第3話 宇宙船《area9》降臨—パンドラの箱 開ける鍵は 『神邨弌』
夜の山は孤独で満たされていた。
虫の声も、梢を揺らす風さえも、今の弌には届かない。
まるで世界に自分一人だけが取り残されたような錯覚。
だからこそ、その「音」はあまりに鮮明に鼓膜を震わせた。
――弌――
誰かが弌を呼んでいた。自分の名が呼ばれる、その後ろに――
聞こえるんだ。
曲が――これは――
祖父、介山の愛したクラシック。
モーツァルト……だ。
なぜ……?
疑問は膨らむ。しかし、足は止まらない。
胸の奥に、得体の知れないざわめきを感じながら、走り続ける。
懐かしい感覚と安心感、そしてそれとは……相容れない嫌悪感と不安。
奇妙な思いが混ざり合って、説明ができない。
まるで自分の感情ではないようで気持ちが悪い。
弌が複雑な感情の起伏に苛まれている間にも、変化は待ってくれない。
さっきまで見えていた星々に、見たこともない光が混ざっていく。
それは星の瞬きなどではなかった。
意思をもち――こちらを狙っている、そんな光だった。
「はぁ……はぁ……」
弌は、脇目も振らず、ただ一心で登り切った。
頂上に着いた瞬間、それを待っていたかのように、空が裂けた。
雲間から、まばゆい光の筋が丘の上に現れた。
無音。
音という概念すら闇に吸い込まれるような静寂の中、白い光の筋以外は、
漆黒の空間だけが広がる。
弌には、何が起こっているのか、目の前で起こっていることが現実なのか
判断がつかなかった。
ずっと待ち望んでいた――彼らの「帰還」。
だから、いま、自分は都合のいい夢を見ているのかもしれない。
瞳孔を広げて、黙って空を見上げることしかできなかった。
驚く弌の目の前を、ゆっくりと、ただ悠然と、銀色の機体が姿を現した。
それは、弌が、沙羅がずっと待ち望んでいたものだ。
機体は明らかに損傷していた。とても飛べるようには見えない。
どうやってここまで戻ってきたのかと思うほど。
にもかかわらず、光をまとう、その姿は、酷く美しく、どこかもの悲しい。
弌は頭の中で、ただただそう感じた。
『死んだ星の光』
サイラスの声が耳元で聞こえた気がした。
流れ落ちる光の粒子が、夜空と山肌を幽かに照らす。
風は止まり、空気が硬く張り詰め、弌は呼吸すら忘れていた。
――宇宙船≪area9≫
船体に描かれたプレートが機体の名を示す。
間違いない。
弌たちが、ずっとずっと――待っていた機体だ。
それは、まるで意思を持ったかのように、弌の目の前へ降り立った。
土煙ひとつ立てず、ただ静かに。
『おかえりなさい』
ずっと、そう言いたかった。
沙羅と、何百回も練習して待っていた。
この機体の帰還を。
なのに…
なのに…
弌の頭の中には不協和音が響いて止まらなかった。
なぜだ?
