第104話 イカれた豚野郎
「ふざけてんじゃないわよ!!!」
フリブス国が宿泊に使用している屋敷の一角、王の寝室にネリーの怒声が響く。
相手が1国の王であっても、どうしても我慢できなかったようだ。
秘密の会談ということで防音対策も完璧にしてあるから、その声が外に漏れることはなかった。
でも、仮にそれが無かったとしても、ネリーは我慢できなかった気がする。
今もネリーは立ち上がったまま、その薄茶色の目でフリズス王を睨みつけている。
彼女の後ろには、勢いよく立ち上がったせいで跳ね飛ばされた椅子が横向きに転がっていた。
どう言い繕っても、1国の王に対する態度ではない。
だけど、気持ちは分かる。
たぶん、この場のフリズス王を除く全ての人物が、そこの豚野郎に怒りを持っているのではないだろうか。
フリズス国の人達ですら。
いや、豚野郎の言ってることが通るなら、フリズス王もフリズス国も、もうこの世界にないことになるのか?
オレが知らなかったってことは、あの豚野郎、誰に相談することもなく1人で全部決めやがったってことだ。
「トンプソン。まずは落ち着くんだ。そして、椅子を戻して座りなさい」
「はっ、…はい。申し訳ありませんでした」
ミロシュ様に言われ、ネリーは慌てて動き始めた。
ミロシュ様の優しげな、それでいて有無を言わせない声は、怒りに我を失っていたネリーだけでなく、混乱していたオレのことも落ち着かせてくれた。
『アカシャ。あの豚野郎の言い分って通るのか? というか、すでに通ってるのか?』
『はい。豚野郎はフリズス王国の全権を持っておりました。先程の宣言時、フリズス王国名義の"契約"は文字通り全て事実上意味をなさないものとなりました』
『嘘だろ…。いや分かってる、お前が言う以上嘘でないことは。まさか、そんな方法があったとはね…』
オレがアカシャと念話しながら頭を抱えると、どうやらそれだけで事実関係を把握したらしいジョアンさんも軽くため息をついた。
「フルゼス王。貴方の決断は、元フリズス国の方々に多大な混乱を引き起こすことは必至です。そして、この前例があってどうして我が国が貴国と"契約"ができましょうか?」
ジョアンさんの言葉を聞いて、そりゃそうだとオレは思った。
豚野郎。アイツは大国間の契約をスルーするために、ぶっ飛んだことをやりやがった。
フリズス王国をフルゼス王国と改名したのだ。
4大国の同盟は、4大国とはすなわちフリズス王国、ウトガルド王国、ノアトゥン王国、ミーミル王国であるという前提の元に"契約"されている。
魔法による契約だからこそ、遵守を強制される代わりに、穴を突けば脆い。
でも、この穴の突き方は正気じゃない。
フリズス王国建国以降の"契約"がまとめて全部消え去ることになるからだ。
それは下手をすれば、国が戦争に負けるよりも遥かに深刻なダメージを負いかねない行為だ。
"契約"の内容によっては、この場でフリズス王が死ぬ可能性もあったはず。
さすがに建国以降の全ての"契約"を暗記してるってことはないだろうからな。
何かしらの確信があったのか?
とにかく、イカれた賭けに豚野郎は勝った。
その上で豚野郎は、スルトに新たな"契約"を持ちかけてきた。
そしてその内容は、自分の保身ばかりを入念に考えたと思われるものだったのだ。
コイツは国のことなんて全く考えてない。
自分がどうやったら確実に生き残り、得をするかだけ考えてる。
だからネリーはキレたし、豚野郎の家臣達ですら顔には出さなくても怒っていそうな身体情報だった。
こんな空気の中、ジョアンさんにやんわりと"契約"を断られながらも、それでも豚野郎は自信満々だった。
「混乱は起きぬ。国名の変更を発表するのは戦後にすれば良いのだからな。それに、"契約"の内容はほぼ全て何かを禁じるものだ。"契約"が有効と思い込んでいれば、あえて試すことはまずない。いつまでも気付かれないとまでは言わぬがな」
うーん…。
むかつくけど、豚野郎の言うことも一理あるように思える。
「百歩譲ってそれがそのとおりだとしましょう。それでもスルトがこの内容で貴国と"契約"することは有り得ません。貴方は大国を裏切ったと見せかけて、どちらにも付けるようにしたいのでしょう?」
ジョアンさんも怒っているのか、ここまでハッキリ言っていいのかと思うほど強めの言葉を豚野郎に投げかけた。
「さすがは音に聞こえたジョアン・チリッチ。では、朕と君とで穴のないよう"契約"の内容を詰めた上で、という条件での同盟はどうだ?」
豚野郎はあっさりと内容の変更を提案してきた。
ジョアンさんが加わるなら、おかしなことにはならないと思うけど。
豚野郎にやたら自信と余裕があるのが、少し不気味なんだよな…。




