27.宇宙生物災害でパニックです
惑星ドライアンクルより地球まで、ファム・ブレィドゥー号の足で七日かかる。
ブレットが倒れたのは六日目の早朝だった。
五日目であった昨日、腰痛と全身の倦怠感を訴えながらロゼに介抱してくれーと、しつこく元気に追い回していたのだが、翌日、艦橋に顔を出さなかった。
四十度を越す急激な発熱と全身の痛みで、ベッドから出られなかったのだ。
過労と日頃の行いが祟ったのだろう。との診断で、ビタミン剤と栄養剤を無針点滴で処置中に発疹が出始めた。
ここまで来て、やっとブレットの病状が尋常でない事が判明した。病状に対する処置の遅れは、日頃の行いがモノを言ったのだ。ブレットは泣きながら反省していた。
「皮裂け病以外の、未知のウイルスによる感染症と思われます」
手術用ゴム手袋をはめ、黒い「白衣」を着用したシャハト博士の診断であった。手のひらを上にしてホールド。顔には目から下の殆どを隠す巨大なマスクを装備していた。
ロゼとダニエル大尉とオイスター艦長、揃って右足を一歩引き、ブレットのベッドから離れる。
彼らは、ブレットの容体に関して大事な話があるからと言われ、病室に集合したのだ。
「ご心配なく。未知のウイルスは既に検出済みです。遺伝子情報から塩基配列、何から何まで全て丸裸にしております。間もなくワクチンとスーパー・アンチ・ウイルスが出来上がる算段です」
シュコーッという呼吸音をマスクの下で立てるシャハト博士の目が、怪しく、そして嬉しそうな光を帯びていた。
「つーか、感染を確認してたから、そんなフル装備で現れたのね!」
ロゼの剣幕は酷い。だが、シャハト博士は意に介していない。
「それが医師である私の仕事なのだ」
対菌装備のシャハト博士が、頭の上まで腕を上げる。空間を掴むように、手のひらを上に向けたまま、なにやだこわい。
天井の照明を見つめて――。
「えくしっ!」
クシャミをした。
「ブレット殿から検出されたウイルス情報を調べた結果、ウイルスが活動を開始したのは六日前と判断いたします」
「六日前って、ドライアンクルを出発した日……。ブレットは、元々ヒーラーにもピーラーにも感染していなかったわ。……その説明から推測するとドライアンクルの住民から感染したことになるけど……」
ロゼが推理する。
「ジャストその通り! それ以外には考えられません」
シャハト博士が、出来の良い生徒に対する口調でロゼを誉める。
丁度その時、白衣を着たネコ耳が、ワゴンに乗せたアンプルを運んできた。
「スーパー・アンチ・ウイルスの培養処置が完了した。事態は急を要するので、これより安全性試験と動物実験抜きで、ブレット殿に処置を開始する! なーに、私の仕事に間違いは、……まあいいか」
シャハト博士がアンプルを左手で摘み上げた。芝居がかった仕草でペシペシとアンプルを叩き、内容物をよく混ぜる。素早く無針注射器に吸い上げ、気迫でブレットの腕に注射した。
「これで大丈夫ね」
ロゼがホッと一息ついた。
「違ーうっ! これからが本番だっ! ファム号全乗組員が、この未知のウイルスに感染している可能性が七十%以上っ! 全乗組員にアンチ・ウイルス注射処置開始っ!」
ゴム手袋をはめた手はそのままに、天を向いて吠えるシャハト博士。怯えるロゼ。
「特にロゼ君っ! 君は連日、ブレット殿と犬も食わぬ騒動を繰り返していたのではないかね? 感染確率九十%以上でロゼ君っ! 君は既に感染しているっ!」
流れるような動作で、アンプルから無針注射器に液体を流し込み、圧倒的な迫力でロゼの腕に注射器を突き刺すシャハト氏。さすが微生物のプロ。人体実験は慣れている。
「でも、どうして人命に関わるような強力なウイルスが、二種類も同時に発生したわけ? 確率的に見て有り得ない話よ。人為的な臭いを感じるわ」