ずっと待っていたのに。
頭は『船内に飛び込め』と命令しているのに、体は全く動かない。
自分が思い描いていた感動の再会シーンなど
とうに木端微塵に打ち砕かれたから。
機体を見つめる弌の前で、痺れを切らしたように、艦のハッチが口を開いた。
奇妙にもスモークのようなものが焚かれているのか、煙っていて中がよく見えない。
中から現れた二つの影――
一人は、膝の上で宇宙の話を聞かせてくれた優しい祖父の姿。
もう一人は、沙羅の最愛の人、サイラス。
二人を見た弌は、いよいよ声を上げた。
「じいちゃん!サイラス!お帰り!」
二人に近づこうと、一歩、踏み出そうとした弌に、
介山が人として――最期の言葉をかけた。
絞り出された――信念を感じる重みのある—―声だった。
「……脅威を…消して…く…れ……弌——」
ドッ……
鈍い音がして、何か鋭いものが祖父の胸を貫いた。
祖父の体から鮮血が飛び散る。
目の前で引き裂かれた祖父の体からあふれ出た鮮血が弌の視界を真っ赤に染める。
「……じ……いちゃん?」
弌の声は震えていた。
しかし、祖父・介山の眼は刺されてなお死んではいなかった。
その手に何かを持っていた。
弌に何かを渡そうとしているようだった。
ズッ……
既に刺さっていた何かが、さらに介山の内臓を深く抉る音がした。
孫の前で血を吐きながら、介山の手から何かが滑り落ちた。
目は見開かれたまま、色を失っていく。
鋭利な何かで背後から深く刺されたために、
天を仰ぎ見るような態勢にされた介山はそれはまるで――
咆哮をあげているように見えた。
目の前で何が起きているのか……16歳の――幼い弌には理解できなかった。
そんな弌を置いたまま、惨劇は続いていく。
強引に祖父の胸から引き抜かれたものが何だったのか
弌に理解させる時間を与えぬまま、
引きちぎられた老体はバランスを崩してまるでスローモーションのように
ゆっくりと崩れ落ちる。
崩れ落ちた祖父の、その背後から、姿を現したのは……
弌と同じように介山の鮮血を浴びて、真っ赤に染まった顔面を露にした
もう一人の乗組員
サイラスだった。
その眼は……弌が知っている人間《彼》のものではなかった。
深い闇に沈み、感情の色を失い、どこか濡れた光を帯びている。
明らかに様子がおかしい。
彼の破損した宇宙服から覗く皮膚には、苔のような黒に近い濃い緑が滲み、
首筋には葉脈のような模様が浮かび、心臓のようにドクンドクンと上下に脈打っている。
だが、弌にはそれが“怪我”の痕なのか、宇宙で起きた何かしらの変化なのか――
判断がつかなかった。
弌は、恐ろしくて、おぞましくて、吐きそうだった。
それでも、目を離せなかった。
ここで目を離したら殺される。彼は、本能でそう感じていた。
サイラスの眼は既に人ではなかったから。
それは16歳の少年にも分かった。
震えで動けない。
サイラスの足元に無残に転がるのが、自分の祖父だなんて……
思いたくない。
思えない……。
沙羅が弌にとって姉のような存在なら、
サイラスは兄のような存在だ。
それなのに、そのサイラスが、弌の祖父を殺した――。
弌は、何を信じていいのか――思考回路が破綻していくのを感じた。
そのとき、背後から声がした。
「いっちゃん!」
「弌!」
「……父さん……?」
ハッとする。
その声に、動かなくなっていた体に熱が戻る。
彼らの、足音と激しい息遣いが耳に入ってきた。
自分を呼ぶ、愛しい家族の声。
「………サイラス」
そして…もう一人。
弌と同じように、ずっと、「area9」の帰還を待ち望み、
愛しい人を前にした沙羅の声。
彼女が、変わり果ててしまった恋人の名を……呼ぶ。
か細い声だが、確実にその場に響いた。
ついに、役者がすべて――この丘に揃った。
それを待っていたかのように
突如、宇宙船「area9」が奏でるクラシックの外れた旋律が、
一層大きく鳴り響く。
それを合図とするかのように
