第3話 秘密の物置小屋
そして再び『お兄さん』を見たのは、翌年、寄宿学校で行われた年に一度の学校祭。
家族や他校の友人たちを招待し、生徒たちが自由に楽しめる時間でもあった。
「こちらは占い館です、大切な方との未来を占ってみませんか?」
「弓矢で的当てはどうですか! 一等は半年間食堂利用無料券だよ!」
「これから第二ホールで観劇を行いま~すっ」
(観劇?!)
たくさんの呼び込みの中で、観劇という言葉にすぐに反応。
私は劇を観るのが大好きだった。
「私、観劇が見たい!」
「キュリアはお芝居が好きだから」
演者の汗、息遣い。
舞台と観客が一体となるあの臨場感が好き。
だから学生が行う観劇でも、十分興味が湧いた。
席は自由となっている。
私は一目散に最前列の席へと向かった。
ビ————ッ
開演のベルが鳴る。
物語は…主人公の恋人は、昔付き合っていた女性を忘れられずにいた。そして恋人がその女性と再会した事で、主人公は身を引くという内容だった。
《私は…あの人が別の方を思っていた事を知っていました。それでもいつか…私のことを見て下されば…とそう願って思っておりました》
主人公は愛する人に別れを告げ、涙する。
そして彼女は言った。
《…彼はその愛する人を選んだ。ならば私が出来る事は彼の前から消える事だけ。愛するあなた…どうか心から愛する人と幸せになって…。今はまだ胸は痛むけど、いつか時間が想い出に変えてくれる。その時、また歩き出せばいい…》
主人公の女性は、ライトに向かって手を伸ばす。
そして、ゆっくりと幕が下りる。
主人公の女性の演技に心を持って行かれた私は、幕が閉じても最後まで手を叩いていた。
舞台が終わり、カーテンコールで再び幕が上がると、主人公を演じた金髪のきれいな女性が髪に結んでいたリボンを解き、舞台を下りて私の目の前にやってきた。
そしてそのリボンを私の首にかけ、結んでくれた。
「あ、ありがとうございますっ」
彼女は美しい金色の瞳を私に向けるとにっこりと微笑み、ポンポンと私の頭を撫でてくれた。
そして舞台に上がると、優雅にお辞儀をされた。
彼女からもらったリボンをいじりながら、感動の余韻に浸っていた私。
しかし、ある事に気づく。
「あれ? ここって寄宿学校だから、生徒は男性しかいないはず…? ん?」
小さな疑問を残しながら会場を出ると、私は『お兄さん』探しを始めた。
つい観劇に見入ってしまったけれど、本来の目的は『お兄さん』を見つける事だった。
どうしても、一年前のお礼を言いたかったから…
けど…それだけではなくて…もう一度会いたいという気持ちもあった。
「でも…こんなにたくさん人がいたら無理かな…」
名前もクラスも知らない。
覚えているのは明るい茶色の髪にバーミリオンの瞳。
そして距離を取りながら寄り添ってくれた優しさ。
今度は迷わない。
構内の地図を片手に、学校内を歩き始めた。
「お父様、お母様。私、少しいろいろ見てきます」
「一人じゃあぶないわっ キュリア」
「大丈夫です、構内の案内図がありますからっ 1時間後に中央の銅像の前で待っています!」
「キュリアッ」
母が止める言葉も聞かず、走り出した。
まずは初めて会ったあの茂みに行ってみる。
一年前と変わらず古い物置小屋があるだけ。
当たり前だけど、あのお兄さんも猫もいなかった。
「…どうしよう…時間も限られているし…どこを探せば…」
私は目を瞑り、お兄さんの姿を思い浮かべた。
「あ! 青いネクタイ!」
この寄宿学校は学年ごとにタイの色が指定されている。
一年が赤、二年が青、三年が紫。
「去年は…たしか青いタイをしていた。だったら今年は紫だわ!」
それに気が付いた私は、案内図を見て、三学年のある校舎へと向かおうとしたその時…
目の端に人影が映った。
何の気なしに振り返ると、そこには『お兄さん』がいた。
うそっ
見つけた!
会えた!!
私は駆け寄り声をかけようとした時…
「!」
思わず両手で口を押えた。
誰かと一緒にいたからだ。
お兄さんは誰かに手を引かれながら、人気のない古い物置らしき建物の中へと入って行った。
去年もあった…あの場所に…
どくどく…と胸の音が早鐘のように鳴っている。
『ダメ!』
心の中でそれ以上先に進んではいけないと警鐘が鳴っているのに、私はそっと物置小屋のガラス窓を覗いた。
「!」
そこには…
お兄さんが……長い黒髪の女性に口づけをしていた。
私は思わずしゃがみ込んだ。
壁越しに声が漏れ聞こえてくる。
「好きだ…あなたが好きだよ…」
「ディオン…私もよ」
お兄さんの甘い声が聞こえる。
私は音を立てないようにその場を離れ、急いで駆け出した。
先程までの静寂から賑わう構内に戻ってくると、ほっとした。
ドクン
ドクン
ドクン
だが激しい鼓動は収まらない。
あの二人が何をしていたのか、子供の私でも十分わかる事だった。
先程見た人は、私の中の優しいお兄さんではなく男の人だった。
「お兄さんの恋人……なのかな…」
『ディオン』
こんな形で名前を知るとは思わなかった…
私は…まだ始まっていもいない想いが、終わった気がした…
それから7年後、婚約者としてお兄さんに会う事になるとは、この時の私は知る由もなかった—————…




