第17話 帰り道――会いたい人ができた
帰り道、乙は廃工場での出来事を兄に話す。
エルの真似をしているのか、エア武器を手に持ち、
撃つ構えを真似しながら、身体を左右に揺らし、
その時の様子を再現しながら興奮気味に説明していく。
「兄貴、あのSWATみたいな恰好のエルってやつの動きが凄かったんだぜ!
正確な狙撃ができんだよ!
あいつが放った緑の弾丸が当たると、暴れた人間が正気に戻るんだ」
螢はその話を黙って聞きながら、
頭の中では既に休日のあの光景と照合していた。
——確かに、あの日、母子を救った光も緑色だった。
異形の父親が、まるで糸が切れたように倒れ込み、次の瞬間には涙を流して息子を抱きしめていた姿。
そして、その光を放った“緑の男”――
あの日から螢の目に――焼きついた、見目美しい姿。
あれはまるで——奇跡の色だった。
(……偶然じゃない。繋がってる)
あれが殺傷ではなく“救い”だったと、乙の話で確信に変わった。
あれが“いち”なのだろうか……。
「あ、でも、エルが弾丸を撃ち込めたのは、俺の頑張りもあったわけよ!
そこ、忘れないでよ!兄貴!」
「は?」
「はぁ?じゃないわ!
母さん直伝の体術だよ!まあ、兄貴には及ばないところもあるけど……
でもさ!
この拳で、バッタバッタとなぎ倒したわけですわ!暴徒たちをさ!」
「お前がぁ~?」
サングラスの奥から明らかに疑いの眼差しで乙を見つめる。
効果音なら「じとぉ~」と聴こえてきそうだ。
シイタケの断面図みたいな瞳が、サングラスの奥から乙を凝視している。
「ちょっと!何その目!まさか、疑ってんの?
エルって奴は、俺のことも、少しは認めてくれてたみたいだったし!
俺は、ちゃんと働いたんだよ!これは、マジだから!」
乙は、必死に兄に食いつく。
兄にだけは、今日の自分の功績を認めてもらいたいらしい。
しかし、螢は小さく鼻を鳴らした。
兄の螢からしたら、乙の実力は分かっている。
基本的に性格が優しいからその道は選ばなかったものの、
なんでも器用にこなす弟は、体術全般を問題なく使いこなすことができる。
それは言われなくても分かっている。
だから、余計に癪だった。——弟がではない。
弟を評価する他者の目に対してだ。
その目が、自分を素通りすることが許せなかった。
そしてそれと同時に、いや、それ以上に、
あの緑色の美しい光を放つ“いち”という男への興味が、
自分の中で膨れ上がるのを感じる。
あんな奇跡的な武器を造り出せる人間はそうはいない。
彼は何者なのか。
なぜ、暴走する人間ノットへの対応策を講じることができるのか。
知りたいことは山ほどある。
——まだまだ、分からないことばかりだ。
しかし、弟の口から同じ光を使う特殊部隊の存在を聞き、点と点が線になり始めた。
『いち』という男は……俺の欲しいものをもっているに違いない。
螢には確信に近い感覚があったが、今はそれを表には出さなかった。
「…つまりだ、今、分かってんのは、
警察も把握しきれてない何かが、この街で起きているってことだけだ」
螢の声に、乙は真っ直ぐ応える。
「俺、この街を守る仕事がしたい。……あのSWATみたいに」
その瞳には、憧れではなく、母との約束を守るという確かな決意が宿っていた。
螢は、弟の視線を受け止め、心の中で答えを出す。
(――違う)
俺は、乙こいつみたいに真っすぐなわけじゃない。
手を伸ばす前に、計算してしまう。
だから俺は――ヒーローじゃない。
それでも
ヒーローが倒れないための場所を作ることならできる。
手をこまねいていれば、状況は悪化の一途を辿るだろう。
確実に、何も守れない。
――そのためには情報がいる。
あのSWAT風の男達、そして緑の閃光を造った『いち』。
彼らこそが、この街の闇を解く鍵になる。
螢は静かに決意を固めた。
青い炎が、瞳の奥で燃えはじめる。
「……だったらまずは情報だ。敵が何者かも分からないままじゃ、
守るどころか戦いようもないだろ」
その声音は低く、しかし鋼のように固い。
乙は頷く。
二人の間に、言葉よりも確かな合意が交わされた瞬間だった。