サイラスの瞳が赤黒く光り、獲物を、定めた。
『 神邨 黎沙 』――という獲物を。
その場の――空気が瞬時に、ひび割れたように張り詰めた。
筋肉の収縮音すら感じるほどの緊迫――
次の瞬間、彼は人間離れした跳躍で宙を裂いた。
月を背負った大きな影が、幼い黎沙めがけて落ちてくる。
夜の山を切り裂く悲鳴が、弌の胸をえぐった。
振り返った瞬間
世界は赤く染まる。
先程――
祖父の介山の時と同じ光景が、弌の前に広がった。
黎沙の声は震えて、言葉の形を成していなかった。
母が黎沙を庇ったのだ。
その細い背中から、サイラスの黒く長い爪のような腕が突き抜けている。
溢れ出す鮮血は霧となって宙を漂い、霧散したその血の中で彼は――
笑っていた。
口角を吊り上げて。
弌にとって、サイラスという男は
友人で、優秀で、頼れる兄的な存在で、信頼できる人間だった。
『頼みがある、弌。
俺が、宇宙に行っている間、俺にとって何よりも大切な沙羅を
お前に守ってほしいんだ』
『もちろん!見守るよ。
――浮気しないかも』
『言うようになったな、この、マセガキめ!』
『あはは、サイラス、冗談だよ。
沙羅が寂しくないように、僕たち家族が支える。
沙羅って、ほら、弱音吐かないからね』
『ったく、お前は、やっぱりマセガキだ。
いや、安心って意味でな。
黎沙ちゃんも、お前も、ちゃんと沙羅のこと
分かってくれてるから。
沙羅は、頑固だし、弱み見せることが苦手なんだ。
だから頼むな。
――何でも一人で抱え込んじまわないように』
『任せてよ。黎沙といっぱい、笑わせるから。
でも、サイラスほど、沙羅を笑わせる
自信はないから、早く帰って来てね』
『もちろんだ。結婚式の準備も途中だしな。
よし!
俺は、エアリスを救う。
弌はそれまで沙羅を頼む』
『わかった』
そう言って、拳をぶつけ合った。
『なに?二人とも?じゃんけん中?』
そこへ、丁度、沙羅がお茶をもって入ってきた。
『男同士の秘密の約束だ。な、弌』
『うんうん、そんなところ!』
『なにそれ。でも、まあ楽しそうだから、いいか』
そう言いながら、
三人で笑った記憶が唐突に蘇ってきて
弌は喉が詰まる。
『エアリスは俺が守る』
そう言って出かけて行った彼は、
こんな醜い顔ではなかった。
それなのに、今のサイラスは
ひどく醜く……
全くの別人で、
ひどく恐ろしく見えた。
「逃げなさい、い…としい…黎沙……はやく……」
美しい母――
その口からこぼれる大量の鮮血が、
命の期限があと僅かなことを、残酷なまでに示していた。
「いや……いやだよ!」
普段、あんなに気丈な黎沙が泣いている。
弌は動けずにいた。
足が鉛のように重く、喉は熱い。
「サイラス!やめて!どうして!」
彼の名を呼んだはずなのに、声は涙になって流れ出るだけだった。
弌の目は何かを拒むように、瞬きすらできない。
残酷な事実だけを写し続ける。
呼吸の仕方すら、分からなくなっていた。
「弌!しっかりしなさい!」
父の檄が飛ぶ。
ハッとして、その声を追う。
声の先では、サイラスの不気味な腕が、伸び縮みしながら、
次の標的は父だと言わんばかりに、赤黒い瞳を左右に動かしていた。
「やめろ――!」
思いが言葉になって、やっと飛び出した。
まだ声変わりしきっていない、少年の張りの残る声が夜を裂く。
頭では無謀だと分かっているのに、手足は勝手に前へ出た。
「こっちは いい!黎沙を!」
父の言葉に、弌はハッとして、黎沙を探す。
恐怖で地べたに縫い止められたまま、
動けずにいる妹を見つけ、必死に手を伸ばす。
黎沙に伸ばした――自分の手が視界に入る。
その手は、真っ赤だった。
べっとりと――祖父の血痕がついていた。
守りたい人に伸ばした自らの手は、
失いたくなかった人の血で染まっている。
なんという皮肉なのだろう……
嫌だ 嫌だ 嫌だ
――誰かが居なくなるなんて嫌だ
「父さん!」
「弌、よく聞きなさい。……いいかい?
