第82話 委員会
「父上から、何も聞かされていないだと? どういうことだ?」
不機嫌そうな顔になったノバクが、先程の言葉について問いただしてくる。
「もうすぐ分かりますよ。そろそろ10時です。1軍の席へお戻り下さい。選挙が始まってしまいます」
オレはすまし顔で答えた。
答えてやるつもりはないし、もう時間なのも事実だ。
お帰りいただこう。
「ちっ。行くぞ…」
ノバクは舌打ちをしてマントを翻し、デミノールとペールを従えて自分達の席へと戻っていった。
「ノバク殿下は最後のチャンスをふいにしたね」
その背中を見ながら、アレクがそっとオレに囁いた。
時間になると学園長と現生徒会長が連れ立ってステージへと上がり、いよいよ生徒会長選挙が始まった。
「おはよう、諸君。本日は生徒会長選挙じゃが、今年は6年生にペトラ殿下がおられる。実質、任命式と就任式となる」
学園長が挨拶と説明を始めた。
このスルティア学園では通常、立候補した生徒の中から全校生徒の投票によって生徒会長が選ばれる。
選ばれた生徒会長は、運営のため10人未満の生徒会役員を任命し、その全員がステージに上がって就任の挨拶をする。
生徒会役員が投票制でないのは、王族が生徒会長となることと深い関係がある。
内容自体は全然違うけれど、生徒会で王政を体験させるという目的があるのだ。
だから、スルト国の要職が王によって任命されるように、生徒会役員も生徒会長によって任命される。
王族がいる間は常に王族が生徒会長というわけではないのは、他の者の治世を見て学ぶのも勉強のうちということらしい。
ただしこの設定、特に言って聞かせる者がいなかったせいで、制度としては全員知っているが、その目的まで知っている者はいない。
内容で気付く者は気付くし、気付かない者は気付かない。今ではそんな感じになっている。
オレはアカシャから聞いてるから目的まで知ってるけど。
気付かない者は、ただそういう制度という捉え方をする。
気付いた者は、では自分はどうするべきかと考えられる。
将来国政を担いたいのであれば、当然気付いた者が有利であることは間違いない。
情報を知ってるか知らないかで、ものの見方が変わることがあるってことだな。
もしかしたら、前世の日本の学校の生徒会も小さな国政もしくは小さな民主主義などの目的があったのかもしれない。
いや、正確には分からないが間違いなくあったのだろう。
優秀でもなく、アカシャもいないオレは、もちろん当時気付かない者の1人だった。
気付いていれば、どういう選択をしただろうか?
「私は生徒会長として、この学園のさらなる発展に努めるわ。貴族はより貴族らしく、平民はより平民らしく振る舞える、素晴らしい学園にしてみせます」
考え事をしていてぼんやりと聞いていた状態から覚醒する。
ペトラ殿下の就任の挨拶が終わり、大きくはない拍手が起こる。
アンタの言うその素晴らしい学園が、一部生徒には素晴らしくないことなんて皆分かってるからな。
学園長の説明が終わり、7年生の男子生徒である現生徒会長のスピーチが終わり、ペトラ殿下が登壇し、役員が任命されて、それぞれの就任の挨拶が終わった。
ま、過去のことより今と未来のことだ。
オレは今、生徒会が小さな王政だと気付いた上で、その方針に反する行動をすると決めている。
「さて、就任式が終わったところで、いくつか発表がある。まず、シャイアン・セヨン教頭が退任となり、新しい教頭先生が決まった。キャスパー・ノーリー君、前へ」
学園長が穏やかな声で発表を行う。
シャイアン・セヨンは先日、王に処分され解任となった。
家も降爵となり大きく力を失った。
王に嘘ついた上に、国の利益を損なう判断をして責任は自分がとるって言ったことを、多くの人が知ることになったのが致命的だったようだ。
新しい教頭は、学園長を除く実力主義筆頭のキャスパー・ノーリー教授。
これも知らなかったペトラ殿下が、苦虫を噛み潰したような顔をする。
これからさらに貴族主義を加速させようとしている所で、明らかにそれと逆行した人事。
自分が推していた人物とは違う者が教頭になったことに腹を立てているのだろう。
ノーリー教授が登壇し、眼鏡をクイッとあげて挨拶を行う。
「新しく教頭に就きました、キャスパー・ノーリーです。よろしくお願いします。君たちの成長を促進するお手伝いをします。共に、スルト国のさらなる発展に貢献しましょう」
ノーリー教授は学園長の弟子だけあって、思想まで学園長に似ている。
魔道具も実力主義も、全ては国のために。
それが信用されているから、貴族を脅かす可能性がある実力主義でもこの人達は重用される。
今回オレが王に信用されたのも単純な交渉だけでなく、この人達の信用あってのものだ。
「発表はまだある。今年の国際大会が非常に残念な結果に終わってしまったことは、君たちも記憶に新しいと思う。我々はこれを非常に重く受け止めておる」
学園長はいつもより声のトーンを落として、ゆっくりと話した。
学園長の真剣な様子に、急に式典の間に少し重い空気が流れ始める。
