで豚野郎はスルトと運命共同体である。
ジョアンさんに良いように転がされたようにしか見えないけれど、それには気付いていないようだ。
帰り際、もう逃げられないようになった豚野郎にジョアンさんがこっそり耳打ちをしていた。
「あなたは自分が賢いと思っているようですが、そうでもありませんよ」
「き、貴様っ…!」
そうか。豚王は自分を賢いと思っていたんだな…。
ジョアンさんにこんなことを言われて怒っていたが。
後の歴史で、4大国の中で最終的に最も得をしたのはフリズス王であるなどと言われるのだから。
なんだかんだ言って、コイツは食えない豚なのであった。
食えない豚。どこからどこまでが演技だったのか?




