25.宇宙交通事故の危険を目の当たりにしました
ブレット達がキラー・ピラー・ウイルスを受け取ってから、更に四日が過ぎた。
都合七日間最後の長距離他空間航行が終了し、目の前に新しい恒星系が広がっている。ファム号は今回の最終目的地、ドライアンクル星系に進入を果たしたのだ。
索敵担当・ミケからの報告が入った。
「惑星ドライアンクル確認。周囲にケティーム帝国軍軍艦百五十六隻、確認しみゃちたニャ」
通常空間に戻ると同時に、ファム号の探査システムが、瞬時に情報を捕らえた。
ケティーム帝国は、惑星ドライアンクルを包囲し封鎖していた。
「ケティームの旗艦に艦名と目的を伝えよ。ドライアンクルに降りるぞ」
オイスター艦長指示の元、ボッカルド提督との打ち合わせ通り手続きを済ませていく。
見る見る、惑星ドライアンクルが大きくなってくる。
「ケティーム艦隊からメッセージ入電です。『こちらドライアンクル方面ディバージョン艦隊司令官少将ヴィルヘルム・レーム。地球と貴艦の行動に感謝する』以上です」
ロゼが文章を読み上げる。
このレーム少将、無骨な軍人である。
皇帝に、『東を向いていろ』と言われたら、十日でも二十日でも東を向いている人である。その忠誠心たるや犬の如し。
今回も本国からの命令に対し、全くの疑いを挟むことなく任務を遂行している。たとえ相手が人型で、女の子の容姿を持つ常識を外れた怪しい宇宙船であってもだ。
惑星を包囲していたケティーム軍艦隊が、ファム号の進路を空けた。ファム号は、回廊のように続く進路をひた走る。
「おいおい、なんだ? あのお人形さんは!」
マクシミリアン・ヴォルフ大佐が、形のよい唇を歪めながら指をさした。二十代後半で目つきの悪い帝国軍佐官だ。グレーの髪にグレーの瞳。ハンサムには違いない。
ちなみにディバージョン艦隊副指令である。ダメージコントロールの観点より、指揮系統を二つに割っているのだ。
ヴォルフ大佐は、パネルの上に長い足を組み、深く椅子に沈み込んでいる。きちっと軍服を着こなしているが、どこか不良の臭いがする。
そのヴォルフ大佐が艦長兼指揮官を勤める、指揮駆逐艦ランツァの担当する宙域に向かって、人形宇宙船が進んで来るのだ。
正確に言えば、真っ直ぐランツァに向かってではない。ランツァの進行方向前方に向かってである。当然、ランツァも微速ながら前進している。このままでは進路が交差する。
「艦隊司令から入電です。『ファム・ブレィドゥー号の進路を空けよ』以上」
「へぇ。あれが噂の。はぁ」
全く避ける気がないのか、チョンチョンと指先だけで目の前のコンソールを操作。出力された情報にニンマリと笑顔する。
オモチャを見つけた狼の目だ。
「進路、指示願います」
ランツァの操舵手が、隣りに座るヴォルフ大佐に指示を仰ぐ。即対応出来るように、操舵手の手はコンソールの上に置かれている。
指揮駆逐艦ランツァの船殻内戦闘艦橋は、狭くて暗い。
艦橋の中心部には、操作パネルやスクリーンが円錐型に集約されている。その集約された機器類を中心に、円陣を組む配列で艦橋要員が座っているのだ。
外が見える窓やスクリーンなど無い。集約型機器の中央パネルに、色が付いた点と注約付き矢印のみで、外部の全てが表示されている。
そんな事もあって、隣の席に配置された操舵手から、ヴォルフ大佐の席は丸見えだった。
「進路ね、進路はそう…、そのままでいいや。何も操作しなくてイイよ」
脚をパネルに投げ出したまま、面倒くさそうに答えるヴォルフ大佐。手に持ったペーパーブックに目を落としている。
唾を飲み込む音が、操舵手から聞こえた。他のメンバーも異口同音に不賛成のサインを控えめに出している。
なぜなら、このままだとファム号の進路とランツァの進路がある一点で、同一時刻に交差することになるからだ。
「あ、この懸賞まだ間に合うかな?」
ヴォルフ大佐の注意は今やペーパーブックにのみ注がれているのであった。
一方――。
「ファム・ブレィドゥー号進路上に、ケティーム軍駆逐艦三隻発見。このままだと進路交差しみゃすにやっ」
