第1話 あなたの心の中
―――――あなたの心の中に彼女がいることは、知っていました。
それでもいつか私を見て下さったら…と願っていた。
けれどその願いが叶う事は……なかった―――――
旦那様の隣に一人の女性が立っていた。
長い黒髪の美しい方…
(あの女性だ…)
私はすぐに気が付いた。
「……実は…彼女……妊娠しているんだ…」
ドクン
旦那様の言葉に、鼓動が胸を打つ。
まさか…
旦那様の言葉は、私の不安を確定させた。
「僕の子だ」
私の幸せが終わった瞬間だった…
そして
あなたの本当の幸せが、これから始まるのね ―――――…
◇
「奥様、旦那様がお戻りになりました」
朝食後、自室で寛いでいる私の元に、旦那様が帰宅した事を知らせにきた侍女。
「すぐに向かうわ」
私はキュリア・ヴィアンテ。
17歳の時に7つ上のディオン様と結婚して半年。
昨夜は寄宿学校時代の創立80周年記念祝賀会に出かけて行った旦那様。
久しぶりのご学友との交流だからゆっくりしてくると仰ってた。
『いってらっしゃいませ、旦那様』
『ああ、もしかしたら会の後、エルジョンのところに泊まるかもしれないから先に休んでて』
『はい』
エルジョン様とは寄宿学校を卒業しても交流が続いていた。
よく訪ねてくることもあった。
結局、昨夜はお帰りにならなかった旦那様。
きっと懐かしいご学友たちと盛り上がり、そのままエルジョン様のお屋敷に泊まられたのだろう。
私はそう思っていた。
翌朝、帰宅した旦那様を出迎えるため、私はエントランスへと向かった
「お帰りなさいませ、旦那様。祝賀会はいかがでしたか? すぐに朝食を準備しますので…」
「……あ、ああ…っ 朝食はいらない。疲れたから少し休むよ」
「!」
そう言いながら旦那様は私の横を通りすぎた。
その時感じた甘い香り。
旦那様は寄宿学校だったから…男性しかいらっしゃらないはず。
「……」
でも…ホテルのホールを貸切って行われると仰っていたから、他にもたくさんのお客様が出入りされていたのだろう。
香りが移ることくらいあるわよね。
一瞬の疑惑はすぐに消えた。
けれどその日を境に、旦那様の態度に違和感を持つようになった。
私には普段通りに振舞っていたけれど、いつも何か考え事をされている。
私の目を避けるようになった。
触れ合う事はなくなった…
あきらかに様子が変わったのは、祝賀会に行ってからだった。
あの日…何かあったのだろうか?
思い出すのは、帰宅された時に旦那様から漂った甘い香り。
パタン
自室に戻った私は、読むともなしに開いていた本を閉じ窓の外を眺めた。
それに…
私は知っている。
旦那様には、忘れられない方がいるという事を。
“この方には、心に想う方がいる”
その事に気がついたのは、婚約時代。
彼はいつも誰かを探していた。
そしてその視線の先には、決まって長い黒髪の女性がいた。
私は思わず聞いてみた。
『お知り合いですか?』
『あ、いや、その…知り合いに似ている気がしたから…』
『そうですか』
その時は何も思わなかった。
けど、同じ事が繰り返されれば誰でも分かる。
彼の心の中には、忘れられない女性がいるのだと…
その方は…金髪で癖髪の私とは正反対の、黒髪の女性。
気にならないと言ったら噓になる。
けど、人の心はままならない。
たとえ自分自身の事でも、気持ちをコントロールする事なんてできないのだから…
そして私は思い出した。
その女性はきっとあの時の人だ。
ふと蘇る昔の記憶。
私だけの想い出。
あなたにとっては、ささいな事だったのかもしれない。
でも、私にとっては忘れられない出来事だった。
一時の淡い時間。
私は7年前の記憶を引き出していた。




