第13話 いつか想い出に… 1
「エルジョン様…」
「先触れもなく、申し訳ない。少し…いいかな?」
離縁が成立してから数日が経ったある日、突然エルジョン様が訪ねていらっしゃった。
応接室へ案内しようとしたら、外がいいと仰ったのでガゼボへ向かった。
「できれば…ふたりだけで話せないだろうか?」
エルジョン様からそう申し出があった。
ここは外だし…エルジョン様が不適切な振る舞いをなさるとは思えなかったので、侍女には下がってもらった。
「いかがされましたっ?」
テーブルに置かれた紅茶を口にしながら、私は極力明るく振舞った。
ディオン様と私の離縁は知っているはず。
何の用事で来られたのかしら?
ガタン
「え?」
エルジョン様がいきなり立ち上がり、大きく息を吸い始めた。
「あ〜、あ〜、あああああ~、あああああ~、あああああ~」
いきなりの発声練習?
なんで!?
「ど、どうしたんですか?」
「俺さ、このシーン、結構好きだったんだ」
コホンと咳を一つ落とすと、いきなり一人芝居が始まった。
「え?」
《私は…あの人が別の方を思っていた事を知っていました。それでもいつか…私のことを見て下されば…とそう願って思っておりました》
「!!」
これは…昔、寄宿学校の学校祭で見た演劇のワンシーン。
私が一番感動した場面だ。
《…彼はその愛する人を選んだ。ならば私が出来る事は彼の前から消える事だけ。愛するあなた…どうか心から愛する人と幸せになって…。今はまだ胸は痛むけど、いつか時間が想い出に変えてくれる。その時、また歩き出せばいい…》
「……」
エルジョン様の姿が、学校祭で見た主人公の女性と重なる。
あの時私は、主人公の前向きな思いに胸を打たれた。
こんなに思っているのに、愛してもらえなかった彼女。
それでも前を向いて歩こうとする彼女に。
けど…今……彼女は私だ。
ディオン様は彼なりに私に寄り添おうとしてくれた。
その想いは伝わっていた。
だから私も欲が出た。
いつか私を見て下さるだろう…と。
けれどディオン様は彼女と関係を持ち、子供まで……
そしたら私は彼の前から消えるしかないじゃない…っ
そう…私にできる事は消える事。
彼が幸せになるために。
そうした事に後悔はない。
でもまだ苦しい…
いつかこの苦しみが想い出になる時がくるのだろうか?
「は〜、素で演じるのはこっぱずかしいな。………けど、感動してもらえたらなら上出来だ」
私は両手で顔を覆っていた。
「…うっ…う〜…っ…」
止めどなく流れる涙。
鬱積した想いを流すかのように…
ポンポン
「…大丈夫。ゆっくりでいいんだよ」
エルジョン様が傍らに立ち、私の頭を撫でている。
昔、舞台から下りてそうしてくれた時のように。
もう…子供じゃないんだから…っ…
ますます涙が零れ落ちる。
けれど彼は私が泣き止むまで、やさしく触れていた。
そして、ずっと傍にいてくれた―――――――…
「今日は、時間を作ってくれてありがとう」
「い、いえっ あの…こ、こちらこそ…ご、ご迷惑をおかけして…その…」
屋敷の入口で言葉を交わす。
散々泣いてしまって、今はきっと目が真っ赤になっているわ。
みっともないところを見せてしまったこともあり、俯きながらお礼を述べようとするが、しどろもどろになっている。
すると突然、エルジョン様がわしゃわしゃっと私の頭をぐしゃぐしゃにした。
「きゃあっ! な、なにするんですか!」
「ははは、じゃあっ」
声を出しながら笑うと、馬車に乗り込み去っていったエルジョン様。
「もうっ よく分からない人ねっ!」
手櫛で髪を調えながら、彼に悪態をつく。
でも…これが彼なりの気遣いだと分かっている。
まだ胸は痛い。
けれど…
心は昨日よりも軽くなった気がした。
「…エルジョン様のおかげかしら……ほんのちょっとだけ…ね」
私は馬車が見えなくなるまで、しばらく見送っていた。




