26.宇宙病原菌の予防接種うけました
綺麗な弧を描き、ファム号は、惑星ドライアンクルの大気圏に突入していく。
この時代、惑星表面に対し、直接離着陸出来る機能を持っている船は数多く存在する。軍艦なら、空母を除く全ての艦船が離着陸機能を有していた。
ただ単に再離脱の際、大量のエネルギー消費を伴う。それを嫌って、再離脱は滅多な事で行われない。
そんなこんなで、惑星表層部を飛行しているファム・ブレィドゥー号は珍しい部類に入る。
でも、わざわざ屋内作業を中止してまで空を見上げる人は少ない。普通に飛行していれば……。
ファム号は、大気圏内を飛行するにあたり、安定翼を展開していた。
普段、燃費が悪いので仕舞っているが、ファム号には高機動用エネルギー・ウイングが装備されている。高機動性能が要求される場合、ファム・ウイーングこと、鳥の翼のようなエネルギー翼が、背中より展開されるのだ。
同様の仕組みだが、今回は大気圏内用に別バージョンの翼を生やしていた。
明るいオレンジ色に染まったアゲハチョウの羽を想像していただければ、他の形容的説明は一切いらない。
「何とかならんのか? あー、あの安定翼」
オイスター艦長が右手人差し指をトントンと、艦長用コンソールに叩きつけながらロゼに聞いた。
「大気中を飛行するに際し、一番効率の良いエネルギー処理を行っているだけです。あの形状は意図的にデザインした訳ではなく、エネルギー処理後の偶然の結果です。気にしてはいけません」
淡々と技術面を説明するロゼ。聞いていてどうも釈然としないオイスター艦長。
「ブレット。君はどう思うかね?」
「綺麗で可愛いけど、チョットあのデザインは、グフッ! ……実に効率的だと思います」
ロゼの正拳突きが、ブレットの脇腹に突き刺さっていた。
「まあ、素敵です事! 何度見ても私のデザインは優れ物ですわ!」
いつの間に艦橋に入っていたのか、アーシュラ様が、小さく拍手して喜んでいた。
ブレットは……先程のダメージが大きく響いているのか、片膝ついて肩で息をしている。
――デ、デザインものなんですかい!――。
声を出せない。
突っ込むタイミングを完全に失ってしまった事に、歯ぎしりしながら臍を噛んでいた。
そうこうしている内に、目的地であるドライアンクル中央エアポート兼スペースポートに到着してしまった。
惑星ドライアンクルは、地球型環境に整備されて間のない惑星である。
入植者といっても一万人程で、主に環境整備や研究施設関連に従業する人と、その家族だけであった。
ドライアンクルは、とある大陸の海岸部。入り江を中心として開発されつつある。
大別して五つのブロックから構成されている。都市間が比較的近接している為に往来が激しい。それ故に、ピーラー・ウイルス感染もあっという間だった。
ドライアンクル住民の病状は悲惨だった。
ファム・ブレィドゥー号乗組員がキラー・ピラー・ウイルスの接種を完了させるまでに、死者は三千人を数えてしまった。実に全人口の三割が死亡していたのだ。
宇宙港にファム号が到着した時、ドライアンクルの人々の驚きは疑いとなっていた。
そりゃそうだろう。こんな船、人類は保持していない。
ファム号乗組員の言うことなど誰も信用しない。マントを羽織り片眼鏡をかけた、自称医者を名乗る人物がネコ耳達と共に姿を現した時、不信感はピークに達した。
ダニエル大尉が委任状を取りだして説明しても、一度疑いだした相手を信用させるのは難しかった。
だが、アーシュラ様が降りてきて「お願い、信じて下さい」と、そうひとこと言っただけで、男性住民を中心に疑いが晴れていった。……人類全男性の、共通の掟である。
その後、シャハト博士を中心とした医療グループが、大車輪的活躍を遂げた。
ちなみに、ファム号の乗組員達は前もってピーラー・ウイルス・ワクチンを接種していたので、ピラー・ウイルス感染の心配はない。
ロゼは、ファム号から指示を出す役目を担っていた。矢継ぎ早に医療グループに的確且つ、効率的な移動指示を出していく。
オイスター艦長は対外的な連絡や対応を一手に引き受けた。
ダニエル大尉は地上基地の総司令として頑張った。
アーシュラ様は、呑気にシルバを放牧していた。
ブレットは……ブレットは子供達と遊んでいた。
先程までは、浸透圧注射を使って慣れない医療業務(無資格)を行っていたのだが……、急に倒れ、今は治療のラインから外れている。
血を見ると貧血を起こすタイプだったのに、無理をして手伝っていたのだ。「先日からの過労と肉体的疲労が重なっていたのが主原因だ!」と顔を真っ赤にして主張するブレットの言葉を聞く者は皆無だった。
仕方なくアシスタントというか、お手伝いというか、仕事の邪魔にならないように保育士を任ぜられたのだった。
天職とはこういうものか?