ロゼは、注射された箇所をサスサスしながら、シャハト博士に意見を求めた。
「さて、私の考えを述べよう。一つ目の答えは確率的に見て限りなく零である。二つ目の答えは、私の職務範疇にないので考える意味がない。以上だ」
その瞬間から、興味の対象が入れ替わってしまったのか、アンプルの数量点検に入るシャハト博士。
顎に手を当てじっと考え込んでいたロゼは、やがてオイスター艦長に目線を合わせた。
「地球に……、ボッカルド提督が事情を知っているんじゃないかしら?」
オイスター艦長も同意見なのだろう。大きく頷いて命令を下した。
「ダニエル大尉を拘束したまえ」
ロゼとオイスター艦長の目の前で、ネコ耳保安員達がダニエル大尉に銃口を向けた。
「何を知っているのか? 何をしたのか! 白状しなさい!」
ロゼの尋問に、横を向いて答えるダニエル大尉。喋る気が無いという意志表示だ。
しかし何かをしでかした、ということは判った。
「ダニエル君を艦橋へ連行しろ。我々も艦橋へ上がる。ボッカルドと話をしなくてはならない」
オイスター艦長は、珍しく早足で歩き出した。
ダニエル大尉とネコ耳衛兵が病室を出ていった後、ロゼは、ブレットの顔を覗いた。熱が下がる傾向にあるのだろう。ブレットは汗をかいていた。
「ブレット殿は大丈夫だ。早くもスーパー・アンチ・ウイルスがアンノウン・ウイルスを駆逐し始めている。私の技術は完璧だ。私の命に代えてもブレット殿をお守りする。安心して自分の仕事をしたまえ、ロゼ君」
コクンと頭を下げ、みんなの後を追って艦橋に向かうロゼであった。
後ろ姿を見送りながらシャハト博士が呟いた。
「簡単な仕事であるが……、我が命に代えて!」
再びブレットに向かい、治療機器を点検していった。その仕草に芝居がかった点は無い。
一方、艦橋では既にボッカルド提督と通信が繋がっていた。
「何か隠しているだろう? ボッカルド、真意を話せ」
『真意も何も、ファム・ブレィドゥー号内で強力なウイルスによる感染病が発生したと言うことですな。検疫法によって地球への入港は禁止させていただきます』
台本を読むように、そして人を食ったような物言いで受け返すボッカルド提督だった。
「何をした! ボッカルド!」
ロゼも呼び捨てだ。
『それはこちらが聞きたいですな、礼儀知らずのお嬢さん。こちらの指定する宙域で待機して下さい。バイオハザード専門の係官が、ファム・ブレィドゥー号に乗り組んで検査します。法に従って下さらないと困りますよ』
「それがお前の狙いか! だが、既にウイルスは押さえ込んだ。アンチウイルスも培養に成功した。人体実験も済んでいる。我らをナメるな! 宇宙検疫法は適用されない!」
ギロリ、と帽子の影で目を剥くオイスター艦長。眼力で殺しかねない雰囲気だ。
『おやおや、それは残念。こちらの計画が台無しですな。それにしても、少し発症時期が早かったんじゃないんですか? 最短でも七日はかかるのが普通でしょう?』
「労働基準法違反で過労している乗組員が一人いたんでな。彼のお陰だ」
それを聞いて、首をすくめておどけてみせるボッカルド提督。やけにあっさりしている。
いきなり通話が割り込んできた。マープル経理部長だった。
『大変よ、みんな! ドライアンクルで天然痘が大流行したってニュースで! ニュースによると、ビュエル同盟国が提供したキラー・ピーラー・ウイルスに、天然痘菌が混入されていたらしいの。ケティーム帝国が停戦協定違反を振りかざしてるわ。戦争が始まるのよ。それより、あなた方はどうなの? 天然痘に感染ってたらこっち来ないでよ。保険屋に連絡してからよ!』
ブツンと、ロゼが通信を切った。これ以上は聞くに耐えない。
ロゼは、うつむきながらブツブツと考えていた。
