第7話 旦那様の友人
ディオン様と結婚して半年ほど経ったある日。
お客様を伴い、旦那様が帰宅された。
「彼はエルジョン。ハーヴェイ伯爵家の嫡男で、寄宿学校時代からの友人。実は一年前にご祖母様が亡くなられて、慶事を控えていたんだ。だから僕たちの結婚式に出席できなくて、今日やっと君に会わせる事ができたよ」
エントランスで紹介された方は、旦那様の学生時代からのご友人。
背は旦那様より少し高め。
髪は赤みを帯びており、眼は金色。
「…初めまして、ハーヴェイ様。妻のキュリアと申します」
(あれ…? どこかで会ったような…気のせい?)
その明るい瞳を見た時、既視感を感じた。
そんな事を考えながら、淑女の礼を取る。
「………」
「…? い、いかがされましたか?」
私が戸惑ったのは、ハーヴェイ様がなぜか私の顔を凝視していたからだ。
「あ、いいえ、失礼いたしました。どこかでお会いした事があるような気がしたもので…。エルジョン・ハーヴェイと申します、以後お見知りおき下さい」
そういってお辞儀をされた。
「左様でしたか…」
彼も同じ事を思っていた?
赤い髪に金色の瞳。
でも…記憶を辿っても思い出せない。
応接室に場所を移動すると、エルジョン様は旦那様と私の馴れ初め話をあれこれ聞き始めた。
「え? じゃあ7年前に会っていたの?」
エルジョン様はフランクな話し方で、意外そうな表情をされた。
そうよね、7年前に会った人と結婚するなんて…観劇の題材になりそう。
「はい、私が寄宿学校内で迷子になっているところを助けていただいて…」
「警戒心丸出しで睨みつけていたけどね」
当時の様子を思い出したのか、笑いながら話す旦那様
「に、睨みつけてなどいません! 慎重になっていたんですっ あの頃は知らない人にはついていかないようにと、両親に再三言われていたものですから!」
私はムキになって否定した。
「ご両親の教育は間違いない。それにしてもすごい偶然だなっ 7年後に婚約者として再会するとは」
エルジョン様は腕を組みながら感心している。
「僕も最初は分からなかったよ。彼女に話を聞いて思い出したんだ」
「そうなんだ。で、寄宿学校にはそれっきりだったの?」
「いえ、翌年の学校祭…」
エルジョン様に問われて答えると、ハッと思い、思わず言葉を止めた。
旦那様と黒髪の女性が密会している姿を思い出したからだ。
「学校祭?」
旦那様が私の言葉に反応された。
ああ…一度発した言葉は止められない、そのまま話を続けるしかなかった。
「は、はい。あ、そう! その時見た観劇がとても面白かった事を覚えています」
私は学校祭で行われていた観劇の話を始めた。
「主人公を演じた金髪の女性がとても美しくて…なんとその方が、身につけていたリボンを私に下さったんです。もう嬉しくて、今でも大切にしているんですっ」
すると突然、旦那様が笑い出した。
「はははっ うちは寄宿学校だから女生徒はいないよ」
「それ、俺だよっ」
エルジョン様が、自分で自分を指しながら言った。
「は?」
私は思わず、気の抜けた声を出してしまった。
「俺が演じてたのっ、金髪の鬘被って。君にリボンを渡したのも俺!」
「う、嘘おおっ!!」
私は淑女らしくない雄叫びを上げてしまった。
「どこかで会ったと思ったら…あの時の君だったんだな」
感慨深げに私を見るエルジョン様。
「彼女はあなただったんですね…」
リボンをくれた時の感動が、私の胸の中で呼び起こされた。
「あのおチビさんが、こんなに美しい令嬢に成長したとは。素敵な奥方を迎えたなっ ディオン」
「え!」
“美しい”とか“素敵な奥方”なんて言われて、顏が赤くなるのがわかった。
(エルジョン様、いきなり仰るから~っ)
その熱を押さえるかのように、両手で頬に触れる。
「おまえもいつまでも独身でいないで、早く美しく素敵な奥方を見つけろっ」
「はあ〜?! おまえだってこの間まで同類だったくせに、結婚した途端偉そうになりやがって!」
「ふふふ」
二人のやり取りに、思わず笑ってしまう。
「なんか僕たち三人とも、いろいろと偶然が重なってここにいるんだな」
旦那様が、ふっと笑いながら呟く。
「本当ですね」
まるで旧友たちと再会したような親しみを感じた。
「そうそう、卒業アルバム持ってきたんだよっ 奥方に会えるっていうから話のネタにと思ってね」
脇に置いてあった革のクラッチバッグを膝に置くエルジョン様。
「わっ 見たいです!」
「僕も持ってるのに」
「どうせどこに仕舞ったか分からないだろう?」
そう言いながらアルバムを取り出すと、テーブルに広げた。
「懐かしいな〜」
旦那様が身を乗り出して、アルバムを見ている。
エルジョン様は私に見やすいように差し出して、説明を始めた。
「これが俺たちクラスの写真」
「あ、この方、旦那様ですね」
生徒の顔写真が一枚ずつ載っている中から、すぐに見つけた。
そこに18歳の旦那様がいた。
「そう、この時は髪が短かったな」
ご自分の頭に触れながら話す旦那様。
今は肩まである髪を後ろに結んでいるけれど、この時は短い。
あの時会った『お兄さん』だった。
その隣にいるのがエルジョン様のようだわ。
次々にアルバムを捲って行くと、学校祭と銘打ったページが出て来た。
露店で販売している生徒
弓当てをしている生徒
ビラ配りをしている生徒
当時のにぎやかさが伝わってくる写真がそこにはあった。
「あ、これこれ。観劇の時の写真。お、俺ど真ん中じゃん!」
「この人です!」
私はスポットライトを浴びて、両手を広げている金髪の女性が立っている写真を指差した。
(この人がエルジョン様…これじゃわからな…)
ドクン
私はある写真に釘付けになった。
楽器演奏している生徒の中で、ピアノを弾いている黒髪の女性が写っている写真。
この黒髪の女性……7年前に物置小屋で旦那様といた女性だわ。
「あ、ロアンヌ先生っ」
エルジョン様が黒髪の女性を指差しながら、名前を口にする。
「ロアンヌ…先生?」
「そ、音楽教師だったんだ、美人で人気があったんだよ。俺たちが3年に上がる頃、結婚を機に退職したけどね。なっ、ディオン」
「…そうだったな」
音楽教師…結婚…
私はそっと旦那様を見る。
旦那様の目がその写真に止まっている事が分かった。
彼女を見ている…
「……っ」
その瞬間、何かを飲み込んだかのように胸が重くなる。
そして私は、アルバムに目を戻した。
「あ、そういえば、連絡あったか? 来月の創立80周年記念祝賀会。出席するだろ?」
エルジョン様が旦那様に問う。
「ああ、招待状が届いていたよ」
「祝賀会ですか?」
「ごめん、言い忘れてた。来月あるんだ」
「80周年ってすごいですね。久しぶりにお会いするご学友の方もいらっしゃるのではないですか?」
「…うん、そうだね」
旦那様が一瞬見せた戸惑い。
(…あの女性もいらっしゃるのかしら。旦那様もそう考えているのだろうか…)
けれど、私は気づかないふりをした。
そして、この祝賀会が私たちの運命を変える事を、
この時の私はまだ知らなかった―――――




