第8話 裏切りの祝賀会(side:ディオン)
それは懐かしい知らせだった。
かつての学び舎の創立80周年祝賀会。
夕方頃から2時間ほどの予定らしい。
「いってらっしゃいませ、旦那様」
「ああ、もしかしたら会が終わった後、エルジョンのところに泊まるかもしれないから先に休んでてくれ」
「はい、お気をつけて」
遅くなったら、エルジョンのところに泊まらしてもらおう。
事前にキュリアも伝えておいたし。
この時の僕は、旧友たちと久しぶりに会えるのを楽しみにしていた。
だから祝賀会に出席して、後悔する事になるとは思ってもみなかったんだ……
ホテルのホールを貸し切り、会は行われた。
ホールの入口には、予約した学校名の看板が置かれている。
かつての級友たちと顔を合わせると、気持ちは学生時代に戻る反面、自分がひどく年を取ったような気もした。
あの頃と変わったのは、結婚したと言う事。
そして、自分の気持ちの変化にも気づいていた。
確かに忘れられない人がいた。
けれど、キュリアとは別の想い出を共有している事が僕の心を和ませた。
ロアンヌの時のように、激しい感情ではない。
…けれど、彼女の存在は小さなあたたかい光のように、僕の心を満たしてくれた。
「よお、ディオン」
「エルジョン、皆あまり変わってないな」
「ああ、かつての旧友と集まれば、あの頃に戻っていくな」
「そうだ…」
「ディオン?」
途中で言葉を止めた僕を、エルジョンは訝しく思いながら僕の視線を辿った。
「あれ? ロアンヌ先生じゃないか? 確か音楽担当の。俺たちが3年に上がる頃、結婚するために辞めた…ディオン?」
僕が何の返答もしなかったから、振り向くエルジョン。
「あ…あ、そうだったな」
ロアンヌ…
僕の初めて愛した人
教師と生徒
許されない関係だと分かっていた。
だが、それは全て過ぎ去った恋。
僕の中ではもう過去の人になっている……と、そう思っていた。
けれど…
再会した彼女はあの頃のまま…いや、さらに美しさを増していた。
そして、当時夢中になっていた恋心が呼び起こされる。
「ロアンヌ先生、お久しぶりです。俺の事、覚えていますか?」
「もちろんです、エルジョン君。…お久しぶりですね、ディオン…君」
「ご無沙汰しております、ロアンヌ…先生」
「あ、先生、こいつ結婚したんですよっ 半年前に。だから新婚ホヤホヤ」
「やめろよっ エルジョン!」
なぜかロアンヌに知られたくない気持ちが込み上げ、思わずエルジョンの言葉を遮った。
「なんだよ、照れるなよっ あ、演劇部のドレイク先生だ。ちょっと俺、行って来る」
そういうとエルジョンは、僕とロアンヌを残して行ってしまった。
「…ご結婚されたのね、おめでとう」
「あ、ありがとうございます。先生は…ご結婚されて6年…ですか?」
「……離縁したの。もう3年経つわ」
「え?」
「夫の愛人が身籠ってね。子供が出来なかった私はもう必要ないですって」
「そんな…っ なんてひどい事を…っ」
「ディオン君のところは…子供はまだ?」
「あ、はい」
「そう…奥様幸せでしょうね、あなたと結婚できて」
そう言うと上目遣いで僕を見つめた。
「だ、だと嬉しいですが…」
その視線から逃れるように、僕は手に持っていたカクテルグラスを口にする。
ロアンヌもグラスを口にしようとした時…
「あ!」
彼女がカクテルをドレスへ零してしまった。
「だ、大丈夫ですか?」
「すぐに水で拭けば大丈夫よ。ちょっとお化粧室に…えっと、どこかしら?」
「あ、こっちです」
僕はロアンヌを案内した。
化粧室の近くへ行くと、彼女が行く方向を変えた。
「先生?」
「こっちにきて」
そういうとロアンヌは僕の袖を引っ張り、非常階段の方へと歩き出した。
僕は彼女に導かれるままついて行った。
「ど、どうしたんですか、こんな所で…っ ん!」
階段の踊り場に行くと、振り向きざまに先生がいきなり口づけて来た。
「せ、先生っ」
僕の胸に顔を埋めるロアンヌ。
「会いたかった…ずっとあなたに会いたかったのっ 夫に裏切られてつらい日々を暮らす中で思っていたのはあなたのこと…」
潤んだ瞳で、僕を見つめるロアンヌ。
人目を避け、雑木林にある物置小屋で重ねた逢瀬。
口づけ以上の関係にはなれず、いつも持て余していた熱情。
彼女との恋に夢中になった時間が、心の奥から呼び覚まされる。
「…先…生…」
「あの頃は名前で呼んでくれたでしょ? ディオン…」
「ロアンヌ…」
「もう一度戻りましょう…あの頃に」
僕たちは互いの存在を確かめ合うように深い口づけを交わした。
「…っ…!…」
明るさを感じ目を開けると、そこは見慣れぬホテルのベッドの中。
隣には一糸まとわぬロアンヌが静かに寝息を立てていた。
僕は急いで服を着、ホテル代としてベッドサイドにお金を残すと逃げるように部屋を出た。
外はもう朝日が昇っていた。
そうだ。
あの後会場を出て、別のホテルで僕たちは…!
「なんてことをしてしまったんだ!」
僕は大通りで捕まえた馬車に乗り込んだ。
屋敷へ向かう間、僕の心は後悔の波に苛まれていた。