唐突に、画像がカコミで出る。ケティーム軍駆逐艦が三隻映し出された。細身の紡錘形で、千フィートクラスの艦船である。
ビュエル同盟軍の機能一点張りハリネズミ戦闘艦より、数段は洗礼された華麗なデザインだ。
映し出された駆逐艦は、中央部が一層分膨らんだデザインである。その膨らみの頂上に、航行用艦橋がこじんまりと顔を出している。
武装は、大口径二連装砲座が上下左右両サイドに一機ずつ、計四機。三連装大型ミサイル発射管が艦首側面左右に一機ずつ、計二機付いていた。
アイアンブルーに塗られた船体は視覚で識別しにくい。コントラストを調整した画像処理がなされていなけらば肉眼で判別できなかったであろう。
同型艦三隻編成の内、先頭の一隻にヴォルフ大佐が乗り込んでいる。残り二隻は護衛用で、人間が乗船しないロボット艦だ。ダミーと予備を兼ねている。
「進路変更しなさい」
ロゼがニケ操舵手に指示を出す。
「変えんでいい!」
オイスター艦長が怒鳴る。
「あのぅ。このままだと先頭の一隻と、ぶつかってしまいますよ」
ロゼが艦長席の方へ振り向き、異議を唱えた。
ブレットも、ウンウンと首を上下に振っている。
「向こうもそれくらい解っとるはずだ。この船に損傷を与えて困るのはケティームの方だ。ならば、向こうから進路を変えるのが筋だろう?」
帽子の下からギョロリと目を光らせて、意固地なことを言う。どうも意地になっているようだ。
この状態になったオイスター艦長は、ガンとして意志をひるがえさない。
ロゼは小声でネコ耳操舵手に話しかけた。
「しかたないわね。ギリギリまで接近して、衝突の直前に自主判断で回避しましょう」
「ニャーゴ」
細い線のような目をしているニケ操舵手は、片目だけを大きく開けてOKの合図を出した。逆ウインクだ。
「進路このまま。予定通りのコースを辿ります。ニャっ」
激流に流されるように、惑星ドライアンクルへ吸い込まれていくファム号。
片や、凧が風に流されていく様相の駆逐艦ランツァ。
お互い豆粒にしか見えない距離が、やがてキロメートル単位になっていく。
ランツァの艦橋では全員が衝撃に備え身を固くしていた。先程からずっと、レーム司令からの進路変更命令が入りっぱなしだ。
ヴォルフ大佐だけが、手を揉みしだいて面白そうに薄ら笑いを浮かべている。
ファム号では、操舵手用パネルに映し出されるコース図を三人が覗き込んでいた。
ニケは、コントローラー風操縦桿に乗せた可愛い指をピクピクさせている。ロゼは腰を据えたのか、じっと睨んでいる。ブレットは、パネルとオイスター艦長を交互に覗き込んでいる。
オイスター艦長は、腕を組んだまま、眠ったように動かない。
既に肉眼で見える距離まで近づいてしまった。
ファム号からは、ランツァの装甲表面の微細な処理まで見えている。
ランツァからは、ファム号の髪の毛一本一本まで識別できている。
そして……、
最接近部分がメートル単位になって……擦れ合うようなニアミス状態が続き、二隻の船はそのまま離れた。
接触は無かった。
「あー、びっくりしなもう! 嫌な種類の汗がどっと出たよぉー」
ブレットが胸を撫で下ろす横で、ニケが肉球の汗をハンカチで拭っていた。
ケティーム軍指揮駆逐艦ランツァ戦闘艦橋内でも、同じ様な空気に支配されていた。
約一名を残して。
「うひょー! あの船、いい体してんじゃねえか! なあ見たか、お前ら?」
ヴォルフ大佐が言う帝国軍人らしからぬ下品なセリフに、笑える余裕のある者は二名だけだった。この二名が将来に渡ってヴォルフ大佐を支えていくことになるとは、この時点で知り得た者など一人もいない。
「広大な空間では、千フィート位の物体など芥子粒のような存在。軌道が完全に交わる事など、計算ずくでなければあり得ぬ話だ。……しかし、ちょっとばかり肝を冷やしたな」
オイスター艦長の解説に、額に手を持って行くロゼがいた。
ファム号の髪の毛はアンテナです。
アホ毛はありません。
ファイナルバージョンにネコ耳装備という荒技があるだけです。
次回26話「宇宙病原菌の予防接種うけました」
一刻も早い無針注射器の開発をば望ム!