親兄弟を亡くして泣きじゃくっていた四歳児を、たった七秒で笑顔に変えたのだ。ブレットの回りにいる子供達は、みんな明るい顔をしていた。
……単に、波長が子供と同じだった可能性も捨てがたいが……。
四十八時間で、ドライアンクルの住民全員にキラー・ピーラー・ウイルスが行き渡った。
即効性のアンチ・ウイルスであるため、効果は数時間で現れる。外皮出血面積の小さい者であれば、接種後二時間もすれば動けるようになれた。
元気になった者が、近隣の住民の世話や連絡係になっていったので、後半の時間当たり摂取率は飛躍的に高まっていく。
「Cブロック、接種完了。これで全住民の接種が完了しました」
ポップアップデスプレイに向かっているロゼが、ペン型入力機で最後の無印ブロックにマーキングを付けた。これで、全てのエリアがブルーに塗りつぶされた事になる。
「全員に撤収命令を出せ。収容次第、ドライアンクルを離れる」
オイスター艦長の命令は速やかに遂行された。
ドライアンクル行政上層部のメンバーは、感謝の印をしたい、と申し出てきたが、丁重に断った。
しかたないので、シルバを放牧していたるアーシュラ様に、丁重に礼をつくし感謝の言葉を贈る事とした。
アーシュラ様も当然のように礼を受け、笑顔で手を振っていた。
その光景を見たオイスター艦長は、素直に感謝の印を受けておけば良かったと、密かに後悔したが、既に遅し。
ファム・ブレィドゥー号の発進準備が整った。後は、オイスター艦長の指示を待つばかりとなった。
「ロゼ君」
帽子を目深に被ったオイスター艦長が、発進直前に声をかけた。
「なんでしょう」
インカム片手に、椅子ごと振り返るロゼ。艦長の鋭い眼光に緊張している。
「大気圏用の安定翼な……何とかならんか」
ロゼはクルッと前に向き直り、艦内放送を始めた。
「抜錨! ファム・ブレィドゥー号、出航!」
ロゼの命令の元、航海班クルーが慌ただしく計器を操作しだした。
「ちょっと待ちたまえ! 私はまだ命令を……」
オイスター艦長が手をフリフリと上下に振って、皆の注意を喚起する。
艦長のアクションに呼応するように、
「エアーッ・ウイーンッグッ!」
ニケ操舵手が、大声で叫びながらレバーを操作した。どうやらブレットが密かに命名していたらしい。
オレンジ色も眩しいアゲハチョウの羽が展開する。
オイスター艦長が頭を抱えた。
痛い問題を多く抱えながら、ファム号はドライアンクルを離れることとなった。
帰りは、ヴォルフ少尉の嫌がらせが入らない。
「ロイヤル宙運の皆様と地球政府のご厚意に対し、帝国を代表して感謝する。ケティーム帝国軍ドライアンクル方面ディバージョン艦隊司令官少将ヴィルヘルム・レーム 」
本文よりも自分の所が長い電文を受信の後、ファム号はDSS・ドライブ可能宙域に移動した。
「ファムッ・ウイーングッ!」
「やめろーっ! それはーっ!」
ファム・ブレィドゥー号は、オイスター艦長の叫びと共に、DSS・ドライブを敢行した模様。
ネコ耳族と人類に、遺伝子的共通点はありません。
よって、人間の病気はネコ耳にうつる事はありません。その逆も。
また、結婚もできません。
……理屈、合ってる?
次回27話「宇宙生物災害でパニックです」
ヴァイヲ・ハズヮード!




