第106話 一興
国際大会初日の夜。
オレ達スルトがフリズスの豚王と会談をしている頃。
ステファノス・ワウリンカを擁するウトガルドは、わずかな情報から、いち早くフリズスの変化に気付いていた。
調略のため様々な国との会食や会談を行い、宿泊している屋敷に戻ってきたステファノス・ワウリンカが、それに最初に気付いた。
「はー。こりゃ終わったわ…」
各所から戻ってきた人員を集めて情報を聞き出していたワウリンカは、その中のある情報を聞いて、ため息を吐きながら力なく椅子に腰掛けた。
「待て、勝手に終わらせるな。何があった?」
ワウリンカのお目付け役の将軍が、聞き捨てならないと慌てて問いただす。
「おそらくやけど、フリズスがスルトと連絡をとった」
「なにっ!? それは確かなのか?」
「確かやない。でも、不自然にフリズスの動きが止まっとるということは、そういうことやと僕は思うとる」
ワウリンカは、今日に限ってフリズスの首脳陣が誰も調略に出ていないという情報を掴んでいた。
フリズス王が体調不良であるという情報も。
フリズス勢が誰も調略に出ていないわけではないが、ワウリンカは不自然に感じたらしい。
他の細々した情報も合わせて能力で"解析"して、その可能性が高いと結論付けたのだろう。
「…どうするのだ?」
フリズスがスルトと連絡を取る。
その意味を正しく理解している将軍は、しばしの沈黙の後にワウリンカに問いかけた。
「言ったやん。終わったわ。今日の競技結果を見て、ほとんどの中小国家はスルトにビビっとる。その上、大国が"契約"すり抜けてスルトと組んだらどうにもならん」
ワウリンカはダラけた様子で投げやり気味に言う。
「そこをどうにかするのが貴様の役目だろう。自由にさせてきた分は働いてもらうぞ」
ワウリンカの態度に苛ついたのか、将軍は強めの言葉をワウリンカに言い放った。
「だーかーらー、どうにもならん言うとるやろ?」
そんな将軍に、ワウリンカは挑発するように自分の頭を指差しながら、バカにするような言い方で返す。
「どうにもならないと言うなら…、お前を斬る」
「ちょ、ちょい待ち。待った、待った!!」
ワウリンカの言葉を聞いて頭に血管が浮き出るほど怒ったらしい将軍は、腰に差していた剣に手をかけた。
それを見たワウリンカは、慌てて手を振り回しながら将軍を静止する。
言葉と態度とは裏腹に、将軍をバカにするようなニヤニヤ笑いを浮かべながら。
「分かった分かった。じゃあ、こうしよか。『拳聖』はん、僕の護衛はもういい。ダンジョン行ってみたいって言うとったやろ。行っていいで」
ワウリンカはニヤニヤ笑ったまま、おどけた態度で1つの提案をした。
それはオレ達スルトにとっても見過ごせない提案だった。
まさか、ダンジョンを解放させる気か?
正気かコイツ。
この場には、ウトガルド王もいるんだぞ。
ウトガルドもスルティア条約加盟国だ。
つまり、浮遊大陸を守る義務があり、ウトガルド王に過失があれば王は死ぬ。
「ワウリンカ。君は、本気で言っているのか?」
いきなり話を振られた『拳聖』が、ワウリンカに問い正す。
『拳聖』。ちょっとオシャレな道着を着た、40代前半の渋いオッサンだ。
『大賢者』の爺さんと、よくどちらが大陸最強かと比較されてきた存在。
メチャクチャ強いのに、全然驕らない紳士な人だ。
「本気ホンキ。超本気やでぇ」
『拳聖』が怒らないと読んでいるのか、ワウリンカはふざけた態度と口調で答える。
それに怒ったのは、むしろ将軍の方だった。
「ばかものが! そもそも『拳聖』はお前の護衛ではなく、王の護衛だ! お前が勝手に決めるな!」
怒りながら、将軍が正論を言う。
正確には『拳聖』は王の護衛で、ついでにワウリンカも一緒に護衛するということになっていた。
「くくっ。…良いではないか。ステファノスには考えがあるのだろう。余が認める。行って良い」
ここまで沈黙を保っていたウトガルド王が、面白そうに軽く笑い、なんとワウリンカの提案に許可を出した。
どういうことだ?
スルティア条約調印国の長は、浮遊大陸とダンジョンを保護する義務を有するはず。
この時点でウトガルド王が死んではいないってことは、少なくとも彼には浮遊大陸やダンジョンを害するつもりはないってことになるのか?
「もし、誰かが接触して来たら、戦えそうなら戦っとき。イザヴェルは墜ちなくても、イザヴェリアは消え去るやろ」
この発言で、ワウリンカが浮遊大陸を害するつもりがあるのは確定した。
ワウリンカは、この会話を聞かれて『拳聖』がダンジョンに入るのを阻止しようとされる可能性も考えているようだ。
「大会期間中の揉め事は不味いのではないか? それに、王には"契約"がある」
『拳聖』はあくまで慎重な姿勢を崩さず、どちらかと言えば反対に見えるような口調でワウリンカに問いかけていた。
「もし、戦えそうならや。たぶん、そうはならん。一応、僕と『拳聖』はんは今この時点で国外追放処分にしといてや」
ワウリンカは変わらずニヤニヤ笑いながら喋る。
どこまで読んでいるのか、オレがこの会話を聞いていれば、ダンジョンの入口のあるイザヴェリアで戦いが起こらないことまで予想済みらしい。
万が一戦いが起こっても、スルティア条約の"契約"については、ワウリンカと『拳聖』をウトガルド国民でないことにして回避するつもりのようだ。
でも、戦いが起らないと読んでるなら、どうするつもりだ?
ダンジョンを解放しろってことか?
だとすると、ダンジョン内で『拳聖』と戦う必要がありそうだ。
「揉めなかったら?」
オレが知りたかったことを、『拳聖』が聞いてくれた。
「普通にダンジョン探索楽しんでくればええんちゃう。名物のダンジョン産りんご食いたい言うてたやん」
でも、ワウリンカの答えは、オレの予想とは全く違うものだった。
「確かに言ったがね。それで良いのか?」
『拳聖』が、やはりオレが聞きたかったことを聞いてくれる。
ワウリンカを探るような目つきだ。
「良い良い。どーせ普通にやったって勝てへんのやから。これは賭けやで。揉められることを願っとき」
ワウリンカは変わらずのニヤニヤ笑いで、おどけて答える。
ふざけたヤツだ。
この話を聞いて、揉めるわけがないだろう。
「ふはは。普通にダンジョン探索をしたときは、余にも土産をいくつか持って来い」
あまり感情が表情に出ないウトガルド王が軽く笑い、『拳聖』に指示を出す。
国外追放処分にしたんじゃないのかよ。
自由すぎんだろ。
"契約"ガバガバだな…。
「お、王? 本当にそれで良いのですか? 私にはこのステファノスの策、『拳聖』をただダンジョンで遊ばせるだけになるようにしか思えないのですが…」
真面目な将軍が、不安そうにウトガルド王に意見を言った。
うん。オレもそう思うよ。
「良い。余はステファノスの好きにさせると決めておる。普通にやっても勝てぬというのは、余も感じていたところだ。ふざけた賭けではあるが、それも一興よ」
ウトガルド王はワウリンカとは対象的に、表情は変えず淡々と喋る。
でもその内容は、何となく主従で似たものを感じさせた。




