第7話 壊れていく生活 ―― 失ったものと戻れない日々
どのくらい眠っていたのだろう。
弌が病院で目覚めてから、数日が経った。
弌は、早く退院したくてたまらなかった。
家に帰りたくて、リハビリにも励んだ。
しかし、念願かなって屋敷に戻れたとき、彼は知ることになる。
大切に持ち続けた自宅の鍵を差し込んでも、回らないことを。
玄関の扉が、彼の意思に反して内側から開かれることを。
扉が開いた瞬間――
父のコーヒーの香りも、エントランスにいつも飾られていた母の花も、
黎沙のお気に入りのうさぎの人形も――どこにもなくなっていた。
いつの間にか、この家は――弌の帰る場所ではなくなっていた。
――すべてが変わってしまったのだ。
あの日には、二度と戻れない。
祖父も、父も、母も、妹も、サイラスも――
もうどこを探しても居ない。
大切な人を、すべて失ってしまった――。
もう、自分に戻る場所はない。
居場所も。
大切だった場所も。
懐かしむ場所も。
場所だけではない。
あの日――生き残ってしまった弌と沙羅以外は、
すべて焼却されてしまったのだと。
この世のどこにも、もう存在しないという現実を、否応なしに自覚させられた。
幼すぎた少年は、ただ気付かなかっただけだ。
日神山には、見知らぬ――新しい屋敷が建ち、
そこには、見知らぬ監視員が住んでいる。
弌の家族の亡骸も、その墓を建てることすら許されなかった。
宇宙船の残骸も――跡形もなく、消えていた。
割り当てられた部屋のベッドの上で、弌は蹲って泣いていた。
やっと戻ってきた日神山の自宅で、弌は毎日、泣いて過ごした。
そして、沙羅のことを思った。
家族を失った悲劇を、たった一人で抱えて生きていくなんて……
今の弌には重すぎる。心が壊れてしまいそうだったから。
世間は何事もなかったかのように、話題にもしない。
あの犠牲も悲劇も……なかったことになったら、
祖父の介山やサイラスがこの星のために生きたことや
両親や妹が生きていたことも「無」になってしまうのだろうか。
色々な思いがめぐる。
誰かに聞いてほしいのに、
事情を知る者は、誰も何も言わなかった。
言えないのではなく――言わないと決めているようだった。
だから弌は、すぐに沙羅に会いたかった。
けれど――
彼女は、政府の別任務――隔離に近い配置転換を受けたと聞いた。
弌が、沙羅と再会を果たすのは三年後。
彼が19歳のときになる。
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「……神邨弌は、日神山の屋敷に戻り、生活を始めています。報告は以上です。
では、これで、失礼いたします」
定例の報告を終え、部屋を後にする部下を見送る。
残された資料に目を通しながら、怪訝そうな表情をするのは、
あの日、全権を握り、日神山の指示を出した――
雲津国屋耶雲本人であった。
本来なら、「証拠隠滅」の役を終えて、
山積する他の仕事に取り掛かるべきである。
しかし、なぜだか、引っ掛かるものがあった。
耶雲は静かに立ち上がり、夜景を見下ろしながら、
資料に写る神邨弌の写真を眺めて呟いた。
その顔に――かつての友人『神邨輝』の面影を見ながら。
「あの状況で、お前は生き残った……これは偶然なのか。あるいは……」
何かが繋がりそうで、繋がらない……苛立ちがよぎる。
雲津国屋は、「私らしくない」とでもいうように鼻を鳴らす。
そして、手に持っていた資料を静かに机に置いた。
「……神邨 弌よ。
お前は、這い上がって来られるか?
消された真実を取り戻しに……。
つくりかえられた現実に、どう抗っていくのか、見せてもらおうか?
輝の――
神邨輝の息子ならば、あるいは……
あるかもしれんが……な」
それは、まるで――宣戦布告のようにも聞こえた。
ここには居ない
未来の――「神邨弌」に向けての。
そして十五年後――。
運命は――再び動き出す。
≪序章――了≫