「……そうか、……そういうことなのね。最初にピーラー・ウイルスを持ち込んだのは、あなた方地球陣営ね! 天然痘ウイルスを混ぜたピーラー・ウイルスを、組織的にドライアンクルの人達に感染させた。これはバイオテロよ!」
勢い良く立ち上がるロゼ。右手人差し指をビシッとボッカルド提督に突きつけ、罠を解き明かす。
『何を証拠に? 目的は?』
「証拠は病名も判らないのに発症期間が七日間って言ったこと。目的は検疫を理由にファム号を乗っ取ること。ブレットの発症が早かったので計画が潰れたけどね。」
「ブレット副長の体力を削った最大の原因は、ロゼのハイキックだ。ニャっ」
勢い良くビシッとロゼを指すネコ耳。
「そしてっ!」
ネコ耳の的確な指摘を聞いていないかのように、突きつけた指を自分の頬に寄せるロゼ。そして左手を胸元で、右手肘に添えてポーズを作る。
「そして、あなた方地球軍が、ピーラー・ウイルス感染によるケティーム帝国の皮裂け病感染者を助けるという名目で、ビュエル同盟国にキラー・ピーラー・ウイルスを提出さた。そして、ピーラー・ウイルスが死滅すると、先に仕込んでおいた天然痘ウイルスが発症。疑いの目はビュエルに向くはずよね」
今度は、右手親指を自分の方に向けるロゼ。
「タダでは、ウイルスを提供しないであろうビュエルに、『異星の船』というエサを釣り針に仕掛けることで、食いつかせたんでしょう?」
左手は右手の肘に置いたまま、右手のひらを口元で広げる。三白眼でスクリーンを睨むロゼ。このポーズ、半分以上は、自己満足であることを付け加えておかなければならないだろう。
「ビュエル同盟国とケティーム帝国に、再び戦火を交えさす、その理由は!」
『その理由は?』
謎解きを楽しむようなボッカルドを始め、オイスター艦長やネコ耳達観衆も、ロゼの推理ショーに聞き入っていた。
ブレットが生まれるかなり前に、太陽系で戦争がありました。
当時、軍学校を卒業したばかりのオイスターは、戦時特例で駆逐艦マン=ゴーシュの艦長に配属されました。
小型艦艇の艦長職に就き、船を自在に操りたいがためだけに軍学校に入ったオイスターにとって、感涙ものだったということです。
ところが、配属されて半年も経たず終戦を迎えてしまいました。
戦争自体は、からくも痛み分けとなりました。地球経済圏防衛という主目的は達成されましたが、地球軍の痛手は大きかったのです。
戦後の混乱と治安悪化が、宇宙海賊の台頭を許す土壌となりました。
対して、戦争終結時における艦艇保有数は、たったの40隻。
多くの人材を消失させた軍の対策で、オイスターは巡洋艦エストックの艦長に任ぜられ、のんびりと宇宙海賊狩りを嗜んでいました。
どうやら、この辺りでブレットの父親と知り合ったようです。
1年後、宇宙軍上層部は驚愕の声を上げる事となりました。
宇宙海賊撃破数の、実に35%を巡洋艦エストック1隻で稼いでいたのです。
撃沈数より撃沈トン数で数える方が覚えやすいといわれていました。
おまけに大型艦の天敵である戦闘爆撃機を対空砲1ダース撃墜。主砲で2機消滅。エストックは、エースの称号を得ました。
海賊共はオイスターを魔王だの、あれは巡洋艦ではない、マップ兵器だのと呼ばわる始末。
オイスターは翌年、最年少で統合軍幕僚入り。
かわいそうに、オイスターは艦長職に就けなくなりました。
以後、何度か太陽圏を巻き込む戦争があったのですが、幸運にも軍はその全てを退ける事ができました。
最後の戦争の時、新人参謀のボッカルドがオイスターの幕僚に参加しました。ただ、ほとんど使い走りの状態で終戦を迎えたようです。
ボッカルドが、オイスターに頭が上がらない要因の一つです。
そしてオイスターは、艦長職に戻る事なく退役の運びとなりましたとさ。
どっとはらい。
次回28話「宇宙軍の陰謀を聞き出しました」
ロゼの危なげな推理大爆発です。