お前は必ず生き延びて、
この元凶を何としても消滅させるんだ。頼んだよ」
「元凶…って」
父が何を言っているのか分からない。
それでも、父から欲しい答えは戻ってくることはなかった。
その代わり、父はありったけで叫んだ。
「走れ! 弌! 黎沙を連れて!」
我が子を守るために、サイラスの前に立ちはだかる
神邨輝。
「答えは、生き抜かなければ得られない!
守りたいなら 生き抜きなさい!」
父親の最期の言葉は、山肌に反響し、
そして――息子の胸に確かに刻まれた。
その声に突き飛ばされるようにして、
弌は妹の手を握り、闇の中を駆け出した。
背後では、肉を裂く鈍い音と、父の短い悲鳴。
振り返れば二度と足が動かなくなると分かっていた。
だから、前だけを見て走った。
走った。
泣きながら走った。
「いっちゃん………!」
妹の震える声が、恐怖が、
繋いでいる掌から伝わってくる。
その温もりだけが、弌を現実に繋ぎ止めていた
必死に走る。
二人で走る。
逃げよう
――二人で。
こんなところから。
もっと遠くへ。
もっと。
もっと。
もっと。
遠くへ。
遠くへ。
――絶対に守る。誰も失わせない。
けれど、その誓いは、あまりにあっけなく、無残に砕かれた。
背後から迫る、湿った獣のような足音が聞こえた次の瞬間。
手から大切な温もりが抜け落ちる。
自分以外の重みを感じなくなった。
「――っ!」
振り返った弌の視界に、
ヒトではなくなってしまった彼の長く伸びた腕が見えた。
そして――その腕に絡みとられる形で、腹を抱かれ
宙吊りにされた妹の姿が映った。
弌の喉がヒュッと鳴る。
サイラスは黎沙を抱いたまま、
切り立った数メートルもある岩の上に立って、
弌の表情を嬉しそうに見下ろしていた。
その背には、月が輝いている。
かつて――
優しい笑みを浮かべて、沙羅の隣に立っていた男はもういない。
瞳は闇に沈み、皮膚には黒緑の苔のような斑が浮かんでいる。
その腕が、幼い黎沙の細い体を軽々と持ち上げていた。
宙づりにされながらも、黎沙は必死にもがきながら、
弌に向かって両手を伸ばす。
「いっちゃん!」
「黎沙!黎沙!」
必死に手を伸ばしても、決して届きはしない距離。
遥か頭上に、妹は囚われている。
それでも、弌は叫び、大切な妹を救おうと――
岩の下に駆けつける。
必死に走りながら、弌は見た。
サイラスの口元がゆっくりと歪み、笑みとも痙攣ともつかない形を作ったかと思うと……
彼は、まるで小枝を放るかのように、黎沙を数メートル下の岩場へ叩きつけたのだ。
乾いた衝撃音が夜を裂く。
月光の中で、妹の体が力なく崩れ落ちる。
その瞳から、光がゆっくりと失われていった。
「……いやだ……やだ……」
声が震え、喉が潰れたように言葉が出ない。
弌は、妹の名を呼びながら、妹のもとへ走り続ける。
すぐだ
すぐ行く
だから、だからどうか間に合って。
死なないで!
あと少し――
しかし、弌の前に影が覆いかぶさった。
サイラスだ。
視線が交差する。
「っ!」
サイラスの手が、弌の胸倉を掴み、そのまま高く跳躍する。
弌の目の前には、変わり果てた、醜いサイラスの顔、
そして、その後ろには、美しい月が輝き――
次の瞬間、視界が反転した。
そのまま、――激しい衝撃。
弌は、数十メートルの高さからサイラスによって、
地面に向かって叩きつけられた。
弌の小さな悲鳴すら、サイラスの蛮行の前に、かき消される。
「がはッ!」
肺の空気が一気に押し出され、視界が白く弾ける。
耳の奥で心臓の鼓動が爆音のように響いた。
激しい痛みが体を駆け抜けて、
神経が麻痺し、弌は動けなかった。
妹に触れることすらできない。
意識が混濁し、地面にうつ伏せに転がる。
彼の耳に微かに聞こえるのは、壊れたクラシックの音色と……
自分に近づいてくるサイラスの足音。
かすむ視界の中に、サイラスを捉える。
それは、今、弌にできる精一杯だった。
霞む視界の中で見たサイラスは
祖父、父、母、妹……の血を含み、生き生きとして見えた。
なんてグロテスクで、なんて醜く、おぞましい。
彼のその右腕は、すでにヒトのそれではなく、
まるで植物の茎から葉が生えるような形態に見えた。
意識が混濁していた弌には、そう見えたのかもしれないが。
「………」
声にならない。
どうして……?
