最終話 いつか想い出に… 2
ある日、父に呼ばれ執務室に赴くと、蝋封された書状を机の上に置いた。
「これは…」
向かい合わせに立っていた私は、それに目を落とす。
「キュリア、とある伯爵家から縁談の申し出があったんだ、お相手は…」
「そこまでです、お父様」
私は右手を上げて、父の言葉を止めた。
「うん?」
父がきょとんとした顔で私を見る。
「お相手の情報は必要ございません。申し上げましたでしょ? 出戻りの私を貰って頂けるのでしたら、喜んで嫁ぎますと」
一度離縁という瑕疵がついた令嬢の再婚は難しいとされている。
ましてや我が家は下位貴族である子爵位。
だけど、このまま家にいるわけにもいかない。
下手すれば修道院行きだわ。
だから、お相手が決まったらすぐに嫁ぐ覚悟はできていた。
離縁してから半年を過ぎた。
思っていた以上に早く縁談が来た事に少し戸惑ったけど…
「あ、だ、だが、一応肖像画だけでも…」
父がテーブルに置かれた書状を私の方へ、つつ…っと遠慮がちに差し出さしてきた。釣書と肖像画が入っているのね。
私はそれを、ずいっと父に押し戻した。
「よけいな先入観は持ちたくありませんので、結構です。ぜひお話を進めて下さい」
「うむむ…」
父は少し複雑そうな顔をしていた。
あの後、結局書状を渡されたけれど、一度も目を通す事はなかった。
二度と相手に愛情を求める事はしないと誓っていたから。
これはあくまでも政略。
だから相手は誰でも良かった。
そうして赴いた両家顔合わせの場だったのだが…
「…どうしてあなたが…」
目の前にエルジョン様がいらっしゃった。
「どうして? 釣書き見なかった?」
「あ…、その…」
伯爵家とは聞いていたけど、まさかエルジョン様だなんて思いもしなかった。
「ふっ。誰でも同じって、見もしなかったんだな」
「そ、そんなこと…」
もうやだっ
なんだかこの方にはいろいろ見透かされている気がするっ
「少し二人で歩かないかい?」
「え?」
そう言いながら、彼が立ち上がった。
両親は無言の圧力で、私を行かせようとしている。
私は小さく息をついて、彼の後をついていった。
ホテルの中庭は、甘い金木犀の匂いが漂っていた。
足元の花壇には、白やピンクのコスモスが優しく揺れている。
私たちは花に導かれるように、その香りの中を歩いていた。
「まさか…お相手がエルジョン様とは思ってもみなかったです」
「俺も適齢期を少し…過ぎているからな。そんな時、君との縁談が舞い込んできたんだ」
「でも私…出戻りですよ? 爵位も低いですし…よくエルジョン様のご両親が受けましたね?」
「俺がぜひ受けたいと言ったんだ。両親にしてみれば、いつまでも独り身でいた息子がその気になったと、喜んでいたよ」
「え? ぜひにって…え、な、何…っ?」
徐にエルジョン様が近づいて来る。
「じっとしてて」
そういうと私の首にリボンを結んできた。
「…エルジョン様…?」
「あの時、一番前で俺の演技を真剣に見てくれた小さな女の子。舞台が終わった後は誰よりもたくさんの拍手を送ってくれて…何かお礼がしたくて、思わず髪に結わえていたリボンをあげたんだ。舞台の上ってさ、結構観客の顔がよく見えるんだよ」
「…あの時、とても嬉しかったです。わざわざ舞台を下りて、リボンをくれて…」
私はリボンに触れながら、当時の事を思い出していた。
「そうそう、こうして頭を撫でたら喜んでくれて」
ポンポン
またこの方は…っ
「ちょっ、エルジョン様っ 私、もう子供ではありませんわっ」
私はエルジョン様の手を払うそぶりをした。
「…わかっているよ。再会した時から、一人の女性としてしか見ていなかったよ」
金色の瞳が、真っ直ぐに私を見つめる。
「え…」
「リボンを受け取って喜んでくれた時みたいに、また……君があんな笑顔になれるようにしてあげたいんだ…」
「エルジョン様…」
エルジョン様の瞳に戸惑いながらも、熱くなる胸の奥。
「…心の傷が消える事はない。けど…少しずつ和らげていくことはできると思う。それを俺に手伝わせてくれないか?」
そういうと彼は手を差し出した。
「………っ」
私は…
一瞬戸惑いながらも言葉の代わりに、彼の手にそっと触れた。
「ありがとう」
お礼を言う彼の大きな手が、私の手を包み込む。
優しいあたたかさが、じんわりと伝わってきた。
そして私たちはゆっくりと歩き出す…
私の心の中には、まだ消えない人がいる。
けれど、いつかそのすべてが想い出になればいい。
今それを、強く願った ――――――――…
【終】
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本編は今回で終了ですが、ディオンとロアンヌの後日談が数話続きます。
最後までおつきあい頂けたら幸いですm(_ _)m




