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あなたの心の中に、他の女性がいることは知っていました。  作者: Kouei


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第2話 導かれた出会い 

 

 旦那様と出会ったのは7年前 ——————



 

「どうしよう…お母様…っ さ、さっきの受付はどこ…?」


 それは私が10歳の時。

 寮生活をしている兄を訪ねて、母と寄宿学校にやって来た時の事。

 

 久しぶりに兄に会える事と遠出ができる事に、私ははしゃいでいた。

 母が受付に寄り対応を待っている間、ふと私の目の前を横切ったブルーグレーの猫に釘付けになった。


 『おいで』


 そう言っているかのように、振り返ったグリーンの目がじっと私を見つめる。

 近づこうとすると、ひょいと茂みの中へと入って行った。

 私はその姿に惹かれるようについて行った結果……迷ってしまった。


 寄宿学校に来たのは今回が初めて。

 構内は広すぎて、先程いた受付の場所が分からなくなってしまった。

 追いかけて来たはずの猫も、どこへ行ったか分からない。


「ど、どっちにいけばいいの…?…っ」


 誰もいない広い雑木林の中。

 物置小屋らしい古い建物。

 鬱蒼(うっそう)とした雰囲気が、心細さに拍車をかけた。


 半べそをかきながら、うろうろしていた私に誰かが声をかけてきた。


「どうしたの? ここは立ち入り禁止だよ」


 振り向くと一人の男の人が立っていた。


 明るい薄茶色の髪。

 鮮やかなバーミリオンの瞳

 

 (制服を着ている…兄様と同じくらいかしら…?)


 父や兄以外の男性と至近距離で話をした事がなかった私は、後ずさった。


 常日頃、知らない人にはついて行かないようにと言われていたからだ。

 それに、こんな人気のない場所で突然現れた男の人に、恐怖心しか湧かなかった。



 (こ、怖い…どうしようっ お母様っ 兄様!)



 私は二つに結んでいた三つ編みを思わず握り締め、唇を固く(つぐ)んだ。

 逃げ出したいけど、足が固まって動けない。

 怖いけど、お兄さんから目を逸らさずにいた。


 するとそのお兄さんは、距離を取ったまま片膝をついて腰を(かが)めた。


 無理に近づこうとしない様子に、私は少し安心した。


「誰かの面会にきたのかな?」


「に、兄様に…」


「そう、ご両親と一緒?」


「お、お母様と…受付で待ってて…でも私…猫を見つけて追いかけてきて…それで…」


 迷ってしまった不安と知らない人への緊張で、たどたどしく自分の状況を説明した。


「そうだったんだね。じゃあ、僕が受付まで案内するからついておいで」


 そういうとゆっくりと歩き出したお兄さん。

 このままついていっていいのか躊躇(ちゅうちょ)した。


 念のため、何かあってもすぐ逃げられるように間を空けて歩き始める。


「猫と遊べた?」


 お兄さんが振り向きながら話しかけて来た。


「…ど、どこかへ行ってしまって…」


 私はふるふると顔を振りながら答えた。


「昔、猫を飼っていた事があるんだ」


「ほ、本当?」


「うん、僕の髪と同じ色で、ブルーの目をしてたよ」


「いいなぁ…。私は…お母様が動物が嫌いだから飼えなくて…」


 動物の話に少し怖さが和らぐ。


「あれ? あの子じゃない? 君が見つけたのって」


 お兄さんが指をさした方に、私が見かけたブルーグレーの猫が草むらで寝転がっていた。


「あ、そう! あの子っ」


「ちょっと近づいてみようか? 驚かせないようにそっと」


 お兄さんは口元に人差し指を立てながら、私に声をかけた。


「う、うん」


 私はお兄さんと並んでしゃがむと、草の上でごろごろしている猫に目を向けた。

 その内、私たちの視線を感じたのか、猫がこちらへと近づいて来た。


「わ、こっちに来たっ」


 私はこんなに近くで動物に接するのが初めてだったから、思わずお兄さんの背中に回り込んで上着をつかんだ。


「大丈夫だよっ よしよしおいで、いいこだ。人馴(ひとな)れしている子だな」


 お兄さんはひょいと猫を抱っこした。

 猫はお兄さんの腕の中で、嬉しそうに抱かれている。


「お兄さん、すごい…」


「ほら、なでてごらん」


「か、噛まないかしら?」


「大丈夫」


 私はおそるおそる猫の頭を撫でた。

 猫は気持ちよさそうに目をつむって、ごろごろ音を出しながら私の手を受け入れてくれた。


「ふわふわぁ…かわいいっ」


 すると突然猫が顔を上げ、ぴょんとお兄さんの腕から逃げて行った。


「キュリア! キュリア!」


「お母様!」


 私はお母様の呼び声に(こた)えるように走り出した。


「キュリア!!」


「お母様ああ!」

 

 母に抱きつき、出会えた事に安心して泣き出してしまった。


「どこに行っていたの!? もう、心配させないで!」


 母もぎゅっと抱きしめてくれた。


「ご、ごめんなさいっ ぐすん…っ ね、猫を追いかけたら道に迷ってしまって…あのお兄さんが案内してく…」


「お兄さん?」


 そう言いながら振り返るとその姿はもうなかった。

 気がつけば、私はいつの間にか元の受付の近くに来ていた。



 帰りの汽車の中で、私はお兄さんの事を考えていた。



 警戒していた私に寄り添ってくれた。

 猫に触らしてくれた。

 受付まで連れてきてくれた。


 お礼…言えなかったな。

 嫌な態度を取ってしまったのに、お兄さんはずっと優しかった。


 もう一度会えないかな…


 見えるはずのない寄宿学校がある方角を見ながら、お兄さんの事を考えていた。



 これが旦那様との初めての出会いだった。



 そして次に『お兄さん』を見たのは、翌年兄の寄宿学校で(おこな)われた学校祭だった。



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