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あなたの心の中に、他の女性がいることは知っていました。  作者: Kouei


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第5話 過去の想い(side:ディオン)

 ロアンヌとの恋が始まったのは僕が17歳、彼女が22歳の時。



「じゃあ、またね」


 そう言って、ロアンヌは物置小屋を出て行った。

 甘い口づけだけを残して…



 音楽教師と生徒



 16で彼女を初めて見た時から心惹かれた。


 漆黒の長い髪

 ラベンダーの瞳


 彼女の細く白い指から奏でられる曲に誘われるかのように、毎日放課後の音楽室を訪れるようになった。


 “ピアノを覚えたい”

 そんな口実をつけて。


 僕の指に触れる体温

 鼻を(くすぐ)る大人の香り

 近くなる距離


 教師と生徒の線を越えたのは17になった時だった。


「あなたが好きだ…」


「嬉しいわ」


 夕日に染まった放課後の音楽室。

 初めて交わした口づけ。


 それから時々、放課後の音楽室や使われなくなった古い物置小屋での密会が始まった。

 

 放課後とは言え、いつ音楽室に誰が来るか分からない。

 小屋は立ち入り禁止区域になっているが、人が通らないとも限らない。

 

 けどそんな危険と隣り合わせの逢瀬が、僕の気持ちをさらに燃え上がらせた。


 だが、彼女との関係は口づけどまり。

 それ以上はなかなか進ませてくれなかった。


 じらされれば余計、夢中になっていく。

 まるで彼女の(てのひら)で転がされているような気分だった…


「そろそろ行くか…」


 念のため、時間を置いて僕も物置小屋を出た。

 鬱蒼(うっそう)とした雑木林を歩いていると、視線の先に金髪の女の子が立っていた。


(こんなところに…女の子?)


「どうしたの? ここは立ち入り禁止だよ」


 小さな肩がびくりと震えた。

 彼女はおそるおそる僕の方を振る返る。


 三つ編みにしている姿が可愛らしい。

 シェルピンクの瞳が潤んでいた。

 あきらかに迷ったのだろう。


 彼女は僕を見ると、じりじりと後ずさり始めた。

 怖がらせている事が分かった。


 そうだよな。

 こんな人気のないところで、見知らぬ男に声を掛けられれば…


 僕は近づく事はせず、その場で片膝をついた。


「誰かの面会にきたのかな?」


「に、兄様に…」


「そう、ご両親と一緒?」


「お、お母様と…受付で待ってて…でも私…猫を見つけて追いかけてきて…それで…」


(そうか、受付で待っている間に猫につられてここに迷い込んだんだな)


「そうだったんだね。じゃあ、僕が受付まで案内するからついておいで」


 僕は立ち上がり、受付へと歩き出した。

 警戒しながらも、彼女は僕の後ろをついてきた。

 

 緊張をほぐしたいと思い、僕は猫を飼っていた時の事を話し始めた。

 彼女は母親が動物嫌いだから飼えないと、残念そうにしていた。


「ん?」


 少し歩いた先に一匹の猫が草むらに寝ころんでいる。


(もしかして…女の子が見つけた猫かな?)


 そう思いながら、彼女に声を掛ける。


「あれ、あの子じゃない? 君が見つけたのって」

 

「あ、そう! あの子っ」


 女の子は僕に駆け寄り、猫を見つめる。

 僕たちの気配に気づき、猫がすり寄って来た。

 それに驚いた女の子が僕の後ろに隠れ、上着をきゅっと握り締める。


(ふっ かわいいな)


 僕は猫を抱き上げた。


「お兄さん、すごい…」


 女の子は猫を抱き上げた僕を、きらきらした瞳で見つめた。

 なんだか照れくさい…


「ほら、撫でてごらん」


「か、噛まないかしら?」


「大丈夫」


 彼女は(おそ)(おそ)る猫の頭を撫でた。

 

「ふわふわぁ…かわいいっ」


 嬉しそうにはにかむ女の子。

 彼女のしぐさが愛らしかった。

 妹がいたらこんな感じかな…

 一人っ子の僕はふとそんな事を想像した。


 そして、ひとときの穏やかな時間を過ごしていた。


「キュリア! キュリア!」


「お母様!」


 どこから必死に名前を叫ぶ女性の声が聞こえて来た。

 その声に反応したのは隣にいた女の子。


 彼女は駆け出して、一目散に母親に抱きついた。


「よかった…」


 僕はそのまま教室へ戻って行った。


 7年後、婚約者としてまた会う事になるとは、

 この時の僕は知る由もなかった ———————…


 


 ◇




「私、とある伯爵様と結婚する事になったの」


「え?」


 ある日の放課後。

 二人きりの音楽室で、僕は思いもしない話を聞かされた。


「ここも今日で辞めるわ」


「そ、そんな突然…っ」


「楽しかったわ、さようなら」


 彼女は最後の口づけを残して、教室を出て行ったロアンヌ。

 僕は寄宿学校を卒業したら、ロアンヌにプロポーズするつもりでいた。

 

 

『楽しかったわ』


 

 一方的に告げられた別れの言葉。

 振り向きもせず、去って行ったロアンヌ。


 僕との事は結婚までの暇つぶし。

 本気だったのは僕だけ。

 その事に今更気がついた。


 けれど、僕は寄宿学校を卒業してからも、彼女の事を忘れられずにいた。

 そして気が付けば、婚約者も持たずに24歳になろうとしていた。


 そんなある日、父が急逝。

 気落ちした母は別荘で過ごす事になり、僕は子爵家当主となった。

 今まで僕はロアンヌの事があり、縁談はずっと断っていた。

 しかし当主になって、いつまもで独り身でいる事は周りが(ほう)っておいてくれなかった。

  

 だから正直、誰でも良かった。

 そして知人を通じて、子爵令嬢との婚約が決まった。


 やわらかそうな金髪

 シェルピンクの瞳


 釣書きと一緒に入っていた肖像画(ポートレート)を見た時、どこかで見た事ある…そう思った。


 両家顔合わせの時、その答えを知る事となる。



 「私の事…覚えていらっしゃいませんか?」


 「え? あの…っ」


 突然問われて、答えにきゅうした。


()()()()


 そう言いながら、髪を二つに分け、僕を呼んだ。


 その風貌は7年前に出会った三つ編みの女の子と重なった。

 

 道に迷って不安にしていたあの子。

 猫に触れた時、嬉しそうにはにかんだ微笑み。

 

 あの小さかった女の子が、今美しい女性に成長して目の前にいた。

 僕は改めて、(とき)の流れを感じた。

  

 昔話に花が咲き、久しぶりに過ごしたやすらぎのひととき。

 

 この子となら、この先も一緒に過ごしていける。

 そう思った————…



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