第83話 『情報支配』
委員会については、概ね期待した反応を得られたように見える。
正確には、後で生徒達の感想話などをアカシャに情報収集してもらって把握するけど。
オレは委員会が多くの生徒達に好意的に受け入れられたと判断し、内容について話すことにした。
「さて、簡単ではありますが、具体的な話をします。委員会の活動は週に2回。月曜に、全校生徒に対する講義と演習。木曜に、強化指定選手に対する演習を行います」
具体的な説明に入ると、同じステージ上にいるペトラ殿下が歯ぎしりをするほど歯を食いしばって、激しい苛立ちに耐える様子を見せる。
どこかの時点で認めないと喚き始めるかと予想していたけど、さすがに王命には逆らわないか。
「強化指定選手は有望な生徒を各学年7名、委員会と教員で選出します。月に1度再選出を行いますので、選ばれなかった方々も諦めずに指定選手入りを目指してください。身分や付き合いによる優遇は一切行いません。純粋に国際大会で勝てる人選を行います」
オレのさらなる説明に、ペトラ殿下とノバクの顔が怒りでさらに真っ赤になるのを確認する。
こうなることは分かっていたけど、そう怒らないでほしい。
優遇はしないけど、2人とも指定選手には選ばれるぞ。
王族は圧倒的に使える魔法の種類が多い。
闘技大会はともかく、オリエンテーリングと魔物討伐では貴重な戦力だ。
ステージ下を見ると、今までコネを使っていた生徒達は青ざめ、力はあるが身分などで不遇だった生徒は顔をほころばせている。
「なぜ、なぜ、お父様はこのような愚行を…」
近くにいる者にしか聞き取れない小さな声で、ペトラ殿下が呟く。
愚行かどうかは置いておいて、理由は当然ある。
後でノバクと一緒に王に聞けばいい。
話は少し前、王城で行われた会議に遡る。
「多くの良い報告と、頭を悩ませる報告がございます」
学園長、『賢者』ロジャー・フェイラーが王に対して話を切り出す。
この非公式な会議には、王と宰相と大賢者、そして学園長のみが参加していた。
「よい報告から聞こう…。どうせどちらもセイ・ワトスン関連であろう?」
王は疲れた声を出した。
スラムからも、浮遊大陸からも連日報告が上がって来ている。
この1年のオレ関連の報告は、ここ数年のそれ以外の全報告に匹敵する労力であるというのは王の談である。
「…。ノーリー研究室にて、魔道具の実用化の目処が立ちました。試作品をお持ちしましたので、検証をお願いいたします」
「それは素晴らしい。すぐにでも検証しましょう」
「ああ。上手く行けば戦争に間に合うな」
学園長の報告に、宰相と王が明るい顔で反応する。
「その際に新技術をもたらしたセイ・ワトスンが、その場にいたエレーナ殿下と意気投合。エレーナ殿下はセイ・ワトスンに付くそうです」
続けられた学園長の報告に王の表情が死んだ。
「…聞いておらん」
「そう思い、ご報告しました。幸いエレーナ殿下は王位を求めておらず、セイ・ワトスンも担ぐつもりはなく、ノバク殿下が王位を継ぐことが最善とする発言を確認しております」
学園長の補足で、土気色になった王の顔に赤みが戻った。
「そうか。寿命が縮まったぞ。次からはワシの健康も考えて報告をしてくれ…」
「は。申し訳ありません」
王はかなり無茶を言ったが、学園長はすぐに了解の意を示した。…どうすんだろ?
「それから、ワトスンはエレーナ殿下に王棋で勝利したそうです」
次の学園長の報告には、全員が凄まじく驚いた顔をした。
しまったな。どうやらオレが想像していた以上に軽率な行動だったようだ。
「何? それはエレーナ殿下が手加減したわけではないのじゃな?」
「うむ。エレーナ殿下も驚きを隠せなかった様子と聞いておる」
大賢者に確認をとられた学園長が、王に対するものとは違う砕けた口調で返す。
「『最善手』を持つエレーナ殿下に、能力なしで王棋で勝てるとはとても思えぬ。つまり…」
「ワトスンの能力は、ただの『鑑定妨害』ではないということだな」
大賢者の言葉の後を、確認するように王が引き継ぐ。
「ただ、『真偽判定』によってワトスンの能力が1つであること、『鑑定妨害』を持っていることは確定しております。以上を踏まえると、ワトスンの能力は『鑑定妨害』を含む複合能力と考えられます」
学園長が王にほぼ確定した推測を伝える。
「ふむ。それで、その複合能力は何だと推測する?」
「少なくとも『鑑定妨害』と『最善手』に類似した能力を含むもの。前例は当然ありませんので想像ではありますが、『情報操作』もしくは、『情報支配』」
王の質問に、学園長がさらなる推測を述べた。
さすが学園長。ほぼ正解だ。
学園長と宰相、どちらかがそろそろ気づくとは思っていたけど、オレのミスから一気に推測されてしまったな。
「そのどちらかであるとすれば『情報支配』でしょう。ワトスンが異常に商売に長けている点、魔法をそもそも誰に教わったかという点などの疑問を解消できます。任意の情報を手に入れる力があるのでしょう」
宰相も学園長の言葉を受けて、さらに意見を述べる。
どんどん推測が真実に近づいていく。
「なるほどのぉ。そのような能力ならば、あの未来予測のごとき回避なども説明がつく」
大賢者は疑問の解消に満足といった表情だ。
「『情報支配』か…。思い当たる節はいくらでもあるな。『学園の支配者』もすでに取り込んでおるだろう」
王が深く考えながら言葉を紡いでいく。
これまでのことが全て繋がったという雰囲気だ。
「私は彼自身が『学園の支配者』でも驚きはしませんが」
宰相が付け加える。
ハズレではあるけれど、王達が持っている情報だけで判断すると、その線も考えられる。
「ワトスンの能力が『情報支配』だと仮定して、どうする? もし敵対したとき、対策はあるのか?」
王が結論に入る。
そうだよな。能力を知りたがるのは、もしものときの対策を立てておきたいからだ。
「…。ワトスンは全てを知っている。その前提で動くしかありますまい…」
学園長は言いにくそうに、自分なりの結論を述べた。
そう、対策はある。いくらでも。
ありすぎて、全部実行するのは絶対に不可能なほどに。
アカシャの能力を完全に把握することはほぼ不可能だし、仮に全部を知られたところで、完璧な対策などない。
オレのアカシャはやっぱり最高だ。
ここからは、圧倒的にオレが有利な状態での化かし合いになるだろう。
「かっかっか。本当に面白い小僧じゃ。ファビオよ、悪いことは言わん。ヤツは味方にしておけ」
大賢者が愉快であると言った様子で王に助言をする。
非公式だからって、やりたい放題な爺さんだ。
「同意ですね。最悪この会話さえ聞かれている可能性もあります。それに、彼を味方にしたときの国の利益は計り知れません。今でさえ、経済効果が凄まじいのですから」
宰相が大賢者に同意し、自分の意見も言う。
そうだね。この会話も聞いてるよ。
「そうか…。そうだな。現状でヤツが従順であるのは僥倖であるとしか言いようがない」
王は机に肘を付き、頭を抱えた。
今後王がどういう選択肢を取るかは分からないが、少なくとも抑止力にはなったようだな。
「王…。恐れながら…、そのセイ・ワトスンから報告と提案を言付かっております。頭を悩ませる報告は、これからです…」
学園長がとても言いにくそうに続けた言葉を聞いて、王はそのまま前に倒れ、机に突っ伏した。




