第9話 代償 1(side:ディオン)
「お帰りなさいませ、旦那様。祝賀会はいかがでしたか? 数年ぶりにお会いした方もいらっしゃったでしょう? すぐに朝食を準備しますので…」
翌朝帰宅すると、キュリアが出迎えてくれた。
「……あ、ああ…っ 朝食はいらない。疲れたから早めに休ませてもらう」
僕は彼女から視線を逸らし、足早に自室へと向かった。
彼女をまともに見ることができなかった。
僕はなんて事を…!
昨夜の事をキュリアに知られたら…軽蔑される、そして離縁を告げられる。
裏切りの代償が頭に浮かび、じんわりと汗ばむ。
そんな心の中で、ロアンヌとの夜を思い出す。
『ロアンヌ…』
『ディオン…愛しているわ』
学生時代、彼女とは口づけ止まりだった。
そして、他の男と結婚したロアンヌ。
彼女への熱情が、僕の中でいつまでも燻っていた。
あの時、手に入れられなかったものを得た満足感。
何度も彼女を求めた高揚感。
しかし…目が覚めて襲ってきたのは、後悔と罪悪感だった…
どうすればいい!?
ロアンヌがもし、キュリアに昨夜の事を話したら…
想像しただけで息が上がる。
どうすれば…っ
答えが出ぬまま表面だけは取り繕い、いつもの毎日を送っていた。
だが、招待された晩餐会に夫婦で出席した時の事…
知人と話し終えキュリアの元に戻ると、エルジョンが彼女の傍に立っていた。
その姿を見て、一瞬身体が固まった。
あの夜、僕はエルジョンの所に泊まった事になっている。
その話をしていたら…っ!
「…エルジョン、来てたのか」
「ああ。今、夫人にお礼を言われていたんだ。祝賀会の後、俺のところに泊まったからって」
「あ、の日は…ありがとう」
言ったのか!?
あの夜はおまえのところに泊まらなかった事を!
嫌な汗が全身に流れる。
鼓動が苦しい。
「…どういたしまして。じゃあ失礼します、子爵夫人」
「あ、はい…」
そういうとエルジョンは行ってしまった。
キュリアは、ろくに僕と会話をせずに彼が去った事に戸惑っている様子だった。
彼は誤魔化してくれたようだ。
でもそれは僕の為ではない。
キュリアを傷つけないためだ。
僕の姿を見た彼の目は、怒りに満ちていた。
エルジョンの刺すような視線が痛かった。
彼の目が僕を責めていた。
そしてそれ以降、彼から連絡が来ることはなくなった。
ロアンヌからも、あの夜以降、連絡は一切ない。
黙って帰った僕に腹を立てているはずなのに…
安堵と同時に、いつ連絡が来るかも分からない不安に苛まれた。
そして誰にも相談できず、時間がだけが過ぎて行った。
それから数か月が経ち、そんな不安が消えかかった頃、ロアンヌから一通の手紙が届いた。
『とても大切なお話がございます。いらっしゃるまでお待ちしております』
日時と場所が記されていた。
いやな予感しかしなかった。
でも、行くしかなかった。
僕は指定された日時に、手紙にかかれた場所へと向かった。
そこは祝賀会で使ったホテル。
ラウンジには先にロアンヌが来ていた。
「…お待たせいたしました」
「来てくれてありがとう」
ロアンヌに会うのは、あの夜以来だ。
何を話せばいいのかわからず、無言の時間が過ぎる。
その沈黙を破るかのようにロアンヌが、書類を差し出した。
「これを見て欲しいの」
僕は書類を手に取り中身を読むと、ぐしゃりと紙を握り締めた。
それは『妊娠証明書』だった。




