後日談:2 幸せになれない女 1(side:ロアンヌ)
「美しい人、どうかこの思いを受けてもらえますか?」
「ええ、喜んで」
ある伯爵令息に求婚された。
学校祭で生徒たちの楽器演奏の伴奏をしている私を見初めたらしい。
私を求める欲を滲ませた瞳。
容姿は十人並みだったけれど、それは爵位が補ってくれる。
問題はディオン。
その当時、私はディオンと付き合っていた。
彼が最初から、私に好意を持っていた事は感じていた。
『ピアノが習いたい』というのは口実だという事にも気づいていた。
それから彼は放課後、音楽室に通うようになった。
そもそも寄宿学校は男子生徒ばかり。
そこに若い女性がいれば、自然と注目される。
ディオン・ヴィアンテ
子爵家の一人息子。
茶色い髪に明るい瞳。
精悍な顔立ち。
ここが共学ならば、きっと令嬢が放っておかないだろう。
そんな彼と密会を交わすようになったのは、彼が2学年になった頃。
「あなたが好きだ…」
「私もよ」
眉目秀麗な男に求められる事の優越感。
教師が生徒と付き合うなんて、禁断なのは百も承知だ。
けど、それが気持ちに拍車をかけた。
私の実家は男爵家であまり裕福ではない。
だからこうして、音楽教師として働く必要があった。
その為、22歳になっても婚約者はいなかった。
そんな時、ディオンに告げられた愛の告白。
うまくすれば子爵夫人になれるかもしれない。
この好機を逃す手はなかった。
それから二人の逢瀬が始まった。
時には誰もいない放課後の音楽室。
時には立ち入り禁止の場所にある古い物置小屋
口付け以上は許さない。
焦らされれば、夢中になるのが常套手段だ。
けれど彼はまだ学生。
気づけば、私は23歳になろうとしていた。
そんな時に舞い込んだ伯爵令息からの求婚。
私は、一も二もなく飛びついた。
ディオンには悪いけれど、子爵家よりは伯爵家の方が良いに決まっている。
一方的に別れを告げ、学校を退職した。
夫に愛されて、与えられたのは豪華な服、煌びやかな宝飾、余裕のある暮らし。
だが、そんな幸せは…
最初だけだった—————
結婚を2年目を迎えると、夫の様子が変わっていった。
寝室を分けられた。
夫の外出が多くなった。
私を映すその瞳は冷めていった…
『女がいる』
そう感じ始めた頃に、夫から離縁を告げられた。
「愛人に子供ができたから、離縁してくれ」
「な、なんですって!?」
「結婚して3年経っても子の出来ぬ女は不要だ」
「!!」
寝室を分けたのは自分なのにっ
この一年、私に触れようとしなかったのは自分なのに!
だが、そんな私の言い分が通る訳もない。
結局、離縁させられた。
最後の情けか家を出る時、多少の金品を渡されただけましなのかもしれない…
実家に帰り、私を迎え入れた両親は…
「26にもなって離縁されるとは…この出来損ないがっ!」
「全くっ いくら顔が良くても子供が産めなければ意味がないじゃない! 情けないわっ」
父は呆れ、母は嘆いていた。
娘を慰める言葉ひとつなかった。
そんな私に来る縁談は、年の離れた男の後妻か問題がある令息ばかり。
ろくな男はいなかった。
それに…伯爵夫人として求められ、生活してきた時間が忘れられなかった。
もっといい相手がいるはず
もっといい縁談があるはず
気づけば離縁されてから3年の月日が流れ、私は29になっていた…
再婚しなければ、働くしかない。
私はとある中等学院の音楽教師として、また働いていた。
伯爵夫人になって優雅に幸せな人生を歩めるはずだったのに、また元に戻ってしまった。
「子供がいれば! こんなみじめな思いはしなかったのに! 子供さえいれば!!」
自暴自棄になりながらも、生きるために働くしかなかった。
そんなある日、一通の招待状が届いた。
それはかつて勤めていた寄宿学校の創立80周年記念祝賀会のお知らせだった。