「極端な話だけど、国際大会が16位ということは、君たちが国の中核となる年代の国力が16位になってしまう可能性が高いとみなされてしまうんだ」
ノーリー教授、いや教頭が学園長の話の後を引き継ぐ。
国際大会の重みを理解していなかった生徒達の顔色が変わる。
こういうところでも情報は大事だね。
今回はともかく、知らなかったでは済まされないことだってある。
まぁ、知っていながら出ないことにしたオレが言うのもどうかって話だけど。
「そこでじゃ。我々はその対策のため、新たな組織を新設することとした。組織の名は、『国際大会強化委員会』。メンバーは、各学年の闘技大会優勝者とし、毎年更新する。今年度の優勝者は前へ」
学園長の呼びかけで各学年の優勝者が起立し、登壇する。
オレもステージに向かった。
「そんな…。聞いてないわよ!」
新生徒会長となったペトラ殿下がステージの上で、思わずといった様子で叫ぶ。
そりゃそうだ。知っていた者全員、あえてアンタ達には言っていないんだから。
ここで辞退されたりすると情報操作の効果が薄れるため、各学年の優勝者の皆さんには予め話を通しておいた。
さすがにペトラ殿下のいる6学年優勝者の先輩だけは少し説得に苦労したけど、少しだけだ。
今主流の貴族主義って、基本的には実力がある人ほど不満を持ってるからね。
闘技大会優勝者の皆さんは快く頷いてくれた。
「確実な強化のため、委員会にはある程度の権限を付与する。例えば、今まで2軍の1軍への昇格承認権は教員が1人1票、生徒会も1人1票持っていたが、委員会には1人2票与える」
「なんですって!」
「バカな!!」
学園長のさらなる発表に、ペトラ殿下が憤怒の表情で、ノバクが驚愕の表情で叫ぶ。
昇格承認権については実質、生徒会より委員会の方が強い権限を持つってことだからな。
これを認めた王の本気度も窺える。
コネやらカネやらで1軍に入れる時代は今年で終わりだ。
委員会が腐ったら元も子もないから、そこはコントロールしないといけないけど。
「そして『国際大会強化委員長』じゃが、実力と指導力を考慮して、1年ではあるがセイ・ワトスンを任命する。これは王命じゃ。できるな? ワトスン」
「は。謹んで拝命いたします」
オレは学園長の前に跪き、深く頭を下げる。
全て段取り通りだ。
オレの王への忠誠もはっきりと示すことができる。
決してオレは王族を蔑ろにしてはいない。
周りからそう見えるようにしておくことは、オレや王や学園長など全員が望んだことだった。
スルティアが学園7不思議の『色が変わる燭台シャンデリアとステンドグラス』などを使い、この場面がより生徒の心に残るよう演出してくれている。
まるで、王が与えた非常に重要な任務を恭しく拝命する騎士のように見えるようにしてほしいと伝えておいた。
できる限り多くの生徒が、王命を受けたオレに協力したいと思えるような情報操作を行う。
感情は分からないから、上手くいくとは限らないけどね。
しっかり間をとった後、オレはゆっくりと頭を上げ、立ち上がって背を向けていた全校生徒達に振り返る。
「国際大会強化委員長に任命されました、セイ・ワトスンです。王は、私達に強くなることを望んでおられます。私はその希望に応えたい」
あえて大きく間をとる。
王の期待に応えたいことを強調し、皆にもそう思ってもらいたいからだ。
生徒たちの視線がよりオレに集中するのを少し待ち、続ける。
「若輩者ではありますが、幸い私にはそのノウハウがあります。先日の闘技大会で、アレクサンダー・ズベレフやネリー・トンプソンの成長に驚かれた方々もいらっしゃるでしょう。あそこまでとはいかずとも、あれに準ずる成長をお約束します」
ざわっと、決してうるさくはなく、しかし抑えきれない興奮が式典の間でこだまする。
魔力や魔法の著しい向上が、どれだけ大きな意味を持つのかを知らない者はこの学園にはいない。
オレも学園長もノーリー教頭も、あえて静まれとは言わない。
あまり間延びするのは良くないが、少しなら待った方が効果が高いだろう。
少し待つと、興奮よりも続きを聞きたい興味が勝ったのか、再びオレに視線が集中し始めた。
ちょうどよい頃合いかと思い、続けることにする。
「全員一丸となって鍛え、強くなり、王の期待に応えることで大功績を上げるのです! 目標は、次回3年後の国際大会で総合1位! これは、確実に、達成できる目標です。どうか、私にご協力ください」
今までより語気を強め、身振りを入れながら全体を見回して語り、頭を下げた。
少し大げさなくらいが良いと学園長も言っていたから、こんな感じでいいだろう。
ダメだったら、結果だけ出せばいい。
どんな反応になるかは分からなかったから少し不安だったが、頭を下げてすぐに割れんばかりの拍手が起こった。
スルティアがもはや悪ノリかと思えるほどに式典の間をいじくるので、ライブ会場かよと心の中でツッコミを入れる。
楽しそうだし、念話を入れるほどではないか。
さて、元平民のオレが委員長ということで皆うすうす気付いているだろうけど。
次は平民も貴族も差別しないって話をしないとね。
ノバクとペトラ殿下、今でさえ真っ赤な顔が、真っ赤っ赤になっちゃうかもしれないな。