サイラス……?
この星の危機を救うって、大好きな沙羅を守るって、
そう言って――出かけていった――責任感の強い彼が……
どうしてこんなことをしているのか……
聞きたい。彼は今、何を考えているのか。
どうして。どうして。どうして。
何処までいっても、いつも同じ問いに戻ってしまう。
何が、彼をこんな風に変えてしまったのか――に。
弌の顔には、言葉の代わりに、涙が溢れていた。
痛みが体を駆け抜ける。
動かぬ体。
泣くしかできない不甲斐ない自分。
このまま死んでしまえば、楽になれるのだろうか。
家族のもとに逝けるのだろうか。
「サイラス!」
そんな弌を奮い立たせたのは、同じ疑問をもち、
必死にこの夜を足掻いている沙羅の声だった。
振り絞るようなその声は、掠れていて、息が上がっているのが分かった。
暗闇の中で、彼女もまた、血と泥にまみれて立っていた。
そんな沙羅の声は、弌の中の痛みを和らげた。
そして――勇気づけた。
彼らにとって肉体的な痛みより、精神的な痛みの方が、遥かに辛かったから。
もはや、体力など残ってはいない。
しかし、あとは「何故」という問いの答えを求め――
「最愛の人を取り戻したい」という願いだけが、
弌を、沙羅を動かしていた。
かろうじて身体を引きずり、弌は妹のもとへ這い寄った。
黎沙の……その体は――とうに温もりを失っていた。
それでも、こんなところに放っておくなんてできない。
『絶対に一緒に帰ろうな、黎沙』
冷たくなった妹にそう声をかけた。
かけたはずなのに、弌の思いは、声にはならない。
ただ、涙だけが溢れ、とめどなく零れた。
ごめんな……不甲斐ない兄で
ごめんな……約束したのに
花嫁姿を、見るって
そう、約束したのに
くそ くそ くそ……
妹の亡骸を引き寄せようと力を入れた途端、
弌を激しい痛みと咳が襲った。
膝をついて倒れ込んだ弌の眼下には……
自分の口から吐き出された血の海が広がった。
サイラスに叩きつけられた衝撃で内臓の一部が、
破損してしまったのだろう。
だから、うまく声が出ないし、息もできないのだと理解した。
すでに、彼の耳には、自分の荒い呼吸と心臓の音しか届かなくなっていた。
『それでも、妹も、母も、父も、祖父も、みんな――
家に連れて帰るんだ……。
それが、今の僕にできる、唯一のことだから』
当に限界を迎えている弌が、今、動けているのは、
この「願い」があるからだ。
それが分かっているから、沙羅も否定しない。
弌の命を削ることになると、分かっていても。
「だから、弌は、体力温存。そこで少し待っていて。ここからは私の番」
「………」
「大丈夫よ。
こう見えて、私、頭つかうより体を使う方が得意だって、いつも言ってるでしょ」
こちらに背を向けたまま、沙羅が言う。
声は出ないけれど、弌は、靴音でノックして返事の代わりにした。
「いい子ね。またあとで――」
弌は、沙羅の背に向けて、一度だけ小さく頷くと、
彼女の無事を祈りながら、瞳を閉じる。
妹の亡骸を抱きしめたまま。




